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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第三十五話  初めての朝

窓から朝日が差し込むいつもの時間。

そろそろ起きて朝ごはんの準備を始めないと。


そう思いながら、もそもそと布団の中で体を動かす。

お布団よりも心地よい肌触りと温度なのに、何故かがっしりとした重いものに包まれている感覚がして、私はゆっくりと目を開けた。



自分の顔のすぐそば、額の辺りに静かな寝息が当たる。

焦点が合わないほどの距離にラファエルさんの整った顔があった。


(え? 夢?)


私はそっと触れてみた。

ぺたぺたと顔に触れると、ちゃんと温かい。


「まつ毛ながーい」


思わず見たままの感想が口から溢れた。

相手が眠っているのをいいことに、ラファエルさんの長い髪をそっと触れる。

私より長いその髪は、いつもはゆるやかに編まれているのに今日は解かれてサラサラだ。


一本いっぽんがまるで絹みたいに艶があって柔らかい。

そうして遊んでいるうちに、毛布から外れた自分の腕が目に入った。

素肌が目立つその身体を恐るおそる確認すると、毛布以外何も身に纏っていない。


そこで、昨夜の記憶が一気に蘇った。



精一杯努力して、どうにか口づけは経験していたのだが、まさか一夜にして一気に色々飛び越えてしまうなんて。


(結婚って、すごい!)


私は思わず赤面する。


そして、そんな何も分からない私に、どこまでも優しく丁寧に接してくれたラファエルさんに対して「お疲れ様でした」の気持ちを込めて唇をそっと重ねた。


なぜか、唇が触れあう部分が微かに震えている。


私はその理由が分からずそっと顔を離した。


「……くっ」


(気のせいじゃなかった!)


眠っていたはずのラファエルさんが今にも吹き出しそうなほど笑いを堪えている。

寝込みを襲ってしまったようで、急に恥ずかしくなった私は、思わずラファエルさんの頭まで毛布を被せて抑え込んだ。


「眠っていたんじゃなかったんですか!」


「茜の気配は分かりやすい……」

毛布の中でもごもごと言い訳のように話すラファエルさんに思わず八つ当たりをする。


「寝たふりをするならそのままでいてください! 私ばっかり恥ずかしいじゃないですか!」


そう言うと、毛布の下からラファエルさんの腕が伸びてきて、私を引きずり込んだ。


「すまない、多分嬉しかったのだと思う」


二人で毛布に潜る形になってしまったが、触れあう素肌が心地よくて、なんとなく恥ずかしくて、私たちは顔を見合わせて笑った。



夫婦の朝としては、私たちらしく穏やかな始まりになった気がする。



私は落ちている布は見なかったことにして、ラファエルさんの上着を借りてベッドから起き上がった。


ーーつもりだった。


床に足をついた途端、腰から力が抜けて、ぺたんと床にしゃがみこんでしまった。


「……あれ?」


その後、慌てたラファエルさんが私を抱えてベッドに寝かせ「無理をさせてすまない」と頭を下げる、そんな何とも言えない始まりの朝になってしまった。



+ + +



腰が鈍くてだるくて重い。


初めての体験は、初めての経験をもたらしてくれた。

おかげで今日一日はベッドで過ごすことになった。


(なるほどなぁ……)


私は一人、ベッドで仰向けになり考えた。

漫画や物語の知識も、かつての保健体育も、こんな結果を教えてはくれなかった。

内腿は筋肉痛で、油断すると攣りそうになるから気が抜けない。


耳を澄ますと、教会はもう静かだった。

皆は出かけてしまったのだろうか。


サイドテーブルの上に置かれた、正確な切り口のサンドイッチを眺めた。

丁寧に野菜やチーズが重ねられ、芸術的と言えるほど綺麗な断面。


昔焼いてくれた茶色い目玉焼きを思いだす。

それなのに、いつの間にかこんなにも上達していたラファエルさんの腕前に驚かされる。


行儀が悪いかもしれないが、今日は寝たままご飯を頂くことにした。


軽く表面が焼いてあるパンはさっくりとしていて、染み込んだバターと中に挟まれたレタスやトマト、チーズの味がとても美味しい。


どんな表情で作ってくれたのか、私はその姿を想像して思わず笑みがこぼれた。


その時ーー。



どたどたどたどたっ!


階段を駆け上がる足音が聞こえた。

それは聞き慣れた、でも今日いるはずのないネレイナの足音だった。


ばぁん!!


寝室の扉が勢いよく開く。


「茜っ! 大丈夫?」


私が寝込んでいることを訊いたのだと、ネレイナが教えてくれた。


「茜は初夜失敗しちゃったの?」


あまりにも明け透けな質問に、食べていたサンドイッチが口から飛び出しそうになった。



「し、ししし失敗なんてしてないよ? 私はこうだけど相手はラファエルさんだからね。なんなら大成功に決まってるよね」


私は親としてのささやかなプライドで、思い切り見栄を張った。


そんな私の心を知らないネレイナは、素直に「そっかー!」と尊敬したような表情を向けてくれる。


「ネレイナはどう? 身体つらくない?」


私の言葉に、ネレイナは待ってましたとばかりに破顔した。


「あのね、凄かった!!」


その瞳はキラキラと輝いて見える。


女子高校生時代、クラスメイト同士でそういう話で盛り上がっているグループがいたなぁと懐かしく思い出す。


(でもこんなに明け透けじゃなかった気がするんだけどな)



私は昨夜の経験を楽しそうに話すネレイナの言葉に耳を傾けた。


まさか、保健体育の授業以上に気恥ずかしくなるなんて予想もしていなかった。


ただ、私が階段をゆっくり上がっている間に、ネレイナは物凄い勢いで駆け上がってしまい、遥か先に背中が見える……そんな状態なんだな、と把握した。


ネレイナは、自分の群れが広がることを楽しみにしているらしく「最初の赤ちゃんができたら、茜に名前つけてもらうんだ!」と笑う。


たくさん産んで、大きな群れにしたいんだと話してくれた。



私には、その言葉は言えない。



それでも、心からネレイナの赤ちゃんを楽しみに待てる気がする。



(初孫を待つ親の気持ちになれたのかな)



私も新婚なのに。

そんな気持ちが湧いた事が可笑しく、嬉しかった。


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