第三十四話 結婚②
「さぁ、茜! お色直し行くよ!」
ブーケを片手にふんふんと鼻息を荒くするネレイナに押されて、私は教会へと戻った。
教会の奥の部屋に戻ると、あらかじめ準備したネレイナのドレスに並んで、なぜかもう一つ、白い布が揺れている。
ネレイナが、戸惑う私の背中を押して言う。
「早くはやくっ!」
私は、何事かと首を傾げながら中へと足を進めた。
見えていた白い布。
それは、真っ白なウェディングドレスだった。
ネレイナが今着ているものより、少し小さくて華やかなウェディングドレス。
同じレースを合わせたヴェールまである。
私があの日、ネレイナと話した、ゲームの世界で見た可愛いドレスによく似ていた。
私はドレスを見つめたまま動けなくなった。
そんな私に、ネレイナが少し照れながら言う。
「みんなで作った!」
一緒についてきてくれたトトが言葉を続ける。
「町のみんなも一緒にね」
ローレンツが、にかっと笑う。
「布を裁断したのは俺!」
「ドレスを縫ったのは私とピノがメインだよ」
ノワールとピノが目を細める。
「レースを編むのは初めてだったけど、どうかな」
アシュレイに手渡されたヴェールは、とても繊細な仕上がりだった。
さっき泣き止んだばかりの目から、また涙が溢れる。
「……うそ」
(知らなかった)
あんなに一緒に過ごしたのに、私は全く気づかなかった。
いつの間に、どんな顔をして準備してくれたんだろう。
ネレイナが純白のドレスを持ち上げて、私に差し出す。
「さぁ、茜! 次は茜が主役だよ!」
私は全然涙が止まらなくて、せっかくのお化粧はぐちゃぐちゃで。
着付けにきてくれた町の人たちに「茜ちゃん、泣きすぎよ」と笑われながら、化粧を直した。
ドレスは私の身体にぴたりと合った。
「サイズ、どうやって知ったの?」
私は赤い目でみんなに尋ねた。
「あれだけ抱きついてれば分かるよ」
当たり前のようにみんなが笑う。
アシュレイは私にヴェールをかけながら、そっと教えてくれる。
「僕は抱きついただけじゃサイズ分からないからね! 獣人のみんなほど感覚は優れてないんだ」
その言葉に、私も思わず吹き出した。
「私も、あれだけ抱きしめたのにサイズまでは無理かな」
私たちは顔を見合わせてそっと笑った。
ドレスを着て、鏡をみる。
憧れた姿がそこにあって、私の目からはまた涙が溢れそうになる。
隣にいたノワールが、素早くそれを布で吸い取る。
町のおばさまたちがピノとノワールに「お化粧を涙から守ってね」と指示されたからか、二人の気迫がすごい。
「ノワールが右の綺麗を守ってあげるからね!」
「ピノ左目担当だからね!」
キリッとした顔で見つめてくるから、頼もしいのと面白いのとで、私の情緒も大忙しだ。
涙で赤くなった目のまま笑っていたら、扉が静かに開いた。
ローレンツとアシュレイに呼ばれたラファエルさんが立っていた。
ラファエルさんは私を見て動きを止めた。
珍しく、驚いた顔をしている。
そして静かに目を細めた。
「この国で一番美しいな」
あまりにも真っ直ぐな褒め言葉に、私は顔を覆った。
「言い過ぎです!」
指の間から見たラファエルさんは不思議そうに首を傾げる。
「事実なのだが」
その言葉に子どもたちはみんな笑った。
そこから先の式は、泣きすぎてあっという間だった。
何度も何度も涙が溢れ、そのたびにラファエルさんが笑って。
ネレイナとクラウスさんも幸せそうで。
隣のラファエルさんがずっと穏やかで。
特別な一日が、大切な思い出になった。
「幸せにしますからね、ラファエルさん」
私は隣に立つラファエルさんに宣言した。
私の言葉にラファエルさんは目を細めて穏やかな声で言う。
「お前と出会ってから、幸せというものを理解した」と。
(これからいくらでも幸せにしますから!)
私は心の中で握りこぶしを作った。
+ + +
結婚式の夜。
いつもより教会は静かだった。
朝から準備や式に追われて、みんな楽しそうにバタバタしていたから。
あれほど動いていたら、きっと今は疲れて夢の中なのだろう。
窓から外を見ると、風が林檎の葉を揺らしている。
さわさわとしたその音が大きく感じるくらい、私は少しだけ緊張している。
結婚のサプライズとでもいうのだろうか、いつの間にか部屋が一つに纏められていた。
私の部屋の荷物と、ラファエルさんの部屋の荷物。
その全てを並べてもこの部屋には余裕があった。
そして何より、壁際に置かれた大人が四人並んでも眠れそうな大きいベッドが存在感を放っている。
落ち着かず、何度も深呼吸をする。
私が先にお風呂から出てしまったせいで、どんな顔をしてここに居たらいいのか分からない。
私はベッドに腰掛け、町の人が作ってくれた下着のようなパジャマを指でつまんだ。
夜に必ず着るようにと奥様方からいただいたのは、あまりにも心許ない布地のパジャマ……と言えばいいのかなんなのか。
(新婚は必ず着るものよって言われたけど絶対嘘だ!)
すかすかですーすーする布は、私の羞恥心さえ守ってくれない。
せめて毛布にでもくるまっておくべきだろうか。
そもそもこういう初夜の手順と言うものが全く分からないんだけど、どうしたらいいんだろう。
私は多分今同じ状況に立っているであろうネレイナの事を考えた。
(私の経験値がゼロだったから、何も教えてあげられなかったなぁ……)
ネレイナにむけて小さく「ごめん」とつぶやいた。
でもネレイナはここぞという時大胆に行動できるから、今の私より大丈夫かもしれない。
何度目かの深呼吸をしたとき、部屋の扉が小さく叩かれた。
「どうぞ」
その声が思わず上ずった。
部屋に入ってきたラファエルさんはいつもと変わらない服装で、男性はこういう服を着ないんだと学んだ。
ラファエルさんは私の格好を見ると、なぜか右斜め上を見上げたまま隣へと腰をかけた。
ベッドに横並びに座り、何となく沈黙が流れる。
「……いつもと香りが異なるのだな」
そう言われ、私は自分の腕をくんくんと嗅いだ。
奥様にもらった香油の香りが強かったのかな。
「今日来てくれた人たちが、今夜のためにって色々くれたの」
「……その、服もか?」
その突込みは正直恥ずかしい。
そうだよね、こんなの着たことなかったもんね。
「……うん、結婚した日の夜に必ず着るものだって」
私の言葉にラファエルさんが「ははっ」と声を出して笑う。
どこがそんなにツボに入ったのか、肩を震わせずっと笑っている。
恥ずかしいのを我慢して、この世界のしきたりに従っているというのに、なんで笑ってるんだろう。
「必ず、というわけではない。担がれたな」
笑い続けるラファエルさんのその言葉に、私の顔面は真っ赤だ。
「そうなんですか!? え、今すぐ脱いできます!」
私は恥ずかしくてベッドから立ち上がった。
そのまま部屋を出て着替えようと思ったのに、ラファエルさんの腕に素早く抱き寄せられた。
ベッドに腰を掛けるラファエルさんの膝の上。
そして私はこんな格好……。
心臓が口から飛び出しそうなほどばくばくと音を立てる。
それでもーー。
「……ラファエルさん」
「なんだ」
「今日から、ほんとに夫婦だね」
ラファエルさんは私の頬に自分の頬を当て、ゆっくりと目を細めた。
「前からそう思っていた」
ラファエルさんはそうかもしれないけど。
私は笑って言う。
「でも今日からだよ」
ラファエルさんは、私を背中からそっと抱き寄せる。
「そうだな」
その体温で、私は少しだけ落ち着いた。
私はラファエルさんの膝の上でくるりと位置を変え、向かい合うように姿勢を直した。
「これからも、よろしくお願いしますね」
そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。
その夜、教会の灯りは遅くまで消えなかった。




