表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/126

第三十三話  結婚①

教会の前は、朝から少し騒がしかった。


町の人たちが花を飾り、その子どもたちは落ち着きなく走り回っている。

林檎の木の下には長いテーブルがいくつも並べられ、焼き上がったばかりのパイの匂いが漂っていた。


ネレイナは珍しく緊張しているのか、何度も同じ場所を行き来している。


「あんまり動くとドレスと化粧が崩れちゃうよ?」


私はネレイナの髪の毛を手櫛で直す。


「緊張してる?」


そう言うと、ネレイナはぷくりと頬を膨らませた。


「落ち着いてるもん」


そう言いながら、まったく落ち着いていない尻尾がぶんぶんと大きく揺れている。


そんなネレイナに朝から付きっきりのトトが、小さく笑った。


「お姉ちゃん、尻尾ぶんぶんだよ?」


ネレイナはその言葉に一瞬だけ尻尾を止めたが、すぐにまた左右に揺れ始めた。

私はそんなネレイナを落ち着かせるために、椅子へと促す。

何度も浅いため息を繰り返すネレイナの口に、アップルパイの切れ端を放り込んだ。


「味はどう?」


「おいひい」


ネレイナは朝からほとんど何も食べていなかった。

緊張をほぐすために、招待した人たちへの料理を少しずつ味見してもらうことにした。


化粧が落ちないよう、小さく切って少しずつ食べさせる。

トトに離乳食をあげていた頃を思い出した。


(ネレイナにはしてあげられなかったなぁ)


出会った頃のネレイナは、まだ八歳なのに最初からしっかりしていた気がする。

あんなに弱っていて「死にたくない」と言った小さな女の子は、こんなにも綺麗で可愛くて、立派な大人になった。


(親バカってこういう事なんだろうな)


褒める言葉しか思い浮かばない。

元気すぎたし、ミミズもいっぱい投げられた。


それでも、私はネレイナが愛しい。


「ネレイナ……」

私は思わず口から感情が溢れた。


「生きていてくれてありがとう、健康に育ってくれてありがとう! ……私の大事な娘になってくれてありがとうーっ!!」


ちゃんと落ち着いて伝えたかったのに、途中から全部鼻濁音だった。

涙が止まらなくなっていたし、なんなら涙だけじゃなく、鼻からも色々溢れそうだったけど、そこは頑張って啜った。


そんな私を見たネレイナは、一瞬驚いた顔をした後、くしゃりと顔を歪めた。


「茜ぇ……」


私の胸に顔を埋めて抱きついていたネレイナ。

今ではネレイナの胸に私の顔が埋まる。

……物理的にも。

身長どころか、色々な部分で大差をつけて成長したネレイナが誇らしくもある。


二人してべそべそと泣き続ける私たちをみて、トトが「二人とも、そっくりなんだから」と笑った。


「当たり前でしょ、親子なんだもん!」

私は、自信を持って言える。

この子たちが私を親だと言ってくれた言葉に、胸を張りたい。


「茜……。お、お母さんありがとうぅぅ……」


「その言葉はダメぇぇーー!!」


号泣だった。


(嫁にやらん! って言いたくなる気持ちがわかる)


「私の大事な娘だもん、子どもたちを誰にもあげたくないっ!」


私はネレイナを力一杯抱きしめた。

そんな私に、ネレイナは泣きながら笑う。


「ダメだよ! 巣立ちして新しい群れを作るのは大切なんだから」


……こんな時だけ獣人っぽさを出してくるのやめてほしい。

トトも、ネレイナの言葉にうんうんと頷いてる。


みんな、いつかは誰かを選んで離れてしまうのかな。

私は笑顔で見届ける自信がなかった。


「トトもいつか結婚する?」

私は九歳のトトに尋ねた。

「僕は雄だからねー。お姉ちゃんほど急がないかな」


その言葉に私はトトも抱きしめた。

「急がなくていい! じっくりしっかり考えてね」

「うん、そしたら茜を独り占めだね!」


そんな可愛い言葉を言われたら、いくらでも独占させてあげたくなる。

私は、トトが『口から中身出ちゃう!』と悲鳴を上げるまで抱きしめ続けた。




そんなやり取りをしていると、教会の扉が叩かれた。

私が扉を開けると、ラファエルさんが立っていた。


長い黒髪が朝の光に静かに揺れる。

その姿を見たネレイナは、少し背筋を伸ばした。


「お父さん! もう始まる?」


ラファエルさんは短く頷き、ネレイナの隣に立つ。


「行くぞ」


ネレイナは迷いなくその腕を取った。


教会の先には、穏やかに笑顔を浮かべたクラウスさんが立っている。

ネレイナに合わせた白い衣装が、2メートルの長身に良く似合う。

遠目から見ても、その大きな体に力が入り、緊張しているのがわかる。



ラファエルさんは町のみんなが見守る中をゆっくりと歩き、ネレイナと共に彼の前で立ち止まった。


ネレイナを新郎であるクラウスに委ねるーーそんな流れだったのに、ラファエルさんは動かない。

しばらく静かな時間が流れた。


(進行を忘れてしまったのかな)

教えようと歩き始めたその時、ラファエルさんはクラウスさんを見つめた。


そして、一言、静かな声で言った。


「大切にしろ」


クラウスさんは最敬礼という言葉を思い出すくらい、深く頭を下げた。


「はい、必ず」


ラファエルさんは小さく頷き、ネレイナの手をそっと離す。

その背中を軽く押し、クラウスさんへと促した。


ネレイナは歩き出し、一瞬だけ振り返った。

ラファエルさんは二人を見つめていた。


その表情はとても穏やかだった。




結婚式の最後。

町の人から誓いの口づけの声が上がる。


私はなんとなく恥ずかしくて、頬がどんどん熱くなる。


(誓いの儀式みたいなものだから、大切なのは分かるんだけどーー)


テレビや漫画でさえ少し気恥ずかしくなるのに、ネレイナとクラウスさんだから尚更そわそわする。

私の隣に戻って立っているラファエルさんが、私に「落ち着け」と声をかける。



クラウスさんの顔がゆっくり近づくのを、ネレイナは尻尾を膨らませて待っている。


ローレンツとピノとノワールは食い入るように笑顔で見守っている。


アシュレイとトトは、顔を逸らしながらも、ちらちらと視線を戻している。



そして、二人はゆっくりと軽い口づけをした。



唇が離れるまで、私は呼吸を忘れていた。

ネレイナが瞳を開け、尻尾をぶんぶんと振り回しながら興奮した声を上げる。


「初めて口くっつけた! 凄かった!」


アシュレイとトトは顔を真っ赤にして背けた。

獣人の三人の子どもたちは、お腹を抱えて笑っている。

私は、あまりにもネレイナらしい感想で思わず笑ってしまった。


そんなネレイナを目の前で見たクラウスさんも、顔を真っ赤にしながら声を上げて笑っている。


ステフさんは笑っていたし、何故かフレイアは感極まったように泣いている。

泣きながらも「妹って呼ばないようにね!」とネレイナに釘を刺しているのが、長年張り合っていたフレイアらしくて、可愛いと思う。



「おめでとう!」


「幸せになってね」


町の人たちの笑い声と拍手が、教会の庭に広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ