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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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閑話  結婚前夜

夜の教会は静かだった。


翌日に結婚式を控えたネレイナのために、昼間は大勢の町民が集まってあれほど賑やかに準備していたというのに。


魔力を糸のように張り巡らせると、教会で起きているのはラファエルとーーもう一人。


明日を思うと、お互い眠れないのだろう。

ラファエルは窓から畑を見つめていた。

子どもたちと植えた林檎の木は、九年の時間を経ておよそ4メートルの高さにまで成長した。


(時間の流れは早いものだな)


ラファエルは瞳を閉じ、昼間の様子を思い出す。

この場所は王に捨てられた土地だった。

当初、ネレイナとトトしか幼い子どもはいなかった。

今では町人の間にも子は生まれ、笑い声が響く。


生きることに必死だった彼らは、町の最初の子どもであるネレイナの成長を見守っていた。

だからこそ、この結婚式をみんな楽しみにしていた。


かちゃりと、小さく扉の開く音がする。

いつもなら勢いよく飛び出してくるのに。


足音を立てないよう近づいてくる存在に向け、蝋燭を向けた。

過保護だと思うが、暗闇に足を取られないように。



「ラファエルさん」



声の主はネレイナだ。

珍しく耳が下がっている。

昼間の元気な様子とは違っていた。


「どうした?」


ラファエルは静かに聞く。


ネレイナは歩みを止め、俯いた。

静かな時間に、夜風がそっとカーテンを揺らす。

話し出すまで、ラファエルは待っていた。

遠くからは虫の声が聞こえる。



ゆっくり顔を上げると、ネレイナは少しだけ迷うように視線を彷徨わせる。


それから、もう一度ゆっくりと近づいてくる。

そして、ラファエルの前で止まった。


「……明日、結婚する」


「そうだな」


短い答え。

ネレイナはいつものように歯を見せて笑う。

しかし、その笑顔は、どこか緊張していた。


「あのね、クラウスさん、すごくいい人だよ」


「穏やかだな」


「優しいし、強いし、料理も上手いんだよ!」


「優秀だな」


ネレイナの尻尾が小さく揺れる。

そして、ふいに止まる。

その視線は、また宙を彷徨う。


少しの沈黙のあと、ネレイナは勢いよく顔を上げた。


「ラファエルさん!」


ネレイナらしくない、どこか迷いのあるそぶりに、ラファエルは目を細める。


その視線を受け、ネレイナは一瞬だけ言葉を探す。

頭上の耳がぴくりと動く。



二度、三度の深呼吸のあと。



「育ててくれてありがとう……お父さん」


その言葉に空気が静かに止まる。

ネレイナの尻尾が緊張が緩んだのかぶわっと膨らんだ。


ラファエルはその変化を見ていた。

口元は自然と緩んでいた。



「……お父さん、でいいよね?」



不安そうな表情のネレイナを見つめ、ラファエルは静かに言う。


「当たり前だ」


その言葉にネレイナが顔を上げる。

ラファエルの目は穏やかだった。


「自慢の娘だ」


(茜に似た、芯の強い娘に育った)



ラファエルは落ち着いた声で伝えた。

ネレイナがどれほどの勇気を持って、自分を「父」と呼んだのかは理解している。


だからこそ、ただ自然に受け入れた。


目の前のネレイナの耳がゆっくりと立つ。


「お父さん!」


嬉しそうに響く、小さな声。

誰かを起こさないよう気を配れるようになった。


ラファエルは微笑んで頷く。


繰り返し「お父さん」と呼ぶネレイナの目が少し潤む。

その尻尾が、今度はぶんぶんと力強く揺れ始める。


「……へへっ」


少し照れくさそうにネレイナが笑う。

そして、改めて少し背筋を伸ばした。


「明日、ちゃんと結婚するね」


「あぁ」


「幸せになる」


ラファエルは頷く。


「当然だな」


口下手を自覚している自分の言葉なのに、ネレイナは心から嬉しそうに笑った。


そして、どこかそわそわと少しだけ迷いながら、もう一歩近づいた。



腕を精一杯広げながら、子どもの頃のように、ぎゅっと抱きついた。

幼い頃のネレイナを思い出す。

躊躇わずに飛びついてきた娘は、こんなにも立派になっていた。


頭を胸にぶつけるように抱きついてきた狼の耳が、ラファエルの胸に柔らかく触れる。


「ありがとう」


小さな声。


ラファエルはネレイナの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。

昔、まだ小さかった頃と同じように。


「……覚えておけ、お前は自慢の娘だ」


ネレイナの尻尾がぶわっと大きく膨らんだ。

泣きそうな声で笑う。


「私も茜みたいに、自分の群れを守るからね」


そう宣言する目が少し赤い。

でもしっかりと笑っている。


「明日のために、少しでも休め」


離れる合図だとでもいうように、胸に顔を埋めるネレイナの頭をぽんぽんと軽く撫でた。


顔を上げたネレイナは、小さく頷いた。


「おやすみなさい、お父さん」



ラファエルは、ネレイナが部屋に戻るまでその場で見守った。

そしてまた、林檎の木を見つめる。


「眠れそうにないな」と、一人小さく呟いて。

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