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灰狼の王  作者: 葛ノ葉イナリ 


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18/19

「キシ・バーウ(人のつながり)」

にわかに辺りが騒がしくなった。

馬のひづめの音、車の音、人がバタバタと動き回る足音。


どうやら死体を積み込む荷馬車が来て、死体を荷車に積み始めたようだ。

もう一度乱暴に扱われなければならないのか。とにかく生きていることがバレないように息を止め、脱力する。

想像通り乱暴に荷車に放り込まれた。さらに俺の上にも次々と死体が飛んでくる。

死んだふりというのは結構つらい。もう二度としたくないものだ。

斬られた傷口もズキズキと痛み、死んだふりをしているというのに、血管の鼓動はいつもよりも大きく感じる。


荷車には幌がかかっている。

死体を運び出しに来た男は2人。ふたりとも死体を積み終えると御者台に座った。

荷車にはのぞき窓があって、御者台から荷台を覗き見ることはできるが、のぞき窓は幌の布で隠れている状態で、その布を開けなければ御者台からこちらを覗き見ることはできない。

つまり、そこさえ気を付けていれば荷台ではある程度動くことができる。まあ、やつらもわざわざも好き好んで死体をのぞき込むこともないだろう。


馬車が動き出した。

闘技場を出たところを見計らって、俺は死体の山から死体を押しのけて這い出てきた。死体の上に腰かけて、ようやく人心地がついた。

ただ、あまりこの姿勢はよろしくない。とりあえずは死体の上に寝転がり、それから今後の段取りを考えた。


合図は犬の遠吠え。これが聞こえたら速やかに馬車から飛び降りる。

そしてすぐに物陰に身を隠すべきだろう。やがてサルの仲間の誰かが接触してくるはずだ。あとは彼らの手引きに従う。難しいことではない。

自分一人では到底不可能だろうと思えた地下からの脱出も、外に協力者がいてくれればこれほどまでにたやすく実行できる。やはり仲間、というか集団の力は大きい。

人ひとりではできないことも可能になる。――心の底からそう思った。


そろそろ市街の大通りを抜けて、郊外に抜ける道にさしかかる。

――犬の遠吠えが聞こえた。

念のためできるだけ静かに動いて荷車の端に移動した。静かに幌をめくって外を確認する。街中ではあるが、人の姿はない。

俺は荷車から飛び降りて、そのまま路地の物陰に身を置いた。

降りたことは多分バレてはいない。馬車はそのままの速さでまっすぐに目的の場所へと走り去っていった。


馬車が走り去るのを見送って、俺は大きく息をはいた。――うまくいった。

少し心を落ち着けた後、周りの様子をうかがった。

辺りはもうすっかり暗くなっている。路地の方から人影がひとつ近づいてきた。


「とりあえずは上首尾だったな、カラ・サグル。」――それはサルの声だった。

「ああ、お前が来たのか。別の者が来ると思ってた。なんとかここまでこれたよ。」

「さて、これからだが、、、」

「そうだ、これから俺はどこへ行くんだ?セーラム達はこの街に来てるのか?俺は彼らのところまで、、、」

「――いや、確かに彼らはこの街にきている。旧市の方にいる。だが、ちょっとばかり様子が変わったんだ。」

「変わったって、何が?」

「――どうも奴ら逃亡を疑っている様子がある。お前に張ったやつの一人が八百長じゃないかと騒ぎだしたんだ。闘技場の方はなんとか一旦収めたんだが、日が暮れてからそいつが仲間を大勢連れてまた抗議に来たらしい。それで闘技場の方はやけにバタバタしていた。もしかしたら死体の方を改めに行くかもしれない。仲間に張らせているが、場合によっちゃ、お前に手配がかかる恐れがある。お前は今すぐにここを出た方がいい。大丈夫、逃げ道は手配してある。だから俺が自らここへ来たんだ。

あと、セーラムの旦那たちには残念だが会わない方がいい。彼らを巻き込むわけにはいかないからな。」

「――そうか、わかった。」

「とにかく急ぐぞ。今夜中にこの街を出るんだ。」


そういうと彼は走り出した。やけに体が重かったが、俺も必死に彼について走った。

「これから岬に向かう。船がある。」

「船に乗って脱出するのか?どこまで?」

「いや、これから乗るのは小舟だ。さっき旧市の港から出港した船がある。航路の途中でお前を小舟から拾ってもらう手はずになっている。その船自体はシーナへ向かう大型船だが、途中ホランに寄港する。お前はホランまで乗せてもらえるように段取りはつけてある。」

「そうか、ホランに向かうんだな。」

「ただ、まだ気を抜くなよ。ホランにはお前を売り飛ばした連中がまだ幅を利かせているだろう。何が起こるかわからん。そこでもお前は慎重にふるまった方がいい。」

「なるほど。よくわかった。」


そういう話をしながら、俺たちは目的の岬へ向かって走った。

体はやけに重い。こんなにも俺の体は重かったか。

海の匂いが徐々に濃くなってきた。


海べりの岸に一層の小舟が待っているのが見えた。

船頭らしき男がひとり、手にランタンをもって船の上でこっちを見て立っている。

「見えた。あれだ。」

サルの足が早まった。俺も置いていかれぬよう必死に走った。


「一応、おれも船に乗り込むまではついていく。さあ、早く乗れ。」

俺が乗り込むと、船頭は言葉もなくゆっくりと船を漕ぎだした。


「お前には、本当に、世話になったよ。サル、感謝する。」

激しく息を切らせながら、何とか感謝の言葉を告げた。汗も止まらない。

「なあに、ただの仕事だ。報酬はすでにもらっている。礼には及ばねぇ。礼を言うんなら、その金を出してくれた旦那に言うんだな。」

一方でサルは息一つ切らしていない。なるほど、大した能力だ。


「ああ、そうするよ。このまま何事もなくホランからサマルクに向かえば会える。セーラム達にもいずれサマルクで会うことが出来るだろう。本当に助かった。」

「しかしまあ、まだ完全に終わったっていうわけじゃないからな。あまり気を抜かないこった。」

「ああ、まあでも船に乗り込みさえすれば、体はしばらく休めることができるだろう。少し斬られたせいかもしれないが、こうみえて結構疲れてるんだ。」

「あ、お前、本当に斬られたのか?大丈夫かよ。船に着いたらすぐ手当をしろよ。」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」


そのうちに小舟は沖の方で動きを止めた。

大きな船の影が西から近づいてくるのが見えた。船頭は船にたってランタンを持つ手を大きく左右に振っている。

やがて小舟の横に大きな船が止まった。

サルが小舟の上から大船の船員と何か大声で言葉を交わしていた。

間もなく向こうの船の甲板から縄が投げおろされてきた。


「さあ、その縄を伝って船に乗り込め。達者でな。」

「ああ、ありがとう。お前も元気でいてくれ。」

「縁があれば、また会うこともあるだろう。だから忘れんなよ。俺のこと。」


縄にしがみついて登ろうとした。向こうも縄を引き上げてくれようとしている。

縄を上りながら、サルの最後の言葉がやけに気になった。


――だから忘れんなよ。俺のこと。

どこかで聞いた言葉。

サルは初めて会った時も同じことを言っていたような気がするが、それじゃない。


――そうか。師匠か。

師匠は自分のことを覚えておいてくれといった。それは忘れるなということだ。

なぜそんな言葉を彼がいったのかよくわからなかった。どういう意味なのか。

でも今なんとなくそれがわかった気がする。

彼は俺との縁を結びたかったのだ。忘れると、縁が切れてしまう。

サルはいった。縁があれば、また会える。だから忘れるなと。

つまり縁を切るなということだ。


血族のつながりは切れることがない。俺は爺様や親父や一族のことは忘れない。忘れようとしても。血のつながりがある以上忘れることができないのだ。

でも血のつながりがない人とのつながりは、忘れると切れてしまうのだ。

俺さえ忘れなければ、彼らとのつながりはつながったままだ。


師匠バルカスは、つながりを切らないでほしいと望んだ。俺さえ彼を忘れなければ、彼を知る人間がこの世界にいることになる。彼は俺を通じて、まだこの世界とつながっていたかったのだ。


――俺は忘れないようにしよう。彼のことも。誰のことも。


「さあ、早く上がれ!」

船の船員は、そう声をあげて俺を船に引き上げた。

「ああ、ありがとう、、、」

そう答えた瞬間、にわかに意識が遠のいていく。

さっきから体はやけに重く、汗もやたらとかいてはいたが、船に上がった瞬間から、まるで深い穴に落ちていくように、視界はぐるぐると周りはじめ、まわりが徐々に暗くなって、、、

やがて世界は真っ暗になった。


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