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灰狼の王  作者: 葛ノ葉イナリ 


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19/19

「コク・アク・ドゥニャ(青と白の世界)」

――俺は今なにをしているんだったっけ。


そうだ、俺はマリシュの荷を護衛してホランにむかうところだった。


エルデンは、、、ちがう。エルデンは殺された。俺は捕らえられたんだった。

波の音が聞こえるし、どうも船の上のようだ。


そうだった、俺はディミトリらに捕らえられて、どこかに運ばれるんだった。

サルってやつがコンスタンスに連れていかれるといってたな。


――いや、違う。俺は地下牢に入れられていたんだった。

そうだ、起きて剣の稽古にいかなければ。師匠のところに、、、


――違う。師匠はもういない。俺が殺したんだ。

何故?俺はあの人が好きだった。でも、殺さなければ、殺されていた。

本当に?本当にあの人は俺を殺すつもりがあったのか。

彼は俺に殺されることで、この地下から抜け出したかったんじゃないのか。

そうだ、俺もこの地下から抜け出さなければ、、、


――違う、俺は抜け出したんだった!

サルが助けに来て、なんとか俺はあの地下から脱出した!

俺は自由になったんだ!


そう思い至って俺は目を開いた。

船が波をきる音が聞こえる。船の上だ。俺はすぐに上体を起こした。

胸の傷が手当てされている。胸の傷に手をあてながら、周りを見渡した。


「おや、兄さん。やっとお目覚めかね。あんまり目を覚まさないんで、もうずっとこのままかと思っとったわい。」

近くに座っていた老人がそう声をかけてきた。

老人は自分の使用人らしき男を呼びつけ、何かを伝えていた。使用人らしき男は老人の言葉を聞くと、足早にどこかへ歩いて行った。


「今、船員を呼びに行かせたよ。待っとってくれ。」

「じいさん、すまない。ありがとう。いろいろ迷惑かけたみたいだ。申し訳ない。」

「いやいや、わしは別になんもしとらんよ。」

「ところで、俺はいつから、どのくらい眠っていたんだろう。」

「いつからもなにも、あんたがここに運ばれた時からずっと眠っとった。わしはあんたの眠っているとこ以外は見てないよ。」

「どのぐらいだろうか。」

「もう3,4日は寝たきりだったろう。熱もでてるみたいだったな。」

「――そんなに、、、」


そうすると、さっきの男が船員らしき男を連れてきた。

「よう、ようやく目が覚めたかい。気分はどうだ。起き上がれそうか?」

「ああ、もう大丈夫。――傷の手当までしてくれたんだな。助かった。感謝する。」

「まあいいってことよ。とにかく船に乗り込むなりぶっ倒れたんでびっくりしたぜ。胸に大きな傷もあったしな。まあそれほど深い傷ではないようだったけど、傷口が膿んでいたし、熱が出たのもそのせいだろう。」


確かに、斬られてから何もせずに死体の山に囲まれていたせいで傷口が悪化したのか。何しろ死体のふりをしていたんだから、仕方がない。

「サルさんからはあんたをホランまで乗せていくように聞いている。まあこのまま目覚めないでホランに着いたらどうしようかと思っていたから,着く前に気がついてくれて助かったぜ。」

「すまなかった。面倒をかけて申し訳ない。ところでホランまではあと、、、」

「ホランには明日の朝着く予定だ。まあ後まる1日ってところだ。そのつもりで準備しておいてくれ。よろしくな。」

いかにも気のよさそうな船員は、そこまで告げると仕事にもどっていった。


さて、とにかく、あと一晩でホランに着くようだ。

体調は――かなり眠ったせいか、非常にいい。傷の手当もきちんとやってもらったようで、こちらも全く問題ない。

そう思ったところで、大きく腹が鳴った。確かに、相当腹が減っている。


「がっはっははは」

そばに座っていた老人が大声で笑った。

「お前さん、よっぽど腹をすかしているようじゃのう。船の外まで聞こえるような立派な腹の虫だったぞ。まあ三日三晩何もくっとらんのだから仕方がない。」

「いや、まあ、、、」

「ところでお前さん、食い物は、、、もっとらんじゃろうのう。」

「まあ、、、なにぶん慌てて船に乗り込んだもので、何も持ってない。」

「わしらはさっき朝飯を済ませたところじゃが、もしあまりもんでよければ食うか?」

「えっ、それはありがたい!――ありがたいが、、、さっきも言ったように俺は何も持ってない。金すらないんだ。」

「まあ、まあ、こうして居合わせたのも何かの縁じゃろう。お前さんも見たところ、どうやら瀕死の状態から回復したってとこなんじゃから、わしからの快気祝いだと思ってくれ。」

「すまない、じいさん。恩に着る。」

「何、気にするな。おい、すまんが彼に飯をもってきてやってくれ。」

老人はそばにいた男を呼ぶとそう命じた。

「――しかし、大旦那様。このような得体のしれないものに、、、」

「かまわん、わしがいいといっとるのだからかまわんだろう。」

「――承知いたしました。」

男はしぶしぶそう答えると席を立った。


「じいさん、申し訳ない。今はなにもない身の上だが、いつか必ずこの恩は返したい。すまないが素性を教えてくれないだろうか。」

「はっはっはっ。気にするなといったじゃろうが。わしが勝手にやっとることじゃ。まぁ、そうはいっても、お前さんからしたら気が済まんのじゃろう。

わしはシーナの商人でリュウというもんじゃ。商人といっても今は隠居だがな。

みせの方はもう全部息子にまかせて、わしはこうやって隊商について回って、気ままに世界を旅しておる。もっとも、ついてこられる方にしたらとんだ迷惑な話だがな。がははは。」

「――俺はカラ・サグという。世話になった人がサマルクにいるんで、ホランからサマルクに挨拶にいくところだ。」


そんな話をしているうちに、食事が運ばれてきた。

こんな船の中で、信じられないことに火の通った温かい食べ物が運ばれてきた。

皿からは湯気が立ちのぼり、いかにもうまそうな匂いを発している。

「――じいさん、いや、リュウさん。これはいったい、、、」

「ああ、わしらの隊商はまあまあの大所帯だし、料理人も連れてきている。船の厨房も使わせてもらえるよう頼んでいるからな。飯がまずいと楽しみも半減だろう。」

「では、遠慮なく。いただきます。」


――うまい!

今までろくなものを食べていなかったこともあるが、これらの料理は今まで食べたもののなかでもいちばんうまかった。しかも温かい。体の中に染み渡るような快感を覚えた。もくもくと眼の前の皿を平らげていくうちに、俺は自分の目から涙がこぼれていることに気が付いた。

「おいおい、何も泣くことはないじゃろう。食べるのか泣くのかどっちかにせい。」


じいさんはそういって俺をからかったが、俺は涙をぬぐうこともなく、ただただ目の前の料理にがっついた。全ての皿を平らげて、ようやく人心地着いた。

「いや、リュウさん、うまかった。こんなうまいものを食ったのははじめてだ。」

そういって俺は深々と頭を下げた。

「そうかい、それはよかった。馳走した甲斐があるというものじゃ。」

「自分が今までにいかにろくなものを食べていなかったかを痛感した。飯を食って泣いてしまうなんて初めてだ。本当になんとお礼を言ったらいいかわからないよ。」


「そこまで喜んでもらえるとはな。――よし、お前さん、いたく感動しているところを何なんだが、お前さんのその感動をさらに上書きしてやろう。」

「――なんのことだ?」

「この船にはわしらの取引相手の客も同乗していてな、彼らはお前さん同様、明日ホランの港で船を降りることになっとる。それらの客のために今夜はささやかな宴を催すことになっているのだが、ひとつお前さんもその宴に招待してやろう。」


「え?いや、俺はあんたの客でもなんでもないし、むしろこっちが一方的に世話になってるっていうのに、それは申し訳ないよ。」

「なになに、ひとりぐらい客が増えたところでなんの支障もない。それより宴ということで今の料理なんかよりもっとうまいもんが出てくるぞ。試してみたくはないのか?」

「今の飯よりもっとうまいもんだって!?」

「そうそう。しかも大勢で酒を酌み交わしながらうまい料理を食う。ただでさえうまい料理がよりうまくなるというものじゃ。どうじゃな?」


「――いや、あんたさえ迷惑じゃないっていうなら、こっちに断る理由なんてないよ。しかし、俺にこんなことをしても、あんたには何の得にもならないんだぜ。」

「さっきもいったじゃろう。わしは商人といえど、もう隠居の身。商売で旅をしているとはいっても、これはわしにとってはただの道楽なんじゃよ。損も得もない。やりたいことをやりたいようにやる。――もっともこんなことが出来るのも、今までそれなりに苦労を重ねてきたからじゃ。お前さんは年寄りの道楽に付き合え。」

「わかったよ。そこまでいうなら、ありがたく参加させてもらうよ。」

「よしよし。それじゃ今夜を楽しみにしておけ。それまではちょっと体でも動かして、せいぜい腹を減らしておくことじゃ。」


確かに、結構な時間眠ったままだったので、そうとう体はなまっている。

ホランに着いたら何が起こるかもまだわからない。ディミトリらの一味がそこにいて、また俺を捕えようとするかもしれないし、そもそも奴らがいたら俺もただで済ませるつもりはない。サマルクに着く前に、エルデンたちの仇をうっておけるものならそうしたい。

俺はじいさんの薦めるとおり、甲板にでて体を動かすことにした。


甲板に出ると壮大な景色が眼前に広がった。

――美しい。

心地よい潮風とともに目の前に広がるのは一面の青い海、そして広く青い空。

日の光を受けて水面はきらきらと輝き、波が青い海に白い模様を描く。

空を見上げると海の青と白を映すように、真っ青な空のあちこちに白い雲が漂う。


しばらく呆然と立ちすくんでいた。

いろいろと頭の中にあったものが一瞬で吹き飛んで、何も考えられなくなった。

――海とはこんなに美しいものだったのか。

何度か見たはずだったが、俺は今、はじめて海を見たような気がしていた。

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