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辺境貴族エヴァン  作者: 玄紀 匠


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80.積みあがる疑惑と

 夕刻、マルシェル子爵家の屋敷にアルテス神教団本部から派遣されてきた査察官がやってきた。

 大方の予想通り、査察官殿は浮遊馬車で帝都からこのマリクリアまでやってきたらしい。

 マリクリア神殿に浮遊馬車が到着した直後に、若い神官が大急ぎで知らせに来てくれた。どうやら、メルドン司祭からの簡単な状況説明を聞いてからすぐに、この屋敷にやってきたようだ。

 さすがにこの屋敷に浮遊馬車で乗りつけるようなことはなく、神殿所有の普通の馬車での御到着だ。珍しい浮遊馬車を一度見てみたかったが、そんな場合じゃなかったな。

 正面玄関前にはマルシェル家の人間が勢ぞろいしている。

 現当主である父、アラニア・マルシェル。

 長女、マルシェル家領兵団特別遊撃隊隊長のレイチェル姉上。

 十歳にして領政の補助に就く次男テオドール。

 他にも、メイドで一等文官アンナ、執事長ロベルト、そのロベルトの部下である四人の執事たち。そのうちの一人が私の専属執事であるマルスだ。

 そして、父上の隣に私は立っている。

 今回の騒動の中心なので、相当厳しく調査されるだろう。覚悟はしているが、上手く乗り切れるかどうかはやってみないと分からない。


「どんな人物ですかね、父上。メルドン司祭の話だと本部の偉い人の弟だとか」

「期待はしない方がいいだろうね。この状況で派遣されてくる人物が友好的なわけがないんだからさ」


 父上はすでに楽観を捨てている。表情はいつものように穏やかだが、油断は見られない。


「ねえ、エヴァン」


 今日は珍しくマルシェル家領兵団の灰色の制服を着ているレイチェル姉上が話しかけてくる。

 査察官を迎えるにあたって、正装とは言わないまでもせめて略式のドレスくらい着て欲しいと頼んだのだが、それも嫌がられて結局この制服姿になった。


「なんですか、姉上」

「この制服、久しぶりに着たら何だか胸がきついんだけど」

「今そんなこと言われてもどうしようもありません。得意の操作系魔法でなんとかしてください」

「お腹はきつくないから、太ったわけじゃないと思うのよね。どう思う、エヴァン?」

「いや本当に今聞くことじゃないですよね!」

「何よ! ちょっとくらい心配してくれてもいいでしょ!」

「兄さま、姉さま、もう高司祭様が降りてきますから、喧嘩は後でお願いします」


 姉上が絡んできたのに、私までティオに叱られてしまった。当事者のくせに緊張感が無い兄だと思われてしまったらどうしよう。

 そんなことを考えている間に、馬車から恰幅の良い男性が降りてきてこちらに歩いてきた。

 おそらくは部下なのだろう、神官らしき若い男二人を引き連れている。

 私は見た目から少しでも情報を得ようと祭服の男を観察する。

 でっぷりと太った体型、指には華美な指輪が複数、そして歩きながらこちらを値踏みするように眺める視線。

 どうやら清廉な聖職者というわけではなさそうだ。


「欲の深そうな司祭様だな」


 独り言のつもりで思わずつぶやいてしまうが、隣に立つ父上には聞こえたようだ。


「買収するつもりなんだろう? 好都合じゃないか」


 普段なら話もしたくないところだが、今回に限っては良い目を引いたというところか。

 父上には、先日のセルファスの神託騒ぎ以降、状況を逐一報告している。

 今回の査察官を買収しようという私の案にも賛成してくれた。というよりも、他に取れる手段がないという方が正しいか。


「これはこれは、遠路はるばるご苦労様です。マルシェル子爵家当主のアラニア・マルシェルです」


 自然な笑顔で父上が高司祭殿を出迎える。中級貴族である父上が先んじてへりくだることで、神教団に反抗する意思が無いことを態度で示している。

 一方、太った男は並んで立つ我々を眺めまわして、ふん、と小さく鼻を鳴らした。普通に考えれば、子爵相手にかなり失礼な態度だ。


「アルテス神教団、高司祭のジレイル・ザッカルドだ。本部の高司祭なので間違わないように」


 同じ高司祭でも、本部と地方では格が違うとでも言いたいのだろうか? ますます気に入らない。

 おっと、考えが顔に出ないようにしないとな。にこやかに、和やかに、だ。


「エヴァン・マルシェルというのはそっちの小僧か?」


 ジレイルが私を睨め付けながら尋ねる。本当に無礼な奴だな。

 いや、これは無礼というか、神教団が私を敵性人物として見ているのだろうな。

 こいつはその神教団の姿勢を表しているに過ぎない。


「はい、お初にお目にかかります、マルシェル家嫡男のエヴァン・マルシェルと申します」


 腹は立つものの微笑みを浮かべて返事をしておく。


「派手な宣伝をした割には、ずいぶんと冴えない男だな。お前には色々と聞かなければならないからな。覚悟しておくように」


 冴えない見た目で悪かったな。お前だってクレイホッグみたいな顔じゃないか。

 心の中で毒づくが、もちろん表情には出さない。

 ちなみにクレイホッグは沼地によく出没する豚のモンスターだ。たいていは泥まみれの姿で現れる。


「まあまあ、詳しいお話は中でお願いします。さあ、どうぞご案内しますよ」


 私の内心を察したのか、父上がさっさとジレイルを屋敷の中に招き入れる。

 とにかく今はこの査察を無事に乗り切ることに集中しなければな。




「さあ、それでは釈明を聞かせてもらおうか」


 応接室のソファにどっかりと座り、ジレイルは聞き取り調査という名の取り調べを開始した。

 とは言うものの、我々の立場としては基本的に知らぬ存ぜぬをつき通すしかない。

 ちなみに信憑性を上げるため、セルファスの偽神託の内容が部分的に事実であることは認めた。つまり、ヴェスパ湖の神殿の存在についてだ。


「ほう? ヴェスパ湖には本当に神殿がある、と?」

「神殿というほどのものではありませんでしたが、確かに建物が建っております。木造二階建ての極めて簡素な小屋で、旅人のための休憩所という方がしっくりときますね」


 実際、休憩所にしか見えないように作ったんだがな。もちろんセルファスが取り付けたと思われる巨大な聖印は取り外すように指示しておいた。


「その小屋もお前が建てたものではないと言うんだな?」

「はい、その通りです。こちらとしてもあずかり知らぬことなので驚いております。おそらくはいずこかの信仰に篤い神教徒が奉仕の精神で建てたものではないかと」


 例によって私の口からつらつらと嘘が出てくる。領地と領民の安寧のためなら、いくらでも舌が回りそうな気がする。

 あらかじめ用意していた神教団への言い訳。

 少しの真実と大部分の嘘を混ぜて吐き続ける。


「神の使徒と呼ばれることに心当たりはあるのか?」


 当然、心当たりしかないが認めるわけにはいかない。


「いえ、全くございません。不心得な話ですが、最近は多忙で思うように礼拝にも行けなかったくらいでして。こんな不出来な信徒がなぜこんな話に巻き込まれているのやら……」


 殊勝な態度で質問に答えていくが、査察官のジレイル高司祭は気に入らないようだ。

 聞き取った内容を書き記していた自分の部下の手を止めさせた。


「記録は一旦止めろ。芝居の台詞を聞いているようで気に入らん」


 おや、見抜かれていたか。まあ確かに自分でもそう思っていたからな。

 どうしたものかと考えていると、ジレイル高司祭は部下たちに部屋から出ていくように言った。


「お前たちはしばらく外に出ていろ。子爵殿たちと腹を割って話をするのでな」

「ジレイル高司祭! しかし、それは……」

「なんだ、不服か?」


 高司祭の部下たちは抵抗しようとするが、神教団の上下関係は軍隊並みに厳しいというからな。仕方なさそうにジレイル高司祭一人を残して、神教団の者たちは応接室から出て行った。


「高司祭様、私どもはいかがしましょうか?」


 父上が尋ねると、高司祭は手を払うような仕草で応えた。


「当主殿と小僧は残して、あとは出て行ってもらおうか」

「……わかりました。アンナ、マルス、悪いが外で待っててくれ」


 どうやら三人だけでお話し合いがしたいようだな。しかし、それはこちらとしても望むところだ。

 アンナとマルスは無言で一礼して応接室から出て行く。

 これでこの部屋には私と父上、それにクレイホッグ、もといジレイル高司祭だけだ。


「これで話をしやすくなったか。小僧、思うところを正直に言ってみろ」


 あからさまに見下した態度で私を小僧呼ばわりするジレイル。

 なんでこんな奴がメルドン司祭より階級が上なんだろうな。理解に苦しむ。

 しかし、神教団の意図を探る好機だ。ここは深めに突っ込んでみるか。


「ではお言葉に甘えます、高司祭様。アルテス神教団は、今回の件をマルシェル家または私、エヴァン・マルシェルが引き起こしたことであるとお考えですか?」


 正中、ど真ん中の質問だ。まずこれに答えてもらおうか。

 遠慮のない私の問いに対し、ジレイルは鼻で笑う。


「はっ、当たり前だろうが。マルシェル家の者以外に、こんなことをする理由がない。どうやって大陸中に精神干渉の魔術を巡らせたのかは知らんがな」

「その点は私も魔法使いの端くれとして是非知りたいところではあります。しかし、この神託騒ぎの犯人が私だとして、目的はなんだと中央はお考えですか?」


 私から質問をすることに、ジレイルが疑問を持たないように慎重に言葉を選ぶ。


「マルシェル子爵家がやったのなら家の格を上げようとしたか、それとも自領に巡礼者を呼び寄せて寄付でも集めようとしたというところか」


 父上がわずかに体を硬直させた、ような気がした。こんな浅はかな推理を聞かされて、さすがに怒りがわいてきたのだろうか?


「確かに巡礼者は増えるかもしれませんね。しかし、神教団のお歴々の不評を買ってまでやることではないと思います。それではもし、私、エヴァン・マルシェル個人がやったことだとしたら、動機はなんだと考えますか、高司祭様」


 ソファにもたれかかったままのジレイルは、私の顔を半笑いで眺めた。そしてまたしても鼻で笑う。


「お前みたいな小僧が一人でこんな騒ぎを起こせるとは思わんが、やったとすれば目的は名声だろうな。せいぜい貧乏貴族と言われたことへの腹いせといったところか。はっはっは、実に下らんことだ」


 何が面白いのかジレイルは腹をゆすって笑う。

 そこまで私は愚か者だと思われているのか? どれだけ悪意のある先入観を持ってやってきたんだこいつは。


「高司祭様、我が息子エヴァンは……」


 たまりかねたように父上が話し始めるが、私はそれを押しとどめる。


「父上、もう少し私にお話をさせてください」


 そう言うと、父上は何も言わずに引いてくれた。任された、ということだろう。


「高司祭様、単刀直入にお聞きします。神教団は今回の神託騒ぎについて、事実がどうあれマルシェル家を犯人にしようとしていらっしゃいますか?」


 私の問いにジレイルは一瞬目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。


「まあ、そういうことになるな。正直、儂もこんな辺境の小貴族が帝都まで巻き込むような大騒ぎを起こしたとは考えておらん。方法も動機も分からんしな。しかし……」

「神教団の沽券に関わる、と?」

「ふん、遊び人の嫡男と聞いていたが、まるっきりの阿呆でもないようだな」


 え、中央では私は遊び人と思われているのか? くっ、納得いかんが今はそれどころじゃないな。


「エヴァン・マルシェルは英雄の末裔で神の使徒。そしてヴェスパ湖は神の名のもとに聖地となる。こんなことが認められると思うか?」

「認められるわけはないでしょうね」


 神教団の既得権益を根本から否定することだからな。


「そうだ。だから儂がここに来た目的は、『マルシェル家はアルテス神教団に叛意を持っている』という調査結果を中央に持ち帰ることなわけだ」

「おお……、それは、なんという……」


 予想通りの回答だ。

 私と父上が慄いてみせると、ジレイルは反対に機嫌がよくなった。

 よし、斬り込むなら今だな。


「高司祭様、なんとか取りなしていただくことはできませんか? 中央に対して、良しなに」


 後が無くなったような態度でジレイルに懇願する。もちろん演技だが。


「もちろん、儂が『マルシェル家は何も知らず、巻き込まれただけだと思われる』と報告すれば、お前たちの立場はかなり良くなるだろうな。なにせ私の兄は神教団の最高幹部である大司教だからな。帝室や公爵家とも親交があるぞ」


 自分が偉いわけでもないのにジレイルは鼻高々に兄の立場を説明する。

 こいつが偉そうにしている理由は、本当に『兄が偉い』というだけなんだろうな。

 

「でしたら是非、高司祭様のお力で当家をお助けいただけないでしょうか?」


 さあ、ジレイル。勝負だ。


「んん? 田舎の貴族は物の頼み方を……」

「わきまえているつもりです、高司祭様」


 そう言って、私はソファの下に隠していた木箱から金貨を十枚取り出してテーブルに積んだ。

 金貨十枚。

 庶民ならひと月は豪遊できるだろう。

 だが相手は金貨など見慣れているであろう帝都の高司祭だ。積まれた金貨を一瞥しただけで、喜色は見られない。


「儂もずいぶんと舐められたものだな。いや貧乏貴族ならこれが精一杯か?」


 不満そうな態度でこちらを正面から嘲るジレイル。だが、それは『金額の問題だ』と言っているに等しい。


「いえ、高司祭様にお願い事をするのに、この程度のお布施では足りないことは分かっております」


 私は足元の木箱に、わざと乱暴に手を突っ込んで金貨を掴み取る。ジャラジャラという音が応接室に響く。


「大きな、お願い事を、するのですから、相応の、対価を、お支払いする、用意は、あります」


 言葉を区切るごとに、テーブルの上に金貨を一枚ずつ積み上げていく。


「当家の、命運を、握るのは、高司祭様。ならば、対価を、惜しんでは、いられません」


 私が言葉を発するほどに、どんどん金貨が積まれていく。もう軽く五十枚は越えた。

 ジレイルは次々に出てくる金貨に目を奪われているのか、私の手元を凝視している。

 そして、積み上げられた金貨はついに百枚になった。


「さあ、これで私の木箱は空になってしまいました。いかがですか、高司祭様?」


 金貨が入っていた木箱を後ろに投げ捨てながら、ジレイルに尋ねる。

 ジレイルは金貨の山に釘付けになったままだ。


「ま、まあ、これくらいは当然と言えば当然だな。だが、貧乏貴族のわりには奮発したのではないか? これでもし儂が約束を反故にしたらどうするつもりだ?」


 思わぬ大金にあからさまに動揺しているが、一応警戒もしているな。

 普通に考えれば、貴族相手にこの金額で交わした約束を反故にしたら、命は無いよな。

 しかし、今はジレイルをこちらの駒として取り込まなければならない。

 必要なのは鞭ではないな。


「高司祭様。あなたは約束を反故にしたりしません。なぜならば……」


 私の次の言葉を黙って待つジレイル。

 そんなジレイルの眼前に、私はソファの下からもう一つの木箱を取り出してテーブルにドンッと置いた。

 そして箱の蓋を開けると、そこにはぎっしりと金貨が詰まっている。


「約束を守っていただけさえすれば、高司祭様はさらに百枚の金貨を手に入れるのですから」


 成功報酬があることを知ったジレイルの笑顔は、まさに欲に塗れた俗物そのものだった。

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