74.上手い嘘には真実が混ざる
休憩所という名の神殿に、無事魔石を安置することができた。
これで万人がこの神殿のことを知るところになれば、祈りの力を神のもとに届けることができたというわけか。正直、どういう仕組みになっているのかさっぱり分からないが、セルファスが満足げにしているので多分大丈夫なんだろう。大丈夫じゃなかったらただではおかんが。
「それで、姉上たちは何をしてるんです?」
神殿から外に出ると、レイチェル姉上とミャルが二人して火竜の足元でうずくまっていた。
「なにって、タマの手とか足とかが汚れてるから綺麗にしてるのよ」
「綺麗にするのになぜ剣を抜いているんですか?」
「なぜって汚れがこびりついて落ちないから剣で削いでるのよ」
「ガンコな汚れだニャ」
鱗についた汚れを剣で落とす……。さすが考えることが違うな、この二人は。
私はタマを見上げて様子を窺う。するとタマは凶悪な造形の顔でか細い念話を送ってきた。
『あのマスター、姐さんが魔剣で爪の周りの汚れを削ってるの、ものすごく怖いんですけど……』
「贅沢言うなよ、姉上が自分で生き物の世話するなんて珍しいことなんだぞ」
野良の生き物を連れて帰ってくるのは得意なんだがな、モンスターも含めて。
「ちゃんと綺麗にしてないタマが悪い。湖のそばにいるんだから水には困らないだろ」
『いや、自分は火竜なんで水はあんまり……。大抵の汚れは体温上げたら取れるんですけどね』
「ならそうすればいいだろ」
『周りの木を燃やしたらダメだろうなって思って……』
「あたりまえだろ。山火事は困る。じゃあやっぱり湖で洗うしかないな」
『うう、やだなぁ……』
言ってることが完全に風呂を嫌がる猫そのものなんだが、ドラゴンってこういうものなのだろうか?
ちなみにタマが本気で体温を上げると種類によっては金属が溶けてしまうらしい。うん、沐浴決定だ。
「仕方ないな、今度来た時には土魔法で高温に耐えられる巣穴を作ってやる。それまで我慢しろ」
『ホントですか! やった、なかなか体温上げられなくて困ってたんですよ』
喜色を浮かべる火竜。なんだか私もタマの表情が分かるようになってきたな。
「ところでエヴァン、もうそっちの用事はいいの?」
レイチェル姉上がタマの爪の生え際に剣をあてがいながら聞いてきた。ああ、これは確かに怖いかもしれん。頑張れ、タマ。
「はい、大丈夫です。神殿の建築には何も問題なさそうです。さすが親方といったところでしょうか」
「そう。なら完成してから見にくればよかったのに」
「それもそうですが、建築中にしか見れない所もありますからね」
床下の地面、とかな。
「それはそうとドラゴンの仲間がいるなら先に言っておいてほしかったニャー」
ミャルがタマの爪を布で拭き上げながら文句を言ってきた。
「だって内緒にしておいた方がびっくりして楽しいじゃない」
「ニャニャ。びっくりというか死ぬかと思ったニャ。ドラゴンなんてさすがに遠くからしか見たことないニャ」
「遠くから見たことはあるのか。ソルタリアって意外と物騒なんだな」
「でもこんな立派で大きなドラゴンは初めてニャ」
立派と言われて気をよくしたのか、タマがぶふーっと鼻から蒸気を出した。
『ふふん、やはり我の威厳は獣人にも理解できるのだな。褒めてやろう』
「ニャ。タマ、爪を綺麗にしてるから動いちゃだめニャ」
『あ、すいません、お手数かけます』
死ぬほどびっくりしたという割にはタマに馴染むのがやたらと早いミャル。
対してタマはミャルに対してもへりくだることにしたようだ。
きっとレイチェル姉上と似た何かを感じ取ったのだろう。実に賢明だと言える。
「姉上、ここでの用事は終わりましたが、今からグレン村に戻るには遅いので今夜はここで一泊します。休憩所に泊まる最初の人間ということになりますね」
「なんでも一番乗りは気持ちがいいわね!」
「ここは人目も無くて耳も尻尾も隠さなくていいから気が楽ニャ」
「そういえばセルファスはミャルを見ても何も言わなかったな。獣人を見たことがあるのか?」
ミャルと最初に対面したときに、セルファスの反応が薄かったことを今さらながら思い出した。本人がずっとぼんやりとしてるように見えるので気付くのが遅れた。
「そうですねぇ、ずいぶん前に会ったことがありますねぇ。今どこで何をしてるのかは知りませんが」
「そうか。もしかしたら上手く隠れて暮らす獣人が他にもいるのかもな」
「苦労してるのは間違いないでしょうねぇ」
捕まったら売り飛ばされる有様だからな。マルシェル領でそんなこと考える奴は……、いないとは言えないが他の領地よりは少ないと思いたい。もっとも、契約奴隷ならまだしも領内で人間の売買など絶対許さんがな。
休憩所で一夜を明かし、マルスの作る朝食をとった。例によってタマを使ってフライパンを加熱していたが、タマも慣れたのかちょうどいい火加減でブレスを吐いていた。
「さすがだな、タマ。絶妙なブレスの調整だ」
『そうでしょう? だいぶ練習したんですよ。中の物を焦がさずに鍋を加熱するなんて、ちょっと他のドラゴンには真似できないですよ!』
多分、他のドラゴンはフライパンにブレスを吐くなんてこと自体しないと思うが、タマが得意そうなので黙っておく。自信を持つのはいい事だからな。
朝食が終わればさっさとマリクリアに戻ることにする。
休憩所の内装はセルファスの任せておく。どうせ材料と予算が限られているから大したことはできないしな。親方にも過剰にセルファスの要求を聞く必要はないと言い含めてある。
セルファスもその辺は理解しているようで、
「ちょっとでも神殿っぽく見えるよう頑張ってみましょうかぁ」
とか言っていた。まあせいぜい色を塗るとか、聖印を飾るとか、そんな程度だろう。
さて、グレン村で昼食をとりマリクリアに帰ってきたのはすでに夕刻だった。
ここでレイチェル姉上たちと別れ、私とマルスは冒険者ギルドに向かう。
ギルドの一階は依頼の達成報告をする冒険者たちで賑わっていた。
成功報酬を受け取る者、獲得した魔石や素材を売却する者、不運にも依頼遂行に失敗した者。冒険者たちの表情は実に多様だ。
カウンターで業務をこなす係員と目が合う。その係員は私の顔を見て軽く黙礼をしてくれた。
そして私は真上を指差す。それに対し係員が首肯する。
「グラントの親父さん、今日はちゃんと仕事しているみたいだな」
受付カウンターの端から中に入り、上階への階段を上がる。ギルドの職員たちは誰も咎めない。冒険者の一人がこちらを見て「誰だ、あれ」とか言っているが、多分最近他の街から移ってきた者だろうな。
「親父さん、いるか?」
三階のギルド長室のドアをノックして、返事を待たずにドアを開ける。
「なんだ、坊主か。ノックってのは中からの返事を待つもんだろうが」
「窓から姉上が飛び込んでくるような部屋に遠慮は要らないかと思ってな」
「そりゃ間違いねぇな」
愉快そうに笑うギルド長グラント。がははと笑う様はいつも通り山賊の親玉みたいだ。
「この時間に来るなんて珍しいっすね、エヴァン坊ちゃん」
応接用のソファにはリッツが座っていた。手に書類を持っているところを見ると、何か仕事の話をしていたのだろう。
「すまない、会議中だったか?」
「構いやしねえよ、毎日やってる報告だからな」
「そうっすね、ギルド長が大人しく机に座ってるときは毎日やってるっす」
すかさずリッツの皮肉が飛んでくる。グラントは不満げだが、多分リッツの方が正しいことを言っていると思う。根拠はないが。
「で、今日はどうしたんだ? なんか急ぎの話か?」
椅子の背もたれから体を起こし、話を聞く体勢になるグラント。ついでに机の上のカップを手に取って、ずずっと啜った。
「急ぎ、というわけではないが早く話したいことだな」
「良い知らせだといいんすけどね」
悪い知らせを覚悟した感じでリッツがつぶやく。ついでに水差しからカップに水を注いで渡してくれた。マルスも勧められていたが丁寧に断り、部屋の隅に控えている。
「今日は珍しく良い方の話だ。昨日ヴェスパ湖の神殿、というか休憩所に魔石を安置してきた。形の上では神託の神殿の完成だ」
そう言うと、グラントとリッツが「おー」と感嘆の声を上げる。
「そうっすか、完成したっすか。神様のおつかいの完了っすね」
「ああ、リッツには大いに助けてもらった。感謝する」
「自分は成り行きに任せてただけって感じっすけどね」
リッツは謙遜するが、神託成就のためのパーティ『神託の探求団』において冒険者としての知識を持っていたのはリッツだけだったからな。ベテラン冒険者として大いに助けになってくれた。
「そうか、神託の話もこれでひと段落か。結局俺の出番は回ってこなかったな」
対してグラントは少し物足らなさそうにしている。腕っぷしを生かす機会が無かったのが不満らしい。
まあ確かにゴルド山地でのドラゴン捜索にしろ、帝都での調査にしろリッツが同行したからな。
「親父さんは探索だの帝都で調査だのは性に合わないだろ」
「そりゃまあそうだ。真正面から敵を叩き潰すのは得意なんだがな」
「表沙汰にできない話だからな、それは困る。その代わり、冒険者ギルドの力は大いに使わせてもらったよ。今も神殿を建設していることを隠してもらってるしな」
帝都から帰ってきてから、私やレイチェル姉上に関する動向は冒険者ギルドから様々な偽情報で攪乱してもらっている。
帝都から続く謎の勢力による監視は未だに続いている、と思われるからだ。
さすがに帝都でやっていたように直接的な監視はマリクリアでは不可能だったらしく、怪しい者の目撃報告はあがっていないが、別の形で監視者は街に入りこんでいるだろう。
最も注意しなければならないのは冒険者だ。
旅商人も要注意だが、商品や同業者の目という足枷がある分、まだ身元が割れやすい。その点、冒険者はそもそもが根無し草の流れ者が多く、個人の事情を詮索する者もあまりいない。八等級以上になれば領地を越えるのも簡単。まさに間者に仕立てるにはうってつけだ。
「そっちは任せてくれていいぜ。最近、他所から来た冒険者は全員把握できてる。そいつらには坊主の話を色々吹き込んでるからな。それこそあることないこと織り交ぜてな」
悪相で笑うグラント。頼もしいが一体どんな話を吹き込んでいるんだろうか……。
「なに、仕事をアンナ嬢に放り投げて、自分は街で飲んだくれたり、村々を巡って遊んでるって流しといてやっただけだ」
「それはただの悪評になってないか!? しかも微妙に本当の事だしな!」
「いやいや、坊ちゃん、これくらい分かりやすくてちょうどいいんすよ」
リッツが宥めてくるがそこはかとない悪意を感じるぞ。
「ということは、姉上のことは他所からの冒険者に何と言っているんだ?」
三等級冒険者で、マリクリアの街を文字通り飛び回り、モンスター討伐が趣味で、最近は猫耳カチューシャを愛用する貴族令嬢。
「レイチェル様っすか……」
「嬢ちゃんはなぁ……」
急に言葉を濁すギルドの長たち。そして、
「「本当のことを話すと信じてもらえない」っす」
納得するしかない答えが返って来た。無駄に苦労させてしまい本当に申し訳ないと思う。




