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辺境貴族エヴァン  作者: 玄紀 匠


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72.建築系エヴァン式

「やあやあ、エヴァン様ぁ。ようこそヴェスパ湖の神殿、その名も『祈りの灯台』へ」


 あたりが暗くなり始めたころにヴェスパ湖畔に到着した我々を、うさんくさい男が出迎えた。


「うさんくさ……、いやセルファス、元気そうだな」

「なんだかお会いするたびに性格悪くなってませんか?」

「誰のせいだと思っているんだ」


 私の性格が悪くなっているとしたら、原因の大半はこいつのせいだと思う。

 神託を受けてからというもの気苦労が絶えないからな。領政をアンナに丸投げしなければならなくなり、ドラゴンの巣に出向き、謎の勢力に監視され、小遣いは増えない。

 まったくもって割に合わないことだ。


「そんなことより神殿の確認だ。親方は外装はほぼ完成したと言っていたが」


 セルファスと話しているここが神殿の入口の扉の前だな。休憩所という名目なので、飾り気のない木戸がついているだけだ。試しに一度開閉してみると、やたら厚い戸板で、鍵は錠前ではなくカンヌキ式だった。長年マルシェル屋敷の扉を頑丈に作り直してきた、親方の癖が出ているな。


「確かに中には何もないな」


 からっぽの神殿の中を見渡し、思わず当たり前の感想を言ってしまう。

 形としてはだいたい一辺七メトルほどの正方形の部屋だ。入り口と反対側の壁には二階に上がるための階段があるだけだ。もちろん二階にも何も無いが。

 壁には窓が二つずつ付いている他は、木の板が張られているだけで何の飾りもない。窓には木の扉が取り付けられている。ガラス窓のような贅沢なものではない。


「えぇ? エヴァン様が先に外壁だけ作るって計画を立てたんですよねぇ?」

「分かっている、状況を確認しただけだ」


 現状で神殿の床材は貼られておらず、以前に私が土魔法で基礎を作った時のままの地面だ。地面といっても魔法で締め固められているので砂岩のように硬くなっている。


「魔石の安置をするんですよねぇ? やっぱり二階に置くんですかぁ?」


 セルファスが一階の天井を指差して言うが、私の考えは違う。


「二階か、それか天井裏も考えたが、やはりそれでは何かの拍子に旅人に見つかってしまったり、盗まれるかもしれない。なので別の場所に魔石を置く」

「他にいい場所がありますかねぇ?」

「そうだな、だがその話の前にだ」


 神殿の外にはここまで付いてきたレイチェル姉上とミャルがいる。

 いまは二人して、夕日というにはまだ高い日差しに照らされたヴェスパ湖の岸で遊んでいる。

 美女と美少女が輝く湖を背景にキャッキャとはしゃいでいる、のであれば絵にもなろうというものだが、残念ながらキャッキャではなく、ギャーギャーと騒いでいる。

 多分どっちかが先に水をかけたんだろうな。今ではむきになって水かけ合戦になっている。

 どうでもいいが、身体強化してまでやる事ではないだろう。水かけというよりは、水弾の撃ち合いみたいになっているぞ。あんなのが顔に当たったら普通の人間なら気絶しそうだ。少なくとも私なら気絶する。


「マルス、姉上とミャルを呼んできてくれ」

「あの二人の間に割って入るのは命がけですね。特別手当が欲しいところです」

「この間、雑貨商のパックがクリスタルスピナーの糸を仕入れたらしいぞ。あいつには貸しがあるから私が言えば割り引いてもらえるかもな」

「すぐにお呼びしてまいりますのでお待ちください」


 珍しく小走りで行ったな。おお、あの撃ち合いの真ん中で全部水弾を躱している。


「さすがマルス、と言いたいところだがな」

「何か問題があるんですかぁ?」

「姉上とミャルの目の前に的ができたらどうなるか、ということだ」


 そんなことを話している間にレイチェル姉上とミャルの標的がマルスに替わったな。言わんこっちゃない。


「こら、待ちなさいマルス! 逃げないの!」

「いえ、そう言われましても……」

「ニャー! 何で当たらないニャ!?」


 三人が神殿まで戻って来るのに、太陽が二個分くらい動く時間がかかった。


「楽しかったわね!」

「水が冷たくて気持ち良かったニャー」


 すっきりとした顔で神殿までやってくる姉上とミャルだが、マルスはいつも通りの無表情だ。いや、あれは疲れているときの無表情だな。


「ずいぶん時間がかかったな、マルス」

「あの攻撃を無傷で切り抜けたのですから、そこは褒めていただいても構いませんよ」

「それができると思っているからお前に行かせるんだがな」


 実際、私では無理だしな。


「エヴァン様なら魔法で止めれば良いのでは?」

「……そういう手もあるな」


 まあ、必要もないのに魔法を使うこともないだろう。そんな目で見るな、マルス。


「姉上、我々は少しこの神殿の中で作業がありますので、ミャルと外で待っていていただけますか?」


 レイチェル姉上に頼んでみるが、待つとか待機とか、じっとするということが大嫌いなので、


「え、嫌よ、そんなの退屈じゃない」


 と、こういう返事をしてくるので、こちらから何か興味を引くような提案をする必要がある。

 といっても今回は簡単だ。

 別の者に姉上たちの相手をさせればいいだけだ。


「姉上、せっかくミャルも連れてきたんですから、タマを紹介してやってはどうですか?」

「あ! それはそうね。ミャルはまだ知らなかったわね」

「にゃにゃ? なんのことニャ? 他に誰かいるニャ?」

「まあすぐにわかる。では姉上、外のことはお任せします」

「分かったわ! 任せといて!」


 よし、上手く誘導できた。

 何を任せて、任せられたのか、言った私にもよく分からないが、姉上に言う事を聞かせるためには、このような話術が有効だ。

 レイチェル姉上たちに余計な興味を持たれる前に私、マルス、セルファスの三人でさっさと神殿の中に向かう。

 建物に入る直前に、湖の方から「タマー!」という姉上の大きな声が聞こえてきた。


「マルス、窓を全部閉めてくれ」

「分かりました。明かりはどうしますか?」

「問題ない。魔法を使う」


 神殿の四方にある窓をマルスが閉めていくと、もとから薄暗かった部屋がどんどん暗くなっていく。

 私は手のひらに意識を集中し、白く光る魔法の光球を作り出し天井に浮かべた。


「光源が一つだと角度次第で影ができるな。分けておくか」


 浮かべた光球を四つに分けて部屋の四隅に浮かべなおす。すると締め切った部屋の中が昼間のように明るくなった。


「いやぁ、さすがエヴァン様。器用なことをなさいますねぇ。発現した魔法に手を加えるとは」


 セルファスがいつものように大して驚いていないような顔で驚いている。


「白々しいことを言うな。これくらいできるだろう?」

「いや、できますけどねぇ。あんまり簡単にするので驚きましたよぉ」


 やっぱりできるのか。発現した魔法の修正はかなり高等技術なんだがな。それもセルファスが以前言っていた神託の夢で詰め込まれた知識なのか。


「ともかくさっさと作業に移ろうか。そろそろ外には……」


 私がそこまで言ったとき、外で「ニ゛ャーーー!!」という独特な悲鳴が上がった。

 ほぼ同時に突風が神殿の壁を打つ音が響く。


「タマが到着したようだな。あとは姉上が飽きてこっちに来る前に魔石を安置するぞ」

「お仲間の女性の心配はしないんですねぇ」


 レイチェル姉上とまともに戦えるミャルを心配するだけ無駄だからな。


「さて、些細な事は置いておいて作業だ。まず床というか地面の中心に穴をあける」


 部屋の中心に立ち床を指差した私は、高密度の火魔法を使って親指くらいの太さの真っ直ぐな穴をあけた。あっという間のことだったので、はた目からは私の指から一瞬強い光が出たようにしか見えなかっただろうな。


「次に開けた穴を基点にして周囲の土を圧縮して穴を広げていく」


 すでに十分に硬い地面だが、土魔法を使ってさらに土の密度を上げていく。すると小さかった穴が徐々に大きくなっていく。そして小屋の中には、大木が折れて倒れるような鋭い音、岩と岩が擦れるような鈍い音が響く。


「力づくで硬い地面をさらに圧縮ですかぁ。これはまた非常識な魔力ですねぇ」

「魔力はともかくお前に非常識とか言われたくないな」


 神託を受けて高度な魔法を使う偽神官。セルファスも十分に非常識な存在だ。

 無駄話をしている間にも穴はどんどん広がり、ついには大人が両手を横に伸ばすよりもよほど大きな直径の穴が出来上がった。深さは十五メトルほどだな。


「ええと、エヴァン様、もしかしてこの穴の中に魔石を放り込む気ですかぁ?」


 訝し気にセルファスが尋ねてくるがもちろんそんな気はない。


「さすがに三つ合わせて金貨三十万枚になろうかという魔石をそんなに粗末に扱う気はないぞ。とりあえず下に降りようか。浮遊の魔法をかける」


 相手の許可を取らずにさっさとセルファスとマルスに魔法をかけてしまう。魔力の調整をしているので浮遊の魔法とはいっても浮き上がるわけではない。


「エヴァン様、私も降りて構わないのですか?」


 珍しくマルスが遠慮がちに聞いてくる。


「もちろんだ。さっさと降りるぞ」


 マルスの返答を待たず、私は身を翻して穴に飛び込んだ。落下する感覚はやってこず、水に沈むかのように緩やかに穴を降りていく。さすがに穴の中は暗いので、降下しながら光球の魔法を使う。たちまち魔力の白い光が穴の中を照らした。

 目の前にある石の壁はまるで磨かれたように滑らかだ。色は少し青みがかった灰色といったところか。金属とも思えるような質感だが、実際それくらいの強度はあるだろう。

 壁と同じく滑らかな穴の底に着地すると、セルファスとマルスがすぐに私の隣に降りてきた。お互いの肩がぶつかるようなことはないが、この深い穴に大の男が三人いると息苦しいな。


「エヴァン様ぁ、これはちょっと……」


 セルファスが何か言いたそうにしている。


「狭いと言いたいんだろう。分かっているからもう少し待て」


 私は横の壁に手をつき、先程と同じように火魔法で細く真っ直ぐな横穴をあける。そしてまた土魔法で周囲の壁を圧縮して横穴を成形していく。たちまち私の背丈よりも少し高いくらいの通路が出来上がる。そしてその通路のさらに奥にも惜しげもなく魔力を注いでどんどん土を圧縮していく。


「よし、こんなところか」


 出来上がったのは、ほんの数歩分の短い通路と安宿の一部屋分くらいの小さな部屋。そして部屋の中心には、なんの飾りもないただの四角い台座を作っておいた。

 縦穴と同じく、床も壁も天井も青灰色だ。とりあえず天井に魔法の光球を移動させておく。


「いやぁ、見事な魔力制御ですねぇ。あっという間に地下室ができちゃいましたよぉ。さすがはエヴァン様」

「なにを白々しい。お前もこれくらいできるだろ」


 おだてるセルファスに冷たく言った。しかしセルファスはかぶりを振る。


「いやいや、魔力制御はともかくこんな力技は無理ですよぉ。すぐに魔力が切れちゃいます」

「少なくとも制御はできるということか」

「どうでしょうねぇ、こんなことやってみようと思ったことも無いですからねぇ」


 本心なのか、それともとぼけているのか。


「さて、セルファス。この地下に魔石を安置しようと思うが、問題はないな?」


 地上に置いておくと、どんなに上手く隠しても盗難の危険がある。それに火事の心配とかも付きまとう。

 その点、この金属並みに圧縮された壁に囲まれた地下室ならばそう簡単には侵入できないだろう。そもそも発見される可能性も低くなるしな。


「はい、問題ありませんよぉ。じゃあさっそく付与を始めましょうかぁ」


 まったく、何の気負いもなくセルファスが言った。

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