67.ファッションモンスター
もちろん本物の猫ではない。いや本物も混じっているのか。
しかし、本物の猫は言葉を話したりはしない。いや人語を話す猫が目の前にいるな。まったくもってややこしい。
「ただいま、アンナ」
努めて冷静に、それだけを言って執務机の椅子に座る。
「なによ、エヴァン。この耳を見て何か言う事は無いの?」
レイチェル姉上にそっくりな猫が不満そうに言う。
「言いたい気持ちはありますが言葉が見つかりませんね」
実際、何と言っていいのか分からない光景だ。
レイチェル姉上とアンナにミャルの色違いのような耳が生えている。もちろん作り物なのは分かっているが。
「にゃあ、二人ともまるでフォナル族ニャ。獣人ニャ」
「うふふ、ありがとうございます、ミャルさん」
ミャルもアンナも嬉しそうだ。私はとりあえず女子たちのはしゃぐ様子を観察していた。
「エヴァン、とりあえずアンナを見た感想を言いなさい」
レイチェル姉上がなぜか高圧的な態度で命令してくる。まあ別にいつもの事だが。
「はあ、感想ですか」
私は改めてアンナを見た。いつものメイド服姿のアンナの頭に茶色くて大きな猫の耳。まあ多分カチューシャなのだろう。どんな材料で作られているのかは知らないが、ふわふわと柔らかそうだ。
「可愛らしいと思いますよ、もちろん。アンナでしかも猫なんですから」
「エヴァン様!」
アンナが両手で口を押さえて驚愕の表情を浮かべている。
あ、しまった。つい思ったことをそのまま言ってしまった。この猫だらけの異常な空間の雰囲気のせいだ、きっと。
「あ、ちょっとまて、アンナ、今のは……」
「今のは完全に愛の告白ですよね! そうですよね!? ついにエヴァン様が私に振り向いて下さいました! そう思いますよね、ミャルさん!」
「にゃ? にゃああ? そうなのかニャ? まあ多分その通りニャ」
急激に感情が高ぶったアンナに掴みかからんばかりの勢いで迫られて動揺するミャル。適当な返事をするんじゃない、火に油だろうが。
「マルス、茶の用意を頼む。アンナが落ち着くまで少しかかりそうだ」
巻き込まれない為の用心か、執務室の隅で気配を隠していたマルスに声をかける。
「承知しました。必要とあらば執事長を呼んできますが?」
「まだそこまでじゃない。アンナが止まらなくなったら頼む」
軽く一礼して部屋を出ていくマルス。
アンナは天を仰いで笑顔のまま固まっている。あの様子ならしばらくすれば正気に戻るだろう。
ちなみに、踊って歌い始める症状が出ると執事長ロベルトの一喝が必要になるが。
「それで、どうして姉上とアンナに猫の耳が付いているんです?」
アンナが遠くに行ってしまっているので、仕方なく姉上に尋ねる。
「え、なんでって、それはもちろん耳を作ったからよ。私は白かグレーで迷ったんだけど、ミャルとお揃いで白の耳にしたわ!」
ものすごく自信たっぷりに質問に答えてくれないレイチェル姉上。
「アンナが作ったんですか?」
「私に作れるわけないじゃない」
それはそうでしょうね。
埒が明かないので、とりあえず姉上の付けている猫耳を見せてもらうことにした。姉上は外したくなさそうだったが、しぶしぶ渡してくれる。
ふむ、やはりカチューシャだったか。耳がついていること以外は特に変わったところは無いな。もしかして、と思って魔力を探ってみたが反応は無し。魔道具でもないか。ちょっと残念だ。
猫耳の部分は確かによくできているな。動物の毛皮かと思ったが、布地や繊維、それに鳥の羽毛を上手く組み合わせて作っているようだ。これはなかなかの職人仕事だな。
「あ、エヴァン、強く引っ張ったりしたらだめなのよ!」
猫耳を調べているとレイチェル姉上から叱責が飛んできた。
「それはすいません。確かに繊細そうな飾りですね。これをアンナが作ったんですか?」
「もちろん、わたしだけでは無理です」
我に返ったアンナが話に混ざってきた。
「ああ、おかえりアンナ。早かったな」
「え? はい、ただいまです?」
「もしかして記憶が飛んでるニャ? アンナはすごいニャ。ウチの婆ちゃんみたい」
それは褒めてるのか? 獣人の感性はよく分からないな。
「わたしの実家で素材の調達と加工を手伝ってもらいました。あとは形を整えながら根気よく、です」
「前に言っていた、ミャルがマリクリアで自由に出歩くための策というのはこれの事か?」
姉上にカチューシャを返しながら、アンナに尋ねる。……姉上、そんなひったくるように取らなくても誰も盗んだりしませんよ。
「はい、きっとうまく行きます!」
両手で握り拳を作り、自信に溢れるアンナ。
うーん、カチューシャの出来がいいのは分かったが……。
「これはつまり、ミャルの隣に姉上やアンナが一緒にいて、ミャルの耳を作り物のように見せる、という事だろう?」
「ニャニャ? ありがたいけど、それだと……」
「いつも誰かがミャルのそばにいないといけないな」
耳を隠さなくて済む分、ミャルは自由になったといえるかもしれんが。
「エヴァン様、もちろんこれで終わりではありません。今回作ったのはあくまで試作品です。いま、このカチューシャを私の実家でどんどん製作しているんです」
「え、もしかしてこれを領民に売るのか?」
「もちろんです!」
力強いアンナの返答。
「ミャルさんの耳はかわいいんです! その尋常じゃないかわいさを、このカチューシャを付けるだけで自分の物にできるんですから、売れないわけがありません!」
断言するその姿は、メイドでもマルシェル家の一等文官でもなく、実家の仕立て屋で経理と看板娘を兼任していた頃のアンナのものだった。なんだか初めて会った頃を思い出すな。ああ、ちょうどいまのクラムやイリスくらいの年の頃か。
「マリクリアでこのカチューシャを流行させます。みんながこのカチューシャを付ける事になれば、もうミャルさんの耳はただのかわいい耳ですから」
「流行ってそんなにうまく作れるものなのか……? 姉上、やめてください」
いつの間にか私の背後に回り込んだレイチェル姉上が、私の頭にカチューシャを付けようとする。
「えー、かわいいと思ったんだけど」
「男がつけるものではないでしょう? そんなふわふわの猫の耳なんて」
「フォナル族は爺さん婆さんもこんな耳ニャ」
「そりゃ生まれつきなんだからそうだろう。だからやめてくださいって姉上」
「ほら、結構似合うじゃない」
姉上の早業で私のあたまには猫の耳が生えた。その様子をアンナがじっと見つめてくる。
「男なら、熊とか狼とかそういう勇ましい感じのものがいいんじゃないか?」
「えーそれだったら、私は犬の耳も欲しい!」
「牙ウサギの耳だったら付けてもいいが……、いやなんでもない」
「それです!」
びっくりした。アンナが突然大声を上げた。
「なんだ、どうしたんだ? どれがそれなんだ?」
「さすがエヴァン様! 商売の才能もおありですね!」
アンナが目をキラキラさせているが、何を言っているのかよく分からない。私に商才? そんなわけはないと思う。いつもお小遣いが足りなくなるしな。
「そうですよ、何も猫の耳だけじゃなくてもいいんですよ! いろんな耳があっていいんです! うふふふ、これは忙しくなりそうです!」
そしてアンナはミャルに向き直った。
「ミャルさん!」
「ニャ?!」
突然呼ばれてミャルの尻尾がピンと立つ。へぇ、驚くとああなるのか。
「ソルタリアにはいろんな獣人の種族があるんですよね?」
「そうニャ。熊も狼もネズミもいるニャ。あとは飛べないけど泳げる鳥とか……」
「試作品を作るので、ミャルさんの目から見ての感想や改良点を教えて下さい」
「にゃー、それは構わないニャ」
飛べないけど泳げる鳥って何だろう? そんなのがいるのか? どうでもいいが。
アンナの仕立て職人の血が滾ってしまったようだ。張り切るのは良いが文官やメイドの仕事もあるからな。体調を崩したりしないだろうか。
「アンナ、根を詰めて倒れたりしないでくれよ。代わりはいないんだからな」
「ええ、エヴァン様、今、わたしの事を『世界にただ一人』って仰ってくださいました!?」
ん、そんなこと言ったか? 少し違うような気がするんだが。
「今日は最高の日です! 流行を作る考えも出るし、エヴァン様から熱烈な愛の言葉を頂いた。もう何も恐れるものはありません。頑張りますよ、全力で!」
だから、適当に休んで欲しいんだが……。聞いちゃいないな。
「エヴァン様、お茶をお持ちしましたが何の騒ぎです、これは?」
ちょうどマルスがワゴンにティーセットを乗せて執務室に戻ってきた。やはり抜かりなく茶菓子を山盛り持ってきたな。
レイチェル姉上がさっそくクッキーを一つつまんで口に放り込んでいる。普段なら『行儀が悪い』というところだが、今はそれどころではない。
なぜならアンナが踊り始め、そして歌い始めたからな。
「マルス、見ての通りだ」
ミャルの手を取り、くるくると周りながら歌うアンナ。うんうん、楽しそうで何よりだ。
「ロベルトを呼んできてくれ」
アンナを優しく見守りながら、私は執行人を召喚した。




