65.神殿のつくりかた
水晶の結晶のような形をした大振りの魔石を手に取って、じっと見つめる眠たそうな目をした男。くすんだ金髪が胡散臭さを強調している。
つまり自他共に認める偽神官のセルファスなのだが、さすがに三つ目の魔石を見せた時にはとても驚いていた。驚いたように見えた。
「え? 魔石ですか? 三つ目の? さすがに冗談でしょう?」
「冗談でわざわざお前に会いに来るか。帝都の裏オークションで入手してきたんだ」
「裏オークション?」
「何をとぼけている。そもそもお前が裏オークションの話を最初に出したんだろうが」
「はあ、そうでしたっけ。でもエヴァン様が魔石を買えたんですかぁ? 盗んだんじゃなくて?」
疑いの目線を投げてくるセルファス。
「まさかホントに盗んできたんですかぁ? あ、でもあれですよねぇ、最初から買えるようなお金ないですもんねぇ」
「事実を指摘することは時として宣戦布告と同義だぞ。そんなことよりさっさと鑑定しろ」
いつものように間の抜けたやり取りの後にセルファスに魔石を渡した。
「これはちょっと小さいような気がしますねぇ」
魔石を太陽に透かして見ながら、独り言のようにつぶやくセルファス。
「一等級ではない、ということか?」
だとしたらとんだぬか喜びだが、確かに他の二つの魔石に比べると少し小さく見える。
しかし、魔石の価値は大きさだけではないはずだ。
「魔力量はどうだ? 必ずしも大きさとは比例しないはずだ」
魔石を魔道具に利用する場合の話だが、大きな魔石であればよいというものではない。
大型の魔道具なら話は別だが、人が持ち歩くような物であればおのずと魔道具も小さいものが好まれる。しかし、便利な魔道具であればあるほど高い魔力の出力が必要になる。魔石は可能な限り小さく、かつ魔力量の高い物を選別することになるわけだ。
魔石の大きさと魔力量は比例することが多い。だが例外も存在する。その例外にこそ新しい価値がある。これが今の魔法工学の常識、だそうだ。大学のガドム老師がそう言っていた。
「今探ってますからちょっと待ってくださいねぇ」
セルファスが魔石を握って目を閉じている。自分の魔力を流しているようだ。
実は等級の低い魔石であれば、魔力量を測る魔道具はある。日頃から魔石の買取をしている冒険者ギルドや大きな商会、それに鍛冶ギルドなんかにも置いているな。
だが、その魔道具で測れるのはせいぜい四等級か五等級までと言われている。それ以上の物となると、帝都まで運んで魔導士ギルドの偉い人に鑑定してもらうのが一般的だ。これが冒険者ギルドで買い取れる魔石は四等級まで、と言われる理由だな。
「これはなんと言うか、よくこんな魔石見つけますね」
鑑定が終わったらしいセルファスが小さな声でつぶやくが、しっかりと私にも聞こえている。
「どういう事だ? これは使えないということか?」
詰め寄る私に対し、セルファスはあくまで飄々とした態度を崩さない。
「まず大きさですがやはり少し小さいですね。他の二つと並べて比べてやっと分かる程度ですが。あと魔力量は普通か、どちらかというと少ないくらいです。敢えて等級を付けるなら、一等級と半分といったところでしょうか」
「う……、それで結局のところどうなんだ?」
「結論を言いますと」
言葉を区切ったセルファスの表情が翳る。これはだめか……。
「まあ、使えますね。もう本当にぎりぎりで。なんならちょっとおまけで」
「神託の成就がかかっている重要なところだぞ、おまけってなんだ! 真面目にやれ! それで使えるんだよな? 良かった……!」
妙に言い淀むものだから不安になったが、つまりはこれで魔石集めが終わったという事だ。
気が楽になった。
まだ神殿の建立という仕事が残ってはいるが、最も難しいところは乗り越えた、と言っていいだろう。あとは時間と費用の問題だ。
「いやぁ、早かったですねぇ。何年か、もしかすると何十年か掛かるんじゃないかと思ってましたがねぇ」
パタパタと力のない拍手をしながらセルファスが感嘆したように言う。
「そんなに時間をかけてしまっては、さすがに目に見えて悪影響が出るだろう。領内で子供が生まれにくくなるとか、そんな光景は見たくないぞ。マルス、水をくれ。安心したら喉が渇いた」
「はい、こちらの水筒をどうぞ。エヴァン様はいつも子供の遊び相手を……、いえ遊ばれてますよね、いつも」
余計な事を言いながらマルスが水筒を差し出す。受け取って煽ると少しさわやかな香草の香りがする。相変わらず気の回る事だ。
「ともあれ、これで祈りの灯台を建てる最低限の物は揃った。あとは建設だな」
「おや、祈りの灯台とは上手いことを言いますねぇ」
「それもお前が言い出したんだろうが。呆れた適当さだな」
もしかしてこいつは何も考えずに喋っているのではないだろうか? だとすると警戒するだけ馬鹿馬鹿しくなってくるのだが。
「ともかく、条件が整ったからにはすぐに建設に取り掛かるぞ。といってもマリクリアの街ではもう下準備を始めているがな」
神殿の建立に必要な準備はもう始まっているからな。無駄にならなくて本当に良かった。
建材関連はアンナに、特殊なものは冒険者ギルドのリッツに手配を頼んだ。あとは大工だが、それも当てはある。
「すぐに建設に取り掛かる。騒がしくなってしまうが我慢してもらうぞ」
「はいはい、よろしくお願いします。といっても、どんな神殿にするかもう決めてるんですかぁ? 私としては、魔石を安置できれば別に何でもいいんですけどねぇ」
相変わらず信仰心というものが感じられない発言をしているセルファスだが、ここは敢えて乗らせてもらおうか。
「前にも何でもいいと言っていたな? その言葉に間違いはないだろうな?」
「はい、もちろんですよぉ。そもそもですね、人間が考える絢爛さが神にとってどんな価値があると? はっきり言って無駄です」
まるで自分のことのようにはっきりと言い切るな。しかし好都合だ。
「では、あくまで実務的にやらせてもらうとするか」
私はそう宣言してマルスに目くばせをした。
「マリクリアに引き返すぞ」
そして四日後。
「今から建設を開始する」
「いくらなんでも展開が早すぎませんかねぇ?」
ヴェスパ湖畔にやってきた我々にセルファスは呆れたように言う。
「早いに越したことはないだろう。大工の親方にも無理を言って来てもらったんだ」
セルファス仮設神殿という名の掘っ立て小屋の前には、私とマルスの他にやたら体格のいい男たちが六人立っている。マリクリアから連れてきた石大工の一団だ。先頭にいる親方とは、よく酒場で顔を合わせている。まあいわゆる飲み仲間だな。
「エヴァンの坊ちゃんよぉ。俺ぁ神殿を作るって聞いてたんだがよ」
「ああ、それで合ってるぞ? 何か問題があるのか?」
親方は手に持っていた丸めた図面を広げて改めて眺めた。建設ギルドに大急ぎで書いてもらった出来たての図面だ。写しは無いから丁寧に扱ってくれよ。
「神殿っつうにはちょっと小さすぎやしねえか? これじゃ完成しても、今建ってるこの小屋くらいの大きさにしかならねぇぞ」
セルファスの小屋は大人が十人もすればかなり手狭に感じる大きさだ。親方が今まで手掛けてきた建物の中では相当小さい部類に入るだろう。
だが、それでいい。重要なのは大きさでも美しさでもないから。
「親方、確かにここに必要なのは新しい神殿だが、最初から立派な神殿を建てるわけじゃない。というか、立派な神殿を建ててはいけないんだ」
「ああ、こっそり建てるって言ってたよな」
「そうだ、いつの間にかここに建っていたということにするためにも、あまり大きなものは建てられない」
「いえ、別に堂々と建ててもらってもいいんですけどねぇ」
私のこっそり建設する作戦を聞いたセルファスは、今日も眠たそうな顔でつぶやく。
「うるさい、神殿に必要な条件は再三確認したぞ。建て方に文句は言わせん」
セルファスにそう宣言したが、親方はまだ言いたいことがありそうだった。
「なんでぇ、せっかく神様のために良い事すんのに、誰にも言っちゃならねえってのか?」
まあ当然そう思うよな。普通、神殿を建てるなんて仕事は任された職人にとっては名誉ある事だから。
「すまん親方。事情はいつか必ず説明する」
親方に真っ直ぐ頭を下げる。この神殿建立については親方たちも知らない方がいいことが多い。特に世界の命運がかかっているなんてことはな。
「まあ坊ちゃんの頼みならやるけどよ。本当にこの図面の通りでいいんだな?」
「ああ、それで構わない」
私は自信を持って答える。
「分かった。じゃあ街の連中には、東の方で橋や堰を直しに行ってたって言っとくぜ」
そして親方は後ろに立っている若い衆を振り返る。
「おめぇら、分かったな? 普段から坊ちゃんには世話になってんだ。誰にもこの仕事のこと話すんじゃねぇぞ!」
「「うぃーっす」」
若い衆が返事する。こんな訳の分からない仕事でも、私の頼みだからとわざわざヴェスパ湖まで出張ってくれる。愛想は無いが気の良い連中だ。
「ありがとう、皆。詫びといってはなんだが、帝都で買い付けてきたちょっといい酒を持ってきた。泊まり込みの作業になるから、夜にでも飲んでくれ」
「「うぃーーっす!! あざぁっす!!」」
マリクリアで作っている酒も悪くないが、やはり有名な物や珍しいものは帝国の中心である帝都に集まってくる。名前だけは知ってる高級酒や希少な酒をマルスが馬車から次々に降ろしているのを見て、若い衆の士気は大いに上がったようだ。ふふ、多少無理して買い込んできた甲斐があったな。
「じゃあ坊ちゃん、手筈通り俺たちは持ってきた資材を整理していくぜ。そっちは任せるからよ、しっかり頼むぜ」
すでに若い衆たちは荷ほどきに取り掛かっている。野営しながらになるから大変だな。親方たちはマルシェル領内の色々な所で仕事しているから慣れているんだろうが、やはり街中の仕事とは不便さも危険も比べ物にならないだろう。
だとすれば、私もできる限りのことはしなければな。
「エヴァン様も何か建設作業するんですかぁ? あんまり力仕事が得意なようには見えませんが」
黙っていたセルファスが疑問を呈する。いや、私が腕力で役に立てるわけがないだろうが。
「土魔法の応用で神殿の基礎を作るだけだ。こんなふうにな」
親方たちが自分の作業に集中しているのを確認してから。私は神殿の建設予定地に向かって魔力を集中させる。
普段使う魔法は発現速度と隠密性を重視して無詠唱で使うが、今はどちらも必要ない。
目の前の地面に対して魔力を介して干渉した結果を思い描き、その結果に至る為の手順を頭の中で構成していく。言葉で説明するとこういうことになるが、こればかりは魔法使い同士でないとなかなか理解できるものではないだろうな。
師匠はこの方法を表象具現とか呼んでいたが、大学のどこを探してもそんな言葉や概念は見つからなかった。
魔法を行使した結果に対して辻褄を合わせるように魔法を発現させる。
普通は逆だ。魔法を行使した結果として現実に事象が発生する。わざわざ手順を逆転させて発現させる意味など無いように思える。
「だが、この方法には便利な点もある」
こじんまりとした建設予定地に遠慮なく魔力を注ぎ込んでゆく。
「結果を先に想定して魔法を使うという事は、つまり魔法の影響範囲を限定することに向いているということだ。例えば今回のように」
注ぎ込んだ魔力を発現させて地面の状態に干渉する。
土の中にある空気を押しだすようにして密度をどんどん高めていく。結果、土は硬くなり、量は減る。
そして私の目の前には四角い穴ができた。深さは三メトル程だろうか。穴の底は押し固められた状態になっている。
「いやぁ、お見事ですねぇ。あっという間に基礎が出来ちゃいました」
セルファスは感心したように言うが、本心から言っているかどうかは疑わしい。それに、
「これで終わりじゃないぞ。周りから土を集めてもっと深く、硬い基礎をつくる。大事な神殿だからな、ここで手を抜くわけにはいかん」
私は土魔法を駆使して、土を固め、できた穴に周りから集めてきた土を入れ、そしてまた固めるという作業を繰り返した。力技以外の何物でもない。
最終的に出来上がったのは、岩のように固められた土の基礎だ。ちなみに深さは二十メトルはあるはずだ。ここまで固めてしまえば地下水脈もなんのその、だな。
「いやぁ、一等級魔石を納める神殿の基礎とは言え、ここまでやりますかねぇ。おかげで周りの地形が少し変わってしまいましたよぉ」
そりゃあれだけの量の土を固めたらな。
「それだけ頑丈になったという事だ。これで安心して建築ができるな」
「小さくとも質実剛健な神殿ができそうですねぇ」
セルファスも嬉しそうにうんうんと頷いている。
「ああ、言い忘れていたがな、セルファス」
「なんですか? 嫌な予感しかしませんが」
「ここに魔石は安置するが、建てるのは神殿じゃない」
「え? ええ? じゃあ何のための基礎なんですかぁ?」
ふふん、慌てているな。
「今から建てるのは、巡礼者のための休憩所だ」
「はい? どういうことです?」




