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59.いつまで

 あれからレイチェル姉上が毒草を買いに行くと言い張ったり、ミャルが直した花壇の出来がひどすぎて結局クラムとイリスに手伝ってもらったり、当のミャルはナギと土遊びしてたり、色々あった。

 結果だけ言うと、なぜか非合法薬草店の窮地を救い、礼として希少な毒草の種子をもらい、帝都屋敷の花壇が毒草だらけになったが、それはまあ些細なことだ。

 とにかく我々『神託の探求団』は魔石を集めるという目的を達成した。

 裏オークションで手に入れた三個目の魔石が神殿の建立に使えるかどうかを確認するためにも、一刻も早くマリクリアに戻りたいところだ。

 しかし、マリクリアから帝都までの旅に同行してきた荷馬車の商人たちがいる。特にマリクリアを本拠地にしている商会の者たちは、帰りの旅も我々に便乗する事を期待していると思う。私としても時期が合うなら連れて帰ってやりたいところだ。隊商を守る護衛を雇うのも高くつくからな。

 そして翌日。


「エヴァン様、出立の用意が整いました」


 応接室で朝食後の茶を飲んでいるところにマルスから声がかかる。


「自分で言い出しておいてなんだが、よく皆の準備が整ったな」


 そう、マリクリアに帰る事を運び屋組合の顔役のタバルに伝えたのは昨日のことなのだが、たった一日で荷馬車に荷物を載せた商人たちが帝都屋敷前に勢揃いした。

 正面の門から出た私を、タバルの見慣れた顔が出迎えた。


「あ、坊ちゃん、またお供させてもらいますよ」

「さすがの手際の良さだな。よく一日でこんなに荷馬車が集まったものだ」

「まあ、そろそろかなって勘が半分、あとは半分はどちらにせよ明日か明後日にはマリクリアに帰ろうかって皆で話してたところだったんでさぁ。坊ちゃんから声が掛からなかったら今日にでも追加の護衛依頼をギルドに出すところでしたよ」

「何せ急に事情が変わってな。前触れできなくて悪かった」

「こっちとしては便乗できるだけでもありがてぇ話なんで気にせんでください」


 これで帰りも大人数での移動か。

 マリクリアまで日数はかかるが、今回はナギみたいな小さな子供もいるし、どちらにせよそれほど移動の速度は大して変わらないだろう。

 それにゆっくりとした移動の分、道中で子供たちの見聞を広められるかもしれないしな。旅は人を成長させるものだと何かの書物で読んだ気がする。あれ、聞いた話だったか? どっちでもいいか。


「では、出立だ。オランド、世話になったな。これからも帝都屋敷の切り盛りを頼む」

「はっ、もったいないお言葉。精進いたします」

「もう歳なんだから体をいたわってくれよ」

「なんの、まだまだ現役ですぞ」


 快活に笑うオランド。しかし、当然のように私の専属執事が口をはさむ。


「いい加減わきまえていただきたいものですね。これだから老害は……」

「こんなふうに、主人の心情を汲まずに要らぬ難癖を付ける未熟者が専属執事などとほざいておるから、私もなかなか引退できないのですな」


 マルスの嫌味に間髪入れずに言い返すオランド。あまりにもつらつらと言葉が出てくるので、私は思わず笑ってしまう。


「ははは、今回はお前の負けだ、マルス。年の功は侮れないな」


 マルスは無表情を崩さないが、あれはだいぶ悔しがっている。私にはわかる。


「さあ、行くぞ。マリクリアまで長い旅だ。気を張りすぎないようにな」


 後ろに続く荷馬車の商人たちにも声をかけ、我々は故郷に向けて出発した。

 来た時と同じく帝都の北門から出て、まずはルード公爵領に向けて街道を進むことになる。

 帝都に来た時と隊商としての編成は大きく違わないので、おそらく同じような日数がかかることだろう。マリクリアまで急いでも二十二か二十三日というところか。

 無事に帝都の北門を出たところで私は、ふうっと溜息をついた。

 馬車の窓からは、我々とは反対に帝都に入るための検問に並ぶ行列が見える。

 レイチェル姉上は隊列の先頭を元気に歩いているので馬車には乗っていない。いま馬車の中にいるのは私とマルスだけだ。


「マルス、ミャルを呼んできてくれ。話がある」

「かしこまりました。少々お待ちを」


 マルスはそれ以上は何も言わずに馬車から出て行った。話の内容は分かっている、という態度だった。

 ほどなくしてミャルが馬車にやってきた。マルスも一緒に乗り込んでくる。


「エヴァン、呼んだかニャ? なにか楽しい話ニャ?」


 ミャルはマントのフードを目深にかぶっていた。獣人の耳を隠すためだ。馬車の扉が閉まるとミャルはフードを取った。ミャルの白い猫耳が露わになる。


「楽しい話、ではないな。確認しておくべきことの話だ」


 ミャルの目を真っ直ぐに見て私は言った。同時にこの馬車だけのごく狭い範囲に防音の結界を張る。偶然にでも聞かれるわけにはいかないからな。


「確認ニャ?」


小首をかしげるミャルに対し、私は一段低い声で話し始める。


「そうだ、お前は……」

「お前って言うニャ。ちゃんと名前があるニャ」


 いきなり腰を折られてしまった。


「すまん。ミャルはどうして我々についてきた? そもそもなぜマルシェル家の屋敷に来た?」


 一見、何も考えて無さそうなミャルだが、もしそこに何らかの意図があるとすれば、非常に危険な存在になる。姉上に迫る戦闘能力を持っていると判明したので、なおさらだ。


「ミャルは私の本来の実力を知っている。いや、知ってしまったと言うべきか。それは私の落ち度でもあるので一方的に責められないが、それでも私たちにあえて近づく理由が分からない。怖くはないのか?」


 もしくは恐怖を抑えてでも私に近づく理由があるのか?

 マルスはミャルの横に座ったまま全く表情を変えず動きもしない。

 さて、どう答える、ミャル?


「ニャ?」


 ミャルの回答は分かりやすかった。質問の意味が分からないという態度だ。


「何言ってるかよく分からないニャ。エヴァンがものすごく強いのは分かったけど、なんで怖がらなきゃいけないニャ? エヴァンはいい人で、でも悪い人だけど、やっぱりいい人ニャ。強くていい人で何か困るニャ?」


 心底不思議そうな表情のミャル。これが演技なら大したものだ。

 マルスは全く動かない。話す内容に嘘が見当たらないということだろう。


「いや、私に聞かれてもな。分かってると思うが、私は自分の力を皆に隠している。それこそレイチェル姉上にも父上にも明かしていない。知っているのは、行方不明の者を除けばこのマルスだけだ。ミャルはその秘密を知ってしまった事になる。このことが外に漏れる危険があるなら……」


 そこで言葉を区切った。言うべき内容について私に躊躇があったからだ。


「ミャルを殺すニャ?」


 ミャルは真っ直ぐに私の目を見て、そう訊き返した。


「……分からない。だがこの秘密は何としてでも守らなければならない。私の力は本来、一人の人間が持っていて良いものではない、と思う」


 火竜を威圧して脅し、堅牢な建物を一瞬で消し飛ばす程の魔力。

 自分自身の事だが、どう考えても度を越している。

 この力を領民が知ったらどう思われるのだろうか。確実なのは、今まで通りの関係ではいられなくなるという事だ。私の中では家族同然の彼らと。

 もちろん帝国中央も巨大な武力を持つ個人を放ってはおかないだろうな。


「領民の為、領地の為、そしてもちろん私自身の為に、ミャルには黙っていてもらわなければならない。あのオークション会場の地下室でだけならともかく、私がマルシェル子爵家の人間だと知られたからにはな」


 ミャルに何も落ち度はない。しかし、ここは譲るわけにはいかない。


「もちろん言うなと言われたら絶対言わないニャ」


 何でもない事のようにミャルは言う。まあそう言うだろうなと思っていた。私にも、マルスにも驚きはない。


「それで、いつまで黙ってればいいニャ?」

「いつまで?」


 ミャルの質問に私は言葉を失った。


「いつまでみんなに内緒にしておくニャ? ずっと秘密にしてるとエヴァンが疲れちゃうニャ」


 疲れる? 疲れたから何だというんだ? 秘密だと言っているのに。


「ミャルさん、エヴァン様がいいというまでは秘密でお願いしますね」


 返事が出来なかった私の代わりに、マルスが答えた。


「そう、そうだ。私がいいと言うまでは誰にも言ってはいけない」

「ふーん、大変そうニャ」


 ミャルが興味を失ったのか、自分の耳をピョコピョコと動かし始めた。器用な耳だな。


「ミャルは怖くないのか? 目の前にいるのは得体のしれない力を持った怪物だぞ?」


 あえて露悪的に言ってみる。


「ニャ? 別に怖くはないニャ。最初はびっくりしたけど、結局エヴァンはエヴァンだニャ」


 要領を得ない答えだが、怖がられてはいないようだ。さすがは戦う猫獣人。度胸があるというべきか。


「怖くはない、か。というかそもそもなぜ私たちを追って屋敷に来た? やはり子供たちが気になったか?」


 子供たちがどう思っているかどうかは知らないが、ミャルはクラムたちを友達だと言い張っているから、心配で仕方がなかったのかもしれない。


「もちろんクラムたちは心配だったニャ。でもやっぱりエヴァンに興味があったニャ。ゲムナ族一番の使い手でも、きっとエヴァンほどの魔法は使えないニャ」

「前にも聞いたが、そのゲムナ族とやらは一体何者なんだ?」

「魔法使いのゲムナ族を知らないニャ? フクロウの獣人の部族ニャ。頭は良いけど力は弱いニャ」


 フクロウの獣人。そんなものもいるのか。ソルタリアは私たちが思ってるよりも大きな島なのかもしれない。


「鳥ならむしろ鳥人といったほうがいいんじゃないか?」

「鳥人は空を飛べる奴らニャ。でもゲムナ族は飛べないから獣人ニャ」

「私にはどう分類されているのかさっぱりわからんな……」


 いよいよわけが分からない、獣人の世界。マリクリアに帰ったら大学の教授にでも教えてやるか。


「要するに、私が強力な魔法使いだから屋敷まで追ってきたのか?」

「ニャー? 違うニャ。エヴァンに興味があったって言ったニャ」

「どう違うんだ?」


 私の解釈とミャルの話の何が違うんだ?


「つまり、ミャルさんはエヴァン様に一目惚れしたということですか?」

「つまりじゃないだろ、マルス。全然違う……」

「大体合ってるニャ」

「合ってるのか?! なんでそうなるんだ?! なんでマルスには通じるんだ?!」


 え、私の知らないところでマルスとミャルは話していたか? いつの間にか記憶が無くなったのか?


「エヴァン様の男性としての魅力がミャルさんに届いたという事ですね」

「誤解を招く言い方をするな。多分、ミャルが言ってるのは強さとか、魔法に興味があるっていう話で……」

「別に番いになってもいいニャ。旅の途中で婿を捕まえるのもよくあることニャ」

「ほら、こう言ってますし」


 マルスが実に愉快そうに火に油を注ぐ。絶対わざと話を妙な方向に持っていっているな。


「まあ、ミャルさんさえよければ、お嫁に来ていただくという手もありますし」

「強い子供が生まれるならそれでもいいニャー。あ、でもエヴァンの子供だと魔法はともかく力がなさそうニャ。やっぱり結婚は考えさせてほしいニャ」

「おや、振られましたね、エヴァン様」

「勝手に話を進めて終わらせるな! 楽しそうだな、お前たち!」

「お前って言うニャー!」


 おかしい。

 至って真面目な話をしていたはずなのに、なぜこんな間の抜けたやり取りになるんだ。

 だが、ミャルに私たちを害する思惑が無いことは分かった。今はそれで良しとしよう。

 狭い馬車の中でミャルが騒いでいる最中、私は防音の結界を解除し馬車から降りた。

 途端に馬車内の喧音が外に溢れ、リセリエとヴァルドが何事かと近寄ってきた。


「エヴァン様?」

「エヴァン君、何かあった?」

「大したことじゃない。少し歩くことにする」


 そう宣言すると、先頭を歩くレイチェル姉上やフィロメナと馬車のちょうど中間あたりを一人で歩き始める。

 そして、思わず独り言がついて出た。


「いつまで、か……」

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