58.どうにもとまらない
「あはははは!」
「ニャニャニャニャ!」
目にも止まらぬレイチェル姉上の連撃と、それを手甲で捌き続けるミャル。
掛け声に緊迫感は微塵もないが、見ている光景は凄まじいのひと言に尽きる。
上段、中段、下段。斬り、突き、だけではなく拳や蹴りまで繰り出す姉上。空中に足場を作るような操作系魔法こそまだ使っていないが、こんな攻撃を受けたら私ならあっという間に叩き伏せられてしまうことだろう。
「エヴァン君、すごいね二人とも。レイチェル様が手合わせでこんな攻撃するの初めて見たよ」
私の隣でこの戦いを瞬きもせずに見守っているリセリエ。
「姉上の攻撃の速さは私も知っているが、それを捌いているミャルも尋常じゃないな」
「うん、でも何だか二人で遊んでるみたいにも見えるよ」
確かに、絶え間ない攻守の中に、何というか余裕のようなものが感じられる。
「あれで本気じゃないんだろうから恐ろしい。私が相手をしたら三合ももたずに降参だな」
「そんなに持ちこたえられるっすか? 坊ちゃん」
不意に後ろから声をかけられて振り向くと、いつの間にかリッツがそこに立っていた。
「食堂で朝食食べてても誰も来ないと思ったら、こんな事やってたんすね」
「ああ、話の成り行きでな。ミャルが戦えると言うから、姉上に火がついてしまった」
「レイチェル様、楽しそうっすね。ミャルちゃんもすごいし」
リッツはのほほんとした口調で言っているが、目は二人の戦いをつぶさに観察しているようだ。
「レイチェル様はもう言わずもがななんすけど、ミャルちゃんは全部攻撃を弾いてるっすね。いわゆるパリィって技術っすけど、あんなに正確に弾き続けられるのはよっぽど眼がいいんだと思うっす」
「動体視力だけであんな芸当出来るものなのか?」
「もちろん無理っす。リセリエちゃん、なんでか分かるっすか?」
突然、教師のようにリセリエに話を振ったな。さすが冒険者ギルドの副長。若手の育成はもはや本能か。
「え?! ええと、私なら持久力が持たない気がします」
やや動揺したが、リセリエは自分なりの回答を出した。
「半分正解っすね。身体強化魔法を使ったレイチェル様の攻撃は速いだけじゃなくて重さもあるっす。ミャルちゃんがあんな風に捌き続けられるってことはスタミナと力でも負けてないって事。もし力負けするようなら、自分なら弾くだけじゃなくって躱したり、距離をとるっすね」
「あ、たしかにミャルさんって全然攻撃を躱してないですね」
「姉上と互角の力と速さ? ちょっと信じられんな」
ミャルに意識を集中して魔力を探ってみる。
すると、微弱ではあるが身体強化魔法の波長を感じた。体の中を魔力が循環するような特有の流れだ。
「強力なものではないが、ミャルも身体強化魔法を使っているな。あの程度の強化で姉上と渡り合えているということは、獣人はそもそも身体能力が強いのだろうな」
「ミャルちゃんが特別なだけかもしれないっすけどね」
他に獣人の知り合いなどいないので確かめようもないがな。
「ふう、こんなに攻撃が当たらないのは久しぶりね。まるでロベルトと手合わせしてるみたい」
ひとしきりの攻撃の後にバックステップで軽く距離をとったレイチェル姉上が言う。軽くといっても十歩ほどは離れているが。
それにしても、うちの執事長はあれほどの連続攻撃もあしらうのか。私の剣術指導をしているときに物足りなそうにしているのも納得だな。才能が無いと諦めてくれればお互い楽になるのにな。
「うーん、ミャルも捌くので精いっぱいだニャ。いつもなら反撃するんだけどニャー」
お互いにお互いの手強さを実感しているようだ。
うん、理解が深まって良かった。めでたし。
「気が済みましたか、姉上? じゃあ、屋敷に戻り……」
「そろそろ本気で行くわよ!」
「そろそろ本気でいくニャ!」
たっぷりと呼吸を整えて身体強化魔法を使い、魔力を体中に巡らせる姉上。
それに呼応するように、ミャルの魔力も肥大化していく。
やはりまだ続くのか……。
「おおっと、これはもうちょっと離れて見守った方が良さそうっすね」
「レイチェル様ぁ! やりすぎちゃダメですよぉ」
「無駄よ、リセリエ。あれはもう聞こえてないわぁ」
避難するリッツ達。リセリエの声は姉上には届いていなさそうだ。今まで黙ってみていたフィロメナも二人から距離をとる。
「行くわよ、ミャル!」
レイチェル姉上の跳躍。その後に当たり前のように空中を踏み締めて再度跳躍する。大上段に構えてミャルに飛び掛かり斬撃を浴びせると見せかけて空中に作った壁を蹴って横移動。
「ニャ?! そんなことできるニャ?!」
いきなり出鱈目な立体機動を繰り出す姉上に、さすがのミャルも驚いたようだ。
「できちゃうのよ!」
もう一度空中の壁を蹴ってミャルの側面に回り込んだ姉上が横薙ぎの一撃をミャルに見舞う。
「でも当たらないニャ!」
素早いステップで一歩下がり攻撃を回避するミャル。この手合わせで初めてミャルが攻撃を弾かずに躱したな。
横薙ぎの斬撃を躱されて勢いの余った姉上。地面に着地したのは良いが、ミャルに背中を見せてしまっている。
ミャルがその隙を逃すはずもなく、姉上の後頭部に向かって鋭い拳撃を放つ。
しかし、姉上は木剣を頭の後ろに移動させる。そしてミャルの攻撃を見ることなく両手で支えた木剣で受け止めて見せた。まるで申し合わせの演武を見ているような攻防だ。
「いくらなんでも、そんな真っ直ぐな攻撃は当たらないわ」
振り向いてニコリと笑うレイチェル姉上。
「そうニャ? でもこれで終わりとは言ってないニャ」
そして始まる姉上とミャルの壮絶な攻防。
左右の拳を使い、一呼吸で十数発のパンチを繰り出すミャル。
上空から振り下ろし、相手の踝を狙うような下段攻撃、一瞬にして死角に回り込む空中移動を織り交ぜる姉上。
攻撃を弾くミャル。弾けないと思えば身体を素早く回転させて躱す。躱したかと思えば回転した動きを利用して姉上に強烈な裏拳を放つ。
姉上はとっさに体を後ろに大きく反らして裏拳を避けると、そのまま後ろ宙返りをしながらミャルの顎先を狙って蹴り上げる。
自身の顔を目掛けて下から飛んでくる蹴りを右手の拳で弾いて軌道を逸らしたミャルは、身体をもう一回転させて宙返りをした姉上に鋭いパンチを放つ。
空中で攻撃を回避する術がないと思われたが、そこは姉上のこと。宙返りで一回転し終わる前にまたも空中に作った見えない壁を蹴り、ミャルの斜め前方に跳躍。袈裟懸けの斬撃を放つが、軽やかなステップを踏むミャルに躱されてしまう。
「まだまだ!」
「これからニャ!」
レイチェル姉上は重力を無視した空中機動。
ミャルは縦横無尽に攻撃を躱し、弾き、そして反撃。
非常に高度で無軌道にすら見える暴力の応酬。
そして、
「これなら!」
ミャルが足払い攻撃を仕掛け、それを躱しつつ跳んだ姉上。そして体勢が崩れているミャルに向かって剣を振り下ろす。
「ニャんの!」
足払いが躱されることを予想していたのか、すでに脚を引っ込めてしゃがんだ体勢になっているミャル。
足を開き背中を丸めて両手を地面につけた格好は、まさに猫そのもの。
そして、上から攻撃してくるレイチェル姉上に向かって跳躍。拳を突き出した。
が、
「ニャ?!」
ガッという音がして、突き上げたミャルの拳がレイチェル姉上から斜めに逸れていく。
まるでそこに見えない壁があるかのように。
ミャルの反撃を読んだ姉上が操作系魔法で空気の壁を作っていたようだ。
「もらったわ!」
ついにミャルに一撃を入れようとしたその時、
「う?!」
レイチェル姉上が突然真横に弾き飛ばされた。まるでそこにだけ突風が吹いたかのように。
咄嗟に体勢を整えて着地する姉上。
そして、私の方を向いてキッと睨みつける。
「エヴァン?!」
そう、私が二人の手合わせに介入した。
距離が離れていてもレイチェル姉上の容赦ない怒気を肌で感じる。はっきり言って怖い。
しかし、介入せざるを得なかった。
「そこまでです、姉上。木剣とはいえ、そんな攻撃をしたら怪我では済まないかもしれません。熱くなりすぎです」
「木の棒くらいでミャルは怪我しないニャ」
「ミャル、お前もだ。相手の手の内を全部見ないうちに無意識に舐めてかかっているな。格下相手ならどうとでもなるだろうが、同格以上と戦うとなると相手の隠し玉一つであっという間にやられるぞ。さっきみたいにな」
「うにゃあ……」
指摘が刺さったらしくミャルはうなだれてしまった。
「私はちゃんと寸止めしようとしてたもん!」
姉上が反論してきたが、本当に寸止めしようとしていたなら一目散に私に詰め寄り、なんなら一発殴りに来ていただろう。
幼児のように言い訳を始めた時点で、嘘をついていることは間違いない。
「レイチェルが嘘つくとすぐわかるのよねぇ」
避難していたフィロメナがこちらに向かって歩きつつ言った。さすが幼馴染、よく分かっている。
「あと、姉上とミャルが最後に戦っていた場所。そこは花壇です」
「え?!」
「ニャ?!」
ミャルが自分の足元を確認し始めるが、残念ながらそこには何らかの植物の芽が土と一緒に踏み荒らされていた。
周囲に雑草もないし、目立たないが丸石で区分けもしてある。手入れしてある花壇なのは疑いようもない。
私たちと一緒に手合わせを見守っていたメイドの一人が、花壇を凝視しながら口元だけで微笑んでいる。目にはうっすらと涙を浮かべて。
「あ、あ、えーと……、ごめんなさい!」
そのメイドに向かって直角に腰を折って謝罪する姉上。
「ごめんにゃあ、気付かなかったにゃあ」
力なく謝りつつ、素直に反省する態度を見せるミャル。
「だ、大丈夫です。まだ芽が出たばかりですし、植え直せばいいだけですから」
メイドが慌てていうが、それでも悪いことは悪い。
ここはマルシェル家の領主代行、もとい元領主代行として毅然とした態度をとらねばな。
「いや、花壇を荒らしたのは姉上たちの責任だ。謝って終わりという歳でもあるまいし」
忘れがちだがレイチェル姉上は立派に成人だからな。
「姉上、あとで市場まで行って代わりの種を買ってきてください。ミャルは荒れた花壇を整えておくこと」
「はぁい」
「にゃあ」
姉と猫が返事をする。
ふふ、たまに姉上に説教をするとなんだか気分がよくなるな。
「で、これは何という花の芽なんだ? 希少なものでなければいいのだが」
メイドに聞くと、彼女は少し気まずそうに言った。
「あの、実はこれ花じゃなくて毒草でして……。強力な麻痺薬をつくるために育ててたんです……」
「毒……。じゃあ種は……」
「売ってるとしたら違法な魔法薬店とか……」
「……」
そうだった。この屋敷で働いているのは執事やメイドに見えても正体はオランド麾下の諜報部隊だった。
「どうする、エヴァン? 私、買いに行ってこようか?」
「絶対ダメです!」
調子に乗るとこれだ。私もミャルに言えた立場ではなかったな。
笑ってるんじゃないぞ、マルス。




