240 あれ、異界の存在ではないかしら?
3女神が異界の巨人に襲われている頃。
「アスモデウス、頼む!」
「こちらはお任せ下さい、イツキ君」
右から押し寄せる異形の巨人どもへの対応をアスモデウスに任せる。
「寿々姉はシルフィーをお願い!」
「お姉ちゃんに任せなさい!」
「イツキ! 私は守られるだけの女じゃないぞ!」
シルフィーのことを寿々姉に頼んだが、シルフィーは戦うつもりのようだ。
「俺はおまえがどれくらいできるのか分からないんだよ!」
「私も腐っても魔王の娘だ! 父上ほどではないがそれなりに戦えるぞ!」
「そうかよ! じゃあ、背後は任せた!」
「任せとけえい!」
「寿々姉は左をお願い!」
背後から押し寄せるのは、人の形を辛うじて保ってはいるがドロドロに崩れ落ちそうにも見える真っ黒な異形。
夥しい数に驚きを禁じ得ない。
それをシルフィーに任せる。
左からは能天使達。
それへの対応は寿々姉に任せた。
「五月はどうするの?」
「俺は正面と上!」
正面からはオートマタの一団。
空にはマンタのような形をした一つ目の異形。
こいつらも漆黒だ。
俺は容姿変換を解き、[無限収納]から面制圧用の武器を取り出す。
イリア・バージョンだと、力足らずで取り出せないんだよ。
取りい出したるは、魔道版近接防衛システム(Magic Close-in weapon system, MCIWS)。
銃座に据えられた魔道ガトリング砲に付与した改良版の[エリアデフィニッション]で指定範囲内の射撃対象を選別し自動追尾する、射撃も射撃管制も完全自動制御の武器システムだ。
ベースになったのは、S982マジックマスター。
前回、ミネルヴァのオートマタ相手に使った手動射撃の機関砲である。
模したのは、GE社が開発した6銃身の20mmガトリング砲M61A1バルカンだ。
発射速度は毎分6000発。初速は1050m/s。
艦載用として捕捉・追尾レーダーと組み合わせて近接防空システムCIWSとしたファランクスが有名だ。
俺が作った魔道機関砲はリボルバー式魔道拳銃同様、ミスリル銀の砲弾を発射する。
弾の構造も発射方法も魔道拳銃と同様。
連射動力装置も電気やエアではなく魔力に依存する。
但し、発射されるのは銃弾ではなく砲弾。
銃薬莢より大きい砲弾薬莢に込められているのも俺が封入できる限界量の魔力。
砲に取り付けられ、[無限収納]の中まで伸びているのは、500万発の弾薬を仕込んだ給弾ベルト。長旅に備えて500万発用意した。
闇雲に撃ちまくっても半日以上撃ち続けることができる。
そのMCIWSを俺の前に設置。
同じく[無限収納]から取り出したM&Eエレクトロニクス社製タブレット。
その画面の起動ボタンを押下する。
これで後はMCIWSが勝手に対応してくれる。
かく言う俺は見ているだけ。
ブ―――――ン!
モーター音のような連続音を響かせながら回転する6本の銃身。
連続して撃ち出されている砲弾は早過ぎて視認できない。
俺は[無限収納]から丸テーブルと椅子を取り出して、観戦武官よろしく高みの見物だ。
ブ―――――ン!
おうおう。
一つ目マンタが次々に撃墜されていくぞ。
ブ―――――ン!
ガガガガガガガガガガガガガガ!
オートマタも砲弾を浴びて破滅の踊りを踊っている。
バラバラに砕け散るまで踊り続けるのだ。
俺は[無限収納]から缶コーヒーを取り出してプルタブを開けて喉を潤す。
この缶コーヒーもM&Eヘビーインダストリー社傘下のM&Eビバレッジ社の製品。
もちろん、微糖でも無糖でもなくミルク&砂糖増量仕様だ。
「あ! イツキ、狡い! 自分だけ楽しやがって!」
シルフィーが振り向いて文句を言う。
「俺は楽に戦えるように色々工夫してるんだよ。唯人は汗して働け」
「くそっ! くそくそくそっ!」
「まあ、シルフィーちゃん、『くそ』だなんて、お・げ・れ・つ」
「覚えてろよ、イツキ! 絶対に泣かしてやる!」
そう言いつつ特級火属性範囲攻撃魔法[ヘルファイア]で真っ黒な異形を業火で焼き払っていくシルフィー。
物凄い火力はさすが魔王の娘。
何千℃なんだ、あれ?
地面がマグマ化してるよ。
一方の寿々姉。
巨大竜巻を発生させて、その中に能天使どもを巻き込んでいる。
あれ、風属性の禁呪[トルネード]だよね。
巻き込まれた能天使どもが巨大竜巻の中で吹き荒れる真空の刃に次々と裁断されていく。
アスモデウスは?
広範囲を凍らせる絶対零度の寒波の波動[フリーズフレア]で異形の巨人どもをまるごと凍らせたぞ。
あれも氷属性の禁呪だな。
更に火属性の禁呪[エクスプロージョン]で氷像をバラバラに破壊。
結局、神界からの襲撃者は残らず殲滅されたのだった。
■
「ご苦労様」
俺は[無限収納]から椅子を3脚出して、丸テーブルの周りに並べる。
更に[無限収納]から缶飲料を3本取り出して丸テーブルの上に置いた。
アスモデウスには、無糖のアイスコーヒー。
寿々姉には、オレンジ100%。
シルフィーには、ミルクたっぷりのアイスココア。
全てM&Eビバレッジ社の製品である。
「一仕事した後のコーヒーはいいですね」
「果汁が喉に染み入るわあ」
アスモデウスと寿々姉には概ね好評。
だが、シルフィーはココア缶片手に複雑そうな顔をしている。
「何でココア…………」
俺はシルフィーに万遍の笑顔を向ける。
「それはね。シルフィーがお子様だからだよ。分かる? お子様。大事な事なので二回言ってみた」
左隣に座るシルフィーによる顔面パンチ攻撃。
だが、身長差とリーチの違いが災いして一発も届かない。
「おい、イツキ! イリアに戻れよ!」
「イヤだよ~。戻ったら殴られるじゃん」
「だからだよ!」
ここは地方街道の村と村の中間地点。
誰にも見咎められることも無いから本来の姿でいられる。
それにしても――――
さっきの邪神討伐軍は変だった。
能天使は相変わらずだったし、オートマタもネイマーンが帝釈天勢力に本格供給を始めたとすれば合点はいく。
だが、異形の巨人と異形の人型と一つ目のマンタみたいな異形、あれらは違う。
「魔族では無いですね。魔物だったとしてもこの世界にはいないはずのものです」
コーヒーで喉を潤したアスモデウス。
神代魔族の彼にも思い当たるところが無いらしい。
「あれ、異界の存在ではないかしら?」
寿々姉が何かを思い出そうとしているように見えた。
「どういうこと?」
「社殿を襲ってきた連中がいたでしょ?」
寿々姉が命を落とした野武士達の襲撃のことか?
「連中の中にね、野武士とは違うヤツが混じってたのよ」
それは初耳だった。
「さっき、シルフィーちゃんが倒していた異形の人型だったと思うんだけど、あれに似たヤツだったわ。剣で斬るとね、全身が炎に変化して倒れるのよ。そのせいで社殿は火の海よ」
寿々姉が火に囲まれて逃げられなくなったのはそのせいか!
「それにね。野武士達もおかしかったのよ」
「どうおかしかったんだ?」
「そうねえ…………何かに操られているみたいな感じかな?」
それは村を襲った連中とは異なる。
村を襲った連中は、略奪と虐殺という明確な目的を以て動いていた。
だが、社殿を襲ったのは傀儡と異形。
同じ連中だと思っていたが、どうやら別々の集団だったようだ。
「でも、あの日、泰三君が皐月を連れ出してくれていてよかったわ」
俺はその日、道場に行く予定では無かった。
師匠の予定が空いたので、急遽、御蔭流の目録の一部を伝授されることになった。
もし、俺が師匠に連れ出されなかったら?
もしかして、社殿を襲った連中の目的は俺と寿々姉の抹殺?
まさかね。
だって、俺はまだ7歳の子供だったんだぞ?
そもそもだ。
何で幕末の長州に異界の存在が現れるんだ?
「もしかして、前世を含めたイツキ君の存在そのものに何かの鍵がありそうですね」
手の甲で口元を隠すアスモデウスが誰に言うでもなくそう呟いたのだった。
■
一休みした俺達が乗る馬車が北を目指す。
ここから先、暫くは人家も無い。
「なあなあ、イツキ。私は退屈だ。おまえは異世界人なんだろ? 元居た世界の話をしろよ」
「私も知りたいわ。五月になってからの日本での生活を」
シルフィーと寿々姉に話を強請られる。
やれやれ、仕方ないなあ。
俺はここに召喚される前の話をした。
〖妖狼亭〗で白亜にも話してやった内容だ。
学校、授業、合宿研修、体育祭、学園祭、修学旅行等の学園生活。
家電製品、乗り物、建物、料理等の文明。
それに野球、サッカー、ゲーセン、アニメ、映画等のスポーツや娯楽。
ついでに両親の話と、考古学者の父について紛争地帯に行った時の話もした。
日本の変わりように寿々姉は目を白黒させ、シルフィーはエーデルフェルトとの違いに興味津々のようだ。
「イツキは、その紛争地帯での経験からさっきのような武器を作ったのか?」
「スマートフォンは誰もが持ってるのか? 私も欲しいなあ」
「インターネットで調べたいことが調べられて、遠くにしかない物も買うことができるなんて、便利過ぎて病みつきになってしまいそうだ」
「FPSは私もしたいぞ」
「宇宙船なるもので星の外に出られるのか?」
どうやら、シルフィーはあっちの世界が気に入ったらしい。
そんなところは、白亜ソックリだ。
そこであることが気になって、シルフィーに訊いてみた。
「なあ。おまえの母親は人間だって話だが本当か?」
「ああ。私のお母様は人間だ。それも異世界からの漂着者だと言っていたな」
『漂着者』?
初めて聞く概念だ。
「『漂着者』って何だ?」
「言葉通りだよ。お母様は元居た世界で『神隠しに遭った』と言っていた」
神隠しだと?
「確か所要で出掛けて戻る途中、五条大橋の辺りで」
『五条大橋』?
またもや、聞き覚えのあるキーワード。
「おまえの母親は何て言う名だ?」
俺は逸る思いを押さえつつシルフィーに尋ねる。
「ちょっと待てよ。今思い出す」
シルフィーが顎に手をやって考え込む。
「お母様は検非違使別当を務める貴族の妻。名は………『橘中納言別当正嗣の妻』だったな」
それって…………
「娘は居たのか?」
「娘? ああ、1つになる赤ん坊が居たそうだ。お母様もその娘のことだけは気にしていたな。まあ、それは私もだ。なにせ、私の異父姉になるんだからな」
ああ、なんてこった!
こんなこと、本当にあるのか?
白亜の生みの親が神隠しに遭い、流れ着いたところで魔王に拾われてその妻になった。
そしてそこで妹となるシルフィーを生んだ。
つまり、白亜とシルフィーは姉妹だ。
道理でソックリな訳だよ。
その白亜がここエーデルフェルトに召喚された。
もし、白亜の継母が白亜に痺れ薬を盛らなかったら?
家を、そして寺を出奔することもなく、五条大橋に行くこともなかった。
五条大橋に行かなければ、白亜はエーデルフェルトに召喚されることは無かったのかもしれない。
「なあ、シルフィー?」
「なんだ、イツキ? 怖い顔になってるぞ」
俺が急に深刻な表情になったことを言っているようだ。
構わず続ける。
「おまえ、その異父姉に会いたいか?」
シルフィーの瞼が大きく開いていく。
「おいおいおいおい、それってまさか!?」
ほんと、こいつ、察しがいいよな。
「ああ、おまえの義姉もエーデルフェルトに召喚された。2年前にな。そして、そいつは今は俺の義妹だ。白亜って言うんだ」
さすがの寿々姉も絶句している。
「なあ、シルフィー。おまえはどうしたい?」
「その白亜姉さんに会いたい!!」
喰い付くように返事をするシルフィー。
「わかった。おまえを必ず白亜に会わせてやる。約束だ」
小指を差し出す。
シルフィーが小指を絡めてきた。
「お母様ともよくこうして『指切り』をしたなあ」
懐かしそうに呟くシルフィー。
この世にたった二人だけの肉親。
そのどちらも知る俺には二人を会わせる義務がある。
よし。
『シルフィーをクレハさんに引き渡して終了』と考えていたが予定変更だ。
邪神指定が解かれたら白亜を見つけ出して、シルフィーの下に連れていくとしよう。
俺はそう心に誓ったのだった。




