241 小さな神殿の司祭
「今日はここに泊まることにしましょう」
まだ日も高いのに寿々姉がアスモデウスに馬車を止めさせた。
「五月も容姿変換してイリアちゃんに化けなさい」
俺が捕まることが無いように、そう言ってくれるのは解かるんだが、ここでは必要無いんだよね。
俺は[容姿変換]を行使することなく、素のままで馬車を降りた。
「五月!」
「大丈夫だよ。ここには俺を突き出したり、通報するような人はいないよ」
ここはハンネ村。
聖皇国内では珍しく先代勇者一行を慕う者が多い。
村の広場に勇者一行の銅像こそ建っていないが、村人達の自宅には小さな銅像が飾られている。
なぜなら、ここはセリアが育った村だからだ。
全員が馬車を降りたのを確認したアスモデウスが馬車を広場の片隅に停め、馬車から解放した馬を連れて厩舎に行ってしまった。
「私達は宿に向かいましょう」
寿々姉が村の広場に面した宿に向かおうとする。
「ごめん、寿々姉。俺、ちょっと行くところがあるから」
俺は寿々姉やシルフィー達と別れて村外れまで歩く。
20分程歩き、やがて小高い丘の上に見えてきたのは小さな神殿。
俺は迷わず中に進む。
祭壇の飾られている部屋に入る。
祭壇に向かって祈りを捧げていた男が、俺が入って来た気配に気づくと祈りをやめて俺の方に向き直った。
短めの白髪を七三に分け、司祭服に身を包み眼鏡を掛けた老人。
「お久しぶりでございますね、皐月様」
司祭が懐かしそうに笑みを浮かべる。
俺も右手でテンガロンハットを脱いで、それを胸の前に持ってくる。
「通り掛かったので挨拶にやってきました、グレゴリオさん」
そのまま軽く会釈した。
グレゴリオ・ラムサスさん。
ハンネ村に在住するリザニア聖教の司祭。
神殿の前に置き去りにされた赤ん坊のセリアを拾い上げて育てた、セリアにとっての育ての親。
一見、人間にしか見えないが、実は神代魔族だ。
そんな神代魔族がどうしてリザニア聖教の司祭をしているのかはわからない。
だが、この人が種族差別を決して行わない高潔な人であることは、前世から良く知っている。
「では、この老体とアフタヌーンティーを御一緒頂けますかな?」
「よろこんで」
グレゴリオさんと共に祭壇部屋横の居間に向かう。
彼と小さなテーブルを挟んで座る。
淹れてくれたお茶からはハーブの香りがした。
「皐月様は無事転生を果たされたのですね?」
「今の俺は、斎賀五月です」
優しい目で俺を見るグレゴリオさん。
そんな彼に俺は前世での勇者一行の結末を語る。
セリアを可愛がっていた彼には申し訳ないが、彼女の最期も包み隠さず話した。
「そうでございますか。あの子は自分を慕う子供を守って死んだのですね」
タナクを庇って凶弾に倒れたセリア。
「あの子も本望だったのでしょう」
俺にはグレゴリオさんの心中は解らない。
ただ、前世に一度だけこの村に訪れた時、セリアが枢機卿にまでなったこと、そして勇者一行のメンバーに選ばれたことをとても喜んでくれていた。
あの頃のセリアはまだ俺には打ち解けてくれておらず、常に仏頂面だった。
そんなセリアがグレゴリオさんの前でだけは優しい笑顔を浮かべ、まるで本当の親を慕うように話をする姿が印象的だった。
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『あの子は生真面目な性格で融通が利きませんが、決して悪い子ではありません。正直、魔王の【暴虐】阻止の過酷な旅にあの子が耐えられるか心配です。勇者 皐月様。どうか、あの子のこと、よろしくお願いします』
『はい、必ずセリアのことを守るとお約束します』
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別れ際、グレゴリオさんにお願いされたことは昨日のことのように憶えている。
しかし、俺はグレゴリオさんとの約束を果たすことができなかった。
セリアと別行動を採った結果、彼女を失うことになったから。
「約束を守れなくて済みません」
グレゴリオさんに真摯に謝罪する。
「頭をお上げ下さい。えっと、今は五月様でしたね」
この人だって悲しいだろうに。
だから、俺は話さなければならない。
セリアのその後を。
「セリアも無事転生を果たしました。女神セレスティアとして」
グレゴリオさんは笑みを絶やさなかった。
ただ一言――――
「セリアは女神様になったのですね」
俺はグレゴリオさんの目尻に涙が浮かんだのを見逃さなかった。
本当にこの人はセリアのことを愛しんでくれている。
なあ、セリア。
いつか、おまえをここに連れてくるよ。
その時は、おまえ自身の声でグレゴリオさんに報告してあげてくれ。
絶対に喜ぶから。
それだけは保証するよ。
◆ ◆ ◆
その頃。
「ぶええっくしょい!」
セレスティアが大きなくしゃみをした。
「ティアちゃん、おっさんみたいなくしゃみ」
舎脂が茶化す。
「おい、人妻! 訂正しろ! わたしは『おっさん』じゃない!」
「だ~って、淑女なら『くちゅん』とか『くしゅん』とかでしょうお?」
舎脂は訂正する気は無いようだ。
「ティアちゃん、風邪? 無理してない?」
迦羅が心配そうな顔になる。
「これはアレだね。イツキちゃんが噂してたのかもね」
「イツキはわたしの噂なんかしないわよ。あいつ、直接言ってくるし」
そんなところだけはイツキを妙に信頼するセレスティアである。
「噂するなら、あのいけ好かない元ハイエルフね。あいつ、死ねばいいのに」
「こら、ティアちゃん。女神がそういうことを言ってはいけませんよ」
「は~い」
迦羅に『めっ』されたセレスティアが首を竦めた。
もっとも、セレスティアの推測は完全に冤罪で、的から大きく外れていたのだが。
◆ ◆ ◆
「くしゅん!」
シルキーネがくしゃみをする。
「大丈夫でございますか、お嬢様?」
執事のベヘモットがシルキーネを気遣った。
「大丈夫さ。これはそうだね。駄女神がロクでもない悪口を言っているんだよ」
シルキーネがヤレヤレというポーズを採る。
さすがは賢者に等しい洞察力を持つ、元大魔法使いの女だった。
「まあ、最近はかなり素直になったみたいだけどね。ライバルが増えたせいか、いつまでも『親友』を隠れ蓑にしてもいられなくなったんだろう。もたもたしてると、彼を搔っ攫われてしまうからね。って…………あれ?」
シルキーネは、そこで違和感に気付いて言葉を止める。
「どうなされました?」
「いや、その、『彼』って、誰だっけ?」
喉の途中に何かが詰まって呑み込めないようなもどかしい感覚に襲われるシルキーネ。
「あれ? 何だろう? 大事な人だってことは解るんだ」
「お嬢様?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。今、思い出す。今、思い出すから」
焦ったように蟀谷に手を遣るシルキーネ。
そんな主人を黙って見つめるベヘモット。
『俺は自分の都合で大事な人を振り回す酷い男だ。もう、あなたのお嬢様には近づけない方がいい』
『もうシルクの中に俺に関する記憶が戻ることは無いんだ。シルクには昔の男のことはきれいさっぱり忘れ去って幸せになって貰いたいものだね』
(イツキ様、あなたの行使した[アタラクシア]は不完全だったようです。お嬢様は少しずつですが、あなたの記憶を取り戻しつつありますよ。それがいつになるかはわかりませんが、その時は覚悟しておいて下さいね。どのような理由があったとしても、突き放し、記憶を奪ったあなたのことをお嬢様は決して許さない。本気を出したお嬢様はなりふり構わずあなたを探し出し、あなたに代償を求めるでしょうから)
眉根を寄せて悩む主人を見ながら、ベヘモットはそんなことを考えるのだった。
◆ ◆ ◆
やがて、俺はグレゴリオさんに別れの挨拶をして神殿を後にする。
グレゴリオさんは、俺が豆粒になるくらい遠くに行くまで神殿の前で見送ってくれたのだった。
宿に戻ってくると、宿の前でシルフィーが腰に手を当てて立っていた。
「どこに行ってたんだよ、イツキ!?」
「おまえこそ、どうしたんだ?」
すると、シルフィーが顎をしゃくって中に視線を向ける。
「イツキ、おまえにお客さんだ」
俺に客?
中に入ると、宿の1階の食堂で村の長老を名乗るお年寄りが座って待っていたのだった。
来週一週間、ちょっと遅れてゴールデンウイークを頂きます。
投稿再開は、5/11(月)からになります。




