239 聖殿への帰り道
「これで中立派の神全てを説得できたわね」
「もう、新たにイツキさん討伐に名乗りを上げるような方が出ることはないでしょう」
聖殿への帰り道。
わたしと迦羅ちゃんが顔を見合わせて笑う。
今日、最後の2神にイツキが正式に邪神指定されたのではないことを説明して理解を得た。
説得には舎脂と迦羅ちゃんも同席してくれた。
帝釈天がイツキの邪神指定を取り下げたいが、一旦邪神指定してしまった都合上、中々取り下げにくい状況にあることを舎脂が語り、帝釈天がイツキの邪神指定する原因となった『舎脂の記憶の巻き戻し』をイツキが行わないことをアスラが受け入れたことを迦羅ちゃんが説明してくれた。
一方のわたしはイツキに神界をどうこうする意思は無いことを説明。
わたし一人では上手くいかなかったかもしれない。
二人の友人に感謝だ。
「いよいよティアちゃんもあたしと同じ人妻かあ」
「『人妻』だなんて、わたしとイツキはまだ…………」
舎脂め。
あんたは気が早過ぎるのよ。
第一、わたしはまだ正式にイツキの返事を貰っていない。
もちろん、あいつの中ではわたしが一番なことは知っている。
でもね、こういうのは形式が大事なのよ。
「ねえ、教えてあげようか? 毎晩、あたしら夫婦が何してるのか」
「舎脂!」
「きゃあああ! ティアちゃん、顔真っ赤!?」
やめろ!
わたしだって、そういうのを考えない訳じゃないんだよ。
わたしも一応は初めてだし…………色々想像しちゃうんだよ。
「舎脂ちゃん?」
「あ………いえ、ごめんなさい」
笑顔の迦羅ちゃん。
だが、それを見た舎脂が急に大人しくなった。
「ん? どうしたのよ、舎脂?」
「お姉ちゃん怒らせると怖いから………はい、反省します」
迦羅ちゃんを見ても笑顔のまま。
うん。
双子の意思相通、わたしにはわからないや。
「この後、うちに寄ってくんでしょ?」
「ゴチになりま~す!」
「ティアちゃんの晩御飯も久しぶりですね」
二人を夕食に誘うと二つ返事で了解してくれた。
前世、勇者一行の旅で、わたしはサツキに胃袋をガッチリ掴まれてしまった。
あいつの料理は絶品だった。
一度目にし、口にしただけで、レシピも無しに見様見真似で初めての料理を忠実に再現するとか、ありえないスキルを持つサツキ。
イツキに転生してもそのスキルは錆びついていない。
そのことは、イツキの料理を食べていた白亜の言からも推し量れるし、あの日、あいつに夜食をごちそうになった時にも感じたことだ。
わたしは、転生してもあいつに胃袋を掴まれっ放しなのだ。
でも、イツキ。
わたしだって、一方的に胃袋を掴まれたままでいるつもりはないのよ。
わたしもあんたの胃袋をがっちり掴んで虜にしてやるんだからね。
――――――――――――――――――――――――――
――――という訳で、わたしは神界に戻ってから、炉の女神ヘスティア様を自宅に招いて料理を習っていた。
ヘスティア様は家庭の守護女神。
作る料理は絶品。
そのスキルを得るべく教えを乞うたわたしの願いを喜んで引き受けてくれたヘスティア様。
ただ、ヘスティア様はスパルタだった。
割と大雑把なわたしのやり方は、ことごとく厳しい指導対象になった。
わたし自身、短期間でイツキ並みを目指すのはハードルが高かったのかもしれない。
思い通りにいかないわたしに、ある時、ヘスティア様が言った。
「食べて貰う相手のことを考えなさい」
「食べて貰う相手…………」
「いるんでしょ? セレスティアちゃんにも料理を食べて貰いたい相手が」
わたしは、すぐにイツキの顔を思い出してしまった。
『凄いよ、セリア! こんなに美味しいの食べたことないよ!』
イマジナリーなイツキが目を輝かせてわたしの出した食事に没頭する姿が目に浮かぶ。
「でへへ、イツキ~~~」
「セレスティアちゃん、だらしない顔」
わたしは慌てて表情を引き締める。
そんなわたしを愛しむような表情で見ていたヘスティア様。
「セレスティアちゃんのいい人、『イツキ君』て言うんだ?」
「あ、いや、その、わたし」
あたふたするわたしにヘスティア様がクスクス笑い出す。
「早くイツキ君に食べて貰えるといいわね」
イツキのことを考えるようになってからのわたしはメキメキと腕を上げた。
そんなある日、ヘスティア様は『パン』と手を叩いて言った。
「セレスティアちゃん、よく頑張ったわね。もう、私が教えることは無くなっちゃったわ」
ヘスティア様が太鼓判を押してくれた。
「これもイツキ君を想う愛故かしら?」
「あ、愛とか違うし」
その時のわたしはどんな顔をしていたんだろう?
ただ、わたしを見るヘスティア様の視線が妙にくすぐったかったような気がした。
ヘスティア様に太鼓判を押されたわたしは、早速、舎脂と迦羅ちゃんを聖殿に招いて料理を振舞った。
もちろん、ルフェリアも同席。
わたしの料理は三人に好評を以て迎えられたのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「なんか、閑散としてますね」
迦羅ちゃんの言う通り、通りが閑散としている。
いつもは様々な神が通りを歩いているのに、今日は誰も居ない。
な~んか、似たような状況に覚えがあるような…………
「ティアちゃん、危ない!」
背後から幾本もの炎の槍が迫ってきていた。
[スレイピングスピア]?
舎脂が結界を張って防ぐ。
相手も初手は防がれると思っていたのだろう。
あくまで挨拶代わりといったところか。
今度は、四方から黒い霧の塊が襲い掛かって来た。
舎脂がそれを防ごうとしたが、全方位に結界を巡らせるのが一瞬遅れた。
「迦羅ちゃん、お願い!」
舎脂の求めに、迦羅ちゃんが天上に右手を翳す。
次の瞬間、眩い光が辺り一帯を包み込み、黒い霧の塊が全て消失した。
迦羅ちゃんの固有スキル[根源浄化]だ。
そこでわたし達三人は絶句する。
眩い光が映し出す中、わたし達を取り囲むように現れた身の丈3mを越える真っ黒な異形の巨人の姿に。
「ティアちゃん。この方々は私達に用があるみたいです」
「暗殺するってかあ? 上等じゃないか!」
冷静な迦羅ちゃんと戦闘モードの舎脂。
「狙いはティアちゃんですかね?」
「いや、これはあたしら全員でしょ!?」
じりじりと間合いを詰めてくる異形の巨人達。
「これは神界の者ではないようですね」
「迦羅ちゃんの言う通りだね。こいつら魔族でもないみたいよ」
「それって…………」
「誰かが異界より呼び寄せたということですよ」
異界から異形の者達を神界に呼び寄せる。
明らかに禁忌。
いったい誰が!?
その時、突然、目に見えない速さで何かがわたし達の横を通り過ぎ――――
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャャシャ
シュピーン!
物凄い勢いで異形の者達をバラバラの破片に変えた。
イツキの奥義[絶影]である。
パチンッ!
そこには、振るった剣を鞘に収めるルフェリアが立っていた。
「大丈夫ですか? セレスティア様?」
「ルフェリア!?」
凛々しい表情でわたしの無事を確認するルフェリア。
彼女曰く。
ルフェリアは陰からずっとわたし達を護衛していた。
もちろん、舎脂と迦羅ちゃんの実力も良く知っているので初手は様子見。
だが、相手が異界の者と分かったので、即座に制圧することにしたのだった。
「神界の禁忌を破った者が居るようですね?」
ルフェリアも元は戦乙女だっただけに神界の掟に厳しい。
「何が目的だったか判る?」
「おそらくは神界での戦を続けさせたいから、調停者を排除しようとしたのかも」
わたしの問いに即座に答えるルフェリアだったが――――
「あるいは…………イツキ様の邪神指定を解かれると困る輩の仕業かも知れません」
『イツキ様の邪神指定を解かれると困る輩』?
聖都中央神殿の〖召喚の間〗でイツキの言っていたことを思い出す。
『ネイマーンの呪いのせいで、この姿にしか容姿変換できなくなっちゃったんだよ』
様々な悪い噂のある神ネイマーン。
『TS娘にしか欲情しないロリコン変態』が、自分の趣味嗜好のために異界から異形の巨人を神界に呼び込み、邪魔なわたし達を排除しようとした?
だとすれば、ネイマーンこそ邪神指定されてしかるべき神だ。
だが、証拠は無い。
証拠が無い以上、ネイマーンを拘束することはできない。
つまり、帝釈天とアスラが手打ちして戦が収まるまでは、暗殺を用心する必要がありそうだ。
やれやれ。
イツキにバレたら怒られるんだろうな。
でも、暗殺の危険があるからこそ、イツキもルフェリアとB級三人組を護衛に就けてくれたんだ。
なら、想定範囲内。
怒られる謂れは無いぞ。
「リーダー、足が速いっす」
「上官の独断専行」
「先輩! 私の活躍の場が無くなってしまったではありませんか!」
B級三人組が今頃現れた。
「2分遅れていましたね?」
三人組をねめつけるルフェリア。
「私が抜けて弛んでいるのではありませんか?」
「面目ないっす」
「海より深く反省」
アナスタシアとマルグリッドが素直に謝罪する。
「さっきのアレ、イツキ殿の奥義ですね!? こっそりと身に着けているとか卑怯です! あんなのは我々にはできません! 情状酌量を要求します!」
シグネリアがルフェリアに食い下がる。
「いくらイツキ殿好き好きだからって、そこまで真似するなんて、痛々しくって見てられません!」
ルフェリアの顔が一気に朱に染まった。
「もう、先輩、乙女過ぎでしょう!?」
容赦なく追い撃ちを掛けるシグネリア。
ワナワナと震えるルフェリアが、ゆら~りとシグネリアに笑顔を向けた。
貼り付けたような笑顔を。
「シグネリア? そんなにイツキ様の奥義を身に着けたいのなら、教えて差し上げましょうか? 但し!」
周囲の温度が10℃くらい下がったような気がした。
「途中で投げ出すことは絶対に許しませんよ。血反吐を吐こうが、許しを請おうが」
「はえ!?」
ビーンボールを投げた投手は、打者に強烈なピッチャー返しの報復を受ける。
シグネリアは、今まさにそんな状況。
「地雷っす」
「恐怖のシゴキ確定」
アナスタシアとマルグリッドが憐みの視線をシグネリアに向けた。
そんなシグネリアは、自らの掘った墓穴のあまりの深さに戦慄し、自らの意識のブレーカーを躊躇いなく落としたのだった。




