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海と少女  作者: 緋色ざき
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逃避行

 翌日の昼。

 カップラーメンが切れたため、僕はコンビニに買い出しに向かっていた。気持ちは暗く、前を歩いてくるカップルや親子連れを殴ってしまいそうなくらい心が荒んでいた。空が青く晴れ渡っていることさえ、いまの僕には煩わしく思えた。

 カップラーメンを買い終え、コンビニを出たところでふと思う。

 このままさざなみ荘に帰ってなにになるのだろう。もう、あそこに海里はいないのだ。それなら、いっそ僕も家出をしてみようか。このまま部屋に籠もっていたってしょうがないけど、学校に行く気はさらさら起きない。

さて、そうしたらどこに行こうか。

行きたい場所はすぐに思いついた。海に行こう。なぜか分からないけど、そうするべきなのだと思った。

 そう思い立って、僕は歩き出した。

 だが、すぐに後悔する。海までは、あまりにも遠い。以前、海里と会ったときは自転車だったから大した時間も疲労もなかった。けれども今回は徒歩だ。

僕は立ち止まった。いまだったらまだ引き返せる。振り返って歩いてきた道を眺める。戻っていった先にあるのは、恐らく悲しみだけだ。それならもう、進むしかないのだろう。

 だから僕は再び海への歩みを再開した。

だんだんと身体が暑くなってきて、コートを脱いで手に持つ。周りの人は一体僕のことをどう思っているのだろう。平日の昼間からわけもなくただ歩いている若い男。ただ、別にそんなのはどうでも良かった。誰にどう見られたって構わないし、誰かに僕の苦しみを理解してもらいたいなんて思わない。

 ただ、それと矛盾するみたいに、心の中を覆うもやもやを吐き出したくもあった。できることならここで叫んでしまいたいくらいには心が乱れていた。

そのことを考えないように頭を振って、また歩き出した。

少しずつ、潮の匂いが濃くなってくる。そして、道が下り坂になったところで海が僅かに顔を出した。

 ただ、今回はそこに何の感動も生まれない。ただただ冷めた心で坂を下っていき、防風林の間を通って海に出た。

 海岸線には誰一人としておらず、海は憎たらしいくらいきれいに太陽の光を反射して輝いていた。

 僕は少しだけがっかりする。ここに行けばもしかしたら海里に会えるんじゃないかなんて、そんな絶対にありえない淡い妄想を抱いていた。でもそれも、儚く崩れ去る。海は現実を僕に突きつける。僕も、海が嫌いになりそうだ。

 しばらく呆然と海を眺めていた。けれどもすぐにそれに飽きて、波打ち際に近づいた。そして寄せては返す波に沿って歩き出した。

 歩みを進めながら、僕は三日前の海里が連れ去られた日を思い出す。

 ショッピングモールで海里が連れ去られたあと、僕はどうすればいいのか全く見当がつかず、すぐにさざなみ荘に戻った。そして、状況をみなに話した。先輩も卓も当然のように驚いていた。しかし、大家さんだけはやけに冷静だった。まるで、このことが起こることを予見していたかのように。

 僕は三人にどうすればいいのか相談した。 

 先輩がすぐに警察に電話するべきなんじゃないかと意見を出した。僕もそれだと思い、すぐさま電話をかけようとした。しかし、大家さんは首を横に振った。

「残念だけど、それは難しいよ、一帆」  

「どうしてですか?」

「そもそも、私たちが海里ちゃんを泊めていたことが罪になるんだ。だから、私たちの話は聞き入れてもらえないかもしれない。それに、家出した娘を家に戻ってこさせるっていう意味では相手方はなんら間違っていない。その手段があまりよくないとしても、私たちには口出しできない」

 それはただただ正論だった。

「でも、海里はあの家に虐げられていた。それは許せないことだと思う」

「そうかもしれないけど、だからって私たちにはもうどうしようもない問題なんだよ」

 大家さんの言葉は正しい。でも、僕は気にくわなかった。なぜ、そんな冷たいことが言えるのだろうか。なぜ、立ち上がろうとしないのか。

「もういいです」

 そう呟いて僕は部屋に戻った。そして、海里を奪還する計画を一人で立てることにした。でも、それもすぐに行き詰まった。海里がどこにいるのか、全く分からないからだ。その素性を、僕はよく分からない。もしかしたら、もう日本にすらいない可能性もある。

 大家さんはこのことを気づいていたのだろう。だから、どうしようもないという結論が出たのだ。大家さんだって、海里がいなくなって辛くないはずはないんだ。 

 僕は何もかも嫌になって、布団にくるまった。でも、布団を頭からかぶっても、目を閉じても頭の中にあるのは海里のことで、そのことを頭から切り離すことなんてできなかった。

 だから、いまこの海岸にたどり着いたときだって、海里の姿を真っ先に探してしまっている。そんなことをしたって意味なんかないということは自分が一番分かっているはずなのに、諦めることができないのだ。

 しばらく歩いていると、不意にそれまでよりも高い波がきた。そして、僕の足下を浸食し、靴や靴下濡らしていく。

「冷たいな」

 足に感じる冷たさにそう言葉が漏れる。でも、いまは僕の心の方がもっと冷たかった。


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