君のいない朝
「一帆、起きろー」
そんな少女の声が聞こえた気がして、僕は勢いよく身体を起こす。
でも、すぐにそれが幻だと分かり、伸ばした手は虚空を切って布団の上へと落ちていく。もう、海里はいない。その事実が僕の心にずしりとのしかかる。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。一体僕が何をしたというのだ。
苦しい気持ちに耐えきれず、布団を頭からかぶり二度寝しようとする。けれども、眠りに就くことはできず、あのときの光景が頭の中を駆け巡る。
伸ばした手は届かない。光が目の前から少しずつ遠ざかっていき、やがて暗闇が訪れる。
僕は布団を思いっきり蹴飛ばして立ち上がり、洗面台の前に立った。
鏡に映る自分の姿はまるで自分ではないみたいで、思わず鏡を殴ろうとした。
ちょうどそのとき、インターホンが鳴った。出る気はさらさらなくて無視していたが、一向にベルの音は鳴り止まない。それでも居留守を決め込んでいるとやがて音がしなくなった。
ようやくいなくなったかとほっと息をつこうとしたとき、ガチャリと扉が開く音がした。
パッと首を動かして扉の方へ向くと、そこには大家さんが立っていた。
「おはよう、一帆」
部屋へと堂々と上がってくる。その手には、紙袋が握られている。
「不法侵入ですよ」
冷たい声を出して睨みつけるが、大家さんは全く動じることなくこちらへと近づいてきて、紙袋をちゃぶ台に置いた。
「朝ご飯、食べてないでしょ」
「別にいりませんよ。それ以外に用事がないのなら出て行ってください」
ふっと大家さんは息を吐いて、寂しそうな顔を向けるとドアの方へ歩いていく。それから、ノブに手をかけたところで、こちらを振り返った。
「一帆。海里ちゃんのことで辛いのは分かるけど、それは私たちにはどうしようもできない問題だよ」
その言葉は、僕のいま一番触れられたくない心の底に突き刺さった。あふれ出る怒りが大家さんへと向かうが、ぐっと拳を強く握りしめて堪えた。
「そんなこと、分かってますよ」
「そう。それじゃあ落ち着いたら学校にも行くんだよ」
大家さんはそれだけ言うと部屋から出て行った。
再び静寂が訪れる。
「そんなこと、僕が一番分かってるんだよ」
ただそれでも、いまの僕はその事実を受け入れることはできないでいた。




