海は、好き?
金曜日。
海里の誕生日の前日。海里たっての願いで、僕らはまた海に向かった。
平日の日中ということもあってか、人っ子一人いない。穏やかな風が僕らの間を吹き抜けていく。空には雲がたゆたい、太陽が海を照らしている。
海里は白いワンピースの上に、桃色のカーディガンを羽織っていた。
なんだか、僕らが初めて会った日と似たような光景だ。あのとき、海里は砂浜に佇み、水平線の先の方に顔を向けていた。僕の前に立つ少女は一体あの瞬間、何を思っていたのか。
「ねえ、一帆。少し歩かない」
僕はその誘いに頷いて、しばらく波打ち際を歩いた。寄せては返す波に合わせて蛇行しながら歩く海里のあとをついて行く。
波の音が心地よく耳を打ち、穏やかな心持ちになる。こんな日々がずっと続けばいいのにと思ってしまうが、それは贅沢なのだろうか。
しかし、僕らは問題を先送りにしているだけなのかもしれない。
海里の家出問題は、このまま何事もなく解決していく話ではない。僕にしたって、実家との折り合いの悪さをこのまま引きずっていけはしない。どこかで僕らは振り返らなきゃいけない。そして、現実に立ち向かわなければいけない。
ただいまだけは、この時間を楽しんでも文句は言われないはずだ。誰にも僕らを咎める権利はない。たとえ、親だとしてもだ。
海里はひとしきり蛇行すると、飽きたのか波打ち際から陸の方へ数歩進んでいき、立ち止まった。僕もそれに合わせて足を止める。
「どうした?」
海里はそれに答えず、海を眺める。さざ波の音色が静かな砂浜をこだまする。
しばらくして、海里はゆっくりとこちらに向き直り、口を開いた。
「ねえ、一帆。海は、好き?」
それは、ひどく不思議な質問だった。でも、すぐに答えは出てくる。
「うん、好きだよ」
僕と海里の始まりの場所で、日々の彩りのもととなった思い出に残る場所だ。
「そっか」
海里は僅かに目を細めて海を見やる。その切れ長の瞳の向こうにある感情を僕はつかめない。
「私は――」
そんな海里の声を遮るように、強い風が吹いた。思わず顔を背ける。
風が収まり前を向くと、海里は悲しさの宿る瞳をしていた。
「私は、嫌いかな」
「どうして?」
それは驚きと悲しさを僕に与え、思わず反射的に聞き返した。言葉に熱がこもる。
「海は、逃げ場のない行き止まりだから」
海里はそれが当然であるかのように言い放った。諦めや無常といった感情が海里を支配していることが分かる。それは、十代の少女には似つかわしくないもので、僕はひどく悲しくなった。
一体、何がこの少女を捉えて放さないのだろうか。
しかし、そこに踏み込む前に海里が引いた。
「ごめん。変なこと、言ったね」
苦笑を浮かべ、黙ってしまう。だから僕も、そのことにそれ以上追求することはできなかった。
海はそんな僕らの横を静かに漂っていた。




