ホームパーティー
「ではみなさん、乾杯ー」
先輩の音頭でグラスが高い音を奏でて合わさる。
しかし、机を囲む面々にはいつもと違って卓が加わっている。結局、伊勢原が僕の部屋に来てから、海里の誕生日会については卓も参加するということで一瞬で決まり、それから僕たちは雑談に興じていたのである。
そうこうしているうちに大家さんと海里も帰ってきて、みんなでお昼ご飯を食べ、それからまた雑談タイムになり、現在、夜ご飯をみなで食べる流れになったということである。
初めは海里と卓が初顔合わせということもあり、どうなるかと思ったが、二人とも波長が合うみたいで、いまは絶賛僕の話に興じていた。
「一帆のやつ、一年生の頃しょっちゅう授業中にぼーっとしててさ、そのくせ先生の質問なんかはちゃんと答えるんだよな」
「あー、分かります。私が話しかけたときもいつも聞いてるのかなって疑問に思うんだけどしっかり聞いてるんですよね」
ちょっと僕の話で盛り上がりすぎではあるかもしれないが。すると、先ほどまで大家さんの横にいた先輩が僕の隣に腰を下ろした。
「どうした、一帆。二人が仲良くしてるから嫉妬してるのかあ」
頬を少し赤く染め、にこにこしながらそう尋ねてくる。この人は本当に相変わらずだ。
「そんなわけないでしょ」
適当にあしらうと頬をふくらます。
「なんか余裕な感じで面白くないなあ。もっとこうさ、俺の海里と話してんじゃねーよ、みたいな歪なのがみたいんだけど」
「それならドラマでも見てればいいじゃないですか」
現実にそんなことがそうそう起こるわけがない。それに、仮に思ったとしてもきっと僕はそんなこと、口にしないだろう。
そういう非日常への需要があるから、どろどろとしたお茶の間を凍らせるようなドラマがやっているのだ。
「海里ちゃん。一帆が構ってくれない」
そんな先輩の絡みは違うところへ飛び火していった。見れば、いつの間にか先輩は海里のことを抱きしめている。
「一帆、ちゃんと構ってあげないとだめだよ」
「そうだ、そうだー」
海里の援護射撃に同調する先輩。いつの間にか海里は先輩の扱い方が上手くなったみたいだ。
はいはいと適当にあしらってウーロン茶の入ったコップを傾けると、先輩が不満そうな瞳をぶつけてきた。
「構ってくれないなら、海里ちゃんをもらっちゃうぞ」
さらに強く抱きしめる。海里は止めてくださいよと少し照れていた。なんだか見ちゃいけないものを見ているような気がして、僕は少し視線を逸らした。
「あー、海里はちゃんかわいいなあ。家にお嫁にこない?」
「えー、遠慮しておきます」
苦笑しながらばっさりとその誘いを断ると、そのホールドをすり抜けて僕の横へと避難してきた。先輩が少し寂しそうな顔で僕を睨む。
酔っ払いは本当にうっとうしいものだ。
「ねえ、ところで一帆。この服どうかな?」
海里が上目遣いで僕にそう聞いてくる。そんな海里の服はといえば、白の長袖シャツにピンク色のパンツと大学生にいそうなスタイルだった。
「えっ、あー、うん。似合ってると思うよ。それって、今日大家さんと買いに行ったやつ?」
服の感想なんて聞かれたことがなくて、少し言葉に詰まってしまう。ただ、海里は特に気にした様子もなく、僕の質問にうれしそうに頷いた。
「ゆかりさんがね、選んでくれて買ってくれたんだよ。お金は大事にしなさいって」
激甘だ。たしかに年齢は親子ほど離れているけど、大家さんの海里に対する優しさは過剰な気がする。僕にはそんな経験はないし、先輩だって同じはずだ。そんな大家さんはといえば、梅酒を片手に黄昏れていた。
「あっ、それでさ、一帆。明日はバイトある?」
「うん、たしか四時くらいからあるよ」
そこから十時くらいまでだったはずだ。
「じゃあ、それまで遊ぼう」
いつものようなその誘いに僕は頷いた。このあたりは行き尽くしたような気もするが、まあ、当日遊び場所を決めればいいだろう。
目の前で笑顔を浮かべる少女を見ていると、ふと、僕はあることに気づく。
「そういえば、海里。髪の毛伸びた?」
一番初め、海岸で会ったときは肩の手前くらいだった髪が、いまは肩にもたれかかっている。
「あー、そうだねえ。切ってないからなあ」
毛先をくるくると指で回しながら海里はそう答える。やはり女の子も髪の毛が長いと邪魔だと思うのだろう。
と、そこで背中を軽く叩かれる。振り返ると、疲れた顔の卓の姿がある。
「悪い、一帆」
その意味が分からず聞き返そうとしたが、それは僕と海里の間に割り込んできた先輩によって遮られた。
「海里ちゃんはもらってくぜ」
それで卓の言わんとしていることが分かった。どうやら卓は先輩の相手をしきれなかったようだ。酔っ払った先輩を引き止めるのはなかなか骨が折れる仕事であり、卓を責めることはできない。むしろその疲れた表情を見て同情してしまう。
それに、今日はあまり卓と話していないしちょうどいい機会だ。僕はウーロン茶をコップに注いで、喉を潤そうとする。
「ところで海里ちゃん。欲しいものってある?」
思わずウーロン茶を吹き出しそうになった。なんとか吹き出すのは免れるが、気管に入ったみたいで苦しい。
大丈夫か、と卓が心配そうな顔を向けてくれるが、全然大丈夫じゃない。サプライズを企画しておいて、それを自分から壊しにいくのは止めて欲しい。
「欲しいものですか?」
案の定、海里はいぶかしげな視線を先輩へと向けていた。しかし、ここで僕が止めに入ると余計怪しまれてしまうような気もして、二人の会話を静観することしかできない。
「いやね、海里ちゃんってあまりこれが欲しいとかなさそうだなと思ってさ。今日のその服だってゆかりずチョイスでしょ?」
そうですね、と海里は頷く。それから少し、考え込むような仕草をして、ゆっくりと口を開いた。
「欲しいもの、っていうのはとくにないです。ただ、この楽しい日々が欲しいなっていう風には思います」
祈るように海里は言った。
その願いはひどくおかしなものだ。だってそれは、実際に海里の手の中にあるのだ。
「海里ちゃんはすでにそれを持ってるでしょ」
頭をぽんぽんと軽く叩いて、笑う先輩。冗談を笑い飛ばすような、そんな雰囲気を醸し出す。ですね、と海里もそれに応えるように笑った。
それで、僕はそのひっかかりにそれ以上足を突っ込むのを止めた。
それから卓の方を向き直り、あることに気づいた。卓ではなく、壁に掛けられたカレンダー。
四月二十二日のところに花丸がつけられていた。これは、大家さんのものだ。
僕は相変わらず梅酒を片手に黄昏れる大家さんを見て思う。やっぱり、海里には激甘なんだな、と。




