帰り道
イルカショーを見終えて、昼食を食べて深海の魚などいくつかの展示を見て、僕らは水族館をあとにして、バス停へと向かった。
道中、僕と海里は印象に残った生き物の話をしていた。
「なまこ、すごかったねえ」
海里が手を握るしぐさを交えながら笑う。海の生き物とのふれあいの場でのことだ。たしかに、あのなんともいえないさわり心地は印象深かった。他にも蟹やひとでのように磯に生息しているような生き物たちもいた。
「そういえば、一帆。指は大丈夫?」
僕は右手を顔の前に持っていく。人差し指には絆創膏が貼ってある。これは、磯で切ってしまってできた傷だ。水族館の係員の人が貼ってくれた。
「まだちょっと痛むなあ」
「無理に隙間に隠れてたひとでを取ろうとするからだよ」
たしかに、あれはいけなかった。もう少し慎重にいけばよかった。でも、ああいった経験は僕にとって初めてで、つい楽しくなってしまったのだ。海里のことを散々子どもみたいだと思ったが、案外僕も変わらないのかもしれない。
「今日は、楽しかったな」
なんとなく声に出してみる。それは、海里にだけじゃなくて自分にも向けた言葉。海里が来てから、楽しい日々が送れていることを噛みしめるような言葉。
「私も楽しかったよ」
海里が両腕を空に向けて振り上げ、清々しい顔を僕に向ける。そんな海里を見て、僕もまた嬉しくなった。
バス停に着くと、もう前に十数人ほどが並んでいた。電光掲示板には、あと五分ほどでバスが来ると書いてあった。
「このかんじだと、座れなさそうだな」
「そうみたいだねえ」
僕らの後ろからも、どんどん人が並んでくる。これはだいぶ、混み合いそうな予感がする。
ふと、そんなこちらに向かう人波の中に見知った顔が目に入った。眼鏡をかけた長身の女性だ。たしか以前さざなみ荘の近くで見た女性だ。あのときと同じようにスーツを着ているから間違いないだろう。
彼女の視線は僕らの方に向いていた。初めは偶然だと思ったが、どうもそうではないようだ。立ち止まって、じっとこちらを見ている。その瞳にはなにかを計るようなそんな印象を受ける。もしかすると、海里の関係者だろうか。そんな不安の混じった胸のざわつきを感じる。僕に彼女の心当たりは一切ないのだから、なにかがあるとすれば海里だ。僕には彼女がこちらを監視しているように見えた。
と、不意に僕と彼女の視線が交錯した。僕は目を逸らしたいのを我慢して、その瞳を真っ直ぐ見据えた。向こうも、視線をこちらに向けたまま動かない。
「ねえ、一帆、どうしたの」
はっとして隣を見ると、不思議そうな表情で海里が僕の顔をのぞき込んでいた。
「うん?あー、そういえば大家さんからおつかい頼まれてたなあって思って」
「はっ、そう言えばそうだったね」
とっさにそう答えると、海里はなに買うんだっけとポケットからメモ用紙を取り出し確認し始める。
僕は先ほど女性が立っていた場所に目を向けるが、すでにいなくなっていた。
ちょうどそれを見計らうかのようにバスが訪れる。人波に流されるように歩みを進めながら、その女性の存在に僕は少しだけ不安を感じていた。




