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海と少女  作者: 緋色ざき
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水族館

 バスの中はがらがらで、僕らは椅子に座ることができた。

 海里と話しながら何の気なしに外を眺める。いつもよりも高い視線で、いつもよりも早く景色が通り過ぎていく。  

 海里も窓の外に釘付けになっていて、顔をガラスにめいいっぱい近づけていた。それはもう、少し揺れればぶつかるほどにである。

 しばらくすると、バスは海岸線へと出た。

「おおー、海だねえ」

 隣では海里がそう感嘆の声をあげて僕の方を見る。そうだねと頷きながら、青々と光る海岸に視線をやった。太陽にきれいに反射して、穏やかに波打っている。

「この海はさ、この間の浜辺とつながってるんだよね」

 海里がそう呟いた。

「うん、そうだね」

 僕もそれに小さく頷く。あの海岸とここではだいぶ距離はあるけど、つながっている。海は全てつながっている。そして、そんな海は人をつなげてもくれるのかもしれない。海里の晴れやかな横顔を見ながら僕はそんなことを思った。

「次は、南水族館前。南水族館前――」

 バスのアナウンスが入る。僕はゆっくりと壁にあるボタンを押した。

 次停まります、とアナウンスが続けられる。

「いま、なにしたの?」

 海里が驚きの含んだ視線を向けてくる。

「うん?あー、降りるときはこのボタンを押すんだよ。次降りますよって合図を運転手の人にするためにさ」

 その説明におおー、すごいと海里は感心していた。その姿はまるで子どもみたいだと思った。いろいろなことを知らなくて、未知のこと全てに無邪気な感情を向けられる。それは、僕がとっくに失ってしまった感性でなんだか少しだけ羨ましくも思った。

 この年になって、まだ十九ではあるけれど、心が揺れることが減った。そして、それは年を経るごとに続いていくだろう。ただ、いまは海里といる。それだけで心が躍るような新しい体験ができるような気がした。

「じゃあ、帰りは私が押すよ……。って、どうしたの。そんなうれしそうな顔をして」

 海里が僕の顔を見て不思議そうに首を傾げる。

「あー、いや、なんでもないよ」

 そう指摘されて、適当にごまかした。

 しかし、うれしそうな顔か。改めてそう言われると恥ずかしくなる。たしかに、鏡に映る僕の顔は、心なしか少し口角が上がっているように思った。

 バスが着いて、僕らは水族館の入り口へと向かう。回りは家族連れやカップルでごった返していた。列に並ぶこと十分。チケットを係員の人に見せて、僕らは水族館へと入っていった。

 まず、初めに僕らを出迎えたのはクラゲたちだった。ゆったりと海中を漂っている。

「ビニール袋みたいだ」

 海里がそう率直な感想を述べる。たしかに言い得て妙だと思った。海に浮いていたら、ビニール袋と間違えて触ってしまうかもしれない。

「でも、このクラゲって毒があるみたいだな」

 クラゲの説明のところにそう書いてあった。

「そいつは危ないね」

 海里も眉をしかめる。間違えて触って刺されでもしたらたまったものじゃないだろう。

 その次に僕らが見たのは大きな水槽だ。中にはサメやエイなど大きな魚たちがゆうゆうと泳いでいた。

「あはは、変な顔」

 エイを見て海里が笑う。たしかに、垂れ目の変な顔である。しかし、あれはエイの目なのだろうか。はなはだ疑問である。

 それから僕らはまたいくつもの水槽を見て、海里がその都度なにかしらに突っ込みを入れたり、笑ったりしていた。楽しそうで何よりだ。

 一通り見たところで、階段の前にたどり着いた。その横の看板にはイルカショーと書かれている。水族館の定番というやつか。

「イルカかあ。楽しみだねえ」

「うん。そうだね」

 イルカのショーなんてなかなかお目にかかることはできない珍しいものだ。僕も生まれてこの方一度も見たことがない。

 と、不意に階段を登る海里の足が止まった。

「うん、どうした?」

 何があったのかと振り返ると、じとりとした目を向ける海里の顔がある。

 なんだか、少し不機嫌そうだ。

「ねえ、一帆。一帆は楽しい?」

 かと思えば、寂しそうな顔をしてそんなことを聞いてくる。

 僕はそれに迷わず首肯した。事実、この時間は僕にとってかなり新鮮で楽しいものだった。ただ、それでも海里はまだ信じられないみたいだった。

「私はさ、こういう場所に来るのが初めてだからすごいわくわくしてたんだけど、一帆はそういう経験が豊富でつまらなかったりするのかな」

 その声音はひどく寂しそうなものだった。まるで僕の家庭と海里の家庭にひどく隔たりがあって、分かり合えないことを嘆くような、そんな印象を受けた。

 でも、それは間違っている。

「僕も、水族館は初めてだよ」

 周りとは縁もゆかりもない山間部で育った僕には、そんな経験はなかった。そもそも、家族旅行自体も少なく、記憶にある限りでも動物園くらいにしか連れて行ってもらった覚えがない。だから、経験という意味では海里とさして変わらないように思う。

 海里は呆気にとられたように目を丸くする。

「水族館、初めてなの?」

 全然そうは見えないとでも言いたげな顔だ。ただ本当に初めてなのだ。

「楽しそうに見えなかったのならごめん。僕自身結構楽しんでいるんだけど、ちょっと緊張もあるかもしれない」

 初めての水族館だし、周りは家族連れやカップルでわさわさしている。そんな環境下で女の子と二人きりなのだから緊張もする。これが大家さんとかだったら全くなにも感じないんだろうけど、年が近いんだからなおさらだ。むしろ、海里が全く緊張感がないのが驚きだ。僕のことなんか全く意識していないのかもしれない。それは結構へこむことだ。

「ならよし、行こう」

 海里が僕の手を引いて足早に階段を駆けていく。僕はその手のひらの感触に胸の鼓動が高まるのを感じた。


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