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海と少女  作者: 緋色ざき
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歓迎会

 コンビニでのバイトも終わり、常夜灯に白く照らされた道を僕は歩いていた。時間は十時を回ったところ。この時間帯になると、さすがに人はまばらになってくるが、ところどころに酔っ払いの大学生が出没していて、ときおり奇声が聞こえてくる。初日から羽目を外すとは、元気なことである。そして翌日起きられず授業に遅刻するまでがワンセットだ。

 しかし、駅の前を通り脇道に入ってしまえば、もうそこは別世界。

 沈黙が僕を襲う。家の明かりや常夜灯がなければ肝試しができそうなくらいには静かだ。

僕はこの静けさが好きだった。喧騒から離れたこういう空間は、頭を冷やしてくれて、落ち着いた気持ちになれる。そうして、今日の起こった出来事――学校やバイト、それからスーパーでの買い物なんかを思い起こして反芻する。今日は学校初日ということもあって、いろいろと忙しなかった。卓や先輩と久しぶりに再開して、授業を受けて、スーパーに買い物に行って、バイトをして。

 そうだ、買い物といえば。

 僕はふと思い出した。実は今日の買い物は、海里の歓迎会のためのものだったのだ。だから、大家さんが腕を振るおうということで、材料調達をすることになったと先輩が買い物中に教えてくれた。歓迎対象に買い出しに行かせるというのも不思議な話だが、海里が楽しそうなので僕はそこには突っ込まなかった。

 そういうわけで、さざなみ荘では僕を抜いた三人で歓迎会が行われているらしい。歓迎会が何時から始まったのかは知らないが、さすがに十時を回っているのだからもう終わっているのだろう。

 僕はそう高をくくっていたが、その予想は外れることになる。

 さざなみ荘につくと、まだ大家さんの部屋の明かりはついていて、三人の声は外からでも聞こえるくらいには響いていた。近所迷惑なはなしだ。こんなことをしているから、さざなみ荘の入居者は少ないのだ。

もともと僕が入居した頃にはほとんどの部屋が埋まっていた。しかし、先輩と大家さんが毎週のようにどんちゃん騒ぎを繰り広げたことで次第に入居者は減っていた。四年生が卒業して去って行ったこともあって、一年生の春休みに突入する頃には先輩と僕の二人となった。

 お金の方も心配になるのだが、大家さんは株式などの投資をしていて、それが上手くいっているようでその心配はないらしい。

 ただお金があるのであれば、このアパートをもう少しきれいにして欲しいとは思ったりもするが。

 大家さんの部屋のインターホンを押すと、はいはーいという海里の明るい声がして、次いでどたどたと足音が聞こえてきた。

 ガチャッとドアが開いて、海里のかわいらしい顔がひょこっと出てくる。

「おおー、一帆。おかえり」

「あー、ただいま」

 笑顔で出迎えてくれる海里に、思わず頬が緩む。新婚夫婦はこんな感じなのだろうか、なんて思ってしまう。しかし、そんな空気は後ろから現れた酔っ払いに一蹴される。

「一帆、遅いじゃない。さあ、飲むわよ」

 顔を赤くした先輩が僕の顔にビール瓶を近づけてくる。

「いや、まだ未成年だし……」

「大丈夫。数ヶ月は誤差よ」

 全く意味の分からない説得を自信ありげに言い放つ先輩。僕は、はいはいと適当にいなして、部屋の中へと入っていく。部屋ではお酒の入ったコップを片手に大家さんが黄昏れていた。

「おっ、一帆か。もう食べ物はなくなったぞ」

 大家さんはそれだけ言って、くいっとコップを傾けた。そう、実は大家さんはお酒を飲むと口数が少なくなり、クールになるのだ。普段からこうであって欲しいと切に思う。

「ふっ、バイトなんかしてるからご飯にありつけなくなるのさ」

 先輩が僕の肩をポンポンと軽く叩いた。

「そうだよ、一帆。バイトを止めてもっと遊ぶ時間を作ってよ」

 海里もそれに便乗する。

「いや、先輩だって駅前の喫茶店でバイトしてるじゃないですか。それに、僕だって好きでこんなにバイトしてるわけじゃないですよ。お金がないから、働かなきゃいけないんですよ」

 そう、好きでやっているわけではない。仕送りがないから、なんとかお金を稼がなくてはならないのだ。

 それに先輩も海里も口をつぐんだ。もちろん、二人はある冗談で口にした言葉だと思うけど、バイトで疲れている僕では上手い対応はできない。ただ、ちょっと申し訳ないことをしたとは思う。部屋の中がどんよりとした空気に包まれる。

「まあさ、生きてればいろいろあるよね」

 それまで黙っていた大家さんが口を開く。机の上に無造作に置かれたオレンジジュースのペットボトルを取ると、コップに注いで僕の前に差し出す。

「それでも飲んで、今日のことは忘れちゃおうぜ」

 まっ、ジュースじゃ酔えないけどな、とウインクをした。イケメンだ。まごうことなき、イケメンだ。いつもこうであって欲しいものだ。

 僕は大家さんの手からコップを受け取ると一気に飲み干した。その甘さが、いまの僕にはとても心地いいものだった。


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