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海と少女  作者: 緋色ざき
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買い出しじゃんけん

 三限の授業が終わり、卓と別れさざなみ荘に向かって歩く。

 少し足取りが重い。今日はガイダンスが二時間で、大した授業はしてなかったのにひどく疲れている。久々の授業だったというのが大きいのだろう。来週からの授業が思いやられる。

 道の左右を彩る飲食店やアパレルショップは学生たちが戻ってきたことで活気が増していた。

 ときおり学生の集団とすれ違う。笑顔を浮かべ、脇目を振ることなく楽しそうに歩く。たぶん個人個人はひどく凡庸なのに、群れになると強さを持つような気がする。それは自然界と同じなのかもしれない。鰯やシマウマみたいに、群れを作ることで、自分の身を守る。

 一人の人間というのはひどく気楽であるし、自由だけれどその分弱いのかもしれない。そう、いまの僕や海里みたいに。

 駅前を通過し、脇道に入ると人の数が一気に減る。昼間から閑散とした住宅街。ただ静かに、ゆっくりと時間が流れているような気がした。

 道ばたでおしゃべりしているおばさんや杖をついて歩くおじいさんの横を歩いて行く。ひどく平和な光景だ。

 十字路にさしかかったところで、右側から人が歩いてきた。眼鏡をかけた長身の若い女性だ。スーツを着ているところから判断するに社会人だろうか。なんだかひどく悩ましげな表情を浮かべていて、僕に目をくれることもなく、前を横切っていってしまった。

 何気なく後ろを振り返ると、まだおばさんたちが道ばたで話し込んでいた。悩みなんてなさそうに、楽しそうにである。世の中、いろんな人がいるんだなと思いながら、十字路を右に曲がった。それから数分歩くと、左手にさざなみ荘が見える。ただ、何やら騒がしい。

 入り口を抜けると、海里と先輩が拳を握りにらみ合っていた。まさに一触即発の状況。

「ちょっとストップ」

 慌てて二人の間に割って入る。それで二人は僕がいることに気づいたようだ。

「ちょうどいいタイミングだね、一帆」

 先輩はなぜか不敵な笑みを漏らした。

「これで、三つ巴の戦いだね。勝負だよ」

 海里もぐっと力強く拳を握る。

「いや、どういう状況?」

 僕は全くついていけずにいた。僕の理解を追い越して、戦いが勃発しようとしていた。しかも、いつの間にか僕まで頭数に入っている。

「買い出しじゃんけんだよ」

 海里が当たり前でしょとでも言うように答える。それで、一応は状況を理解した。大家さんが二人に材料の買い出しを頼み、じゃんけんで決めるという流れになったのだろう。

「いくよ。じゃんけん」

 唐突に先輩が叫ぶ。僕は慌てて構える。

 ぽん、で僕は握った拳をそのまま突き出した。先輩がパーで僕と海里はグー。先輩の一人勝ちだ。ただ、かなり卑怯な手だ。不意をつくために最初はグーを飛ばしたのだ。

「ずるいぞー、港ちゃん」

 海里も抗議の声を上げる。ただ、先輩はそれに不敵な笑みを浮かべる。

「世の中、勝てば官軍なのだよ、海里」

 どこの悪者の台詞だよと思う。

しかし、二人は名前で呼び合ってるところを見るにだいぶ打ち解けているようだ。一体僕がいない間になにがあったのだろう。ただまあ、それはいまはどうだっていい。

「とりあえず、じゃんけんしようか、海里」

 当然、僕も買い出しには行きたくない。このあとバイトがあるから一息つきたいところだ。しかし、海里は首を横に振った。

「私、スーパーで買い物したことないからどこになにがあるか分からないんだ。だからさ、一緒に行こ、一帆」

 僕はじゃんけんのために握った拳を下ろした。海里はずるいやつだ。そう言われたら、断れないじゃないか。

「しょうがないな。一緒に行くか」

 僕が折れたのを見て、海里はありがとうと言ってうれしそうに微笑んだ。

「そういう話なら私も行くよ」

 先輩もなぜか加わろうとしてくる。別に買い出しに三人もいらないが、

「港ちゃんも来てくれるの?ありがとう」

 と笑顔の海里の前で水をさすことはできない。

 結局僕たちがじゃんけんする意味はなかった。三人で行くことになるのだから。

「あっ、ちなみにお金は?」

「ゆかりちゃんからもらったよ」

 懐から三枚の千円札を取り出す先輩。

「よーし、じゃあ行こう」

 そんな海里のかけ声で、僕らはスーパーへと向かったのであった。


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