29.インタビューとか、正しさとか
2026.6.15-8.15
田中理恵
中国共産党トップの国葬と、その国葬に集められた国家元首達を前に行われた地球政府樹立宣言に、世界中でおよそ200近い国連加盟国の内、150以上の国々の元首達が賛同し参加を表明。
いわゆる欧米とくくられる国々のほとんどは賛同も参加も表明しなかったのだけれど、なんとなんと、アメリカ大統領のウェイン・リーは、平和を希求し、行き過ぎた資本の集中などで行き詰まっていた世界の在り方を変革していく方法として、世界政府樹立の主旨そのものには賛同の意志を示した。
欧米メディアの生き残りからは総すかんを食らってめちゃくちゃ叩かれて、アメリカ国内のただでさえ低かった支持率は、20%前後から10%台前半ぎりぎり二桁前くらいまで落ち込んだりしたけど、彼の表情に迷いは見えなかったし、中国入りする前よりもむしろ吹っ切れた様な表情さえ見せていた。
アメリカ国内メディアの論調の大半は、ウェイン大統領の裏切り行為とも呼ぶべき世界政府樹立への賛同を責め立てたけれど、これからも続くだろう中華連合の地球規模の攻め手に抗い続けられるものなのか、どこかで妥協点を見いだすしか無いのではないか?という論調も確かに存在してはいた。
そんなアメリカ史上最低支持率の大統領は、中国の後に、倭国を訪問した。
日本が倭国となってから、初めて公式に迎える国家元首である国賓。本来ならゲスト役の一端を担う事もある天皇はお役御免になってるので、基本的に女王となった峰岸さん以下忠臣組が歓待した。
私も、本来なら、ニュース番組とかでその様子を見て、感想とかを自分の動画作成すればいいかくらいに思っていたのだけど、甘かった。
和奏さんの企みで、歓待で大統領周辺に待機する侍女の役割を振られてしまった。それも、結構接触する機会が多い方のを。
とはいえ、大統領のSPやらお世話係なんて大半が母国から連れてきてる人達で賄われるので、そういったお付きの人達越しに大統領の姿を時折ちら見するくらいがせいぜいだったし、それで終わるものとばかり思ってた。
今回のアメリカ大統領訪問で倭国と協議するというか通達する内容の中で一番重かったのは、アメリカの在琉球基地のいくつかの提供を、地球政府軍から要請されたというものだった。
アメリカからその要請はすでに倭国中枢部に打診はされていて、返答内容は吟味された上で伝えられていたけど、公的な表だっての協議は今回が初めてという事になってたし、日本というか倭国の人々の関心も高かった。
倭国は、その基本的な方針として、平和を求めるという立場を改めて明らかにし、琉球に駐留する地球政府軍兵力が米軍兵力よりも大きくならない事、さらにその地球政府軍の内訳に占める中国軍兵士の割合が3割以上にならない事などの、条件というより要望を伝えた。
何故って、沖縄は琉球となって、日本国政府の手を離れて、アメリカ合衆国の準州の一つになっていたのだから。
ウェイン大統領は、倭国政府からの要望はおそらく実現されるだろうと約束してくれて、倭国が鎖国していてもいなくても、アメリカ合衆国は倭国の友邦として振る舞おうとするだろうとも約束してくれた。
まぁ、次の大統領選に現職として出馬したら、誰が相手でも絶対に負けると見られてる大統領からのリップサービスとしても、ね。日本国民から彼への好感度は、過半数が支持する、という暖かなものだった。
問題というかイベントは、大統領が帰国する前の晩、忠臣組中枢部というか倭国女王と大統領が歓談する食後の、ほぼ非公式な場で、いきなり峰岸さんから機会を振られた事により唐突に発生した。
「そういえば、この娘は、忠臣組を私的な立場からインタビューするという動画番組を作成していて、私も出演した事があるんですよ」
と大統領に語りかけた。ウェインさんも、
「へぇ、それはすごいね。だったらぼくにもインタビューしてくれるかい?」
なんてリップサービスを言ってくれたものだから、峰岸さんは周囲の別の侍女さん達に合図して、ささっと動画撮影用のカメラやマイクなんかを配置させて、
「じゃあ、田中さん。ウェイン大統領に5分でインタビューしてさしあげて」
「う、うぇっ!?ほほほ本気で言ってるんですか?」
「冗談でこんな事しないわ。ほら、これが質問をまとめたメモだから、一問一答くらいで、さくさく聞いて。言葉や通訳に詰まるようならサポートしてあげるから」
仮にも国家元首である峰岸さんにサポートしてもらえるとかどういう、とかパニくりかけたけど、ウェインさんもウェルカムな態度でいてくれたし、目を通してみた質問用紙の内容もシンプルで無難な内容だったし、二人の国家元首の間に据えられた椅子に座らされて、私は問いかけてみた。(互いのやり取りはもちろん英語で行われた)
「倭国の印象は?日本だった時とどう変わりましたか?」
「正直、もっとぴりぴりしてて怖い所になってしまったかと思ったけど、君とかを見てると、そうでもないのかなとも思えたよ。民主主義国家が喪われてしまったのは確かに残念なんだけど、君はまだ諦めてない一人なんだろ?」
アメリカ大統領が私なんかの事を調べて知ってる筈も無いのだけど、私はうなずいてみせて、次の質問へと移った。
地球政府の印象、アメリカとしてどう関わっていくか、倭国民へのメッセージなどを手短に聞いて答えられて進んでいき、無難な受け答えで終われるかなと思ったら、峰岸さんから追加のメモ用紙を渡された。
そこにはとてもプライベートな質問も混じってて、
「これ、聞いちゃっていいんですか?」
と仮にも女王様に問いかけてしまった。
「大丈夫大丈夫。あくまでフランクに聞いてみてね」
どことなく和奏さんの陰謀を感じたのだけど、何でも聞いてというウェインさんの雰囲気にも助けられて尋ねてみた。
「あの、これはプライベートな質問になるんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫かそうでないかは、ぼくが判断するよ。答えられない質問には答えないから安心して」
「わかりました。ええと、それでは、ウェインさんは結婚されてませんが、恋人はいらっしゃいますか?」
不意を突かれて驚いた表情を浮かべたと思ったら、とても嬉しそうな笑みと悲しそうな落ち込みが入り交じった複雑な表情がその端正な面持ちの上でせめぎ合って、じっと考え込んだ後に、答えてくれた。
「いるよ。とても、大切な人が」
私は、追加メモ用紙に書かれた質問を再確認してからさらに問いかけた。
「どんな人かという質問はプライバシーに関わるので避けますが、あなたからその想い人へのメッセージをここで伝えてみませんか?」
ウェインさんは、今度こそ心底驚かされたという感じで、目を大きく見開いて私と峰岸さんとを交互に見つめた。やがて顔を伏せしばらく小声で何かをつぶやいた後、私というか、カメラを正面から見据えて言った。
「ぼくはまだ、公的な場で、君の名前を出す事は出来ない。でも、ぼくは君を何よりも誰よりも大切に想っている。いつか一緒になれたらと願っている。ぼくと君とは思想信条とかはかけ離れていて、受け入れられないとこもいろいろあるのも確かだけど、それでも、ぼくはきっと君を愛しているのだと思う。うん、愛してるよ」
アレク、という誰かの名前は聞こえないくらいの小声で付け加えられて、峰岸さんの合図と仕切もあり、インタビューは終わった。
私は二人にお礼を言って、その場から退出させられ、忠臣組報道部の人達のチェックなんかも受けた後で、放送して問題無い内容を、自分の動画として流す事になった。
ありえないよね。峰岸さんだけでも雲の上の人だったのに、アメリカ合衆国大統領に自分がインタビューするだなんて。
動画は当たり前だけど、ものすごい反響を呼んだ。それも世界的に。自分でも名前を知ってる世界中の公式メディアから動画内容の使用許可を求められ、私そのものにもそれら報道局からのインタビューの申し込みがあったりもした。
そんでもって、そんな大反響の嵐は、当然ながら自分への追い風になった部分もあったけど、バッシングはさらに酷くなった。
もう諦めてる部分ではあった。自分はどうあっても、忠臣組と共に在ると決めてそう生きてきたし、直接的に誰かの生き死にとかにも関わったし、自分という存在を決して受け入れられないと公言してる人が軽く数百万人以上存在するという空恐ろしい状況だった。
私が忠臣組中枢部で売春してるとかなんて、全然可愛い方のデマだった。もっと酷い暴言や妄言の類の取り締まりは忠臣組の方にお願いしてたしどうでも良かったけど、民主主義国家日本を取り戻そうという人達の間でも、私に対する支持は大きく二分していた。
一つは、私を認められない派。特級組員になった事も、忠臣組のイメージを改善するような動画を流してる事も、全部が否定の材料で、私が民主主義の復活を目指してるとか嘘吐くの止めろ!って殴りかかってくる類。
もう一つは、私を部分的にしろ認めようというか、認めていくしかない派。今の倭国になってしまった状態から、どうやって基本的人権などを取り戻していくのか、暴力的手段に訴えて状況が改善するのか、無理じゃないのか?だとしたら、忠臣組中枢部近くにいて、自分たちの声を代弁できる存在は得難いのではないかとか、そんな感じの人々。
後者の人達の間で特に、私は支持を広げていく必要があったのだけど、そこに刺さってる小さいけど小さくないトゲがあった。
かつて私の言葉が原因で身分を降格された女子生徒、市川鳴海。一般組員から準組員、そこで反省した様子が見られないので、さらに非組員にまでいったん落とされ、いろいろ、体験してしまったらしい。
警察や裁判所とかにも被害を訴え出たけど、特に私に関する事には、完全に取り合ってもらえなかった。
市川鳴海が陥った境遇に関して質問される事は非常に多かった。間違った事をしたという自覚はあるのか、責任は感じているのか、感じているのならどう償うつもりなのか、etcetc。
結論から言えば、降格処分を英宏に頼んだ事は行き過ぎた過ちだったかも知れない。けれど、責任はあまり感じてないし、償うつもりなど、全く無かった。
そんな私が基本的人権について言及するな。ちゃんちゃらおかしいし、偽善でしかないとか言ってくる人は多かったし、まぁ言われても仕方ないなと諦めてたりもする。
あの時、私は殺されててもおかしくなかった。自分を襲ってきた相手を自分の手で殺しててもおかしくなかった。私という存在のせいで、あの教室でのあの出来事が起こったというのは、事実の一端ではある。あのクラスメイトは、その事実を指摘しただけだとも言える。
そして、日本はまだ倭国になってなかったけど神国日本にはなっていたのも事実だったし、組員による身分制度に実効性が伴っていたのも事実だった。
私が基本的人権が大事で何者にも侵す事は出来ないと心底信じているのであれば、あの時の彼女の発言で彼女の身分を降格させるような処分は、正しくはなかったのだろう。
でも、私はもう、忠臣組や神国日本という存在を既に受け入れていた。矛盾していると言えばしているのだろう。私に倫理があるかと問われれば、無いのかもね。その指摘を私は受け入れる。
私が忠臣組や神国日本という存在を受け入れないという立場を貫いていたのなら、降格された後に市川鳴海に起こった事は私にも確実に起きていただろう。私はその確定的未来を受け入れる事を拒絶した。
私は、神国日本や倭国は、あの腐りきっていた日本よりもマシな存在だという立場を表明している。それが自分の正直な心情でもある。
英宏や和奏さんや擽君達と触れ合う中で、忠臣組自身が、血統による王政や専制政治を続ける事の限界を悟っていて、いずれそうではなくなる準備や下地を作り続けている事も知った。私はその取り組みをより良い物に仕上げられるようお手伝い出来ればと思っている。
まぁ、世界的な注目度で言えば、中国共産党トップの死や国葬、その遺言でもある地球政府樹立とその軍についてがぶっちぎりで高かった。アメリカ大統領の倭国訪問なんておざなりに報道されてた感まであったし、私のインタビュー動画だってしばらく立てば話題の表通りからは姿を消した。
日本国内の注目度で言えば、韓国のトップスターの一人と愛子さんの結婚についてがダントツだったし。二人の間の子供も無事産まれてて、倭国政府は、真羅政府と交渉して、二人と子供がどちらか望む方の国で生活できるよう準備を進めた。
天皇家ファンな日本人(彼らは自身を決して倭国人とは公言しようとはしなかった)達は、過半数が関係を解消し、子供は廃嫡し、本当の愛国的な日本人男性を選び直して子供を出来るだけ多く設けるよう熱烈に訴えかけたが、悉く無視されたし、命を賭けてでも訴え出た人達は悉くが命を落とす結末を迎えた。
そこまででもない、一応は祝意を送れるような人達の間でも、二人は日本で過ごすべきだという意見の人の方が多かった。
当のお二人の希望はどうだったかというと、愛子さんは真羅に、お相手の男性は倭国に、それぞれ帰化する事を望んだので、話がいろいろ難しくなって結婚そのものも時期が遅れ遅れになってたそうな。
忠臣組は、愛子さんが真羅に渡る事を止めはしないが、その首輪は保護の為にも外さない事を進言した。外せば絶対に、彼女を拉致して自らの政治宗教思想の為に利用しようという輩の犠牲になる事が確定しているからと説明した。
韓国というか真羅側でもかなりな熱を帯びた議論を呼んだらしい。夫となる男性が所属するグループは、兵役を後ろ倒しにしていたメンバー達が揃って兵役に就く事を契機に解散となった。メンバー間だけでなく真羅政府まで巻き込んで諸々色々検討し続け、愛子さんと旦那さんとの間でも議論し続けた結果、基本的に真羅側で過ごし、倭国が完全に鎖国していなければ、時折日本側に里帰りする事が認められるという措置が採られる事になった。
韓国に戸籍は無くなっていたけど、身分としては、互いに二重国籍の様な扱いになるけど、納税先はそれぞれの出生母国となり、二人の間の子供は、成人時に望む方の国籍を得られると発表された。
日本の皇統を取り戻せとか、真羅征服どころか滅消すべし!という征韓論ならぬ征真/羅論まで倭国中から吹き上がったりもしたけど、倭国政府は取り合わず、抗議行動という名のテロリズムには徹底的な取り締まりと弾圧とで応じた。
私は、二人が望む形で一緒になり生活を平穏に送れるようになれればそれが最善という立場を表明していたし、それはそれなりの支持を得ていた。特に女性達から。
で、だ。ここまで話してきて、勘の良い人ならもう気付いただろう。具体的には、また和奏さんの指図か何かで、峰岸さんを経由して、愛子さんとその旦那、丁さんのインタビュー案件が転がり込んできた。
アメリカ大統領みたいに唐突では無かった分、重みも感じたけれど、私は話を受ける事にした。今の倭国がどんな国になっているのか、ある程度以上には知ってる筈の丁さんが、どうして倭国への帰化まで望んでいたのか、興味があった。
真羅(国内だけじゃなく、彼が所属していたグループのファン達の間では特に)では、彼は倭国政府をあてにした真羅政府によって当て馬とされ、乗り気でもなかったのに種馬役をやらされ、その結果責任を取って世界一面倒な身分の相手と結婚までさせられる羽目になったと噂されていた。
丁さんは何度でもそんな噂を否定していたけど、否定すればするほどに、彼に対する同情と真羅政府に対する非難は高まった。愛子さんを真羅人達が喜んで迎え入れると思うかという世論調査では、歓迎するという人と歓迎しないという人の数は拮抗していた。というか歓迎しないという人の方が若干多いくらいだった。
まぁ、普段私を叩きまくってる人達からも、あれこれと注文をつけてきた。何を訊けだの言えだのと。もちろん、ほぼ完全に無視して、愛子さん側にも丁さん側にも、訊く予定の質問内容は予め伝えて了承はもらってた。
実際の来日時は公表されず(保安面への配慮の為)、私は丁さんが数日滞在し帰国する最終日に皇居を訪れ、駐倭真羅大使や同時通訳の人達にも同席してもらいながら、インタビューは実現した。
(皇居周辺は普段から一般立ち入り禁止区域になってるけど、丁さんの訪問前後の数日間はさらにその範囲は広がってて、その周縁部でのデモ隊と警備隊のせめぎ合いは壮絶だったらしい。私はその数日前から区域内に入ってたから関知しなかったけど)
さて、インタビューだ。まずは誰もが訊きたがってるなれそめとかから。敬称付けないように注意しないとね!(丁さんは、自分がこれまで見た中で、飛び抜けた美形だった。憂いのある雰囲気は、MVの中のとは少し違ったけれど、私の怪訝そうな表情を察したのか、アイドル的な笑顔を浮かべて隠されてしまった)
「それでは、始めさせて頂きます。まずはお二人のなれそめから、お二人自身から聞かせて頂けますか?」
まぁ、忠臣組が都度最低限のリークを行ってた内容通り、愛子さんが熱望し、ほだされるような形で丁さんが応じて、彼女が皇位継承者の地位を喪失した事とかも絡んで、一般女性に彼女がなれるならばと関係が進み、子供も授かり、結婚を決意するに至ったと、双方の外交関係者の間で調整済みの回答がすらすらとお二人の口から説明された。
愛子さんにはまだのろけてるような雰囲気はあったけど、丁さんの方は笑顔は浮かべていても雰囲気は堅かった。撮影中も、自分が話していない間は、時折周囲に誰かを探すような視線をさりげなく飛ばしてるのが分かった。
それから、愛子さんには旧韓国現真羅での生活を望んだ理由を尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「イギリスに短期留学していた事はありましたけど、日本の外で生活してみたいという思いはありました。日本の天皇制が従来通り残っていたなら不可能な望みだったでしょうけど、これまで想像も出来なかった生活を異国で過ごせるのなら、試してみたいと、愛する人と味わってみたいと、そう願ったからです」
丁さんは、ほろ苦い表情を一瞬だけ浮かべてから、すぐに完璧な笑顔を浮かべて、
「それはぼくも味わってみたかったんだけどね」
と茶化す事で、表情を誤魔化した。そう思えた。
「丁さんは、どうして倭国への帰化を望んだのですか?正直、民主制国家の真羅から倭国へと移り住むには抵抗の方が大きいのでは?」
「抵抗や恐れが無いと言えば嘘になる。だけど、愛すべき家族が生まれ育った地で過ごし、根付いてみたいと思うのは、やはり不自然ではない感情であり、願いだと思うよ。結論として、ぼく達家族は真羅で普段過ごすにはなったけれど、倭国には、何度でも訪れたいと思うよ。妻の、たまには里帰りしたいと願った機会にね」
何か引っかかるものを感じながらも予定されていた質問を消化していき、最後にはお二人から倭国と真羅の皆さんへのメッセージを拝聴して、表面上無事にインタビューは終わった。
これから真羅の新居へ向かう愛子さんはいろいろ準備があって、先に退室して行った。私はインタビューの席に座ったまま、ほっと一息ついていたが、丁さんが愛子さんをいったん見送ってから周囲の緊張がほどけたほんの短い隙間を狙ってすっと戻ってきて、私に日本語で小声で話しかけてきた。
「あなたは、姫を、知ってますか?」
「姫?姫っていったい誰の事を?」
「ぼくは、どうしても、彼女と連絡が取りたい。助けて、ください」
そして今日のインタビューのお礼を言うかのように私の両手を握って頭を下げ、そのまま、
「今日は、ありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いします」
と周囲に不審に思われない感じの台詞を残していった。
私は、彼が私の手の中に残していったほんの小さな紙片を、なるべくさりげなく、ポケットに手のひらごとねじ込み、トイレに行って個室の中で内容を確かめた後は、流して捨てた。
姫って、あの人の事だよなぁ、とすぐに推測はついた。
彼が今日視線を可能な限りさりげなくさまよわせ続けて誰を捜していたのかも、見当もついてしまった。その理由も。
あのさ。言っておくけど、私まだ中学三年生の女子に過ぎないんですけど?!まだ14歳の女の子に、どんな橋渡しをしてもらおうと期待してるんですかっ!?と叫びたかった。
いやー。無いわ。たぶんあの人の事だから、自分から誘って、愛子さんの前に、手を付けたんだろうなと想像できた。
丁さんは、自分が元皇統の跡継ぎの父親になっただけでなく、倭国女王の(おそらくだけど)一人娘との間にも子供を設けた。いやこちらは本当に表沙汰に出来ない。出来る筈も無い。
和奏さんなら面白がってやりそうな気配が無いでもないけど、さすがに、真羅と倭国の両方で、お二人とその子供の身の置き場所が無くなってしまう。
丁さんが望んで倭国に帰化したがったとしても、和奏さんとの間に子供を設けたという事実が不可能にする。愛子さんはまだ皇統が血統以外は有名無実化したから、丁さんと一緒になれた。しかしその事実が公表されている状態で、倭国王家の姫君との間にも、となったら、絶対に、やばい事になる。何がって、倭国一般市民の感情が。倭国を味方につけておきたい真羅政府も、絶対にそんな超核地雷は踏み抜きたくないだろう。
知らぬが仏だ。仏教徒じゃないけど!紙片に書かれてた電話番号は記憶しておいたけれども!
まぁでも、和奏さんとは同じ屋根の下に住んでいる訳で。帰宅してから二人きりで話す時間を作ってもらい、護衛の人達にも離れてもらってから、私は主犯に尋ねた。
「どうするつもりなんです?ていうかどうして手を出しちゃったんです?!」
いたずらがばれたような表情をした和奏さんは、テヘペロ的なジェスチャーまでしてみせてから悪びれずに言った。
「外見は好みだったから?」
身も蓋も無い理由だった。
思わずテーブルに上半身を突っ伏した私の頭をつつきながら、和奏さんは上機嫌に言った。
「ほら、私ってば占部でしょ?」
「そうですけど、それがどう」
「占いというか、予知というかで、そうするのが、自分にも周りにも世界にも、一番都合が良い展開につながってたから」
「それを信じろと?」
「占いに理屈なんて無いよ。でもさ、ここはもう倭国なんだよ?倭国の女王、卑弥呼はどんな存在だったか、学校で習わなかった?」
「習いましたけれども・・・。でも、占いなんてどれくらい当たるものなんですか?」
「少なくとも、私の占いは神国日本の成立にも、倭国への変遷にも、大きく貢献してるよ。理恵ちゃんが信じようと信じまいと。8.14やワースト・クリスマスなんかも起こる前から予知してたし、他にもいろいろね」
嘘を言ってる風には聞こえなかったし、冗談言ってる様子も無かった。
「それがもし本当なら、倭国の本当の生命線は、あなたじゃないんですか、和奏さん?」
「さあ、どうだろ。試してみたい?」
「物騒な事を最高の笑顔で言わないで下さい。十四歳女子を惑わさないで下さい。人生まだまだこれからの筈なんですから」
「試してみる価値はあるんじゃない?」
「いいえ。民主制国家を取り戻す時は、神国日本が成立した時のと同じ様な手順は取れないでしょうからね。そうじゃないと、産まれてくるのは、12.7以前の日本の劣化版で、かつ、神国日本や倭国の悪いところばかり見習った恐怖政治の国になってる事は、たぶん、間違いないと思いますから」
「かもね、ふふ、やっぱり理恵ちゃん楽しいね」
まるで生きるおもちゃを手にしたような表情で言う和奏さんが怖くて少し身を引いてしまった。
「私ね、気が向いた事でも、向いてなかった事でも、そう望みさえすれば、たいていは当たる未来が見えるの。でもね、ごくごくたまーに、理恵ちゃんみたいのがいてね、見えないの」
「それは、良い事なんですかね?」
「さあ?だけどね、理恵ちゃんの近くにいる人達のは、見えないわけじゃないんだよ?」
「何が、言いたいんですか・・・?」
「このままだと、英宏と一緒になれない、かも知れないよ?」
「英宏が、他の誰かを選ぶから、ですか?」
「言えない。不確かな揺らいでる状況だし、まだ確定はしてない。けど、何割かくらいの確率で、二人が一緒になれない未来は訪れる。だから、後悔はしないようにしてた方がいいよ?」
「それはつまり、やる事を、やれと?」
「そういうのだけの話じゃないよ。さ、サービスタイムはこの程度でいいかな。英宏もあなたと話したがってるみたいだし、行ってあげれば?」
「今夜はこっち来る予定は無かった筈」
「リモートでも顔見せて話すくらいは出来るでしょ」
そして実際、いろいろと心配された。今日のインタビューを受けて、私の首にかけられた賞金は一千万円の大台を越えた。ついでと言うか、私という存在を受け入れられないと公言している人達の数も一千万人を越えたらしい。
一般的な知名度で言えば、摂政の孫で、右大臣の息子という超VIPな英宏よりも高くなってしまっていた感まであった。まぁ、広告塔みたいな事やってる訳で、恨み買いやすくなるのも不可避か。
「普段はそこにいるなら安全だろうけど、ほんと、気をつけて」
「心配してくれてありがとう。でも、今まではあなたに手を出せないから私を狙ってた連中が、私に手を出せないからあなたに手を出そうとするかも知れないから、英宏も気をつけてね」
「ありがとう、心配してくれて。今回の件は、かなり元日本人達の琴線というより逆鱗に触れる措置だったんだろうね。愛子さんの娘の父親が不明のままでも日本に留まっていればここまでの騒ぎにならなかったんだろうけど、相手が旧韓国現真羅の男性で、子供ともどもあちらで暮らす事を望んでそれが実現してしまうなんて、彼らの想像の埒外だったから」
「何人くらい死んだの?」
「直接的に射殺とかされたのは一万数千くらいかな。逮捕とかはその何倍か」
「その内奴隷身分に落とされたのは?」
「天皇制崇拝者とか原理主義者みたいのの類は、ほぼ全員かな」
「・・・愛子さんを取り戻せとか、その為なら本人が望んでない事でも何でもしてやるって連中は止められないだろうから、仕方ない、のかもね」
「理恵が気にするだろう事は分かってるよ。なるべく避けるようにもしてる」
「出来る範囲で構わないから。お願い」
「任しといて」
後は差しさわりの無い会話をして、その日を終えた。和奏さんと話したような内容は、英宏には話せなかった。話せるような事だとも思えなかった。
翌日、愛子さんと丁さんと二人の間の娘さんが真羅へと戻る予定の飛行機が襲われかけた。正確には、公表されてない地方空港からのプライベートジェットに護衛の戦闘機とかまで付けて真羅へ出発していったのだけど、襲われかけたのは、両国政府によって用意された特別機が飛び立つとまことしやかに噂された空港の格納庫が、数百人以上の暴徒に襲撃を受けた。
特別機はそこには無く、あてを外された暴徒達は無関係なその他倉庫や飛行機を片っ端から襲って壊そうとした。もちろん、動きを掴んでいた忠臣組実行部隊などによって暴徒は鎮圧された。
同日、真羅大使館も大規模襲撃を受けたのだけど、大使やその他職員は倭国摂政官邸に一時避難していて、待ち構えていた軍隊などにより襲撃者達は滅殺された。
んで、もちろん、私にはこんな質問が多く寄せられた。いわく、私なら止められたんじゃ?とか、もっとソフトな対応を忠臣組に採らせる事も可能だったんじゃないかとか。いや無理言うなよ。言葉通じない人達ですよ?忠臣組もたいがいと言えばたいがいな存在かも知れないけどさ、少なくとも愛子さんの配偶者選びや、その後の身の振り方に関して言えば、彼女に何も強制しなかった。彼女の願いを積極的に叶え協力してきたとさえ言える。
彼女を取り戻せとか、子供を殺せとか、日本人男性との間に沢山子供を作らせろとか叫び続ける連中とどちらがまともか、私には考えるまでもなかった。そんな連中の望む民主主義国家を共に作りたいとも思えなかったし、創れるとも思えなかった。
その意味でも、気が向いた相手と気ままに子作りさせてしまう倭国王室?の在り方はそれはそれでどうなのよと思う部分が無いでもなかったけど、天皇制万歳!な連中の在り方に比べれば、やはりどちらがマシという比較対象にすらならなかった。
自分達の掲げる理想の為なら、特定の誰かは犠牲になっても仕方ないって、それ民主制社会としての大前提からして崩壊してるから。ま、神国日本と倭国になって取り入れられてる身分制度がそれと比してまともになってるかどうかは、ものすごい議論の余地がある。というか却下一択てのが正論なのは確かなんだろうけどね。
でもさ、あの腐りきった日本の在り方のまま、時の支配政権が望んだ基本的人権を否定した新憲法の世の中に移行してたら、今の倭国になった世の中よりマシになっていたかというと、私にはそう思えない。人をひき殺してたりしても、いわゆる上級国民なら罪に問われないとかも横行してたしね。まともな選挙制度の存続すら危ぶまれてたし。
腐った膿は、忠臣組が除去してくれた。だからその忠臣組も除去すれば日本はまともになるし、望ましい日本が取り戻せる筈って考える人達も少なからずいたけど、それは違わない?というのも私の意見だった。
だって、自分達には出来なかったムリだった汚れ仕事の一切をやってもらってから、その咎を一身に背負ってもらって舞台から消えて(=死刑になって)もらい、後は自分達が美味しいところだけを頂くとか、それどんな卑怯者よ?
私はそんな卑怯者になるつもりは無かったし、そう公言してもいた。ま、だからというか、愛子さんと丁さんが無事に真羅に着いて新生活を始めたというニュースが真羅経由で流れ始めた頃に、報復と称したテロが、全国各地でこれまで以上に起き始めたんだけどね。その中には、英宏の家族を狙ったものが数件含まれてもいた。
幸い、まだ全部無事にやり過ごせていたけれども、私は和奏さんの予言?の事もあって、彼との関係をどう進めていくかについても、少し悩んでいた。離れるとかそっちの選択肢は無くて、進め方の速度を速めるかどうかといった感じのものだったんだけど、この話も長くなったので、また日を改める事にする。
あ、そうそう。倭国成立した今年の8月15日から、以前の日本国の世界に対する侵略行為が敗戦という形で終止符を打たれた事を永遠に反省し忘れない為に、敗戦の日という国民休日になった事は付け加えておきます。
理恵がクラスメイトの女子を降格させた場面は、"14.2024/7/7 逆恨み?"に出てきます。




