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27.迷った果ての選択肢(2026.1.1~4.3)

2026.1.1~4.3

田中理恵


 2026年の元旦に新憲法の全文は発表された。そこに基本的人権は謡われてなかったし、男女同権も明記されていなかった。

 倭国の王は、倭王。初代は女王になると摂政から公言されていたけど、誰になるかは明らかにされないままだった。左大臣が昇格するというのは、誰もが一致した推測で、無銘の教室でそれが内密の決定事項だと教えてもらった。

 倭王が基本的には全権を握ってはいるけれど、12.7以前の自民党と内閣府に相当するだろう忠臣組を統べる摂政、各省庁を束ねる右大臣、地方行政と自治を制する左大臣。倭王の直下にいる三人の内、二人が反対した場合、倭王の決定に異議を唱えられる。さらに三人全員が反対した場合、倭王の独断での決定さえ覆され得る。

 ただし、天皇と同様に、Yesとしか言えないのでは、お飾りと化してしまう為、倭王は二度上記の様に摂政と右大臣と左大臣に反対された場合、国民というか臣民たる組員に意を問う事が出来る。そこで過半数を得た方が決定事項とされる。


 これは、半間接的民主主義と言えなくもない。国民投票は電子的に行われ、議員選挙と違って当選を巡る選挙運動の様なものも、コマーシャルを大量に流して世論誘導するという事も無く、公示から投票まで十日間の猶予は置かれるものの、これまでとは違い頻繁に行われそうだった。


 組員限定ではあるものの、インターネット上に電子的な公的な目安箱さえ常設される。腕輪で個人認証を行い、個人でもグループでも集団でも、有料での直訴を行う事が出来る。最低額は一人十円から。これは内容そのものを新規に立てる事は出来ないものの、すでに立てられた直訴内容に、賛成あるいは反対の票を投じる事が出来る。

 直訴内容を新規に立てる個人なら千円から百万円まで。法人なら十万円から一億円まで。賛成あるいは反対票に投じられる金額は、個人なら十円から一万円まで。法人なら一万円から一千万円。

 お金という社会共通の価値体系の中で、何人がその資産のいくらを投じてまで実現したい訴えなのかを可視化する仕組みだ。限度総額までなら、何度でも票を投じる事も出来る。

 投じられたお金は、忠臣組預かりとはなるものの、そのまま徴収されはしない。もしもその訴えの内容を実現するとなった場合は、賛成票に投じられたお金はその原資として使われる。例えばそれが老人ホームや職業訓練校、DV被害者の為のセーフハウス、病院の設立や運営費、医師や看護職や介護職などへの待遇改善などなどが具体的な例として挙げられていた。


 まぁ、そこで出てくるだろう普通選挙、それが12.7以前の議員の様な存在でなかったとしても、摂政や左右大臣を直接選べるだけでもかなりの不満緩和策にはなっただろうけど、当面の間は見送られると明記されていた。少なくとも十五年は2026.1.1に発布された新憲法による国家体制が維持され、その間ずっと組員の2/3以上から、その所有資産の数割を賭けてでも訴えられれば考慮されるかも知れないと、新憲法の発布式典で摂政が述べていた。



 私は、新憲法の草文そのものを世間一般より早く見せてもらっていたし、無銘の教室でも新憲法は何度も討議の対象になっていたおかげもあって、たぶん、世間一般の誰よりも早く、残されている可能性に気付かせてもらった。


 年始の挨拶。

 和奏さん達特級組員の間の特別な新年会にお呼ばれしてもらってはいたけど、固辞しておいた。両親とも相談したし、会った事も無い見知らぬ人達からいろんなメールを受け取る立場にいつの間にかなってしまってて、その中の何人かとは特に熱心なやりとりを繰り返すようになってもいた。


 元旦の夜。

 与えられた私室で待っていた私の元に、約束した時間通りに、英宏はやってきた。

「やあ、待たせたかな?」

「ううん。どっちかというと、待たせ続けてきたのは、私の方だろうし」


 そのやり取りだけで、私が何を話そうとしているのかを英宏は感じ取って、私の隣ではなく、向かいのソファに腰を下ろした。


「今でも、急かせるつもりはないけど、話はそれだけじゃないんだろ?」

「まあね。英宏の十五歳の誕生日まで半年未満だし、あなたと婚約する前に、ここに保護されてからずっと考えてきた事を聞いてもらいたかったの」

「話して。聞くから」


 私は、小さくうなずくと、何度か深呼吸を繰り返してから、言い切った。

「何度か言ってきてはいるけど、改めて言うね。私は、あなたの従属物になりたくはないの」

「うん。忘れてないよ」

「このまま婚約して、もしも忠臣組と倭国の時代が続くのなら、それなりに安泰した平和な生活が送れるのかも知れない。でも、それは、私があなたのお相手であり続ける限りという前提条件が付くの」

「かもね」


 ここまでは、今までにも何度かしてきた話だった。だけど、今日は、出来るだけ踏み込むと決心していた。


「今日発表された新憲法、ITによる目安箱だけじゃなくて、組員同士、もしくは準組員や非組員から組員へ献金する仕組みが公的に用意されてる」

「そうだね」

「一昔前というくらいに古くはないかもだけど、クラウドファンディングと同じ感じで、資金を集められる。集まらないかもだけど、私は、あなたの配偶者だからという立場ではなくて、支持を集められるのならその人達の後押しの力で、特級組員になりたいの」


 英宏は、驚いた顔もせずに、両手を軽く打ち合わせて拍手してくれていた。


「止めないの?」

「どうして?」

「いや私が訊いてるんだけど」

「君が君のままでいる方法がそれだというのなら、やってみればいいのさ。同じように気付く人は、それこそ山のように出現するだろうけど、君がその先陣を切る意味合いは、とてつもなく大きいと思うよ」

「それこそ、未発表情報を事前に知らされてたという不公平な優遇措置をもらっていたからだけどね」

「理恵が気付かないようだったら、ぼくからは何も言わなかっただろうね。他の誰かが始めたのを見てから自分もと思い立ったのなら、まぁそれなりに応援はしたかもね。口だけで」

「そりゃどうも。特級組員になる為の一億円て資金がもし集められたとしても、特級組員になれるかどうか、年五千万なんてお金を集め続けられるかどうか何てわからないけどね」

「特級組員として理恵が認められるかどうかは、理恵が忠臣組に果たせる貢献の内容に依るだろうね」

「そこは単純明快だよ。私が、民主制政治の復活を望む人達の代弁者というか口利き役になる。なれるかどうか、なれたとしても何が出来るか実現出来るかなんて、私にもわからない。だけどやるしかない。他に私よりもずっとずっと適任な人が後から何人も何十人でも続いてもらわないと私の発言力は強まっていかないだろうけど」

「理恵が民主政治の復活を望む人達の代弁者に据える事が、どうして忠臣組にとっての貢献になるのかな?」

「忠臣組の中心部にこれ以上ないくらい近い立場にいて、おそらくは簡単には排除されない、民主政治の、それが無理ならせめて基本的人権の保証とかね、そういった声を中枢部のトップにまで届けられる。自分達の声は単純には無視されないと思える誰かがいる、そういった存在が許されている、まだ希望は残されている、そう思える可能性を国民の大多数に残せる。国民はまだなんだかんだ言っても民主政治にずっと慣れてきてたんだから、表面的なのも潜在的な不満もひっくるめて、かなりなガス抜き役にはなれるとは思う」

「もしかしたら、そうなれるかもね。でも、何も代弁者としての実績を残せなかったり、最初に理恵自身が言ってたみたくぼくとの関係が終わってしまった場合、理恵の市場価値が暴落する事は認識してるよね?」

「もちろん。でもそれを怖がるくらいなら、とっとと婚約でも何でもして、こんな相談してる筈も無いでしょ」

「じゃあ、ぼくと婚約はしないでおく?」

「ううん。英宏の事は、嫌いじゃないというか、好き、だし、忠臣組の世がしばらくは最低でも続くだろうから、婚約はしておいてもいいかなと思う。でも私達が十六歳になったらすぐにでも結婚したいかというと微妙なんだけどね」

「ぼくと婚約したい気持ちがあるのなら、そこは妥協してもらいたいかな」

「うん、あなたの立場とかもあるしね。でも、だからこそ、他の譲れない部分は譲れないと思うの」

「民主制政治も、基本的人権も、あっさりと復活する事は無いよ。それなのに、理恵はどんな希望と実績を将来の支援者の前にぶらさげるつもりなの?」

「12.7以前の議員や政党みたく、こんな法案を通しました、みたいなのは難しいのかもね。それでもやらなくちゃいけないから、やれるだけはやってみるつもり。

 で、それらとは別に、スポークスマンというか女だからウーマン?広報係というか、インタビュアーみたいのはどうかと思ってるんだけど、どうかな?」

「・・・忠臣組にも一応広報組織はあるけどね」

「それはいわゆる独裁国家の国営放送みたいな存在でしょ。私が何をしようとしてもどうせ検閲はかかるんだろうけど、私が個人的にインタビューした内容の方が、世間受けはするだろうし、信頼される可能性すらあると思うな」

「まぁ、無くはない、程度の可能性だけどね」

「でね、私の最初の実績というか、支持集めの為の寄せ餌として、和奏さんへのインタビューとかどうかな?」

「・・・理恵。意味をわかってて言ってる?」

「もちろん」


 はぁ、と、わざとらしい溜め息をついて、やれやれとかぶりを振ってから、英宏は言った。


「許可される可能性は、かなり低いよ」

「もしどうしてもだめっていうなら、英宏のお父さんとかおじいちゃんとかだっていいんだよ?和奏さんのが絶対にいいけど」

「どうして?」

「英宏こそ、わかってて言ってるよね」

「確認の為だよ。一応のね」

「次期女王って、今は左大臣の峰岸さんだよね?」

「まぁね」

「和奏さんて、峰岸さんの娘さんだよね」

「わかっちゃうか」

「わからいでか。なんとなく似てるな~、くらいの印象は持ってたけど、和奏さんが出産した時、お見舞いに来てたでしょ?並べて見たら、すぐわかったし、誰でもわかると思う」

「だからこそ、顔出し出来ないとは思わないの?」

「顔は口元までとか、身分ははっきりとは示さないとか、やりようはあるとは思うよ。女王と次期女王、その次期女王にすでに子供が産まれてるとかまでは世間に公表するつもりは無いだろうから、そこには触れないけど」


「それに、お父さんやおじいちゃんにしても、政治家は政治の結果のみで判断されるべきで、人柄がどうのなんてのは、衆愚政治の再来を招くとかまで言いそうな気がするよ」

「そりゃあケーキだかなんだかを食べてる動画を投稿してウケを狙うまでしてたらそうかもだけど、自分達の政治を預けてる人がどんな人なのか、わからない事に不安や不満を抱えてる人は少なくないと思う」

「おーけー。理恵の言い分はわかった。でも、報道する立場の中立性を確保するなら、今の中級組員の方が良いんじゃないの?」

「私が単なる一組員で、英宏との特別な関係が無いならね」

「そりゃそうか」

「私は、あなたとの関係も捨てるつもりは無いもの。それはそれ、これはこれとちゃんと区別をつけるつもり」

「だから、特級組員になる為の審査で有形無形の優遇措置は受けるだろうと誰からも指摘されたとしても、資金の融通は受けないと」

「そう。組員への献金というか投げ銭システムは、記名投票と似たようなものだしね。誰が誰にお金を投じたかもはっきりと記録が残るし、公開対象の情報になる。

 私が最終的になりたいのは、単なるインタビュアーじゃないしね」

「わかった。お姫様にも、お父さんにもおじいちゃんにも、後で話を通してみるよ」

「ありがとう。英宏」

「どういたしまして。というか、それだけ?」

「別に、もったいぶるつもりはないんだけど、そういうのを対価にするつもりもないんだけど」

「言いたい事はわからないでもないけどね」


 英宏が肩をすくめてソファから立ち上がり、部屋から去ろうとするのを、後ろから追いついてハグした。


「英宏の事は、好きだよ。でもね、ほら、ここは、監視されてるんでしょ?」

「部屋を真っ暗にすれば」

「だからって他人に聞かれながらとか無理だって!」

「わかってるよ」


 英宏は私に向き直って私をハグし唇を重ねると、お休みと言いながら退室した。ドアの外には、英宏の護衛が二人、私の付き人となった女性の護衛が二人待機していた。うん、そんな状況でだなんて、無理だって!


 ともあれ。

 翌朝。和奏さんが大乗り気になってくれたお陰で、私が提案した話(インタビュー)にゴーサインは出た。

 私の資金集めの為の算段に関しても、英宏を始め無銘の教室で知り合った何人もが知恵とかを貸してくれて、なんとその翌日、1月3日には、私の資金集めサイトが開設され、初回特典動画には、短時間にしろ摂政と右大臣と左大臣と、謎の人物へのインタビューが掲載された。


 未成年という事で、本来であれば一億円と五千万円は半額でも認可される可能性はあったのだけど、その後の継続活動費としても上限は付けない事にした。

 最初は世界最大の動画サイトで宣伝と資金集めをしてたんだけど、二週間後には忠臣組公式サイトの一部にそれ用の専用ページが作られてからは、誰から誰にいくら支援金が寄せられたとかも先行して公開されるようになった。


 私は、初回には私自身の事は少しだけ、次回からは自分に関する事を、次には忠臣組の中枢部の誰かという感じで、交互に10分くらいずつ、週1で動画を掲載するようにして、最初の一ヶ月で視聴回数は五百万回を越えて、十万人以上から総計五千万円以上が集まり、三月頭までに五十万人以上から一億円以上が寄せられた。

 その頃までには、私以外にも同様の目的で立ち上がって支持集めを始めた人が百人以上はいたけど、特定企業などから支援を受けてる人とか、芸能人などで有名な人を除けば、百万円以上集められてる人は希だった。


 そして新憲法が施行され効力を持った4月1日。日本はおよそ千四百年ぶりに倭国へと国号を戻した。

 同日に放送した特別ライブ番組で、私への支持金は当初目標としていた一億五千万円を越えて二億円に達し、その翌日、私は忠臣組に資金を振り込み特級組員の申請を行った。さらにその翌日、和奏さんと英宏から、私の申請が承認されたと知らされた。


 私はその場で、英宏に言った。

「これでようやく、一応は同じ特級組員になれたから、私から申し込むね。英宏、私と結婚したい?」

「もちろん」

「ん、私も同じ。これからもよろしくね」


 そこに居合わせた和奏さんが一番盛り上がってしまい、だけでなくその始終が撮影されてて私の動画の一部として公開までされてしまったのだが、私に果てしてプライバシーは残されているのか非常に心配になってしまった。


「でも、本当に良かったの、理恵?」

「あなたと婚約した事?特級組員になった事?」

「どっちも」

「あのさ、これは無事資金を集められて特級組員になれた場合にだけ言おうと思ってた事なんだけど」

「うん?」

「私の個人情報、ぼろぼろ漏れすぎだっての。名前とかあなたとの関係性とかまでならともかく、思想信条とかメアドとかまで、良くわからない人達から何通メールとか受け取ったと思うの?」

「・・・気に入らなかった?」

「今じゃ、背中を押してもらったんだろうなと思えはするけどさ、とにかく、それはそれとしても、私とあなたが正式な婚約者になったというなら、二人の時間のプライバシーくらいは守れないのかな?二人とも特級組員なんだし」

「・・・理恵だけでなく、ぼく自身の為にも善処するよ」

「守られない限り、今以上の進展は、その・・・、無いからね!」

「わかってる。好きだよ、理恵。おめでとう。そして結婚を申し込んでくれてありがとう」

「ありがと、英宏。私も好きだよ」


 特級組員同士、特に中枢部の存在は例外的措置が優遇されるらしく、少なくとも十八歳までは婚約期間にしてもらえるよう要求し、それは通った。

 そんな風に、倭国の復刻は、少なくとも私とその周囲には、平穏に起こったのだった。



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