24.2025/8/27 新憲法制定関連作業
タイミング的に憲法の日には合わせられませんでしたが、お届け。
2025/8/27
達川達郎
自分の名は、達川達郎。72歳。昨今では珍しく65歳で定年を迎えられた口だが、2021年に起きた12.7による民主主義喪失に憤りを覚え、何度となく座り込みなどのデモに参加する内に留置場ではなく第72政治犯収容所に収監されてしまった。
ここでハンストを死ぬまで行った筋金入りの者達もいたが、忠臣組は彼らの意志を尊重した。見殺しにしたのだ。自殺も止められはしない。他殺しようとする者は即座に射殺されて止められるが。
収監されている他の者達と接触できる機会はウィルス感染症対策もあって最低限に限られていたが、それでも政治犯として収容されているのは、民主制政治や基本的人権、男女平等などを求めている者達だけで、いわゆる右翼やネトウヨと呼ばれるような、反知性主義の者達は収監されず殺されるか、奴隷として農村などで強制労働に従事させられているらしいと聞いた。
自分が収監されたのが2022年の10月頃だった。それ以前も以降も、国内も国外も情勢は激動し続けて次に何が起こるのか想像もつかなかった。
収容所は全て独房で、一切の私物持ち込み禁止。差し入れも禁止。日に10分の中庭の散歩時間と、週に3回のシャワー以外は全て独房内での生活。3.5畳くらいの空間に、ベッドとトイレと洗面台。そしてベッド脇の壁に埋め込まれる形でタッチパネル式のインターネットTV。受信オンリーで送信は一切できなかった。
労働時間も無く、洗脳的教育を受けさせられる訳でもなく、有り体に言えば、収監された上でほぼ放置され続けた。インターネットTVが無ければ自殺者はもっと増えていただろう。
外部からの情報は遮断しない意図について囚人達の意見は分かれていたが、一周年前の時期でも、忠臣組のちぐはぐさについてはさらに評価が分かれていた。彼らが単なる天皇制原理主義者ではない事はごく早期から明らかになっていたから。
天皇制からの卒業式と題された真愛国者党の公開処刑と天皇制廃止の為の国民投票を行うと聞いた時は囚人一同驚いたし、囚人達にも投票権が与えられると聞いた時は忠臣組の正気を疑いさえした。投票結果もそうだが、投票結果内訳の詳細を見る限り、不正が行われた様な印象も受けなかった。
そして約2週間前、憲法草案が囚人達に開示され、2週間後にヒアリングを行うと通知されて驚いた。国号が神国日本から倭国に戻ると聞いてさらに驚いた。
憲法というより法律以上の、国の定礎を定める決まり事を羅列したようなものだったが、今日の政治解釈的には憲法に該当するだろう。
そのミーティングを前に、他の囚人達とのコミュニケーションが、日に三時間までだが、解禁されたのも驚いた。手枷足枷をされた状態で反乱なぞ望むべくも無かったが、それでも何か大きな変化が起きつつあるのが伝わってきた。
「大きな変化が起きつつあるってのは、国号も変わるし、鎖国も視野に入れてるんだろうし、否定のしようも無いんだけど、なんで連中は憲法なんて制定しようとしてる?明文化してない方が好き放題出来るんじゃないのか?」と言ったのは三枝太郎。元会社役員の68歳。何度か看守に殴りかかりさえした血の気多めな御仁。だがぼこられるだけで殺されはしなかった。
「それに、俺らに意見を求める理由がわからん。天皇制廃止の是非を問う国民投票に投票させた時もそうだったが、連中はフリーハンドを持ってるのに、なぜそうしようとしない?」と言ったのは、双葉史郎。元教師。57歳で、ここに収容される前は教頭職を勤めてたらしい。
「訊いたところで正直に答えてくれるかわからんし、いったんそれらの疑問は脇に置いておこう。
それより中身だ。冒頭から驚きだ。
第一条:倭国は平和を希求する」
「その平和の内容が大問題なんだが」
「他国を侵略しないってだけが平和の意味じゃない筈だものな。だけど」
「第二条も予想外だったな」
「倭国に基本的人権は存在しないが、人権の存在は否定しない」
「で、その否定されない人権の中身が問題になってくる訳だが」
「忠臣組の一般組員以上には人権が存在する」
「その人権は基本的に尊重されるが、より上位層が判断する必要性によっては、下位層あるいは全体の又は指定層の人権は制限される」
「で、PCR検査とかワクチン接種とかがわかりやすい例として挙げられてたりする訳なんだが」
「この人権、男女が分けられてないんだよな」
「神国日本、男女不平等で、男性層からの支持を集めてたとこもあったが、これは噂が正しいのかもな」
「天皇制の継続が否定されて、次の国家元首が誰になるのか。どう決まるのかって話題で、男か女かの話題もあったな」
「倭国って、男王もいたけど女王のが有名だし」
「だから、次の王、先祖帰りした倭国の初代王も女王になるんじゃないか。だから男女不平等を残さない可能性がある」
「男性からの支持は失うかも知れないが、女性からの支持は集まるだろうな」
「愛子様にしたって、忠臣組が押しつけたんじゃない相手と結ばれたって噂は概ね好評だし」
「それはともかく、男女同権は、もうちっと後の第七条。倭国は王によって統べられ、男王と女王どちらもが就任し得るし、男王と女王の持つ権能に差は無いってとこでも裏打ちされてる」
「それが国のトップだけかどうかってのもポイントだけど」
「それよか、倭王は血統により決定される場合もあるが、血統は必要条件ではない、って方がデカくないか?」
「第八条:基本的に倭王は、忠臣組特級組員幹部会により決定されるってので専制政治には間違い無いんだけどな」
「でもさ、第十一条:特級組員の過半数、上級組員の2/3以上、中級組員の3/4以上、一般組員の9/10以上の賛同票がある場合、倭王の決定に異議を唱えられる。この決定には、a.この憲法条文そのもの、b.摂政・右大臣・左大臣を含む首脳部の人事、c.鎖国の継続・解除・再鎖国、d.倭王の交代などが含まれる。ってこれ、ほとんど間接民主主義じゃないか?」
「んー、そこまで殊勝な存在かな、忠臣組って?」
「ありそうなのは、民主主義を取り戻したいって思ってる人が国民の大半だろうから、その懐柔策じゃないのか?」
そんな感じに、話し合うべき事、重要そうな事はいくらでもあった。そしてヒアリング会に向けて、連名でも個人でも、質問を予め提出しておけた。
すでに他所の政治犯収容所で開かれたヒアリング会での質疑応答内容はインターネットTVの世間一般には非公開のチャンネルで閲覧可能だった。
他の収容所でも重ねて問い合わせてるのは、民主主義の復活があり得るのかどうかで、無いと明確に否定されていた。次に多かったのは、基本的人権の復活だったけれど、こちらもやはり同様に否定されていた。その理由付けの具体的な例として、コロナに感染しても行動の自由を主張して他人を感染させるような誰かと、感染させられた誰かの人権が平等に扱われて良い筈が無いという回答が示されていた。
そしてヒアリングの日。
条文そのものは全員が理解しているという前提で、現在の統治機構が新憲法発布後にも基本的に維持されるといった説明の後はすぐに質疑応答になった。
相手は、忠臣組の中枢部に絡む公僕の一人で、モニター越しの質疑応答だった。感染リスクその他を考慮すれば、文句をつける余地は無かった。
最初の質問。確かどこかの大学の教授だった人だ。
「人権が限定的にしろ認められている理由は?民主主義が否定されているのに投票行為で国家的判断に異議を差し挟める余地が残されている理由は?」
「我々は、12.7以前の日本と違い、基本的人権を認めると言いながら国民を家畜扱いするつもりは無い。人権はその為の一つの目安と言える。異議を差し挟める余地を残しているのは、自分達は政治とは無関係でいられるという精神的錯誤を解消する為だ」
「そこまで認めるのなら、一般民の間から代表を選出する機能を持たせないのはなぜか?忠臣組でも専制政治を長く続ける事の弊害は認知している筈」
「民主主義政治を長く続けても、結局同じ弊害は発生する。世襲議員や地盤と呼ばれる様な仕組み、メディアへの露出度で決まる支持率。資本量の多寡で決まる圧政を排除するには国民の理知が必要不可欠だったが、悲しいかな、日本国民のそれは極めて低かったし、今でもまだ大きくは変わっていない。国会議員選挙に出馬する為の供託金を無くしたところで、結局は資本量や知名度の差が当選率に直結する事は変わらない。次」
次の質問者。これは自分が顔も名前も見覚えの無い、たぶん一般人の若者。
「前憲法というか今でもまだ現行ではある筈の憲法では触れられていた天皇制について触れられていない理由を教えて欲しいです。神国日本というか倭国としての憲法施行後、天皇家の処遇はどうなるのでしょうか?」
「新憲法発布後は存在しなくなるので、新憲法条文そのものからは存在を除外した。だが皇室は当面の間、最低でも数世代は忠臣組の手によって保護されていく。外部から害される事は心配しなくて良い」
「知る権利は」
「存在しない」
「せめて、上級組員や特級組員の誰か、もしくは宮内庁なり内務省なりから、定期的に様子を周知はしてもらえないのですか?」
「周知はしない。ここに収容されている者達なら共通認識ではある筈だが、前憲法では皇室に基本的人権は存在しなかった。おかしな話だ。国民統合の象徴と祭り上げるのなら、彼らの人権が真っ先に保護されなければならなかったのに、民主主義や基本的人権をありがたがる者達の間でも、問題視する者の割合はごく限られていた」
「それは、皇統の継続などで仕方なく」
「民主主義にとって基本的人権は万人に差別無く付与されて侵さざるべき何かではなかったのか?日本国民はそれを無視する事を良しとしてきた。奪われて学べばいいのだよ。次」
次のも知らない誰か。
「せめて、愛子殿下に関する噂が事実なのかどうか教えて欲しい。韓国人男性アイドルとの間に子供まで出来て事実婚状態だという噂まであるが、これは国民への裏切りではないのか?これまでの皇室会議なら絶対に許さなかった筈。神国日本も、皇室の血統には拘りを持っていたのではなかったのか?」
「愛子内親王に関する噂が事実かどうか、君達に知る術は無いし、その事実は君の人生に一切関わりが無い。プライバシーは保護されるべきものではなかったのか?彼女が伴侶を選ぶのに、なぜ外部の誰かが口を出せると思う?何の権利で?皇室を敬うと言いつつ、ペットか何かの様に扱ってきたのが12.7以前の日本国民の姿だ。彼女もその子孫も、好き勝手にその番を選ぶ。繰り返すが、国民の側に知る権利は存在しない」
「権利というなら、その皇室なり元皇室の存続に国民の税金が使われるのなら」
「12.7以前の民主政体でもろくにその監視が出来ていなかったのに、何を寝ぼけた事を言っている?国民の知る権利とやらで出てきた書類が全部黒塗りにされて君達はどうしていた?公的記録の捏造改竄破棄焼却をやらかした官僚は職を追われるどころか格別に取り立てられ出世していたのではないか?政治家や官僚が記憶にございませんととぼけるのが常習化してた事に対して何か出来ていたのか?基本的人権を無くすと与党政治家が堂々と公言し、その方針に沿った改憲案を提示して尚、与党であり続けられたのは何故だ?日本人は基本的人権の何たるかもその価値も理解していなかったのだよ。民主制政治が主義などと捉えられていたのもその一つの象徴だろうな。
皇室家系の維持費用くらい忠臣組内部の私費で賄える。どの道その内情を知る権利は君達に認められはしない。次」
その後十数人以上が質問を重ねた後、自分の番が来たので尋ねた。
「第99条。鎖国時の特別措置についてお尋ねします。組員や非組員、奴隷などの身分の差に限らず、望む者は、倭国と国交のある国々に対して亡命を申し出る事が出来、相手国から亡命民として認められれば出国を許可される。
また第100条、全ての国民は、成人時に国籍選択の機会を与えられ、倭国から出国し外国籍の取得を望む者は相手国が認めた場合に限り、対象国に渡りその国民となる事が出来る。
これらの条文を用意された意図をお伺いしたい」
はっきり言って、これらの条文だけでも、ある意味で、神国日本=倭国は、12.7以前の日本よりも民主主義的と言い得るのだ。
回答役の男性は、ペットボトルの水で喉を潤してから、私をじっと見つめて回答した。
「民主主義国家には一つの大きな矛盾がある。国籍は権利と同様に捉えられているが、その国籍を選んで産まれてくる者はいない。だが一般的に、国籍の異なる両親を持つ者以外、出生後に国籍の取得に同意する機会はほぼ、無い。他国籍の誰かと婚姻しその国籍に移るか、他国へ移住し、そこで永住許可を取得し、やがて国籍の取得へと至る過程を選んだ者達が例外と言える。
世界の現状は、君達も認知しているだろう通り、大変厳しい。中国やインドを中核とした勢力は欧米を圧倒した。少なくともこの形勢は十数年以上続くと見込まれる。
人口増による食料危機は待った無しだ。漁業が基本的に禁止された事もあり、どこも数十万以上の規模の難民を受け入れる余裕は無い。欧米は対アジア系感情もあり余計に難しいだろう。統一朝鮮国家となった真羅も受け入れたとしても数は限定されるだろう。
そもそも、12.7以前の日本が難民をどう扱ってきたか、知らぬ君達でもあるまい?その逆の立場に君達は立たされる訳だ。自分達は反対していた!という言い訳が通じるかどうか、分の悪い賭けだろうな。
国籍選択と取得を成人までの任意のタイミングで行う事。それがその国の民として当然求められるべき行為として考えたからこそ条文として用意した」
「では、第99条は鎖国時のみ。第100条は常時維持されるのか?」
「鎖国時は基本的に他国との国交は断たれている状態である為、空文化はするだろうが、開国後にはまた意味と効力を取り戻すだろう」
周囲にざわめきが広まった。そう。鎖国に関する条文も開国や再鎖国、再開国の条文もその為の手続きも用意され明文化されていたのだ。一度鎖国しても鎖国が永続する訳ではないとアナウンスしているのと同じだ。
「一度外国籍を取得した者や、外国人が倭国の国籍を取得する事も可能なのか?」
「都度検討され判断が下されるだろう。憲法は宗教とは違う。必要性に応じてその条文が都度加筆修正削除されるだけの存在に過ぎない。次」
およそ百人近くの質疑応答を終えるまでには4時間ほどかかった。その後も囚人同士で熱心な討議が行われもしたが、夕食の時間になりそれぞれが独房に戻され、夕食を終えた後。
看守に、手枷足枷をかけられ目隠しまでされた上で独房から出された。両脇を看守に挟まれた状態で収容所の外まで連れ出された。なんでわかったかというと、おそらく車の中に乗せられて、動き始めたのが振動などでわかったからだ。自分の他にも数人乗せられていたが、私語は慎めと命令されていたので従っておいた。
新しい施設に着いたのはおよそ2時間半後。独房ではない二人部屋で、そこには手足の枷や目隠しを外された史郎さんと、見覚えの無い看守がいた。
「ここは第十二特別政治犯収容所だ。明日から、憲法制定作業に加わってもらう。拒否権は無い。どうしてもというのなら、死刑となる。どちらかをこの場で選べ」
思わず史郎さんと視線を交わし、
「作業に加わる」
とハモって答えた。
「よろしい。ここには壁掛けインターネットTVではなく、備え付けのタブレットがある。囚人内でのコミュニケーションもある程度は取れるようになっている。
タブレットを故意に損なった場合は再支給されない。凶器にしようとした場合は即処刑される。
これまで集積されたスレッドに三日以内に追いつくように」
看守がいなくなると、二人して左右の壁際にあるベッドに腰掛け、壁に埋め込まれ、取り外すと電源コードと細いチェーンにつながれたタブレットを手にとってみた。
二人ともタブレットを操作しながら、おそらくここだけでなく全国各地の類似施設に収容された者達から寄せられた意見の数々に目を通していった。
史郎さんはぽつりと言った。
「神国日本、というか倭国は、いったいどこに向かおうとしているんだ?」と。
自分もしばし考えてみた後、率直な答えを返した。
「わからん」と。
こうして自分と史郎さんは、倭国の憲法制定というか、レビュー係の役目を仰せつかり、その職務を果たしていく事になったのだった・・・。
そして子供の日には合わせられなかったけれど、次の章では(以下略




