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21.2025/5/5 韓国の一大スターの決断

2025/5/5

丁征国


 昨年の12月8日に、いきなり青瓦台(韓国大統領府)に呼び出された時は驚いた。呼び出された事自体をメンバーにも絶対に話してもいけないし、そこで話された内容をメンバーに話そうものなら、自分達のグループを兵役義務から免除してくれてる法律も変えてしまうかも知れないとまで脅された。事務所の社長には、国家の安全保障上の理由とだけ説明されて、同行すら許可されなかった。


 2022年5月の大統領選挙で不利の下馬評から勝ち上がった伊在民大統領と、その執務室の応接スペースで面会した。

 外務省や国防省長官、大統領の所属する政党の総裁までいた。


「急に呼び立ててすまなかったな。しかし、君の協力が得られるかどうかで、この国の行く末が、かなり大きく変わる。我々としては、君に是非協力して欲しいと願っている」


 そして絶対に秘密を守るという誓約書にサインさせられた後に、説明された。何の為に、何にどう協力して欲しいのかを。

 韓国が北朝鮮と統一国家"真羅"を成立させようとしており、最終調整中である事。

 アメリカ両政府にも打診して、対中国への警戒の為に統一国家を樹立しようとしていると説明し同意を得られている事。

 さらに、神国日本にも同盟を打診。その返答はまだ得ておらず、その条件としてではないが、次期天皇継承者と目される愛子内親王より、自分に対して、(つがい)になる事を打診されているという事だった。


「はっ・・・・・?」

 唖然とさせられた自分に、国家のお偉いさん達がいろいろ話しかけた。神国日本は確かに民主主義国家ではなくなった専制国家で、大量虐殺をしている国だが、主に殺しているのは、前大戦とそこに至るまでの経緯を正当化し、その国家の再来を望む者達である事。天皇制が継続するかどうかは2025年4月に予定されている国民投票結果次第だが、愛子の番になるという事は、今後もおそらくは続いていく事になる女系皇統の祖に韓国人男性の血が入る事は、国家的にも、国際関係的にも、絶大な影響を与えると。


「で、ぼくに種馬になれと?」

「相手も、いきなりそこまでぶしつけな事は要求してきてはいない。当人からの手紙を預かっている。日本語とハングルで書かれた同じ内容の手紙が一通ずつと、あと意味が取れない暗号文の様な何かだ。まずはそれらに目を通してみて欲しい」


 自分は、便箋2枚くらいの手紙よりは先に、ほんの一、二行しかない暗号文とかいう方に興味を引かれて、そちらを見てみた。

 左端から、七十三、五十八、六十三、四十九、二十七。そして別の行、少し外れた感じで三十七と書かれていた。


「これ、何ですか、暗号?」

「君にわからなければ、我々にもわからない。わからないのなら、手紙の方に目を通してくれないか?」

 助言に従って、暗号文か何かをテーブルに置き、便箋から手紙を取り出そうとして、ふと、応接スペースからは少し離れた大統領執務室のドアの前に立つおそらく警備責任者の姿が目に留まった。

 まさかと思いつつ、周囲にいる要人達に尋ねてみた。

「あのドアの前に立っている方の年はおいくつですか?」

「なぜそんな事を?」

「まあいい。おい、警備室副長。君は今年三十八だったか?」

「明日になれば」

「おお、そうか、目出度いな。それで、丁君、何が気になったのだね?」

「ええと、皆さんの年齢も教えて頂けますか?」

 そして予想通りというか、要人達の年齢とぴたりと合っていた。

「・・・手の込んだいたずら?でも、この手紙は」

「まさかとは思ったが、今日ここに誰を呼ぶかを決めたのは、ほんの二時間前だ」

「それに、君を含めたこの円卓の着席順も、つい先ほど、偶然、決まった筈なのだがな・・・」


 列席者の様子から、彼らがどっきりか何かに参加しているとも思えず、いったん暗号文への関心を振り払い、愛子からの物という手紙を開いた。

 文面的には、ファンレターの範疇に収まってはいた。今までも会ったことも(握手会は個人的に会った内にはカウントされない)無いのに、結婚して欲しいと熱烈に訴えかけてくる手紙なぞこれまで何通受け取ったか数え切れない。その中には希に、社会的成功者だったり有名人だったり、韓国内や世界でそれなりに知られたアイドルやファッションモデルや女優の場合もあった。

 愛子は、自分がそういった一人としてカウントされる事は認識していた。その上で、自由の無い自分がもし願えるのであればという儚い想いを伝えてきていた。

 読み終えた後、要人達に尋ねた。


「彼女が次の天皇になる可能性はどれくらいあるんですか?」

「来年4月の国民投票次第だが、情報機関の分析ではほぼ五分五分と見ている」

「五割、ですか」

「丁君はどれほど知っている?神国日本が、これまで民主主義国家を標榜してきた日本よりも、ずっと激しく、天皇家を手酷く扱い、かつて世界中に惨禍をもたらした大日本帝国の在り様を否定してきた事を」

「確か、平和の少女像を皇居前に設置したんですよね。設置するだけでなく、反対派の国民達を虐殺してでも守り続けてるとか、噂では聞きましたが、本当なんですか?」

「本当だ。動画も受け取っているが、見るかね?もちろん、一般公開はされていない映像となる」

「見せて下さい」


 少ない時で1ー3人。十人を越える時も、数十人から百人以上で押し寄せた時も、変わらず、形ばかりの警告が無視されたと判断されるや、忠臣組の警備員は、同族である筈の国民を無情に撃ち殺していた。

「設置以降、総計で894人が殺されたそうだよ。この一カ所だけで」

「・・・彼らは本気なんですか?彼らはこの結婚で何を企んでいるんですか?それに彼女は結婚を強制されているのでは?もしそうなら」

「先ず誤解を解いておこう。神国日本はいずれ鎖国すると宣言している。だから、彼らが主体的にこの話を進めたり、愛子皇太女の番に韓国人男性をわざわざ選ぼうとする筈は無い。これはあくまでも、純粋に、彼女が君の一ファンである事から始まった話だ」

「同盟については?」

「それも我々から持ちかけたものだ。神国日本は8.14を完全に避けた。つまり彼らは何が起こるかを知っていた可能性がある。知っていたという事は、彼らは中国の事情に通じているばかりか、荷担していた可能性すらある」

「おい、そこまで話していいのか?」

「構うものか。中国が朝鮮半島の支配まで望んだ時、北朝鮮との統一国家軍と在韓米軍だけで防ぎきれる可能性は、低い。核兵器は使えば相手を巻き添えにできるかも知れないだけのものだ。かつ、北朝鮮の核兵器を含む軍備はほぼ全て中国には把握されてしまっている。

 日本との同盟がなるかどうかわからない。なったところでその効果がどれほどのものになるかもはかりきれないところがあるのも事実だ。だが、日本がはっきりと中国の側に落ちていたとすると、真羅は発足当初から袋小路に閉じこめられた事になる。

 だからこそ、有名無実な策かも知れなくても、神国日本のトップ3の一人、左大臣の女性自ら駐日大使に手渡されたこの手紙を、軽々しく扱えない事はわかってもらえるだろうか?」

「それが、ぼくの判断にかかっていると・・・?」

「日本国民が、来年4月にどのような判断を下すかで、君に求められる役割がだいぶ変わる可能性はある」

「だが、その場合でも、彼女に完全な自由が与えられる訳も無いだろう。籠の鳥である事は続く。おそらくは一生」

「その儚い願いに、真摯に応えてあげて欲しい」


 いくらなんでも、重過ぎる。この場で返事できる訳も無い。


「すぐ、返事しないといけないんですか?」

「もし、君がどんな関わりもいっさい持ちたくないというのであれば、それはそれで真摯な対応とも言えるだろう。先方からも、決して無理強いするつもりはないしして欲しくもないと念押しされている」

「つまり、この話は、断れるんですね」

「ああ」

「・・・例えば、そういう話としては断るけど、お詫びに、彼女の住む場所でシークレットソロライブを行うとかは?」

「そういうのは求められてはいないし、慰めにもならないだろう」

「グループの仲間に相談とかも出来ないんですよね?」

「その通りだ。あまりにも話が、重要過ぎる。もし誰かの出来心や何かの弾みで情報が漏洩した場合、取り返しがつかない」


 また、考えてみる。

 彼女が単なる一ファンであれば、自分が先ずこの場に呼ばれる事は無かった。でも今は、中国が台湾を併合し、8.14でアメリカや欧州の海軍兵力を大幅に削り、中東を制圧して原油資源をほぼ独占し、世界中の首が締められた格好だ。いや、中国に従おうとはしない者達の首だけか。その中に、韓国が北朝鮮と生みだそうとしている真羅という国も含まれてくる。


「・・・日本が、中国の攻略対象になる可能性は?」

「かなり低いと見られている。8.14に参加せず、鎖国を宣言し、中国の行動に掣肘を加えるような言動はいっさい行ってない。少なくとも当面は、ほぼ無いと言い切れる」

「なるほど。だから、そんな神国日本にとって、その皇族にとって、かけがえのない誰かがこの国にいるかどうかは、韓国というかこれから真羅の民になる全員に、とても大きな違いになり得ると・・・」

「ああ。とても、とても、大きな違いだ。歴史的にもな。かつて百済の王族の女性が嫁いだ時よりも、さらにずっと大きな影響を与えるだろう」

「でも、それで中国が動いてしまう可能性は?彼らとしては、真羅と神国日本の接近は阻止したいのでは?」

「神国日本がかつての様な、好戦的で無思慮で米国の従属物の様な日本だったら、そうだ」

「神国日本は、軍備を損なわれていない。これからも一定程度は維持するだろうが、鎖国していく。鎖国した国の軍隊が同盟国を助けてくれるかどうかは不明だ。だが、少なくとも、かけがえのない誰かは助け出そうとするだろう。つまりそこに、いきなり皆殺しにされるような事はしないよう、彼らから、中国に対して働きかける可能性が、ある」

「それ、ぼくだけ助けられたとしても、意味なくないですか?」

「交渉の余地が生まれるかどうか、というのは小さくない違いだ。北朝鮮が持つ核の事を考えれば、真剣に脅威として捉えられた時には、もう全滅させられている可能性すらあるのだから」


 自分は、深呼吸して瞳を閉じ、いくつかの選択肢を検討してみた。

 即座に断る。心情的には、たぶんこれが正直な反応。そして正解だし、相手も許容すると言ってくれてる。でもだからこそ、選べない。

 折衷案。恋人の様に振る舞うけど一線は越えない。でもこれは断る事よりも望まれてないので、選択肢にはならない。

 時間稼ぎ。例えば30歳を越え、兵役義務を終えてからでもとか。自分と彼女の年齢を考えれば、不可能ではないが、これもおそらくは相手からは迂遠な拒絶として受け取られるだろうから、却下される。同様に、引退後なら、というのも、無い。

 では応諾する?日本の皇室の、女性天皇の配偶者になる?どんな冗談や悪夢やファンタジーなんだそれは。


「ええと、例えばの話ですが、ぼくがこの話を受けたとします。その場合、今の活動は強制引退になるんですか?」

「それは、彼女が望んでいない。もし二人がそう望み、結ばれ、子を為せたとしても、公表できるかどうかは、状況次第だろう」

「つまり、ぼくと彼女がそう望んだとしても、普通の夫婦として暮らすのは不可能?」

「彼らの国民投票の結果次第だな。彼女が一般市民となり、こちらでの居住を望むのであれば、完全警護と隔離は絶対条件になるだろうが、可能にはなるだろう」

「もし天皇制が継続となり、彼女が皇位を継ぐ事になった場合は、普通の夫婦というのは無理かも知れない。それも先方がどういった法体制にするか次第だからな」


 ここら辺がすでに許容量の限界だった。


「たくさんのお話を伺ったので、少し考えさせて下さい」

「返事を出すまでには、どれくらいかかりそうか?」

「あまり待たせ過ぎるのも、先方の気を損ねる可能性があるので、出来れば避けたいのだが・・・」

「せめて一ヶ月くらいは。そうだ」

「何かね?」

「暗号文についてなら、返事とはたぶん関係無いですよね?」

「まあ、たぶんな」

「なら、あれを書いたのが本人だったのかどうか。どうしてあんな物を手紙とは無関係に入れたのか。その意図を訊いておいて頂けますか?それで一ヶ月待ちぼうけさせる事にはならないでしょうから」


 それで何とかその場は引き取れた。誰にも相談できず、悶々と考え込む機会が増えてグループメンバーには心配をかけてしまった。

 断る事は、この状況下では、8.14やイスラエル消滅以前とは、兵役義務という現実の一側面を取り上げただけでも、全く意味合いが違っていた。実際の戦場に送られ、殺し合いに巻き込まれる事になってしまうかも知れないのだ。ファン達の間でも、兵役義務を果たすべきというのとそうでないので分かれているのも知ってはいる。だが・・・


 そんな風に悩ましい日々が二週間ほど続いた後、青瓦台から、手紙が一通届いた。絶対に独りでいる時に開封するようにと厳命されて。

 内容は彼らも知らないという。その秘密厳守が、返信する条件だったようだ。


 その日のレッスンと仕事を終え帰宅してから、手紙を開封した。


 短冊の様な紙が何枚か入っていた。

 一枚目。現在の日時。合ってる。て、あり得なくないか?大統領府から手紙を運んできた人が自分に手渡した日時はもしかしたら指定できたかも知れない。でも、そこからレッスンや仕事がどれくらいかかって、自分が帰宅してこの手紙を開封したのかを、前もって知る事は、単純に、不可能な筈だ。


 ぞくっとした。


 二枚目。荒い鉛筆のラフスケッチで、今の自分の視野が描かれてた。あり得ないけど、自分の部屋の様子を監視カメラで覗いてたり、合い鍵で入り込んでいたら、自分がどこに座ってどんな風景を普段見てるのかは分かるのかも知れない。

 でも、視野の中央を占めるテーブルの上の様子、今日のレッスンを上がる時にもらってきた夕食、メンバーの家族からのお裾分けだぞ?非売品だぞ?タッパーの種類や数や内容物まで当ててるって、何だそれ?!


 ぞくぞくしてるなんてものじゃない悪寒に包まれながら、震える手で、最後の三枚目を見てみた。簡潔な韓国語で書かれていた。

「この話を断れば、あなたはいずれ兵役に取られ、そこで死にます。それ以上を知りたければ、日本までお越しを。もちろん、愛子様に会いにですよ」


 心臓が早鐘を打っていた。これを書いたのは愛子ではない誰かというのはわかった。与太話かも知れない。しかし青瓦台での一件や今日のこの手紙とで、得体の知れない信頼性があった。たぶん、紛れもない本物だと。

 自分でもいくらか日本の習俗について調べてみて、日本でもまだお見合いの風習が残っているのを知り、その線で進めてもらうよう大統領府に依頼した。

 そして当然、お見合いとは別に、二通の別メッセージを送ってきた相手との面会を、絶対条件として出した。その要求は、通った。


 そして、面会日時はクリスマスイブの夜からクリスマス当日にかけて設定された。

 神国日本へは韓国政府が特別に調達したプライベートジェットで移動。空港の格納庫で念のためのPCR検査を受け、その後完全防備服を着込み、絶対に外見からは誰だか分からない状態(特使や護衛達も着込んだ)で、皇居へ。現地で駐日大使とも合流。


 愛子とのお見合いは、あまり良くなかった。経緯が経緯だけに互いにぎくしゃくしてたし、外見的に惹かれるものが無いというのは、写真を見て予め分かってはいたけど、それでも相手を勤めなければいけないのかと思うと、想像してた以上に精神的に来た。きつかった。

 彼女も自分以上に緊張して一杯一杯だったので、自分から会話をリードして、何とか予定されていた、体感時間では何倍にも感じた二時間を過ごした。食事やプレゼント交換、その後のお茶の時間を終えて、次回会うかどうか、設定するかどうかで迷った。

 彼女がやはり無理だったかと苦い笑顔を浮かべ、今夜はありがとうございました、一生の宝物にさせて頂きますと退出していくのを、引き留めようとしても、声が出なかった。


 それから随行していた人達といったん再会してから感触等を伝え、無理なんじゃないかと正直な感想を伝え、別れ際の様子を伝えると、大使や特使はかなり残念そうな表情を浮かべていたが、引き下がってくれた。

 それから、自分が本当に待望していた面会の前に、随行していた人達は皇居から先に帰らされてしまった。

 もしかして、このまま囚われてしまうのだろうかという恐怖も沸き上がったけれど、でも、あの予言の意味と真実を尋ねたかった。


 そして浴室で湯浴みさせられてから、深夜に近い時間帯に、皇居の別の一角で、面会した。

 自分も韓国や日本や世界中で、美しい女性を目にする機会は人一倍多かったと思う。世界で一番美しいとされる人達を含めて何人も出会ったけれど、あまり心揺らされる人はいなかった。自分の立場もあったし。

 でも、これは、はっきりと一目惚れだと分かった。

 腰までまっすぐに落ちる黒い長髪の女性は、流暢な韓国語で語りかけてきた。

「落第です。あなたは死にたいのですか?」

「え、と。愛子様との事ですか?今日お会いしてみて、悪い方では無いのでしょうけど、国家への奉仕義務としてでも割り切らないと難しいというのが正直な気持ちです。

 それで、あなたはいったい」

「私の名も、身分も、あなたには知らせないでおきます。あなたが私に執着して、何か良い事があるかというと、あまり無いですからね」

「ではせめて、何とお呼びすれば良いのか教えて頂ければ」

「そうですね。それでは単に、(HI-ME)とでも」

「わかりました。HI-ME、ですね。どんな意味なのですか?」

「それはあなたが帰国してからでも調べて下さい。それで、死にたいのですか?」

「いや、死にたくはないですけど、あれは、本当なんですか?ぼくの関心を引きたいが為だけに、ここに呼び寄せる為だけについた嘘か何らかのトリックとも」

「そう考えたいのでしたらご自由にどうぞ。勝手にこの話を断り、勝手に死んで下さい。あなたの祖国と一緒に」

「・・・・今、なんて?」

「あなたの祖国と一緒に死んで下さいと言いました」

「断れば、そうなるとでも?」

「占いなんて嘘っぱちだ。未来は不確定だ。そう考えたいのならどうぞご自由に。元居た部屋にまで戻れば、韓国大使館まで護送しますよ。すぐお国にも帰れます。ただし、ここに来る事は二度と無くなります」

「・・・あなたにも、二度と会えなくなる?」

「そうですね。どの道、あなたと私が逢瀬を重ねる訳にもいかないでしょう。神国日本ならともかく、韓国では重婚できないのですから」

「じゃあ、ぼくがあなたと会えるのは、これが最初で最後?」

「はい」

「嫌だ。ぼくは、会いたい」


 その女性は、夜の闇をそのまま映したような暗い瞳で、ぼくをじっと見つめて、尋ねてきた。

 年は、ぼくよりずっと若い。たぶん、二十歳にも届いていない。

 誰かを欲しいと思えたのは、いつ以来だろうか。


「私が欲しいと?」


 ぼくはうなずいた。部屋の薄明かりで照らされた彼女は、そう、月の化身とでも言えば一番近いだろうか。そんな夢幻の雰囲気を纏っていた。

 妖精とか、女神とか、そんな類。ここで手を取らなければ、絶対に二度と機会は訪れない。確信があった。


「欲しい。どうしても」

「なら、条件はわかりますね?」

「君だけが欲しい。それは叶わないのか?」

「叶いません。あなたが真に相手をすべきなのは、あなたが私の前に会った女性です」

「彼女を愛せるとは思えない」

「その必要性はありません。子が宿るかどうかも天のみぞ知る。あなたに責任はありません」

「もしあなたがこの一時だけでもぼくの物になるなら、ぼくの魂を悪魔にだって差し出そう。その対価が一生の地獄の責め苦になろうと、耐えてみせる」

「そこまで思い詰める必要性はありません。このままいけば、天皇制の継続は国民投票で否定され、彼女は次期天皇ではなくなる。皇統の継承者にはなるでしょうけれど、その在り方は天皇のそれとはだいぶ異なります。2、3回逢瀬を重ねてする事をすれば、子は宿るでしょう。あなたも、あなたの大切な仲間も、死ななくて済むようになります」

「そうすればそうなるという、保証なんてあるのか?」

「予知に保証なんてある訳が無いです。信じられないのなら、この部屋から退出して、ここで話した事の全てを忘れて誰にも語らない事です」

「信じる。だから、あなたが、欲しい」

「一つ。勘違いを正します。今この場限りとはいえ、私があなたの物になるのではなく、あなたが私の物になるのです」

「それでも、構わない」

「では、契約成立ですね」


 彼女に手を取られ、導かれた寝台の上で、彼女とぼくは一つになった。夢中な時間はあっという間に過ぎ、彼女は一区切りついた時に時計を見て、25日まで残り10分となったのを見て取ると、何度でも彼女を求めようとしたぼくを止めて、語りかけてきた。

 わずか10分も経たない内に、何が起きようとしているのか。まさか信じられないと思っている内に、彼女は壁掛けテレビを点けた。

 一つは中国国営放送。一つはイギリス国営放送。一つは韓国の民間放送局。これは深夜枠のバラエティー番組を流していた。

 先ずは、中国国営放送が、対欧米諸国の完全包囲網を構築した中国政府からの一方的な通告を告げた。かつてのイギリスから受けた屈辱的な歴史への報復。それもインドと共同でだ。(報道官は英語で話し、画面下に中国語のキャプションが出ていた)

 やがてイギリス国営放送(BBC)も報道を始めた。韓国の民間放送局も2ー30分ほど遅れて特別報道番組を流し始めた。

 そしてワースト・クリスマスが展開され、終焉した。姫と名乗る彼女が告げた内容そのままに。


「君は、中国政府の誰かなの?」

「まさか。ぜんぜん違うわ」

「なら、どうしてあんな事を予め知れたんだ、って予知か」

「そういう事。誰にも言わないようにね」

「言わないよ。言わないから、せめて」

「・・・日が昇るまで。それまでには、大使館にお帰りなさい」

「わかりたくないけど、わかった」


 それからも自分を絞り尽くすように彼女に注ぎ込み続けた。最後には気を失ってしまった。

 次に気が付いた時には大使館で、その次に気付いた時には自宅のベッドにどうやってだか戻っていた。


 あれは夢だったのではないかと思う事が今でもある。ただ、彼女が夢魔か何かの類だったとしても、約束は果たさなければいけなかった。

 二ヶ月近く考え悩み続け、自分の中でどうにか折り合いを付け、大統領府を通じて、先方に妥協案を伝えた。彼女を愛する事は出来そうにないが、勤めを果たす事は可能だと伝えてもらった。

 自分で自分の判断を正気の沙汰ではないと責めた。せめて先方から断りの連絡が来ないかと願ったが、叶わなかった。二月中に一度。そして四月に彼女の運命が決まる国民投票の前に一度。

 何故か、彼女がそうしなくて済むようになるまで待つのは不誠実に感じたせいもあった。また外交的にも、その方がこちらの誠意を見せられたし、だから精神的にも自分に言い訳しやすかった。


 そして4月5日。彼女の運命を決める国民投票の結果は、天皇制の廃止だった。これで彼女はいずれ身分的に皇位継承者ではなくなり、一般女性になる筈だった。絶対にそう扱われる事は無くても。

 その一ヶ月後。日本では子供の日という休日らしい。大統領府からまた呼び出されて、彼女の妊娠を告げられた。

 先方は、これまでの協力に感謝すると伝えてきた。つまり、これでお役目は完了だ。その筈だった。

 だけど、それでは本当に、(プリンセス)と名乗ったあの人と完全に切れてしまうではないか。そう思ったら、勝手に口走っていた。

「正式に婚約が可能か、調べてもらえませんか?」

「・・・本気なのか?調べるのは構わないが、本気になるのは難しかったのではないのか?」

「子供を父親無しにするのもどうかと思いますし、ぼくも誇ってもらえる父親になりたいと、そう思えたので。もし先方が提案を受け入れてくれるのであればですが」


 日本での反応は早かった。婚約かという先行報道が出て、その報道の大津波はすぐに韓国にも襲いかかってきた。

 自分は、出来る限り誠実な道化を演じ続けた。彼女とまた一度でも会える機会が得られるよう祈り続けながら。



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