19.2025/1/28 とあるシングルマザーの場合
2025/1/28
和泉清美
私の名前は、和泉清美。24歳。5歳の息子を持つシングルマザー。
高校3年の時に妊娠。同じ年齢の彼氏は大学進学を決めてたから、学生結婚して、私は産む事に決めた。次に妊娠できる機会が訪れるかどうかわからなかったし、その時は彼との関係が全てで、それが壊れてしまうとか怖すぎて想像もしたくなかったから。
妊娠を告げた時、「責任は取る」とは言ってくれたけど、喜んではいなかった。嬉しくないの?と尋ねたらひきつった笑顔で「嬉しさより、責任がな・・・」と誤魔化された。
あれは、今からすればわかる。ちっとも嬉しくなんか無かったのだと。
息子は、相応に手がかかる子だった。普通といえば充分普通の範囲だったろうけど、夜泣きとかでも彼はいらいらするばかりで、
「お前が母親なんだから、黙らせろよっ!」
とか言ってきた時は、さすがにかちんと来て、
「お前も父親だろうが!ちゃんとあやせよ!」
言い返された事にも驚いてたけど、返ってきた言葉に私が驚かされた。
「お前と違って、俺は大学通ってるんだよ。勉強してるんだよ。わかんねぇか?お前と違って、俺の将来次第で、お前や子供の将来も全然変わってくるんだよ!わかったら、そんくらいやれや!」
一瞬、正しい事を言われた様な気がしてしまった。
だけど、その直後には枕を投げつけて言い返していた。
「バーカ!私だって大学受験してたら受かってたわ!あんた、私の成績の方が良かったの知ってるくせに!子供の面倒見ろって受験をあきらめさせたのはお前なのに、何言ってんだよ!」
「・・・あのなぁ、同じくらいの成績や学歴なら、男のがずっと生涯年収は高いんだよ。そんくらいの常識知ってるだろ」
そっから先はヒドい言い合いというか喧嘩になって、息子が激しく泣き出したので、私は息子と実家に帰った。
実家に帰って母親に憤りをぶつけると、
「あなたが悪い。謝って許してもらいなさい」
と言われて頭の中が真っ白になった。
「子供を作ったのも、結婚して産むと決めたのも、あなた達二人の判断でしょう?なら、二人で話し合ってやっていこうとしなくてどうするの?」
あまりにも断定的に言われたので、また自分が悪いのではないかと思いかけた。
「でも、私にだって将来はあったのに」
「あなたはそれを妊娠して子供を産むと決めた事であきらめたのよ。自覚してなかったの?高卒のシングルマザーになりたくなければ、我慢するしかないでしょうに」
「我慢て、いつまで?」
「一生」
「一生って・・・」
「この国で、女で、妊娠して子供を産んだら、ほとんど選択肢なんて無いの。片親で子供達を育てながら、自分のキャリアを積んで成功するような女性は本当に例外的な存在なの。大多数は、父親が欠陥品でもどうにか使い物にして妥協してやっていくの。そうしなければ、圧倒的に不利な立場に落ちるから」
「・・・・・」
「だから、とっとと帰って謝ってきなさい。時間が経てば経つほど印象が悪くなって、あなたも謝り辛くなるでしょうし」
「なんで私が謝らなくちゃいけないの?私が悪いの?」
「悪くないのかもね。でも、あなたは間違ったの。その責任はあなたにしか取れないの」
もう何も考えられなくなって、自室に戻って、そこで息子と寝た。
翌日、父親とも少し話した。母親よりは若干同情的だったけど、やはり短慮を起こしてシングルマザーになってしまうのはあまりにもリスキーだと諭された。
結婚する時の新居となるアパートの手配とかで援助してもらった手前もあって、私は両親の助言に従い、渋々とだけど、謝りに戻った。死ぬほど謝りたくなかったから、話し合いに戻るだけだと自分を言い聞かせた。
だから、戻った後も、はっきりとは謝らず、でも何となく夜泣きは私が面倒を見る事で、彼はとりあえず矛を納めた。わかればいい、みたいな。
でも、そんなもやもやした日常は長くは続かなかった。大学生活のサークルなどの付き合いという名目で帰りが遅くなったり帰らない日がだんだんと増えて、ある日、彼がスマホをテーブルに置いたままトイレに行って、ドラマとかだとありがちな、そう、女の名前で電話が着信したのを見て、反射的に出てしまった。
妻ですけどどなたですか?うちの旦那にどんなご用でしょう?みたいな事を言ったら、謝られた。結婚してたって、知らなかったって。指輪してませんでしたって聞いたら、大学にいる時は外してるのかしてるの見た事無いと言われた。
トイレで水を流す音が聞こえたので、私は急いで相手の名前と電話番号聞いて電話を切った。
そこからはもう戦いだった。彼はゲロった。家でくつろげない。彼女のところでしか安らげないとか。
何発か殴りたかったけど、残念ながら体格とかは彼の方が全然良かったので、本格的に実家に戻った。
母親は呆れた表情で私を迎え、事情を聞いても理解してもらえないと思った私は言った。
「私のせいだって言うんでしょ。わかってるよ。ただもう無理だから」
「そう。シングルマザーとしてがんばりなさい。ただし、覚悟しておく事ね」
浮気相手にも自分のスマホから連絡を取り、やっぱりだけど寝てもいたらしい。その相手を責めるつもりは無かったし、実際責めなかった。
離婚調停は淡々と進み、双方の親も話し合って、養育費は払ってもらえる事になった。慰謝料も、ある程度は。
離婚が成立した日、元旦那となった彼は、殊勝そうな表情で言いやがった。
「良い旦那にも父親にもなれなくてごめんな」
「あなたは子供作らない方がいいと思うよ」
「お前との間の子供がああいう風だったからって、別の相手との子供ならそうならないかもだろ」
気がついた時には右手を振り切って頬を張り飛ばしていたけど、それくらいは許して欲しい。私はもう何も言わず、悔し涙をこぼしながら背中を向けて、彼と別れた。
それが、2021年12月7日だった。
それから世の中は日本も世界も激動の日々だったけど、私はダブルワーク、時にはトリプルワークで、とにかく働いた。
コロナのせいで仕事が減ってる業種もあったけど、コンビニ弁当の製造とか、スーパーのパートとかなら、求人はいくらでもあった。みんな感染は怖いしね。
時折体調が不安な時もあったけど、私も息子もはっきりと感染したり重症化したり後遺症を得たりといった事は無かったのは、単に運が良かっただけだろう。これでどちらかが動けなくなるような事になっていたら、私はギブアップしていた。
忠臣組には入らないか、準組員で済ませようかと思ったけど、両親からは、子供(孫)の為にも、何かもしもの事を避ける為にも一般組員になっておけと言われて、お金は半額ほど援助してもらった。なけなしの貯金には非常に痛かった。
だけど、身の回りの似たような境遇の人たちで非組員だったり準組員だった人たちへの被害の話を見聞きすると、両親に感謝するしかなかった。
養育費は、きちんと忠臣組が取り立ててくれたし、一人産んだという事で地方税も軽減されて助かったし、12.7以前よりも格段に拡充された諸手当にも助けられた。
そして当然、元彼というか元旦那からもヨリを戻さないかという話も来たけど、断った。目的は私じゃなくて税率軽減とかだろうと見え透いていたから。
結婚してるか相手がいる方が、何かと安全ではあったのだろうけど、当分はいいやと思えた。元彼でさえ、実際にあの状況になるまでは、あんな人物とわからなかったのだから。
けれど、2023年の12月に、子供の面倒を見ててくれた母が、コロナにかかり重症化。わずか二週間で他界してしまった。
父もだいぶ落ち込んでいたが、私は子供を預かってくれる保育園などを急いで探さなければならなかったので、そんな余裕は無かった。
父もリモートワークの機会が増えていたので、預けられない時は面倒を見てもらうよう頼み、どうしようも無い時はシッターを頼んだり、シフトに入る機会を減らしたりもした。
ただ、その頃から、忠臣組から公的に手配される養育係の人がヘルプに入ってくれるようになって、だいぶ助かった。すでに高齢だったり事情があって子供が産めない人とかが、子供を産む義務の代替奉仕手段として、子供の養育を手助けしてくれる。
シングルマザーの、特に低収入の人ほど助けに入ってくれるので自分のとこにもそれなりに優先して入ってもらえた。
ずっと一人の人が固定の方が気が楽だったかも知れないけど、ソリが合わない人とかを替えてもらえない方がずっとつらいだろうから、数人の人でローテーションを組んでもらった。
どの人も家族や親類の一人や二人を亡くしている感じで、人によっては子供を喪った人までいた。
そんな中、養育係の二人と仲良くなった。というか片方はどうやら我が父に関心があるらしい人で押し掛け女房的な座を狙ってるみたいで、そんな気も今のところないらしい父に突撃しかねない彼女をブレーキかけてる感じ。その人の名前は鈴木幸子さん、51歳。幸子さんも旦那さんをコロナで喪ってるので、親近感がわいてしまったらしい。苦手なところはあるが、悪い人では、たぶん、無い。我が息子、幸多も名前が近いこともあってか良くしてもらってる。
養育係のもう一人は、狩野奈々実さん、37歳。幸子さんよりずっと年が近いので私はどちらかといえば奈々実さんと話が合って考え方も近かったし、幸多も幸子さんよりは奈々実さんによりなついていた。
幸子さんは中級組員だったけど、奈々実さんは、非組員だった。
会った最初の時に、危なくないか?と聞いてみた。
「私、HIVに感染してるから」
が彼女の答えだった。彼女は特に誰にも保護を求めるつもりは無く、リバーシブルのジャケットやTシャツ、バッグのアクセサリーなどで、「HIV患者です」で明確に示しておくと、絡まれたりする事はあっても、最悪な事は今までは無かったらしい。
ただ、コロナに感染して自暴自棄になった男性が、「エイズに感染してるなら、どうせ死ぬ奴なんだろ?非組員だし好きにしていいんだよな?」と襲ってきた事はあったらしい。
その時は、組員じゃないけど、子供を養育する義務を果たしている女性の証であるブレスレット(腕輪ではなく手首にかけるようなの)を示して、
「私に近づいて私を感染させたりしたら、私が養育に参加してる子供やその親にも感染させるかも知れませんよ?そしたら、死んだ方がマシだったと後悔するくらいの目に逢わされるって聞いた事無いですか?
陽性確認されて自宅隔離されてたのに勝手に外出したら、それだけで懲罰ものだってのも知らない筈無いですよね?12.7から最初の数ヶ月だけで何十人もそれで殺されたのに?」
と脅し、携帯から忠臣組の緊急窓口に電話したら逃げ去ったらしい。後日捕まったらしいけど、その後どうなったかは消息不明だそうな。
彼女の身体的事情からパートナーは探しておらず、世話焼き好きな幸子さんは時々残念そうな顔をしていた。そういう事をする事だけが夫婦じゃないのよ?、とか幸子さんが言っても、私はこのまま独り身で生きて死ぬのがいいんです。忠臣組の世の中にならなければ、こうして皆さんと触れ合うような機会も無かったでしょうけど、と奈々実さんは取り付くシマも無かった。
2024年。8.14、PAUの成立とイスラエルの消滅など、世界は第三次世界大戦か核戦争すれすれの激動を続けていた。欧米諸国は、ツーストライクを合い言葉にしてたけど、12.25のワースト・クリスマスで中国達に息の根をほとんど止められた格好になった。それでも何とか弾道ミサイルの一発も飛ばない内に年は明け、2025年。国内最大の関心事は、残り3ヶ月を切ってきた天皇制継続の国民投票だった。
その日は、たまの休日で、近所のスーパーに買い物に行ったところで、たまたま幸子さんと奈々実さんにばったりと逢った。滅多に無いと言えば無い機会なので近所のコンビニに行きそれぞれコーヒーなどを買い込み、駐車場でダベった。
こういう時、会話の主導権を決めるのは常に幸子さんで、今日もそうだった。
「で、二人はどっちに投票するか決めたの?私はもちろん賛成ね」
「何度か言ってる筈ですけど、私組員じゃないんで。なるつもりも無いんで。投票権無いですから」
「もう、こういうのは気分の問題よ、気分の」
私は苦笑いしてから、自分の考えを述べた。
「正直、私はどっちでもいいかなって」
「どうして?天皇制ずっと続いてきたんだから、終わっちゃうのはどうかと思うの。日本人としてね」
また始まったよとばかりに、奈々実さんはたばこに火をつけて、ちょっと離れて吸い始めてしまった。彼女は基本的にとてもマイペースだ。(ちなみに仕事やその前後の時は吸わない。今は幸多は保育施設に預けられてていなかった)
「忠臣組に荷担したいとあまり思ってませんけど、天皇がいて、何かいい事あったかっていうと、そうも思えないですし、何かしてもらった事も無いですからね」
「損得勘定とかだけじゃない筈でしょ?上皇陛下は否定されたけど、神様みたいに国民から崇められてきたのは事実なんだし」
「だから、そういうのもう止めた方がいいんじゃないの?って事で、投票の機会が設けられたんじゃないですか?公開処刑された連中とか、正気じゃないというか、狂ってるとしか思えなかったし」
「そお?確かに行き過ぎてる思い込みもあったかもだけど、天皇家の皆様を信じようとしてる熱意は伝わってきたわ!」
幸子さんは悪い人ではないのだけど、こういうのが苦手なところだ。機会を見つけては、この様に説得しようとしてくる。
「その熱意のせいで、爆発させられてしまった誰かもいたと思うのですが」
「あれは、だって、そもそもだけど、忠臣組が悪いんじゃないの」
「そうだったとしても、今更時間は巻き戻せないですし」
「そうね。でもだからこそ、今度の国民投票は重要よ!いったん廃止してしまえば、もう取り返しはつかないかも知れないんだから!」
「どうでしょ?もし忠臣組の世がどこかで終わって、まだ皇族が残ってたら、しれっと再開しそうな気がしますけどね」
良く考えないで発言した私のつぶやきは、奈々実さんのツボに入ったらしく、
「確かにそうだな」
と苦しそうに咳込みつつ笑いながら言った。
たばこを吸い終えた奈々実さんは携帯灰皿に吸い殻を納めると、また少し私たちの側に戻ってきて付け加えた。
「私がもし組員だったとしても、反対票を投じるか、可能なら白票かな」
「反対票はともかく、白票はどうして?」
「YesかNoかを強要されてるのが気に入らないから」
今度は私のツボに入ってしまって、くすっと笑ってしまった。
奈々実さんはにやっと笑い、幸子さんはむすっとした視線を投げてきたので、弁明するように言った。
「天皇制って、そりゃ政治の上では重要事項なんでしょうけど、あまり関心を払いたくないというか」
「どうしてそう思うの?」
「さっきの奈々実さんの台詞じゃないけど、天皇制は国民全員が関心を払って当たり前、ていうのがそもそも何か違和感を感じるというか」
「当たり前じゃないの。12.7以前の憲法だって、天皇は国民統合の象徴とされてたんだから!」
さて。どうやってこの場の幸子さんの攻勢をいなしたものかと思案していると、奈々実さんが助け船を出してくれた。
「でも、主権者たる日本国民の総意に基づくものとされた割には、一度も、その総意を実際に尋ねられた事、無かったですよね?」
「だって、そんなの、問いかけるまでも無かったからに決まってるじゃないの」
「それ、民主主義っていうんですか?」
「それ以前の大前提だからよ」
「投票もせずに、どうして大前提だって確かめられたんですか?」
「天皇家と共に日本の歴史は在ったんだから。だから太平洋戦争に負けた後だって、日本国民は天皇を支持したんじゃないの」
「・・・・・それが大間違いだって事に気が付いてなかったから、今みたいな事になってるんでしょうね」
奈々実さんがうんざりした口調で言うと、幸子さんが気色ばんだ。
「なんて事を言うのよ!天皇陛下は、全部自分の責任だったって罪を被ろうとしたのに」
「だったらそのまま死んでてくれた方がいろいろすっきりしたでしょうに」
「酷いわ!天皇陛下はどんなにか苦しい心持ちで」
「いたかどうかなんて知りません。どうでもいいです。大切なのは、そんな天皇が判断を遅らせたりしてたせいで、原爆が二発も落ちたり、大空襲でたくさん殺されたり、世界中でも日本がきっかけになっていったい何人殺されたんでしたっけね?」
いつもは、こんな話題になっても、ここまで奈々実さんが言う事は無く、あーはいはいくらいにスルーしていたのだが、今日はなんか違った。
顔を真っ赤にして憤ってる幸子さんの前に私は周りこんでどうどうとなだめた。というか押し留めたというべきか。
幸子さんは、どうせ投票権の無い奈々実さんの言うことだと見切りをつけて、私に言った。
「清美さんはわかってくれるわよね?」
「何を、でしょうか?」
「天皇家は今、とても苦しい状況にあるの。今までは国民の側が支えられてきたのだから、今度は私達が支えなくてはいけないの。そう、これは国民としての義務よ!」
こらえきれなくなったのか、奈々実さんはぷーっと吹き出してげらげら笑い出してしまった。お腹を抑えてひーひーと苦しそうに笑い続ける奈々実さんに、幸子さんは怒鳴るように尋ねた。
「何がそんなにおかしいのよ?!」
「いや、何がそんなにおかしいのかわかってないからおかしいんでしょうに。あ~、苦しー!あはははは」
「ちょ、奈々実さん、それくらいに」
幸子さんはすでに実力行使寸前モードで、私が背後から羽交い締めにしてなければ、リアルファイトが開始していておかしくなかった。
しかも、幸子さんは旦那さんが亡くなった時の生命保険金からお金を捻出して中級組員だったから、非組員の奈々実さんに暴力を振るったとしても、ほぼ罪には問われない。奈々実さんが遂行している事に滞りが生じるほどの重い暴力を振るったところで、注意勧告と少々の罰金が課されるくらいだった。(奈々実さんがもしHIV患者ではなく、かつ妊婦だったら暴力は絶対許されるものではなかったけど)
「公開処刑で右大臣が何度も問いかけてたじゃないですか。天皇が一度でも守ってくれた事はあるかって」
「それは、ほら、モンゴルの」
「神風ですか。それは偶然をこじつけただけの信仰だった事は、公開処刑でも他の機会でもさんざん証明されてきたと思ったんですけどね」
「・・・あなたは、天皇家を憎んでるの?廃止したいと願ってる非国民なの?」
「非国民ではないでしょうけど、非組員ではありますね。ちなみに憎んでなんかいませんよ。どうでもいい存在を憎んだりしません」
また幸子さんがいろいろ言い返したが、奈々実さんはスルーして取り合わず、私の肩をぽんと叩いて去ってしまった。
去り際に耳元で、後はよろしくね、と囁かれた。
奈々実さんの姿が見えなくなってから私は何とか適当に幸子さんをなだめてから、幸多を迎えに行き、家で父と幸多と三人で夕食の時間に、今日こんな事があったよと、コンビニ駐車場での話を伝えた。
「父さんはどう思う?」
「うーん、心情的に清美や奈々実さんに近いかも知れないが、そうは言っても廃止するほどでも無いんじゃないかと思ってる」
「続いてきたんだから、続けるのが当たり前だろ、みたいな?」
「なんとなく、終わらせるのは忍びない、って感じだな」
「特に神様として崇拝してるからではなく?」
「違うよ。国民統合の象徴なんて言葉もしっくり来てないけど、まあ似たような役割をなんとなくだけど果たしてきたとも思ってるからね」
「そう言われてみれば、そんな気もしなくもないね」
「お母さん達の話、むずかしくて良くわかんない~!」
幸多にクレームを入れられてしまった。
父と、さてどう説明したものかと視線を交わし、考える事数秒。
「幸多はまだ5歳だから投票できないけど、そうね~。一番偉いとされる王様みたいな人が、これからも必要か、それとも必要でないか、みんなで決めようとしてる感じかな」
「一番偉い王様みたいな人なのに、自分で決められないの?」
「昔はそうできてた時もあったみたいなんだけどね。いろいろあって、今は形だけっていうか、権威っていうお飾りみたいな感じかな」
「そうなんだ。でもそしたら、なんでその人たちの事でみんな騒いだり悩んだりしてるの?その人たちは自分たちの事を自分たちで決められないくらいのお飾りなんでしょ?」
「千何百年とか長い間、日本の王様とか、そのお飾りみたいになってた人たちだからね。その形だけっていうのも止めようかどうかも、むずかしい判断になってるの」
「ふーん。でも、なんか、どっちつかずでかわいそうだね」
「どっちつかず?」
「だって、もし本当に偉かったら、自分のことは自分で決められてたのにそうじゃない。本当に偉くなくてお飾りなら放っておいてもらえそうなのに、放っておいてもらえない。それって、その人たちにとって何かいい事あるの?」
「うーーーん。長い血統の末裔であるって名誉くらい、かなぁ。でも責任のが重いか」
「それ、その人たちにとって、いい事なの?」
「良い事か悪い事かは、その人の考え方によって違ってくるかな。でも選べないし」
「選べないって、どうして?」
「その家に生まれついたかどうかで、その身分になるかどうかが決まるから。逃げられないの」
「なんか、最低だね。ぼくだったら、嫌だ」
「みんなが王様の子供だとか、崇めてくれるかもよ?」
「何も出来ないのに逃げられないし責任だけ押しつけられるなんて、やだよ。爆弾とか巻き付けられて殺されちゃったりもするんでしょ?」
思わず父と視線を交わした。このくらいの年の子供でも、誰かから聞いた話でそれくらいは理解できてしまったりもするのだと。
「そうねぇ。でも、いつまでもそんな事が続くかどうかはわからないし」
「今度の投票次第だろうね。廃止と決まっても解放されるわけでもないだろうし、解放されたらされたで爆弾以上に厄介なものに取り巻かれそうだけどね」
「ほんと、ろくでもないね~」
幸多はその後、テレビを見に離れていった。
私はその姿を近くのリビングテーブルで見ながら、今しばらく父と続きを話して、だんだんと自分なりの判断を固めていった。
私に出来るのは一票を投じるくらいだけだけど、それでもあの不幸を再生産しない為の一助にはなるかなと。
幸多が見ていたテレビ番組がコマーシャルのタイミングになって、そういえばと父がつぶやくように言った。
「忠臣組、天皇制の継続か廃止かで、どちらの判断を助長するようなコマーシャルを流す事も禁じてるんだよな」
「確かにそれ、意外だった。廃止なら廃止って、バカみたいな量の宣伝流しまくって、形だけの投票で決めちゃう事も出来たろうに」
「まさかとは思うが、民主主義を否定した彼らでも、日本人それぞれ一人一人に考えさせて、決めてもらいたかったからなのかもな」
「なのかなー。そんな殊勝な連中?」
「そんな公式発表は無いからわからんさ。ただ、実社会でかつての右翼の宣伝カーみたいのもほぼ禁じられて、他の誰かにどちらかの判断を押しつけて強要する事も禁止。今回は未成年でも、義務教育を終えた15歳以上なら投票可能にしてるけど、親が子供にどちらかに投票しろと強制するのも禁止されてるから、発表してるようなもんじゃないのか?」
「まぁ、投票に行きましょうみたいのは、定期的に流されてるけどね」
「噂だけどな、この天皇制廃止か存続かで、忠臣組の憲法が決まるらしい」
「そうなの?」
「ああ。以前の憲法の前文とかいろんな条文にも書かれてたりした存在が無くなるか継続するかでいろいろ変わるから、どんな憲法になるか全然違ってきてしまう。なるべく多くの人が投票したものでないと、その憲法に重みも出ないし、みんなでそれを守ろうとも思えないだろ?」
「・・・でもさ、敗戦の後の憲法って」
「まあなぁ。だからこそ、民主主義を否定した筈の忠臣組でも、投票させようとしてるのかもな」
「それでも、彼らが民主主義を復活させる筈も無いよね」
「それは無いだろうな。鎖国するって言ってるし、こんな世界状況じゃアメリカからだろうと助けは入らないだろうし・・・」
「それね~」
幸多は、なんてつまらない事を延々と話し続けてるんだろうと、母親と祖父を哀れむような視線を背後に投げかけてから、テレビ番組の方に視線を戻したのだった。
その夜、幸多を寝付かせた後のニュースでやってた最新の世論調査では、社会全体での天皇制存続賛成は55%、反対は41%、未定が9%。忠臣組一般組員以上の間では、賛成が45%、反対が51%、未定4%だった。
ちなみに投票方式は賛成票か反対票を投じるというもので、白票を投じるという選択肢は無いと忠臣組は告知していた。




