14.2024/7/7 逆恨み?
2024/7/7
田中理恵
中学の入学式は、先日のテロ事件を受けて、英宏や自分が参加していなくても類似事件の再発の恐れがあるとして、リモートで行われた。
自分の中学での目標は、英語と中国語に決めた。どちらも基本的な読み書きと会話までは最低限なゴールとして設定してみた。
どっちも中途半端にならないか?という懸念に対しては、中国語で英語を、英語を中国語で学べば二倍じゃなくて三倍の速度で勧められるよ、という英宏の助言に従ってみた。
中国語は簡体字と繁体字の違いだけ、日本語で漢字を覚えるのと同じ感じで頭に叩き込んでから、好きなアニメ作品や映画とかで日本語の台詞が頭に入ってる物を、英語吹き替えと英語字幕、中国語吹き替えと中国語字幕、英語吹き替えと中国語字幕、中国語吹き替えと英語字幕で、繰り返し観た。
英宏とのオンラインデートというか、時間を過ごすのは、そんな語学学習を兼ねた鑑賞会が多かった。英宏自身はもう私が目指してるゴールには到達してしまってたので、発音周りの事とかも結構お世話になったし、彼が個人的に習ったというネイティブの人に私もお世話になったりもした。発音が全ての基礎になり、スピーキングも並行して進めないと全てが無駄になる、というのが英宏自身が辿った道程で、そこでの知見も活かして私は学ばせてもらった。
そんなある意味外国語スパルタな3ヶ月を過ごしたおかげで、中学一年で学ぶ範囲はとっくに修了して単位取得してしまった。一年間で、中三までの、残り二年で高校までの単位も修得する予定だけど、余裕で達成出来そうだった。
ここ半年くらいで、中国を取り巻く環境というか緊張度は段違いに上がっていた。アメリカ軍の呼びかけで、イギリスやイタリアの空母を始めとした軍艦が、本国や他地域に駐在していたアメリカの空母打撃群と歩調を合わせて集結。
欧州や地中海・中東方面から来た艦隊はシンガポールへ。アメリカ本土周辺に遊弋していた艦隊は半数がグアムへ。半数が沖縄へと入り、このまま台湾を巡って第三次世界大戦が勃発するのでは?という懸念さえ世界中を駆けめぐっていた。
で、7月7日だからってわけじゃないだろうけど、今日は都合5回目となるワクチン接種で登校する日だった。
中学生になって、クラスメイト達との物理的な初顔合わせの日。だからこそ、ある程度の覚悟はしていた。その覚悟はたぶん正しい意味で報われた。
忠臣組のやらかしぶりからすれば、そこに一般生徒とは段違いの意味で関わってる私を狙ってくる奴がいてもおかしくないし、八つ当たり的に殴られるとかまであるかと思ってた。英宏はそれじゃ足りないと言って、特別製の何かを事前に贈ってくれてた。
ワクチン接種の会場となる体育館の密度を上げ過ぎない為に、各クラスで教室に集まってから移動。だから、クラスで久々の友達との再会の場面。うん、狙われるって、分かってたんだけどね。
教室に入って、すぐにやっちゃんとみっちゃんが私を見て、
「やほー、りっちゃん!めっちゃおひさひさー!」
「田中さん、中学も、クラスも一緒になれてうれし・・・、って、後ろっ!」
みっちゃんこと吉永さんは私の後ろを指さしながら立ち上がって駆け寄ろうとしてくれてたけど、遅かった。
彼女たちの方に近寄っていこうとしてた私の死角。たぶん教室入り口脇ででも待ちかまえてたんだろう誰かは、とても鋭い何かを私の背中、たぶん肝臓辺りに思い切り突き入れ、抉ろうとした。
業腹だけど、英宏の予測のが正しくて、その贈り物のおかげで、私は助かった。とても痛かったけど、特別製のインナーシャツは、刃の切っ先をくい止めてくれていた。
私は振り返りざまに肘を殺人未遂犯の頬に叩き込んだ。より威力を出す為に、右手で左手の拳を包み、インパクトの後も体のひねりと右腕の力で肘をねじ込み、短刀を構えていた男子生徒を床に打ち倒した。
手近な椅子を振り上げて、英宏から警告も受けていたその相手の手の甲に振り下ろす。
「ぐぎっ」
と呻き声を上げて短刀を手放した相手を何度か椅子で打ち据えてから、短刀を拾い上げ、相手の上半身に馬乗りになり、その首に短刀の刃を両手で押しつけて尋ねた。
「殺そうとしてきたんだから、死ぬ覚悟くらいあるよね?」
「お、お前らが、俺の、父さんを殺したんだ!だからっ、これは、正当な復讐だ!」
「少なくとも私は殺してないと思うけど、もしかして、小学校の卒業式に参加してたの?」
「そうだっ!」
「だったら自業自得じゃない。逆恨みだよ」
「お父さんは、神社の神主だった!悪い人じゃなかった!」
「いやでもあの小学校で殺されかかったし、あの場で何人も殺されてておかしくなかったし」
「それでも、誰もあの場で殺さなかったのに、全員殺すなんておかしい!ひどいじゃないかっ!?」
「殺さなかったんじゃなくて、結果的に殺せなかったりしただけ。今のあなたみたいにね。知ってる?忠臣組って無差別に殺しまくっているように見えなくもないけど、無条件じゃないんだよ。明白に、自分以外の誰かを殺害ないし危害を加えようとしている者が対象になるの。
あなたは腕輪してないから組員じゃないし調べてもないだろうから知らないだろうけど、今この場で私があなたを殺しても何のお咎めも無いんだよ?」
首に当ててる刃に少しだけ重みを加えると、肌に刃が浅く食い込んでうっすらと血が流れた。そんな僅かな痛みと私の雰囲気で、仁科貴文は固まった。下手に暴れたりすれば、ざっくりと切られてしまうかも知れないと。そうしてあげても良かったんだけどね。
「待って、田中さん。この場で彼を殺すのは間違ってると思う」
「何がどう間違ってるのかな?私は殺されかけたんだよ?」
私がちらりと横目で見ると、知らない顔だった。
誰だこいつという表情から、意図は伝わったらしい。
「俺は大川一規。彼は未成年だし、結果的にとはいえ未遂だ。やり直す機会は与えられるべきだよ」
私はおおげさにため息をついてみせた。
「私が殺されてたとしても同じ台詞を言った?」
「・・・法とは、そういうものだからね」
「私は殺されてたらやり直せなかったのに?」
「仕方ないさ」
「・・・仕方ないって、あなた、頭腐ってるの?それ、誰の為の法なの?少なくとも、殺された側の為じゃないよね」
「法とは社会の為にある物だよ。殺された人はもういないけど、犯人はまだ生きているなら、どちらを相手に考えないといけないかは明白じゃないか」
「こういう理屈バカをまともに相手しなくて良くなったのが、忠臣組効果と言えなくもないわね」
「理屈バカとか、頭が腐ってるとか、ひどいんじゃないか?確かに酷い目にあいかけて冷静じゃいられないんだろうけど、彼も怯えてるよ。きっと反省してくれてる。後の事は大人達に任せて・・・」
「私が冷静じゃないから今こんな事してると思うの?冷静じゃなかったらとっくにこいつを殺してるとはどうして思わないの?大人に任せる必要なんて無いと思うし、こいつが怯えてるから何?きっと反省してくれてる?あんまり笑わせないで。ていうか、私を冷静じゃなくさせているのはこいつもそうだけど、あなたも同類だよ」
「俺は、彼とは違うよ。一緒にするな。人が冷静に考えられるのなら、誰かを殺そうとする筈が無いよ」
思わず声を出して笑ってしまった。手が震えて、首筋の傷がまたほんの少し切れ込んでしまったかも知れない。いや流れる血の量が増えてるので気のせいではないだろう。
大川は、どうして笑われてるのかわからないという顔をしていたので、説明してあげた。
「そうね。もしかしたらタイプは違うけど、救いようのない大バカというのは一緒ね。そもそもの話、神国日本はもう民主政治の国じゃなくなってるのは理解してる?」
「ああ。だからって、法そのものが無くなった訳じゃないだろ?未成年がどちらかと言えば守られるべきというのも」
「あったとしても、自分より身分が上の存在を、明確な意志をもって殺害しようとした誰かはその場で処理されて当然なの。実際には身分の上下だけじゃないんだけどね。
悪いのは、殺そうとしてきた方なの。勘違いしないで」
「悪いのは、彼、仁科君の方だろう。それは間違い無い。だけど君が彼を殺す必要は無いだろう。人が誰か他人を殺そうとする事自体が間違ってるんだから」
「相手を殺す事だけが、相手の殺意を止める手段だとしても?」
「その殺意はどうやって証明するの?思い込みで誰かを」
「すでに一度試された。次はもしかしたら成功するかも知れない。もし私が殺されたらあなたは言うの。まさか反省してないとは。まさかまた試すだなんて思ってなかった。仕方ない。彼はまだ未成年だし、やり直す機会を与えられるべきだって。くだらなすぎ。バカすぎ。いったん殺されてみれば?」
「いったんも何も殺されたらそれでおしまいじゃないか?」
「そうよ。その程度の事がどうしてわからないの?どうしてもわからないっていうなら殺してあげようか?」
「まさか、本気じゃないよな?俺は準組員だけど、君を害そうとはしていないんだぞ?」
「あのね。直接手を下してなければ殺してないなんて言い訳が通ると思ってるの?ああ、思ってるんだよね。あなたのお父さん、元裁判官だっけ」
「そうだよ。忠臣組の方針に反対して罷免されて投獄された。だから、俺は父さんの分まで」
「あなたは間違ってる」
「ぼくが間違ってるという君の方こそが間違っているよ」
「簡単に証明してあげるわ。ほら」
私は仁科の上から立ち上がり、足下に短刀を落とし、彼に背中を向けて窓際の方へと歩いてみせた。
「バ、そんな事したら?!」
ほんと、救いようがないバカだとしか思えなかった。それも両方。
私は大川と話してる間も、今も窓ガラスの反射で、教室の入り口に英宏とその護衛や先生の姿を確認していた。
仁科は起きあがるとすぐさま短刀を無事な方の手で拾って、私の首に向けて切りつけてきた。
タラララッと音がして、
「うぎゃあああっ!?」
と悲鳴が上がり、両足を撃たれた仁科はその場に倒れ込んだ。私は仁科の手からこぼれた短刀を拾い上げ、大川に尋ねた。
「で、どっちが間違ったの?」
「あれは、だって、君が短刀を置いて挑発したからっ!」
「へぇ、また私が悪いって言うんだ。すごいね、その頭の悪さ」
「悪いっていうなら仁科もだけど、君もだろ!」
「私の?どこが?」
「忠臣組に取り入って!保身に走ってるじゃないか!あんなに非人道的なことを繰り返してる連中なのに、君は自分さえ良ければいいのか?!」
教室の入り口で英宏が介入していいかとジェスチャーしてきたけど、首を横に振った。周囲の無関係な生徒の半分くらいは恐怖に固まってたけど、もう半分くらいは私と大川のやり取りを、固唾をのんで見守っていた。
まだ半年以上クラスメイトと言えばクラスメイトだし、来年以降もクラスメイトになる可能性はあるのだから、どうせだから聞いておいてもらおうと私は決めた。
「例えば、そうだね。大川君みたいな人からすれば、忠臣組に殺された特に与党政治家なんかは殺される理由は無かったと考えてるでしょ?」
「もちろんそうだよ。いろいろ間違ったことをやっていたかも知れなくても、それは司法や国民の側が主導して正していかないといけなかった。選挙の投票とかでね」
「司法で、何とかなりそうだったの?どんだけ怪しくていろんな情報とかが出回っても不起訴処分とかで終わってたんじゃなかった?」
「そ、それはそうかも知れないけど」
「で、さ。コロナの対応でも、たくさん人が殺されてたよね?」
「殺したのはウィルスであって、政権が殺してたんじゃないよ。ベストな対応はしてなかったかもだけど」
「してなかったなんてものじゃないんだよ。大川君。殺された側にしてみれば、それが未必の故意だったかどうかなんてどうでもいいの。
37.5度の熱が出て四日間だっけ?後で撤回されたけど、その後でも保健所がとりあってくれなかったりして、殺された人達が結構いたって話は聞いたことないの?」
「そ、それは、故意じゃなかったろ?殺そうとして殺したわけじゃ」
「そうなると分かっていてそうしたなら、それで十分なんだよ。ウィルスをほぼ完全に透過する布マスクを配ったり、感染が拡大してる時期に旅行キャンペーンでさらに被害を拡大させたり、PCR検査の有効性をずっと疑い続けて、ワクチンの確保や展開だって含めて先進国なんて言えないくらい杜撰で酷いものだった。それで結果的に殺された人や一生残る後遺症に苦しむ人たちにあなたみたいのは言うの。故意にそうしたわけじゃないって。クソでも食らってれば?」
「・・・・・それでも、人は人を殺すべきじゃないし、法は、守られるべきだよ」
「その為に誰かが、例えばあなたが殺されても?殺されるべきじゃない人を守れなかった法に何の意味があるの?ねぇ、教えてよ?殺されないで済んだ筈の人は守れないのに、殺されないで済む筈の人を殺した連中しか守れない法に、何の意味があるの?ねぇ、ねぇ?」
「・・・それでも、無いよりは、マシな筈だよ。それより、仁科君を助けないの?このままだと出血多量で死んじゃうよ?救急車呼ばないの?」
BGMの様に苦痛にわめき続けてたけど無視していた。救急車や警察呼ぼうとしてた生徒がいなかった訳じゃないけど、英宏と護衛達が止めていた。必要無いと。
「あなたを信じてやり直す機会を与えられても私を殺そうとした奴を、どうして助ける必要があるの?いわば、あなたが彼に第二の殺人の機会を与えたようなものなんだけど?」
「与えたのは君だろう?刃物をわざと落として拾わせて」
「ちゃんと反省して周囲を見渡すだけの冷静さが取り戻せてればそもそも拾おうともしなかったんじゃない?あなたも私を庇おうともしてくれなかったよね?彼に飛びついてでも止めようともしなかったし」
「彼の冷静さを奪ったのは君だろ?」
「ほんと、あなたの頭の悪さにはいらいらさせられるね。狙われたのも殺されそうになったのもまた殺されそうになったのも悪いのは私。仁科君も悪いとは言うけれど、どう見ても、あなた、仁科君の味方よね。忠臣組を許せないからって同情してるんだろうけど、ほんと、バカよね」
「俺からすれば、忠臣組に身をすり寄せてる君の方がずっとバカだよ」
「あなたからほめられるよりも、バカだって言われる方がずっとマシね。私からすれば、誰も守れない法を守って誰かを見殺しにするようなあなた達よりも、そんな法を盾にやりたい放題してた連中を掃除してくれた忠臣組の方がずっとずっとマシ。比べものにならないくらいね」
「君とはわかりあえないことはわかったよ。それはそれとしても、仁科君を」
「助けたいのなら、あなたが助ければ?」
「俺が?いやでも」
ちらりと英宏やその護衛の姿を見て、スマホを操作しようとするかどうか躊躇した。
「もう間に合わないかもだけど、救急車とか110番、してみたら?」
英宏と私の顔色を伺いながら、大川君は救急車を呼ぼうとして、事情を説明した後、断られた。
「そんな、バカな!人が死のうとしてるのにどうして?!」
とかつぶやきながら警察にも電話したけど、やっぱりそう時間を置かずに断られた。
「どうして、助けられる人を助けようとしないんだ?!」
大川は英宏に詰め寄ろうとして、殴り倒された。
「どうして?自分の頭で考えてみれば?」
「だって、人の命は尊くて、失われれば取り返しがつかなくて」
「だから、見殺しにされても仕方ないんだよ。もっと直接的に手を下されても何の文句もつけられないくらいに。未成年だなんて関係無い。赤ちゃんが刃物を振り回すのとぜんぜん違う。分かってて、殺傷用の刃物を、理恵に突き込もうとした。失敗して、機会を与えられても、また殺そうとした。君がその機会を与えてしまった。君が彼を殺してしまったようなものだよ」
「違う!機会を与えたのは田中さんだし、殺したのは、救急車とかを手配させようとしなかった君達じゃないか!」
「確かに手を回したさ。不要だから。それにもう、君は自分の身を心配した方が良いよ。身分降格は確定。さらに、特級組員と特別の関係がある中級組員の命を危険に晒し、さらにその被害者ではなく加害者を懸命に何度も庇おうとした。情状酌量の余地は無いね。
理恵、なんかリクエストある?」
「現時点でも、再度組員にはなれないくらいは、あるよね?」
「もちろん。彼の父親を奴隷落ち処分にするとかどう?」
「俺の父さんは関係無いだろ!?」
「先日のあのテロ犯の処置に、理恵がどう関係してた?一方的な被害者の立場なのに、どうして殺されそうにならなきゃいけない理由があった?」
英宏の声が一段階低くなった。ガチ切れしてる。
「君達忠臣組に媚びてるからだろ!」
「それくらいで殺されても仕方ない理由になるのなら、殺人を幇助した君はもっと酷い目にあっても仕方ない理由になるよね」
英宏は護衛の一人に、救急車を一台至急手配するように指示した。
「仁科君を助けてくれるんだね?良かった。君も結局は」
「何誤解してるの?救急車は君用だよ。もし間に合えばだけどね」
「え?」
「理恵。こっち来て、傷見せて」
私は英宏のところに行き、少し恥ずかしかったけれど、背中の傷が見えるようにセーラー服とインナーシャツをまくり上げた。
「内出血程度で済んだのは、運が良かったね」
「ほんとにね」
「というわけで」
英宏は護衛二人に命じて、大川君をうつ伏せに教室の床に抑えつけさせた。
「な、なななにしようとしてるんだよ?俺は、何も田中さんに危害を加えてないじゃないか?!」
「それでも君が原因で仁科は二度目の殺人の機会を得て挑んで失敗して死ぬことになったし、理恵もまた危険に晒されることになった。理恵が何度も言ってたろ?殺されてみれば?理屈バカが治るかも知れないし」
「理屈バカって何だよ!?人を平気で殺す奴以上のバカがいるか!」
「君に言葉は通じないみたいだから、刃物なら通じるかな?」
「止めろ止めろ止め、止めてくださっ、ぎゃああああっ!」
ドス、っと私が刺されようとしたのと同じ辺りに、英宏は短刀を突き刺した。
「痛い?痛いよね?これが殺されようとしてる時の痛みなんだよ?」
「わかっ、わかあああっ、抜い、抜いてぇぇぇっ!誰かぁ、助けて!」
周囲の誰も彼を助ける為に動こうとしなかったのは言うまでもない。仁科の方もしばらく前から静かになってた。動きもなくなっていた。
「で、殺された人よりも、殺した人の方を優先するんだっけ。すてきな考え方だね。ぼくがこのまま君を殺しても、何のお咎めも無いんだよ。ぼくの相手を殺そうとした相手を助け、再度命の危険にさらした。君を助けなきゃいけない理由を、少なくともぼくは持ち合わせていない」
もう大川君の叫び声は言葉の体裁をなしていなかった。救急車のサイレンが聞こえてくると、安堵したのか涙や鼻水などを垂れ流しながら、ひたすら助け、助けてとつぶやいていた。
「理恵はどうしたい?このまま短刀の束をぐりぐりしたらそのまま死んでくれそうだけど」
英宏は短刀の束に片足を乗せてわずかに揺らしながら尋ねてきた。
「どうでもいい感じがするけど、どうでもよくない事もあるか」
私は大川君の顔の前にしゃがみ込んで尋ねた。
「あのね、あなたがこの後も生き残るかどうか知らないけど、教えておいてあげる。私も英宏もね、おばあちゃんを殺されてるの。あなたが必死になって庇おうとしてる連中にね」
「ひっ・・ひっ・・・」
「二人とも若い頃からの知り合いで仲も良かったらしいの。私のおばあちゃんは37.5度の4日間とかいうのを律儀に待って、その後も保健所からなんのかんのとのらりくらりと自宅療養を続けるよう言われてる内に容態が急変して死んじゃった」
「ぼくの祖母も、それでだいぶ落ち込んでた。感染予防にはかなり気を使っていた筈だけどね。無症状でも感染してた人から移されたみたいで、発覚した時にはもう手遅れになってた。すぐに集中医療室にかつぎ込まれたけど、一週間も保たなかったよ」
もうサイレンは校庭で止まっていて、救急隊員がかけつけてきてる足音まで聞こえていた。
彼らが教室に到着した時、意識を失いかけている大川に、英宏は言った。
「君、助かったとしても、奴隷落ちね。しかも爆発する首輪付きで。納得できないならこの場で殺すけど、どっちがいい?」
大川君は気を失うようにがくりとうなずいた。実際、失神したのだけど。
救急隊員が短刀を抜いて止血と輸血措置をしながら大川君を運び出してる間に、別口で手配したらしい忠臣組の人達が、仁科の死体も運び出した。
生徒達がようやっと体育館へワクチンを受けに行く為に移動を開始する間に、教室の掃除も済ませておいてくれるらしい。こちらは首輪付きの人達が。
移動する際、女子の誰かが小声で言った。
「疫病神じゃん、あいつ。学校来なければいいのに」
私が声のした方を振り向くと、一般組員の腕輪をした女子と目があった。やば、と慌てた表情を浮かべたけど、すぐに開き直った。
「事実じゃん」
「じゃあ、あなたが降格するのも事実ね」
「ちょっ!待てやおい!横暴だろ!」
私は取り合わずに英宏に電話して人を一人寄越してもらい、わめき続ける女子を連れ去ってもらった。
ワクチンを受ける前にPCR検査も受けて、接種も済ませてから教室に戻ると、一人が死んでもう一人が殺されかけたような様子は無くなっていた。
何事も無かったような表情で教壇に立つ担任の女性の先生は、淡々と連絡事項だけを伝えると、解散と下校をうながして教室から姿を消した。私という危険物となるべく接したくない心情は理解できた。
やっちゃんやみっちゃん達としばらく会話してると英宏が迎えに来て、一緒の車で家まで送ってもらった。
「大川。死ななかったってさ」
「そう。まあどうでもいいわ」
「そうだね。そんな事よりも、これ見て」
それは中国政府の外相の記者会見の映像だった。
自分のまだおぼつかない中国語能力でも何となく意味は取れたけど、日本語字幕もついてた。
「中国は外圧に屈しない。台湾を解放せよと言うが、台湾が中国古来の領土だった事は歴史上の事実にしか過ぎない。もしこれを解放せよというのなら、アメリカ合衆国はハワイはもちろん、アメリカ原住民から奪った土地を彼らに返還したらどうか?もしアメリカがそんな政策を実施できたのなら、我々も同様の政策を実施しよう。
それに台湾内では、中国国内と同様の治安が保たれている。いずれ一つの中国の姿に戻る事は、程度の差こそあれ理解されていたからだ。
翻って、アメリカや欧州諸国で繰り返され続けるアジア系排斥運動の方こそ問題ではないのか?我々におおげさな艦隊を振り向けるくらいの余裕があるのなら、まずそちらをどうにかしたらいかがか?我々は必要とあれば、治安維持の為の国連軍派遣を国連に提案しよう。
もし我々の平和的な警告を無視し、強圧的な態度を崩さないというのなら、我々も我々の治安を守る為に必要な措置を行う。ただ、我々が何をしようと、それは均衡を保つ為の行為であり、最終的な核戦争を望んでの行為ではない事を明言しておく。
この警告を理解できるだけの理性の持ち主は、決して愚かな行動に加わらないように。
およそ一ヶ月。それ以上の間、集結した艦艇が去っていかないのなら、警告は無視されたと判断する。
You have been warned.」
最後は英語で締めくくられたメッセージで、アメリカや欧州政府からは、次々と脅しには屈しないし、アジア系の排斥運動も取り締まっているというメッセージを返したと報道されていた。
ただ、意外と言えば意外だったのが、神国日本政府の反応だった。
「神国日本は、将来的に鎖国する事を明言している通り、海外の争いに積極的に関わろうとはしない。沖縄を略取したアメリカ軍が、中国軍に対する防波堤の機能を果たす事は期待するが、それは神国日本政府が中国政府に敵対しようとしている事を意味しない。
我々は平和を望んでいる」
「これさ、普通に考えれば、中国海軍に勝ち目なんて無いんだよね?」
「アメリカや欧州の軍隊が考えてるような通常兵力のぶつかりあいを想定しているのならね」
「そうじゃないのを知っているって事?」
「それはまだ、理恵にも教えられないかな。その内わかるよ」
中学校から家まで大した距離があるわけでもなかったので、私はそれ以上追求できなかった。
それから一ヶ月以上経っても、アメリカと欧州の海軍は現地を立ち去らず、大規模な演習を8月15日に行うと発表した。
中国政府は、8月13日に最終警告を発した。その最後に、何が起ころうと決して中国本土に核ミサイルを撃たないように。撃たない限りは決して最終的な核戦争は起きないと繰り返し警告してそのメッセージを締めくくった。
そしてその翌日の夜。事は起きたのだった。




