13.2024/6/2 とある新婚夫婦の場合
2024/6/2
小茂田晃、伊智子夫妻
晃君とは中学の頃からのつきあいだ。彼が長崎の水産科のある高校を卒業して5級海技士の資格を取得したのを契機に婚約。
彼の家は漁師で家を継ぐ予定だった。
私は高校卒業後に、地元の自動車販売店に就職。二人でちまちまと貯金して、新居となるアパートを借りたり家電などの生活必需品や車の頭金などが、両方の親の援助もあって目処が立った2021年の秋頃に私の妊娠が発覚。
双方の家の事情など諸々を検討して決まったのが、12月7日の結婚式だった。式はまだ無事に終えた。披露宴の一次会もだ。二次会の途中で、アレがあった。
そう、今では12.7という、目出度い日を設定してしまった人達にとっては恨めしくしか思えない出来事で、あのショッキングな映像の出だし部分だけでも見た私は吐いてしまったが、子供が流れなくて良かったほんとに。
晃君の家はどちらかと言えば保守的、自分の家はどちらかと言えば進歩的というかノンポリ的。なので忠臣組による政変の受け止め方は双方の家でも相当違ったし、男親か女親かでもだいぶ違った。
披露宴の二次会はその場でキャンセル。海外旅行(近場の韓国だけど)もキャンセルされたのは楽しみにしてたのでこちらも恨みに思ってるけど、その場で親族会議が始まって、喧々囂々の議論の果てに、私と晃君は、申請受付開始直後に一般組員として申し込む事になった。二人で百万ずつなんて余裕は無かったので、それぞれの親からカンパしてもらえる事になった。
組員になるかどうかも日付が変わるまでくらいの議論が交わされた。晃君の父親は「この国ぁ、結局偉くなった奴が偉いとされて、課程は問題とされない」と推進派、私の父親は「かといって、あんな非道を働く連中の組織に真っ先に加わるのはさすがに」と否定派だった。最終的には、両方の母親が、私のお腹にいる子供が娘なのだからと意見を揃えたのが、最終的な決め手になった。孫を出だしから不利な立場に置く訳にはいかないと。
双方の両親が老後の蓄えを切り崩してまで、晃君と私を中級組員として申し込む話まで出たりしたけど、さすがにそれは断った。その後の税率みたいなのは維持出来そうになかったしね。
翌年の4月1日に、娘は無事産まれてくれた。出産までにかかる費用が全部公費で賄われてくれるのは正直助かった。出生届け出しに行ったら家賃補助の話も教えてくれて、さらに生活は助かる事になった。それだけでなく、妊娠や育児期間の間にマタハラやパワハラや危険や傷害に晒されるような事があったら、110番ではなく、忠臣組の専用ヘルプラインに電話なりSNSで連絡するよう勧められた。
娘の名前は、渚と名付けた。双方の親からも押しの名前がすごい数押し寄せたけど、最終的には晃君と二人で決めた。渚が産まれて3ヶ月ほど経った頃、産休と育休で休ませてもらってた職場に挨拶に行った。
みんなお祝いしてくれたのは素直にうれしかった。景気的な話として、消費税が廃止されて車の需要も瞬間的には上がったのだけど、忠臣組から各自動車メーカーに、十年以内に全て電動自動車に切り替えるよう通達があったそうだ。神国日本はこれから鎖国していくので、ガソリンの素になる原油が入ってこなくなる為の措置。現在は世界中に分散してる生産施設とかも、基本的に国内に戻さないといけないから、各メーカーにとって死活問題になっているんだとか。
私は帰宅してから、晃君に訊いてみた。
「ねぇねぇ。今日元の職場でさ、鎖国して原油入ってこなくなるから、車は全部電動自動車になっていくって話聞いたよ。そしたら、漁船とかどうなっちゃうの?」
「それな、漁協とかはとっくに問い合わせてたみたいだ。エコって聞こえはいいけど、何にでもすぐ適用できる訳じゃないし」
「それで?漁船って確かめちゃくちゃ燃費悪いんだよね?」
「世界で一番燃費悪い大排気量のスポーツカーの極みみたいのよりもさらに悪いくらいだな」
「むう。そしたら、漁に出られなくなっちゃう?」
「というよりもな、出るな、って事になるらしい。特に、遠洋漁業は廃止だってよ。輸入するのも含めて」
「マジで?そしたらお寿司とかどうなるの?!」
「養殖とか近海で穫れる物以外は食べられなくなるってさ。水産資源保護の観点からも、漁業はかなり縮小するらしい。このまま取り続けてれば枯渇する種が多かったのも事実だからな・・・」
「そんな~」
「俺らの生活にも直撃だな」
「でもさ、それって、すぐにでも実施されるの?」
「早ければ早いほど補助金がもらえて、別の仕事を優先的に回してもらえるらしい」
「別の仕事って、どんなの?漁業ではなくて?」
「漁業ではない、らしい。けど、海で、船も使う。藻の養殖だってさ」
「藻?ワカメとかそういうの?」
「よく分からんが、国内の食料需給を満たすのに、今まで通りの肉とか農産物の生産だと到底間に合わないし金も足りないんだけど、藻を原料にした素材だと、農産物と比べても十数倍とかの効率らしい」
「すっごいじゃん!将来性もばっちし?!」
「まあな。本当は赤道付近とかの海のが良いらしいんだけど、日本近海というか沿岸部でもやれないか、なるべく早く始めたいらしい」
「ふーん。あれだけばんばん殺しまくってる集団なのに、それなりに考えてるとこは考えてるのね」
「そりゃあ、いくら天皇一家がまるごと人質に取られてたって、明日のおまんまが食えなくなるなら、みんな従わないだろ」
「それで、晃君はどうするの?その話受けてみるの?」
「ああ。父ちゃんとじっちゃんにも相談して、俺とか、漁協の若い連中は特にそっちに注力させて、既存の漁は出来る範囲で続けてくってさ」
「現実的にはそれしかなさそうだね。うん、ベストじゃん?」
「伊智子の了解ももらえるなら、本決まりにするんだけど、最初に3ヶ月から6ヶ月くらいの研修があるらしいんだ。全国で数カ所で行うらしくて、九州・・大連だったか、は、有明海と別府湾。西側は有明海だから、休みの日にはお前と子供の顔見に戻ってこれるとは思う」
「離ればなれになるのは寂しいけど、仕方ないか~」
「伊智子は職場に戻るのか?」
「お母さんがね、渚と少しでも一緒にいたいって、晃君のお母さんと奪い合いになってる感じで任せられちゃうから、これから収入源がどうなるかわからないのなら、なるべく稼いでおきたいかな」
「研修の間はそこそこな最低保証給な感じだけど、その後本格的に始まれば今以上に稼げるようにはなるらしい」
「国家プロジェクトってので動いてるのならそうなるのかもね。まあでもそれもそうなってみないと分からないから、復職しておくよ」
「わかった。でもさ」
「わかってるよ」
これから離ればなれの日々が来てしまうのだ。という事でいつもより濃厚な夜を過ごしていたら、晃君が研修に行く頃には、二人目を授かっていた。
それが2022年の8月頃で、3ヶ月後に研修を終えて戻ってきた時には、晃君の腕輪には、銀色の横線が入っていた。
「ふわあ!どしたんそれ?」
「新しいプロジェクトの、地元での班長みたいな役割をもらえたからかな。5級だけど海技士の資格持ちだし。これで、少なくとも、一般組員からも、中級組員からも無理を言われる事は無くなると思う。それ以上からの誰かから無茶な事を要求された時は、忠臣組の国家的プロジェクトに参加推進する立場にいるって事で、やっぱそれなりに守られるってさ。俺が守られるって事は、伊智子も渚も守られるって事なのが、うれしい」
「そだね、私もうれしいかな。忠臣組の世の中になってから、女性をはっきり下に見る奴も増えたけど、そういうのはたいてい前からそういう奴だったし、妊婦や子供連れに対しては以前よりもめちゃくちゃ気を使ってもらってる実感はあるよ。ベビーカー押してる時とかもね」
「まぁ、時々ニュースになってるからな。妊婦やベビーカーとかに当たり散らして、忠臣組の専用窓口に緊急連絡されて、ぼっこぼこにされたり、それ以上の晒し者にされたり、逆恨みしてきた奴は見せしめに殺されるまであったからな。父親としては、うれしいよ」
「物騒になってきてるのは確かな筈なんだけどね」
年が明けるまでと明けてからの数ヶ月で、地元にも藻類の養殖実験施設がいくつも作られて、晃君は毎日の様に海に出て働いていた。
6月になるくらいには生産された藻から、食料の素材になる物が加工されて、藻で作られたハンバーガーというのも食べてみたけど、悪くなかった。ちなみに藻の種類によっては、バイオマスディーゼルの素材になるようなのまでいろいろあるらしい。
第二子、長男は、2023年の6月2日に無事産まれてくれた。名前は克としてみた。これからどんな世の中になるかまるで予測できない感じだけど、どうにか頑張って耐えて生き抜いて欲しいな、と思って。
昨年の12.7に発表された通り、第二子が誕生した事で、私だけではなく、晃君の地方税まで5%ではなく10%減税される事になった。(ちなみにこの減税は離婚すると男性に対しては無くなるらしいけど、離婚にはパートナー双方の合意は必要無い。主にDV被害とかを防ぐ為だそうな)
子供を二人産んで義務を果たしたって事で、私の腕輪には桃色の横線が入り、これで基本的にはどんな理不尽も跳ね返せるくらいになったらしい。特級からならともかく上級程度くらいならとか。九州大連からの表彰状なんてものまでもらってしまった。
「妊婦や母親や子供とかにかける熱意が半端無いよね、神国日本て。アンバランスていうか」
「誰か男の物になって子供を産めば解放してやるって感じで、あんま好感は持てないけどな」
「まぁね。周りの友達とかは、とりあえず形だけのパートナー登録だけはしておいて、無体は働かれないように防御してるらしいよ。男連中もいきなり全員結婚しろとか言われても出来ないしね」
「収入とかいろいろな。何とも思ってなかった奴といきなりくっつけとか言われてもってのもあるし」
「うんうん、晃君には、その分、お妾さんとか二号三号さんの申し出が来てるんじゃないの?」
「・・・知ってたのか?」
「まぁね。そんなに大きくない町だし、大半の同年代は顔見知りの方が多いくらいだし。だから知ってるよ、晃君が断ってくれてるのも」
「俺は、お前と、お前との間の子供たちさえいてくれたらそれで満足だから」
「ありがと。私もだよ」
その夜はまぁそれなりに盛り上がったのだけど、避妊はした。3人目はそれなりに状況を見極めてからにしようと話し合って決めたのだ。
「で、一つ聞いておきたい事あったんだけど」
「何?」
「言い寄られてるの、収入増えてるせいもあるよね?」
「あーー。うん。そりゃ気付いてるよね」
「気付かないでか。んで、何か説明できない理由でもあったわけ?」
「まあ、な。藻育成の、特に水中作業は、ドローン任せなとこもあって、そいつらの管理や運用なんかの実績もあってさ、さらに責任と収入が増す仕事があるけどどうする?って訊かれて」
「危ない仕事なの?」
「うーーん。藻だけの相手をしてるよりは危ない場面ももしかしたらある程度?ただ、自分が危ない場面に晒されるような事は無いさ。だけど機密に関わるような仕事でもあるから、仕事の詳しい事は家族にも話せないってのがデメリットではあるかな」
「機密って・・・。私とかに話せなくてもいいけどさ、晃君が心配だよ」
「規則を守ってきちんと奉仕を続けてれば何も心配する事は無いってさ。結果を積み重ねていけば、1、2年後には中級組員への引き上げも検討してくれるって。夫婦と子供揃ってな」
「それって、その仕事辞めたら地位まで取り上げられちゃうんじゃないの?」
「それは無いってさ。そんなんなら誰も受けたがらないだろ。病気や事故とかで仕事を続けられなくなる可能性だってあるんだし」
「でも、収入の奉納額も増えるのはどうするの?確かに晃君の収入の増え具合によっては賄えちゃうかもだけど」
「3年間の特別な奉仕に、夫婦間ですでに二人子供を作ってる事とかが評価されれば、そちらもそれなりに減額が検討されるってさ」
「うーん、それなら・・・。でも、本当に危なそうだったら」
「分かってる。荒事には関わらないって約束になってるよ。忠臣組なんて連中がどこまで守ってくれるかは分からないけど、律儀なとこは結構律儀だからな。それなりに信頼出来るとは思ってる」
「まぁ、そこは同感かな。でも、本当に気を付けてね」
「わかってる。家族は、これからまだ増えるかもだしな」
「しばらく先の予定だけどね」
この時は、あんまり晃君の新しい仕事の内容を心配してなかったけど、中国とアメリカの間の緊張は、2023年の年末くらいにアメリカと欧州諸国の大規模な艦隊が台湾近海で合同演習を行うって発表されて、その艦隊がじわじわと移動してくる夏にかけて、どんどん高まっていってた。




