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9.2023/10/12 進路相談

2023/10/12

田中理恵


 本当なら迷う余地なんて無く、最寄りの市立中学校に通うつもりでいた。

 ただ、12.7みたいな大政変があって、その首謀者の孫が自分の許嫁候補というか、自分がそんな存在の許嫁候補になってしまっているから、良くも悪くも慎重に考えなくてはいけなくなってしまっていた。

 両親からは、近くでも遠くでも公立でも私立でも、私の為に引っ越しも辞さないとまで言ってくれてたけど、離れようとする事が良い結果を生みそうかというと、かなり微妙そうな気がしていた。

 例えばそこそこ遠いところのそれなりの私立校に通ったとする。中級とか上級な存在が今の学校よりも多くいる可能性は低くないし、今みたいに英宏が近くにいる事で得られてる保護感は少なからず得られなくなるだろう事も予測出来た。

 じゃあ今のまま進学するなり、英宏が忠臣組の幹部の子弟が集められるところに転校してそこに付きそうように言われて従ったりしたら、たぶんもう逃れられない。


 どうしようか決めきれないでいる内に、進路相談の日が来てしまった。受験するなら勉強もしないといけないしね。う~む・・・


 担任の先生、楠元先生は、どちらかと言えば良心的というか、忠臣組をからく評価する事の多い先生だった。学校の教科書が戦前の物に回帰しなかったり教室に御真影が飾られたりしなかった事で、忠臣組の中に確かな良心が生き残っている事を信じて最後の希望にしていた。英宏とかと接してると、そんな希望は無い様に思えたけど、個人の信条なんて人それぞれだしね。


「小学卒業後すぐ働くという選択肢は無いから、進学先をどこにするか。普通は公立か私立かとかって選択肢だが、田中の場合は、自分の行きたい場所に通うか、国塚の都合に振り回されるか、どっちかになるか」

「そうですね。義務教育期間終わってすぐに結婚したいとか微塵も思ってないので、出来ればその後につながるような選択肢を選んでおきたいですね」

「将来、どんな職業に就きたいとか希望はあるか?」

「この国を離れられるようなのがもしあれば、なんですけどね」

「適わぬ願いになってしまったな。一人の大人として、責任を感じているよ」

「感じて頂いてもたぶんいまさらなので忘れておきましょう。通訳とかどうでしょう?鎖国したって最低限のつながりは外部と保たれる筈でしょうから」

「だとしても、かなり狭き門になりそうだけどな」

「どれだけ狭い門だとしても、そこに希望があるならって感じです」

「そうだな。そんな田中に朗報というか、まだ噂レベルの話だが、忠臣組は英語教育を廃止しないどころか、中国語も中学から学べるように変えるらしいぞ」

「へえ。それは意外というか」

「そうなんだよな。いわゆるネトウヨと呼ばれてた連中からは反感しか買わないような政策だが、中国の拡張は止みそうにないしな。慧眼と評価すべきなのだろう」

「他にはどんな噂が先生の耳に届いてますか?」

「来年以降も、単位制や飛び級、リモート授業主体といった方針は変わらないようだ。忠臣組としては、若い即戦力はいくらでも欲しいだろうし、コロナ対策は手を抜ける状況にも無いからな」

「国産ワクチンの製造も本格化してますけど、変異株の発生と把握に追いついてないですからね」

「まあな。話を進路に戻すぞ。どこを選んでも基本はリモート授業が主体になるから、国塚と同じ学校を選んだとしても選ばなかったとしても大した違いは無いかも知れない」

「当人がどう捉えるかは本人次第ですけどね」

「だが、それこそ田中が一番良く知っているんじゃないのか?」

「他のクラスメイトとかよりもある程度知ってるかも知れませんが、一番良く知っているなんて間違いなく言えない間柄ですよ」

「子供なのに、面倒な相手にまとわりつかれたもんだな」

「そうなんですよー。まったく、どうにかしてもらえませんか?」

「残念ながら、一教師の責任範疇を完全に越えてしまっているな。あいつがもっと傍若無人な暴力男とかだったらまだ諫めるなりなんなりしただろうけど」

「そうなんですよね~」


 なんて世間話をしながら、自分の学力とかで手が届く私立校のパンフや願書なんかを紹介してもらったり、受験の日程なんかを確かめた後、面談を切り上げようと思ったら、楠元先生は、周りの気配を確かめた後、尋ねてきた。


「田中。口は固い方か?」

「どちらかと言えば、面倒事には巻き込まれたくない方ですね」

「そりゃそうだろうけどさ。お前は、日本が民主主義を取り戻せると思うか?」


 うーむ、確かに重要な(国の)進路相談かも知れないけど、小六女子に訊く事か?


「そうなったらいいなとは思いますけど、取り戻す為に自分が何か出来そうかって、無理だと思いますけどね」

「恥ずかしながら、先生達みたいな大人の世代は、あの腐敗した政権を育み放置してきてしまった。その汚物はテロリストが暴力で始末してしまった。本来なら、民主的なプロセスの果てに成し遂げられねばならなかったのだけどな」

「それで、先生は私に何か期待してるんですか?」

「田中と国塚が最終的にどんな関係に落ち着くのか先生にも予測はできない。だが、田中なら、忠臣組の中枢とは適度な距離感を保ちながら、その進路に悪くない影響を与えられるんじゃないかと思っている」

「それは、先生の身勝手な願望ですよね」

「その通りだ。だが、それが田中自身にとっても一番都合の良い将来につながるんじゃないかとも思っている」

「英宏につかず離れず期待をもたせながら操って自分の都合の良い方向に導けって、十二歳の女の子に何をさせようとしてるんですか?」

「一番悔いのない選択をさせようとしている。過去に手は伸ばせないからな。未来に対して働きかけるしかない」

「私の将来に一番発言権を持ってるのは、私なのは間違い無いでしょうけどね」

「そういうことだ。民主主義を取り戻す云々てのは忘れてくれてていい。いやむしろ忘れてくれ。取り戻そうとするのは、先ずは大人の役目だろうからな」

「無理した人達はあっけなく殺されたりしてるんですから、期待してますなんて言いませんよ。ちゃんと大人しくしてて下さいね」


 日本にある教師団体の有名どころは、12.7やその後の忠臣組の動きに対して抗議活動を続けていたけど、弾圧されて、殺されたり投獄されたり奴隷にされて強制労働させられたりとか、ろくな結末は生んでいなかった。


「だいじょうぶだよ。私にも家族がいるし、自己犠牲の精神になんて目覚めたりしないよ」

「それは何よりです。私もそんなものに目覚めるつもりはありませんから」


 最後は乾いた笑いを交わして面談を終えた帰り道。私は悩んだけど、英宏に電話してみた。


「もしもし?理恵が電話してくるとか珍しいね」

「進路、どうするつもり?」

「今通ってるとこから近い中学じゃなくて、別のどこかにぼくが入るって言えば、理恵も選んでくれるの?」

「その選択肢も考えてはいる。実際そうするかどうかはわからないけど、もしその予定があるならどこに通う予定なのか教えておいて」

「ぶっちゃけ、必要な単位はどこで取ってもあまり変わらないし、東大も潰されたし高級官僚になるつもりも無いし、忠臣組の幹部に求められるような素養を身につける場所には学校とは違うところにすでに通ってるから、どこでも構わないんだよね。理恵が近所の中学に通いたいっていうなら止めないよ。ぼくもそこを選ぶかもだし」

「じゃあさ、今は一つだけ訊かせて」

「何を?」

「あなた達は日本を滅ぼそうとしてるの?」

「うーん。理恵は少なくともそう思ってはないんじゃないの?」

「今は、私がどう思ってるかじゃなくて、あなた達忠臣組がどうしようとしてるのか、方針ていうか進路を訊いてるの」

「総体として滅ぼすつもりは無いよ」

「じゃあ、どんなつもりならあるの?」

「秘密は守れる?」

「内容によると思うけど、英宏が話すなって言うなら、守ると思うよ。たぶんね」

「たぶんかい。ま、いいか。あのね、高齢者世代が死んでいくだけで、2050年くらいまでに3000ー4000万人が減る事は確定していたんだ。少子化傾向も強まる一方だったのが、コロナ禍でさらに落ち込んだしね。不況も追い打ちをかけてる。

 ぼく達がやろうとしてるのは、癌の切除手術みたいなものだよ。悪い細胞を無限増殖していく癌の発生を止めて、さらに変異株まみれになった日本を世界から隔離する必要があった。世界にとっても、日本にとってもね。民主政治的手段でそれらを行うような素地も才能も社会も意志も日本には存在しなかった。数十年以上かけてもそれらは結局日本には根付かないままだった。

 人口が減る速度は予測されてたよりもだいぶ早まるだろうさ。必要な措置だからね。知ってるかい、理恵?2050年頃には、世界人口はたぶん百億に達するって?」

「何となくはだけどね」

「このままの人口増加が続いていくだけで、地球が七つ必要になるらしいよ。そんなの無理だよね。だったら、どうする事が必要になると思う?」

「・・・・・・だから、減らすの?」

「全面的な核戦争は避けようっていう意見の方が今のところ大きい。共倒れを防ぐ為に全員が窮地に追い込まれるとかバカ過ぎるし割に合ってないからね。で、ここまで聞いておいて、理恵はどうするつもりなの?」

「どうするって・・・」

「忠臣組をどうしようが日本をどうしようが、世界の置かれた状況と進もうとしてる進路は根本的に変わらないよ。中国の拡大は予測されてたよりずっと前倒しになってるし、アメリカの内乱も収まる気配を見せてない。よりマシな将来を迎える為に、ぼく達は行動を起こした。これからもたくさん殺す事になるだろうね。で、そこまで聞いておいて、理恵はぼく達に敵対するの?協力するの?それとも善意の第三者を気取って傍観して、私にはどうしようもなかった。だって私はただの子供だったんだから、とかずっと言い訳しながら生きていくのかな?」

「あなたは私にどうして欲しいのよ?」

「ぼくが理恵にどうしたいのか訊いてるんだよ」

「私は私が生きたいように生きていきたい。敵対か協力か傍観か、それ以外か、具体的にどんな行動を採るのか今はまだわからない。けど、あなたの従属物になって、あなたの顔色を伺ってないと死んでしまうような、そんな人生を送りたいとは思ってない」

「それでこそ理恵だよ。ぼくが好きになった人のままで安心した」

「初恋はたいてい勘違いだし、実らないものだとも言うよ?」

「そう言いたい奴らには言わせておけばいいのさ。ぼくは勘違いだと思ってないし、実らないものだとも思ってないもの」

「はいはい。それじゃね」

「一応、進路決めたら教えてね。こっちが合わせるかも知れないし」

「エスカレーター式の女子校でも?」

「そういうとこ、理恵は選ばないと思うけど、ま、好きにすれば?」

「うん、私は私を自分の好きなようにするよ」

「くすくす。理恵は、とっても民主的な人なんだね」

「何それ?」

「民主主義ってね、個人が成立しない社会では成り立たないんだよ。じゃあその個人が何かって、理恵みたいに、自分という核を大切に守ろうとする人かどうかだと思う」

「狂信者とか犯罪者とかでも似たようなのいくらでもいそうだけどね。ネトウヨとかでもそういう傾向はあったかもだし」

「理恵が好きにしようとしてるのは自分であって他人じゃないだろ?個人て、そういうことさ。じゃあまたね」


 そうして、電話は切られてしまった。

 忠臣組の幹部にすでに数えられてるような英宏から、民主的な人間としてほめられるなんて予想してなかった。

 だからどうしたって言うんだと、動悸し始めた胸を押さえつけながら家路を急いだ。進路はたぶん、最寄りの中学校に決めた。物理的な学校をどこにするかは全然重要じゃなくて、中学生として定められた間、自分が何を学び何を出来るように準備するか、それだけだと思えた。

 何の為に、何を準備するのか、それらはまだ自分の中ではっきりとした像を結んではいなかったけれど、私は私として、私の為の人生を形作っていく事だけは固く決心したのだった。



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