第698堀:表向きには家族問題
表向きには家族問題
Side:ユキ
「リエルをいじめるな!! このクソ親父!!」
あのトーリから驚くほどの怒気を込めて発せられた声に逆に冷静になる俺。
可能性はあった。
だが、こうもピンポイントで来るとは思わなかった。
だって、仕事中に嫁さんたちの過去が追いかけてくるようなことは、これまでなかったから。
俺たちの方から訪問することはあったけどな。
セラリア、ルルア、ミリー、シェーラ、カヤ、デリーユ、ジェシカ、サマンサ、クリーナ、カグラといずれもお国や仕事上での付き合いの為の訪問だった。
あ、ミリーの家族は運よく奴隷救済の一環としてウィードに来たから例外か?
ということで向こうから俺たちのことを知ってやってきた例はない。
まあ、ここまで悪意たっぷりの奴が、ウィードに来られるわけがないんだが。
というか、あのリエルの昔話で俺たちウィードの重鎮たち全員から怒りを買っている連中が生きてウィードに入れるとも思えない。
一方の意見だけで判断はしないつもりの俺だが、流石にリエルの話を聞いて、そして今のリエルへの発言、トーリの悲鳴にもにた怒鳴り声に俺も怒りを隠せないでいる。
世の中には、どうしようもない奴が存在する。たぶんこれがその一つなんだろう。
「……ぐうっ。親に手をあげるか!! この親不孝者が!!」
「親不孝で結構だよ!! 友達を、リエルを殺そうとする親なんてこっちから捨ててやったんだから!!」
「お前だな!! お前がトーリになにかしたんだろう!! この忌子が!!」
「……あ、あうぅぅ」
リエルはひどくおびえていて、リエルがどれだけいじめられてきたかがわかる。
トラウマというか、村人には住まわせてもらったという恩があると勘違いしている可能性もある。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今大事なのは嫁さんがいじめられている。それだけでいい。
クズはリエルに手を伸ばそうとするが……。
バチン!!
「……リエルに触れるな」
俺が出て行くよりも先にカヤが汚い手を払い、リエルの前に立つ。
俺たちも無言のまま、リエルやトーリを守るように立ちはだかる。
「なんだ貴様ら!!」
「私たちはトーリの親友。同じ旦那と結婚している。姉妹も同然」
カヤの発言に、嫁さんたち全員が頷く。
その発言に周りで見ていた住人たちの視線は当然俺に集まる。
……視線が痛いのは気のせいにしておこう。
ちなみに、護衛の兵士や小さくなった獣神トラは端によって状況を見極めている。
なにかあればすぐに止めに入るだろう。
まあ、意外だよな。俺の連れの知り合いが偶然いるなんて思わないだろうし……。
そのトーリの父親の顔は髪は抜け落ちて、半分焼けただれた跡が残っているし、何があったのかは想像に難くない。
だからといって、この親父にリエルやトーリが暴力を振るわれるのをただ見ているわけにもいかないからな。
「嫁? 勝手に結婚したのか!?」
「もう私はあなたたちと関係ない!!」
「お前がいなくなって、村がどうなったと思うんだ!! 戦火に巻き込まれて、半数が死んで、半数はバラバラだ!! 俺もこの様だ!!」
「……トーリとリエルが出て行ったのは何も関係ない。自分で言っている」
カヤの冷静なツッコミに、俺たちはどころか、見物人も含めて全員頷く。
「ウルサイ、ウルサイ!! トーリこっちにこい!! オマエを嫁に差し出せば、この国でいい暮らしが出来るんだ!!」
あー、そっちに繋がるのか。
まあ、戦争から逃れてきた何もない難民が差し出せるものは、人ぐらいだろうからな……。
しかし、難民を住人として受け入れてきたこの国が奴隷のようなやり取りを許しているわけがないはずなんだが、とりあえず聞きだしてみるか。
「……大事な奥さんを差し出すわけにはいかない。誰だそんな馬鹿なことをいっているのは」
「お前のような人族の平民が口を出すな!! 俺がそのお方にお願いすれば、お前の命なんかないぞ!! 命が惜しかったら、さっさと娘とその忌子を寄こせ!!」
なんか勝手にリエルまで追加しているし。
……しかし、この親父さん、ずいぶんと錯乱しているな。
もう、人だかりが出来ているし、巡回の兵士たちまで集まってきている。
こんな場所で、人身売買ではないが、娘をわたす代わりに優遇という発言をしているんだから、これを要求したアホにとっても痛手になると分かっていないらしい。
それに、俺を殺す発言だしな……。これ関わっているその上とやらはどうなるのやら。
しかし、まだ実害がでているわけでもないし、様子を見ているワイルド国王やミヤビ女王が出てこないところを見ると、家族内の問題で済まされるんだろうな……。親子関係は認めているし。
まあ、先ほどの俺の後ろにはお偉いがいるんだぜ発言があるからな。その背後関係を調べたいってのもあるんだろう。
となると、話を詳しく聞くしかないか。
会話が成立する可能性は低そうだが……。
「とりあえず、そのお方の名前を教えていただけますか? 私自ら交渉しますから」
「この国の貴族様だ!! 王宮に務める財務のベラ男爵様だ!! トーリはベラ男爵様の妾になってもらう!! 忌子は私たち村の連中のうさ晴らしだ!!」
おー、意外と素直に喋ってくれたぞ。
しかし、トーリは妾で売って、リエルは私刑にすると……。
その発言をしてさらに俺たちの怒りのボルテージが上がり、リーア、エリス、タイキ君が前にでようとするが……。
「まて。まだ話は終わっていない」
「「「……」」」
「トーリとリエルだけが犠牲者なわけがないと思う。都合がいいから乗り込む。盛大にやるぞ」
「「「了解」」」
ここまでコケにされて、この親父さんだけをボコにして済む話じゃない。
他にも犠牲者がいるはずだ。殴りこむ。
ついでにリエルをいじめる村の連中はこの際全部始末する。
どうあっても、リエルや子供たちにいい影響を与えるとは思えないからな。
大義名分はベラ男爵様の所に行けば手に入るだろうさ。
そう思っていると、ワイルド国王から待ったがかかった。
「ちょ、ちょっとまってくれ!! ベラ男爵の件はこちらで調べて対処する。流石にユキ殿たちにその調査を任せるわけにはいかん!!」
「落ち着け、ユキ殿。今暴れてもどうしようもない。他国の貴族をボコボコにしたというのは問題にしかならん。侮辱された程度ではな。かといって、武器を向けられたという事実があっても、今後のことを考えれば、悪手にしかならん。ここはワイルドに任せてくれ。ちゃんと報告をさせる」
『……我としては、食い殺していいと思うがな。ユキ殿の判断に任せる』
……確かに、3人のいう通りではある。
今日は、お忍びであり、トーリの父親が脅しをかけてきただけで、傍からみれば、トーリの父親がベラ男爵の名を使っているだけだ。
これで、他国の俺たちが勝手に始末する理由には足りない。
そして、大陸間交流のことを考えるならば、黙っていた方がいい。
「……トーリ、リエル、我慢できるか?」
とはいえ、ここは危害を加えられた本人たちの意志が大事だ。
嫁さんの為なら、こういう馬鹿を成敗することにためらいはない。
大陸間交流とか国家間の問題など、ウィードが今まで築いてきたコネで何とかなるしな。
権力を使うべきところは心得ている。
「いいです。ユキさんや、みんながこのクソ親父のことで手を煩わせる必要はありません。勝手に言ってるだけですし、放っておけば勝手に自滅します」
「なにをっ!!」
「というか、おびえているリエルを無理に連れまわして、村人たちに合わせる必要もないですし、これ以上記憶に残すべきでもないです」
それもそうだ。
リエルにお城で待ってもらうというのもあるが、こんなにおびえているリエルを置いていくのはありえないし、待機しているルルアやアスリンたちも殴り込みに参加するのは目に見えている。
というか、ウィードで待機しているセラリアたちも乗り込みかねない。
冷静に考えれば考えるほど、勝手に始末していい内容じゃないな。
「よし、わかった。今日は町の観光が目的だしな。今起こったことは忘れることにしよう」
「「「はい」」」
全員、トーリの言葉に納得したのか、リエルを守るように囲みながら、トーリの父親から離れて行き……。
「おい!! 何を無視している!! 私は村長だぞ!! 誰がお前を育てたと……!?」
そう言いかけて、トーリの父親はその場で崩れ落ちた。
俺たちは既に彼から距離を取っていたので、傍から見れば興奮しすぎて倒れたようにしか見えないだろう。
その実、タイキ君に目配せをして、固形化した透明の魔力をぶつけてもらったのだ。
タイキ君に対して親指を立てると、タイキ君も同じように親指を立てて返してくる。
バレなければ犯罪ではないのだよ。
別に死んでもないし、何も問題はない。
俺たちはその場を巡回の兵士さんに任せて、町の見学へともどる。
その後は特に問題なく、昨日の兵士のような態度をとる者もいなくて、すんなり終わる。
まあ、スラム街とか貧民街には顔をだしていないので、そこらへんがどうかというのもあるが、表向きにはこの国は特に他国の人や人族に対して危害を加えるようなことはなかった。
普通に買い物もできたし、流通の関係で割高ではあるが普通に販売してくれた。
道を聞いたら普通に答えてくれたし、いたってまともだった。
となると、あの兵士は何だったのかって話になるけど、獣人が奴隷ってことに過剰反応してたのかね?
「トーリの父親の件以外は意外と普通に終わったので、あの兵士の問題やベラ男爵とかの話は、ワイルド国王に任せたいと思うけど、大丈夫か?」
部屋に戻ってから、トーリに一番にそれを聞いておく。
たぶん、トーリの親父さんも処罰されるからだ。
「はい。問題ありません。というか、不意の事故でも起こってやってくれていいです。……結局なにも変わってなかった。村というか、村長の面子にただ、縋り付いているだけの馬鹿です」
「「「……」」」
そのトーリの言葉に肯定も否定もできなかった。
いや、沈黙というのは同意かもしれないな。
「よし!! トーリが納得してくれたから、俺たちは明日ウィードに戻る。全部の国の揉め事にいちいち首を突っ込んでいる暇はないからな。他に仕事もたくさんある。切り替えて行こう。ハイエルフの国、獣神の国もまだ会議しないといけないことはあるだろう。俺たちはその間に、大陸間交流の準備を継続だ」
「「「はい」」」
こうして、色々不満はありつつも、目的は達成したので、俺たちはウィードへと戻るのであった。
立ちはだかる壁「民事不介入」という魔法の言葉がありまして、これにより、迂闊に手は出せません。
今の所、声で脅しているだけですし、実害はなく、トーリの身内だというのは本人が認めています。
まあ、貴族云々で詐称行為などが当てはまりそうですが、これも家族の会話で済ませられますし、ユキたちが貴族ということで侮辱行為も当てはまりますが、お忍びできているのでしょっ引くわけにはいきません。
現実、地球でも虐待行為と躾などの区別はなかなか判断がつかずですからね。
胸糞悪いですが、あの父親は放置。
そしてお仕事へ邁進することに。
まあ、手を出すだけ無駄という捉え方もできますが。




