第677堀:親と父と子と孫
親と父と子と孫
Side:ユキ
さて、アグウストの公爵派の始末は大体終わったとして、残るは……。
俺の視線の先にはクリーナとファイゲル爺さんが向かい合っていた。
「……」
「……」
お互い無言で何一つ喋ることはなく、周りが慌ただしく後片付けに奔走している中で、時が止まったような感じだ。
「……ねえ、ジェシカ。何か声をかけた方がいいのかな?」
「いえ、2人の問題でしょうし……。同じ学び舎の学生としてサマンサはどう思いますか?」
「ええっ!? わ、私ですか!? うーん。どうなんでしょうか? 私は状況が違いますし……。同じ学生として、カグラさんはどう思いますか?」
「いや、私に聞かれてもね。……別にお父様とは険悪だったわけじゃないし、ミコスは?」
「私も、別に父さんとは……。ソロは?」
「ふえっ!? わ、私の父と母は無理をしてまで学院に入れてくれて、感謝しかないですし、いつも仲良くしてますから……」
なにかと、外野はうるさいが割り込むことはなく、そのまま事態の成り行きを見守っていると、アグウスト王たちと話を終えたポープリがファイゲル爺さんの後ろに近づいていき……。
ゴンッ。
っと、杖で頭を殴る。
「いたっ!? って、クソババ……じゃなくて学長!? いったいどういうおつもりですか!?」
「はっ、人をクソババア呼ばわりしておいて、自分は超が付くほどのクソジジイじゃないか」
「何をいきなり、うおっ!?」
そう反論しようとしたファイゲルにポープリは杖で足を払い、転ばせる。
そして、立ち上がろうと顔を上げたところを襟首をつかみ引き寄せるポープリ。
「何をいきなりだと? 娘という養子関係ではあるが、孫娘に近いクリーナに散々迷惑をかけておいて、自分から謝りもしない、偏屈ジジイが、クソジジイじゃないとでもいうか? ああ?」
「ぐっ!?」
見事な正論だ。
クリーナはなんだかんだ言いつつも、こうしてこの場までやってきて、結果的には助けにやってきた。
それに対して、ファイゲル爺さんの歩み寄りは今までなし、クソジジイで何も間違いない。
まあ、もう少し待ってやれよと俺は思うのだが、ポープリにはポープリの考えがあるんだろうしなー。
「も、もう少し、その、心の準備というものが、ありましてな……」
「こっちはてめえがガキの頃から知ってるんだ!! そんなんだから、独身で終わるんだよ!!」
「ぐふっ!?」
その言葉にファイゲルは苦しそうに、痛そうに、自分の胸を押さえる。
ひでぇ、言葉が凶器となりファイゲル爺さんの胸に突き刺さるのが見えた気がする。
だが、ポープリの口はまだ動き続ける。
「ぐふっ、じゃない。お前の人生はもう枯れているからいいけどな。その枯れたてめえに迷惑をさんざんかけられても、親と慕ってここまできた娘に何も言わない腑抜けなのを見て、私が一番恥ずかしいんだよ!!」
ああ。そういうことか、なぜこんなにポープリが他人の家庭に口を出すのかと不思議だったが、他人ではなかった。
まあ、個人個人の考えは違うだろうが、ポープリの中では、ファイゲル爺さんもクリーナも同じ教え子、子供か。
「いいか!! お前の人生だ!! 結婚の有無はなんとも言わない!! だけどな、自分の子供を不幸にする奴は許さん!! あの学府が元々なんだったか知ってるだろうが!!」
「……」
そう怒鳴られて、ファイゲル爺さんから反抗する意思が抜け落ちた。
ランサー魔術学府、そこは元々、コメットが孤児たちを集めて育てていた孤児院。
コメットの没後、聖剣使いと魔王の戦いに参加もせず、ただひたすらに孤児院を守ってきたポープリ。
そして気が付けば、多くの子供の学び舎となっていた。
だが、ポープリにとっては生徒というよりも、孤児院に来た子供だったのだろう。
だからこそ、ファイゲル爺さんをあれだけ罵倒して叱責した。
そりゃそうだな。目の前で、自分の子供が、子供っぽい理由で孫を傷つけていたら、誰だって怒る。
「……すみませんでした」
「私に謝ってどうする!!」
「すまなかった。クリーナ。そして、来てくれてありがとう。本当に助かった」
ファイゲル爺さんはようやく、深々と頭を下げて、そしてお礼を言う。
そして、それをフォローするように、ポープリも頭を下げる。
「クリーナ、すまない。私からもこの通りだ。不器用な男だが、それでも悪い奴ではない。なんとか許してやってくれないか?」
「……ん。許す」
その2人を見たクリーナはあっさりとその言葉を言う。
「というか、お師匠、お爺は拘束されたのに私に助けを求めなかった。たぶん、私たちを巻き込みたくなかったんじゃない? まだ来るなと手紙もくれたし。そこには怒っていない。だけど、なぜ助けを求めなかったの?」
「ん? そういえば、そうだな? ファイゲル、なぜ大人しく捕まった?」
「……」
そう問いただされるが、ファイゲル爺さんは口をつぐんだまま。
「今更隠すことでもないだろう?」
「ん。喋る」
「……」
「力尽くにするか?」
「ん」
それでもファイゲル爺さんは口を閉ざしたままだ。
まあ、男には矜持というものがあるし、謝ったんだし、これ以上ファイゲル爺さんの心の内を無理やり聞くのはあれだし、俺が止めるかと思ったのだが……。
「それ以上はやめてやってくれ」
代わりに、イニス姫がファイゲルとクリーナ、ポープリの前に立っていた。
「ファイゲル老師は、それでいいと思ったのだ。このまま尽きたほうが、クリーナの幸せになると」
「イニス姫。どういうことだい?」
「ん。意味が分からない」
「私が約束を反故にして、結局、クリーナを駒として使ってしまった。それをファイゲルは悔やんではいたが、自らアグウストに牙をむくことなどはできない。そんな時、公爵から拘束されたのだ」
イニス姫がそういうと、ポープリが答え合わせのように言葉を続ける。
「あー、つまり、クリーナがアグウストに協力するのは、自分が原因であり、その原因がいなくなれば、その方がいいと思ったわけか」
「そうです。……何が起きても、クリーナと婿殿なら困難を跳ね返すでしょう。なら、足を引っ張り続ける老人は、ここらで消えたほうがいいかもしれません。姫様には申し訳ないですが、私は大人しく捕まります。と……」
なるほどなー。
ファイゲル爺さんも爺さんで、親心から何も助けを求めなかったわけだ。
というか、爺さんだけが悪いわけでもないしな、国の方針に逆らえるわけもないし。
さて、それよりも……。
「こほん。とりあえず、イニス姫。ファイゲル爺さんが、意地で黙ってたこと言うなよ。可哀想に……」
「「「あ」」」
「……これだから、女ってやつは、女ってやつは……」
俺は優しく、震えて四つん這いの体勢で震えるファイゲル爺さんの背中をさするのであった。
女には、男の矜持や意地はなかなか理解されないよなー。
だが、そんな和やかな雰囲気の中、クリーナが口を開く。
「イニス姫。なんで、そんなに自分が悪くなるように言うの? あの時は今までのイライラが溜まって色々いったけど、よくよく考えるとおかしい」
「いや、私はただ事実を……」
「事実をイニス姫からわざわざ言う必要はない。というより、それこそ国益をそこなう。誰かに責任を擦り付ければいい。そもそも、イニス姫だけが悪いわけじゃないのはわかっている」
「……」
イニス姫は口を閉ざしたまま答えない。
「これ、クリーナ。やめてやれ。責任を感じているからこそだ」
そんな中、背中をさすっていたファイゲル爺さんが立ち上がってそういった。
やっぱり、わざとか……。
ま、わざわざ、クリーナの神経を逆なでするようなことを言う理由はないわな。
隠し通せると思っていなかった、というのもあるだろうが、クリーナのいう通り、イニス姫だけが悪かった話ではない。
というか、昔のクリーナは直情すぎたというのもある。
俺たちの足を引っ張るなら、死ぬとか言ってたしな。
だが、クリーナも成長している。色々事情は察するし、イニス姫たちの問題はこれで終わりではないのだ。
俺たちが、許すといっても、周りに多大な迷惑をかけたのは事実だ。
それで、他の5大国が無償でというのは違うが、外務省設立に協力するのに、アグウストも同意したから、お咎めなしで済むわけがない。
おそらく、外務省以外のことで色々譲歩を求められることになるだろう。
「……爺構わない。私から話そう。今となっては、クリーナ後輩がわざわざ自殺するような真似はなさそうだしな」
そういってイニス姫は前に出る。
「正直な話、クリーナがこのように助けてくれるとも思っていなかった。先ほども言ったが、私の前でユキ様の足を引っ張るなら自殺すると言ってたからな。今まで、勝手にクリーナを散々利用しておいて、助けてもらえるとは思っていなかった。だから、わざとというか、未練を絶つためにああいう言動をした。その方が、私たちがどうなっても、そこまで気にすることはないだろうとな……」
「お爺と一緒の理由?」
「ははっ……。まあな。私があれだけ断言しておいて、クリーナ後輩やアマンダ後輩、エオイド後輩には散々迷惑をかけたからな。私としても、お前たちを使われるのは我慢ならんかったからな。だが、結局はこの様だ。しかし、今回のことで、クリーナどころか、ウィードやランサー魔術学府、そして、新大陸のハイデンに対して強くでる馬鹿はいなくなっただろう。さらに、父上、陛下の判断は間違っていなかったということの証明にもなったわけだ。あとは、勝手に持ち直すだろう。元々、陛下の判断が信じられずに公爵派についた者も多いからな」
「ん。迷惑はかけられたくないけれど、アグウストが元に戻るのは喜ばしいこと」
「ああ。今度は私たちでなんとかするさ」
「ん。姉さん。頑張れ」
「はは。ああ、頑張って見せようじゃないか。妹に情けない姿は見せられん」
そんな感じで、クリーナとイニス姫の間には和やかな空気が流れている。
その姿を見たファイゲル爺さんは俺の方を向いて口を開く。
「クリーナをよくぞここまで導いてくださいまして、感謝いたしますぞ、婿殿」
「いや、クリーナが自分で成長したんですよ。親から見れば、子供はいつまでも子供ですが、その子供もいつかは大人と周りから呼ばれるようになるんですよ」
「……そうですな」
子供はいつか大人になる。望む望まざるに関わらずな。
そんなことを考えていると、クリーナがこちらを向いて口を開く。
「あっ。そうだ。忘れてることがあった。お爺」
「ん? なんじゃ?」
「私も子供ができた」
「「「は!?」」」
唐突な発言にファイゲル爺さんやイニス姫だけでなく、俺たち全員が固まる。
「私も、お爺と同じ。養子をとった」
「「「ああ……」」」
次のクリーナの言葉で全員が脱力する。
秋天のことか……。
焦ったー。妊婦を戦線に投入したとか、ないわーと思ってたから。
「そうか。お前もわしと同じ道をたどるか」
「血は繋がってないが、まごうことなき老師の娘だな」
「そうだねー。そこは間違いない。だけど、ファイゲル。クリーナの娘に余計な事すると、燃やされるからな? そこだけは気を付けときなよ」
「ほう。孫も炎の魔術が使えるのですかな? それはそれは手ほどきするのが楽しみですな」
秋天の実力を知っているウィードメンバーは思った。
手ほどきされるのは、ファイゲルになるだろうと。
まあ、誰もが誰かに気を遣っていたという話。
親子ならなおさら。
しかし、それも絶対ではない。
親子、兄弟で憎しみ合うこともままある。(覚えておくように)
アグウスト王と公爵がそんな感じですよね。(公爵は基本的に王族の血縁が主に兄弟が名乗れる爵位)
これで、国と国の貸し借りがなくなるわけではないが、人と人の和解には十分。
クリーナは成長していたし、イニスやファイゲルも申し訳なく思っていた。それがわかれば十分なのだ。
で、最後に、ファイゲルは間違いなく秋天に燃やされるであろう。




