第676堀:子供は素直に大人は狡く
子供は素直に大人は狡く
Side:ユキ
俺の心は今、晴れやかだ。
理由は至極簡単。変態を殴り飛ばして、スッキリした。
躊躇いもなにもなく、人を殴れるって、なかなかないよね?
そんな爽やか気分でいると……。
「き、貴様!? 何をしたのか分かっているのか!? こ、このお方は……」
そう叫ぶ、変態の隣にいた変態その2。
「知らん。お前等の名前に興味はない。人の奥さんに手を出すような奴らの名前は変態でいい」
俺の嫁さんを寄越せなどという、人妻フェチは、趣味趣向としてなら認めるが、実際に要求するのはノー。妄想の中だけに留めろよ。それができないから、変態って言われるんだよ。
全く、挑発する必要もなかったというか、分かりやすい相手で逆にびっくりだよ。
こいつら本当に、俺たちの事をただの口先だけの傭兵団だと思ってたみたいだ。
アグウスト王や姫さんの評価、それに加えて姫様相談役のファイゲル爺さんの子供であるクリーナが養子として王族になったということも、騙されたと思っているのはどうなんだよ?
いや、それぐらいのノリで押し通さないと、アグウストの実権を握るのは不可能か?
「ええい!! この馬鹿を取り押さえ……」
変態その2はそこでようやく周りの状況に気が付いたらしい。
変態その2の命令に応えるような相手は誰もいないことに。
「な、なにが……」
変態その2は辺りを見回して絶句する。
兵士たちは全員、床に倒れていて、立っているのは嫁さんたちとその他付き添いしかいないからだ。
「なにがって、君。状況を見て分からないのかい? 他国の要人たちを力尽くで抑え込もうとしたから、反撃されて、負けた。それだけだよ」
そういうのは、この訪問メンバーの中で最年長のロリババアであるポープリ。
「お、お前たちのような……」
「子供にできるわけがないって? 残念。魔剣や杖がない程度で、戦えなくなるような将軍や魔術師はいないんだよ?」
次に口を開いたのは、魔剣使いのエージル。
そして、それに続いて……。
「この程度で、私たちをどうにかできると思うなんて片腹痛いです」
「そうね。こんなのよゆーよ、よゆー」
「よゆー」
ヴィリアたちはそんなことを言いながら、兵士を変態その2へと投げつけると、慌てて変態その2は変態を置いてそのまま部屋の外へと駆け出し……。
「ひっ!? だ、誰か!! ぞ、賊が、賊が侵入している!!」
そんなことを叫びながら変態その2は去って行く。
「ど、どうするの!? わ、私たちこれでお尋ね者じゃない!?」
「ユ、ユキ先生!? どうするんですか!?」
「つ、捕まって、処刑されるんですか!?」
その声を聞いたカグラたちはなぜか今頃慌て始めるが、エノラだけは冷静で……。
「落ち着きなさい。カグラたち。最初からこの予定だったでしょう? まあ、最初から相手が馬鹿だったおかげで挑発する必要もなかったんだけど。あとは単純にこの籠手ですべてをなぎ倒せばいい!! そうですよね、ユキ様?」
「「「……」」」
やっべ、敵はともかく、エノラがナールジアさん製の武器に呑まれてやがる。
おかげで、カグラたちのパニックは収まったが、俺と同じようにエノラがやばいと感じ取ったようで、エノラから距離を取り始める。
精神高揚とか付与されてたっけ?
「うふふふ……。敵は綺麗な左右のワンツーで全部沈めて行けばいいのよ。さっきの感触を忘れないうちにもう一度、寝ているサンドバッグで試して……」
「待て待て!! こら、カグラ!! 自分の親友が人間サンドバッグとか道を踏みはずしそうなんだからとめろ!!」
流石に、兵士は命令に従っているだけだし、死体撃ちをするほど落ちてはいないし、そんなことをやれば、王家からも警戒される。
俺は変態その1を簀巻きにしていて、そっちに行く余裕はないわけでもないが、友人を止めるぐらいしてくれ。
「ちょ、ちょっと!! エノラ、流石にそれはまずいわよ!!」
「エノラ、おちついてー!!」
「そ、そうですよ、エノラさん!?」
「むりー!? 籠手でパワーアップしすぎ!?」
カグラ、ミコス、ソロ、そして竜騎士アマンダの4人で抑えにかかるが、その4人を引きずって前へ、サンドバッグへと進むエノラ。
「みんなどいて!! 離して!! あいつを殴れない!!」
「「「死ぬから!! 死んじゃうから!!」」」
どっかで聞いたことがあるようなセリフをエノラが吐いていると、廊下の奥から多くの足音が聞こえてきて……。
「ウィードなどという小国の愚か者を捕らえられなかっただと!! 必ず探し出して捕縛しろ!! 奴らに逃げられては、アグウストが孤立する!! そうなってはアグウストを手に入れる意味がない!! 全く、お前らに任せたのが間違いだったか!! 処罰は覚悟せよ!!」
「フール公爵、そ、そんな!? や、奴らは異常に強いんです!! へ、陛下が言っていたことは事実だったのでは……」
「バカなことをいうな。魔剣使いでもない、若い男と学生に子供の集団程度に何をどうやれば負けるというのだ!! 全く、まずは部屋で伸びている馬鹿共を回収して証拠を隠滅する。奴らは逃げ出したということにするのだ。このことが王家派にでも伝われば……」
分かりやすいお話をしながら戻ってきた変態ご一行。
それで俺は簡単な解決法を見つける。
「開放してよし。ちょうどいいサンドバッグが沢山きた」
「はっ!! まだ逃げてなかっ、みょ……!?」
みょ? 何が言いたかったんだろうか?
いや、それよりも、フール公爵は最後まで喋ることは許されず、エノラの放った綺麗な右フックが顎に入り崩れ落ちそうになるところを……。
「フッ!! ハッ!!」
左ジャブからの右ストレートのワンツーが見事に顔面に突きささり、変態その1と同じように壁に吹き飛ばされてオブジェとなる。
「ひぃぃぃぃ!?」
「イヤァッ!!」
「あびゅっ!?」
ゴギッィ!?
一緒にいた変態その2は一瞬にしてもたらされた惨劇に悲鳴を上げていたが、それがエノラを呼び寄せる結果となり、見事なハイキックというか延髄蹴りが炸裂して、沈む。
つか、流石にやばい音がしたので、治療をしておく。
後頭部がへこんでいるから、これはおそらく頭蓋骨陥没だな。普通死ぬって。
便利だな、治療魔術。と、改めて思う。
そんなことを考えている間に、エノラの暴れっぷりというか、実力を見た兵士はすでに武装解除をして両手を上げている。
よし、後はイニス姫がもうすぐ到着する予定だから、それで会談を済ませればと思っていると、残党がいたようで……。
「お前ら!! 何をしている!! 賊が来たのだろう!! さっさと捕まえないか!! 父上に言いつけるぞ!!」
そういって、武装解除している兵士たちを押しのけて現れたのは、絵にかいたような頭の悪そうで、威張り散らすことだけが取り柄だろうという、バカ貴族だ。
「はっ。こんな剣も触れそうもないひょろっとした男に何を恐れている」
あー、いや、その俺の見た目評価に対しては同意だが、お前も同じだろうと言おうとしたら、なぜかアスリンたちが前に出てきた。
「ねえ。変態のおバカさんはお兄ちゃんを馬鹿にするのかな?」
「それとも、また、フィーリアたちのお菓子を奪いに来たのですか?」
「あの時みたいに、私たちのおっぱいでも揉みにきたのですか?」
「……覚悟はできているでしょうね?」
ラビリスたちの心からの嫌悪感のこもった冷たいこの反応。
ああ、こいつが、アスリンたちのお菓子を強奪して、おっぱいを触った変態か。
なるほど……。フール公爵、FOOL、つまりバカ公爵か。息子ヒッキーの家名はフール。
つまり、フルネームはヒッキー・フール。ヒッキーという馬鹿息子は、真性の馬鹿息子だったというわけか。
まあ、FOOLには道化師という意味合いもあるから、あながち間違ってもないのか?
「ひっ!? お、お前たちは!?」
どうやら、ヒッキーはラビリスたちのことを覚えていたようだが、時すでに遅し。
「「「女の敵はくたばれー!!」」」
と、ラビリスたちからの同時パンチキックを食らって壁へと飛んで行った。
「とまあ、こんなことがあって、アグウスト王都の襲撃成功……ではなく、自衛の結果、現王家の支援に成功したわけだ」
俺はヒッキーたちをぶっ飛ばした後にやってきたアグウスト王、イニス姫にどれだけ公爵派が横暴で、自分たちは身を守るためにしかたなく戦ったということを説明した。
「……今、王都襲撃と言わなかったか?」
「いや、気のせいだ。襲撃しているなら、イニス姫やファイゲル殿に、アグウスト王が無事なわけないものな」
「……そうだな。イニス。今は、事態を収束させることが大事だ」
「そうですな。公爵たちが伸びている間に、全てを済ませましょう」
アグウスト王の言葉に、ファイゲルの爺さんが頷いて同意する。
ちなみに、既にフール公爵たちは捕縛されている。
罪状は、大陸間交流関係の他国からの正式な客人に対して危害を加えたというもの。
公爵派の連中が文句を言うかもと思うが、証拠は記録してあるし、それはすでに、アグウスト王に渡してある。
なにより、公爵派の連中も大陸間交流自体には賛成だったのだ。それなのに、大陸間交流の客人に危害を加えるというのは、アグウスト全体にとって不利益にしかならない。
そんな、バカをトップに据え続けるわけもないだろうと、アグウスト王たちは見ている。
まあ、証拠もあるし、この状況で公爵派なんて言ってたら、アグウストの内戦どころか、イフ大陸連合の敵認定が下りるわけだ。
まともな思考力があれば、大人しくなるしかないだろう。
「ま、ともかく、後始末は任せます。あとは、こちらの書類にサインをお願いします」
色々あったが、本来の目的は外務省設立協力を仰ぐためだ。
「……ああ。そちらが本題だったな。なになに、外務省設立に関しての会議参加や協力をすることの確約か。宰相、内容に問題はあるか?」
「いえ。問題はありません。まあ、協力というのが含意が広すぎて、金銭全面支援などと言われないかが心配ですが、状況から見て、そこまで無茶な要求をするつもりはないのですよね?」
宰相が確認を取るようにこちらに視線を送る。
「ああ。イニス姫にも言ったが、一国だけに負担を強いるということ自体が、大陸間交流の亀裂に繋がりかねないからな。ウィードや5大国に迷惑をかけたと思うのなら、頑張ってアグウストをまとめ直してくれ」
「……わかった。しかし、ウィードやランサー魔術学院、5大国、そして新大陸の客人がアグウストの為に身を危険にさらして助けてくれた事実はなかったことにはできない。そのことに関しては、必ず何らかの形で礼をさせていただく」
そう言ったアグウスト王は深々と俺たちに頭を下げる。
このおっさん自体は別に悪い奴でも、頭が回らないってわけでもないんだよな。
どこにも腐った連中はいて、それに足を引っ張られただけ。
まあ、王としては許されないミスなんだろうが、それでも何とか持ち直した。
よくよく考えるとカグラたちのハイデンもアグウストと変わりないよな。
そんなことを考えていると、横にいたカグラがこちらにぼそぼそと話しかけてくる。
「ね、ねえ……。私たちほとんどなにもしてなんだけど。いいの?」
「いいんだよ。これで、ハイデンはアグウストに対して有利なコネを得たんだ」
今回の事件解決に協力したとして、カグラたちには後日ちゃんとした礼状と、ハイデンとの友好を望むという書状を貰うこととなった。
手伝いをどれだけしたかではない。その場にいたことが重要なのだ。
というか、何もしていないというなら、俺もほとんど何もしていない。
まあ、最後は狡い大人が掻っ攫うというやつだ。
「それよりも、今は……」
俺が横に視線を向けると、そこには、久々に再会した、年の離れた親子がそこにいた。
さて、2人はどうなるのかね?
案外、一番の修羅場はこっちなのかもしれない。
はてさて、既に4月も10日が過ぎました。
転職して色々忙しいですが、それでも書き続けることはできるようです。
休憩中に、雑談がなければ、タブレットを開いて執筆。
他の社員さんからは、何かメールでもしてるんですかー? 書類仕事ですか? と的外れな質問。
知らないって凄いなーと思う今日この頃。
まあ、そこはいいとして「アグウスト フール公爵伝説 完」END 長い間ご愛読ありがとうございました。




