第673堀:準備が整う
準備が整う
Side:ポープリ・ランサー ランサー魔術学府 学長
私はいつものように、学長室で書類仕事をしているのではなく、副学長のララと一緒に水晶玉をのぞき込んでいた。
ちなみに、別に私の気が狂って水晶玉をのぞき込んでいるのではなく、これはれっきとした連絡用魔術道具なのだ。
ユキ殿、ウィードから提供してもらったマジックアイテム。
コールなどの連絡用魔術を使った方が連絡しやすいのだが、連絡できるのはあくまでも、ウィードやユキ殿が仲間と認めた人たちだけであって、通常は、遠距離の人たちと連絡を取り合う手段は、直接話に行くか、手紙を届けるぐらいしかない。
だから、この連絡用の魔術道具の価値は計り知れない。お互い対になった水晶玉を持つ必要があるという難点はあるが、すぐに連絡が取れるというのは国を運営する者にとっては、喉から手が出るほど欲しいものであり、これを使い、私はアグウストとの連絡を密にしている。
さらにはこれを学府が開発したということにしてもらい、ランサーとアグウストの力関係は多少こちらが有利という感じになっている。ついでに、竜騎士アマンダという張子の虎もいるので、トータル的にはかなりこちらが有利ではある。
私だけが一方的に恩恵を受けているように感じるが、私はウィードの勢力の一員であり、ユキ殿の部下と言っても間違いではない。この私の立場もユキ殿たちが色々するには役に立つ。なので、その立場をより強固にするために色々支援してくれているのだが、それが今回は役に立った。
今、荒れている、アグウストの情報を得るのに、これ以上に便利な道具はないからだ。
「もしもーし、ふぁいげるお兄ちゃーん。きこえるぅ?」
「ぶっ……」
私の幼女特有の声になぜか吹き出すララ。
「し、失礼しました。しかし、ファイゲル殿を刺激するような話し方はどうかと……」
「そっちの方がいいだろう? 向こうはあのイフ大陸会談以来ピリピリしっぱなしだ」
「あー、まあ。そうですね……」
「特にここ10日ばかりの定期連絡はイニス姫、ファイゲル共にかなり刺々しい。それだけ余裕がないということだ。……つまり、かなりまずいということだよ」
「……戦端が開かれると?」
「さあ、そういうことにはならないと本人たちは言っているが、可能性がないと言う割には、余裕がなさすぎる。そして、ユキ殿や私たちが訪問する前に、開戦となれば……」
「訪問はやめざるを得ないですね」
「ああ、ユキ殿は周りと情報を共有して、他国の同意を得て、横槍が入らないように確実に根回しをしてきたが、それが無駄になってしまう。今回ばかりは、私から無理を言って、アグウスト訪問を最優先にするべきだったのかもしれない」
ユキ殿や師の部下として、なんと気の回らないことか。
足を引っ張るなぞ、愚劣極まる。私も聖剣使いたちのことを悪く言えないな。
「というか、さっさとでろや!! ロリコンファイゲル!!」
『……すまない。学長。老師ではない』
未だに音信不通な水晶玉に怒鳴ると、ようやく返事が返ってくるが、それはファイゲルではなく、イニス姫だった。
「……イニス姫。ファイゲルが出ずに、あなたが出るということは、何かありましたか?」
横にいるララも、険しい顔つきになっている。
噂をすれば影が差すとはいうが、これは、現実になってほしくないと思いつつ聞く。
『何かあったかですか。ええ。ありました。学長。老師は横領罪で捕らえられました』
「捕らえられた? 横領? どういうことでしょうか?」
『……ただの言いがかりです。私の相談役でしかなく、相談料ぐらいしか報奨金は払っていないのですが、与えられた予算を自分の懐に入れたと言われて拘束されました』
……こんな時にか。
いや、落ち着けもっと情報を収集しないと、状況が分からない。
「……連絡は届いているとは思いますが、2日後にはウィード及び、私たちランサー魔術学府、ハイデンの要人が訪問してくるんですよ? いったい、どうなるのでしょうか? 延期ですか?」
『延期はしませんが、迎賓は私たちの手から離れることになってしまいました』
「となると、公爵派が?」
『ええ。私たちの代わりにウィードを迎えると言っています』
「何が目的でしょうか? ウィードを嫌っているのでは? 何か仕掛けてくれば、6大国の要人も一緒にいるのですし、他の大国の不評を買う事にもなりかねませんが?」
『……公爵派の者たちは、今回の訪問に際して、ウィードに対して優位を築き、6大国、イフ大陸連合の主導権を奪うつもりです』
はぁ?
何か、意味不明な言葉が出てきたな。
「……何をどうやって、ウィードに対して優位を築くおつもりでしょうか? そして、それがなぜ、イフ大陸連合の主導権を握ることにつながるのでしょうか?」
『……本人たちは、ウィードを脅しつけて、アグウストを優遇することを約束、調印させて、それができない5大国に対し、自分こそがイフ大陸連合の主導権を握るにふさわしい、つまり代表にふさわしいというつもりです』
「……脅すって。そんなのことができるぐらいなら、他の大国がすでにやっているでしょう。それに、ウィードにそのような態度を取れば、ロガリ連合に喧嘩を売ることになりかねませんが? というか、馬鹿ですか?」
馬鹿以外に表現しようがない。
というか、ロガリ大陸、イフ大陸連合がぶつかる前に、ユキ殿に手を上げた時点で、奥様方がアグウストを殲滅する。
無論、私たちも協力するし、イフ大陸連合の5大国は、これ幸いとアグウストを潰しにかかるぞ?
それが、分かっていないのか?
『馬鹿というのは学長に心から同意ですが、傭兵団としての彼らしかしらず、国の大きさだけでいえば小国というのが、公爵派が馬鹿な行為に走った原因だと思われます』
……どういう情報収集能力をしている。
公爵派はバカの集まりか? いや、馬鹿と言っているな。
「しかし、それを分かっていて相手をさせることで、どうなるかはよくお判りでしょう? 今後のアグウストの立場は悪くなるだけですが? どうにかして、抑えられないのでしょうか? アグウスト王は今回のことについてはどうお考えなのでしょうか?」
『……陛下は、最近の国内外の対応の結果、周りからの支持が低く、今回のファイゲル拘束や、ウィードや他国の来客に関して口が挟めなくなっています。王とはいえ、部下がいなければ何もできないのです』
「……ウィードやアマンダの実力が分からないことが問題だったということですか」
『今の結果を見ればそうですね。あの時は、無用な貸し借りを避けるためにと最小の協力が最適だと思っていたのですが、それが、公爵派をのさばらせる原因になりました』
つまり、現王家からは何も支援は期待できないと。
「王は動けず、イニス姫も動けない。代わりに公爵派が出てくると……。もう、穏便には収まりませんよ? それでいいのですか?」
『……致し方ありません。こうなったのは、私たち王家の権威失墜が一番の原因です。この件に関して、この場において、私からお願いがございます。ランサー魔術学府、ウィードは私たちと現王家派を支持して、公爵派への圧力をお願いしたいのです』
「……そのお願いは、アグウスト王も承知ですか? 独断でしょうか? その支持をするメリットは?」
『この件については、陛下も承知の上です。支持するメリットとしては、公爵派を抑えることができれば、今回の訪問目的である、外務省?の設立協力を惜しまないとのことです』
「……はぁ。他の5大国はすでに設立協力を申し出ています。それだけではメリットになりませんね。協力を惜しまないとは言ってくれましたが、これはイフ大陸連合、ロガリ大陸連合、そして新大陸の国からなる共同作業であり、どこかの特定の国だけに負担、協力を求めるのは、今後の交流において不和の元です。平等に協力してもらうことになるでしょう」
『そ、そこまで、話が進んでいるのですか』
「ええ。アグウストの内紛はすでに各国に知れ渡っています。というか、それすらわかっていないということは、かなり荒れているのですね。他国の情報も集められないほどに」
『……申し訳ない。しかし、どうにかなりませんか。他のメリットの提示となると、一度陛下と話し合わなければいけませんし……』
イニス姫の声には力がない。
困り果てているという様子だ。
まあ、それもそうか。他国を動かすための、対価などそう簡単に提示できるわけもない。
ましてや、ただの姫がそんなことを簡単に決めていいわけがない。
さて、なにをどうすればよいのやらと考えていると、この会談を横で聞いていたユキ殿が出てきて……。
「メリットで困っているなら、簡単なのがある」
『は? 今のはユキ殿……ではなくユキ様か?」
「おう。すでに、ランサー魔術学府にいるんだよ。一緒に行こうってな。そっちの問題はわかっているから」
『そ、そうですか。で、その簡単な条件というのは?』
「そりゃ、本当に簡単だ。そちらに、俺たちと敵対する意思がないのであれば、先ほど言った外務省設立に全面的に協力すると言えばいい」
『は?』
イニス姫は驚いた声を上げる。
理解していないようだ。
『な、なぜでしょうか? 先ほど言った条件と変わりないのですが……』
「ああ、それは、様子を見るためだな。本当に協力する気があるのかを見極めたんだよ」
『し、しかし、それではメリットに……』
「なるんだよ。ここで、アグウストが反対すると大陸間交流が流れてしまう恐れがある。それを5大国は恐れている。かといって、5大国でアグウストを制圧しようにも、大陸間交流に反対というだけでは攻める理由には足らないし、アグウストの管理を今後どうするかという問題も出てくる。となると、答えはおのずとわかるだろう?」
『……私たちが自力で何とかするのですか? しかし、そんな余力はないのです』
「……ファイゲルの爺さんがいないと、頭の回りがいまいちだな。簡潔に言った方がいいか。現王家派か公爵派か、俺たちはどちらかと手を結んで、アグウストの問題を解決したほうが早いと思っている。ここまではわかるな?」
『はい』
「となると、この二択を選ぶ時の判断は、5大国の意に沿うほうの支援をするだろう。つまり、下手に条件を付けたり、難癖をつけたりする相手の支持はしないということだ」
『ああ!! なるほど!! 私がこの場で無条件での外務省設立や大陸間交流の協力を申し出ることが、メリットとなるのですね!!』
そう。色々難癖をつけてくる公爵派より、素直に協力をしてくれるという現王家派を支持したほうが、5大国や私たち、そしてウィード、ロガリ連合、新大陸の国々からすれば、旨味があるのだ。
「まあ、公爵派が、無条件で良いと言い出せばどうなるか分からないけどな」
『それはありえません。あいつらは、ユキ様たちを侮っている。ああ、それが、私たちと協力をする理由になるのですね』
「そうだ。アグウスト公爵派が交渉の席で無体を働けば、それを理由に現王家派の支持を宣言して、公爵派を敵とみなせるわけだ。これで、アグウスト全部を敵に回すことなく、現体制を維持しつつ、イフ大陸連合は、ウィードの外交官相手に無体を働き、大陸間交流の邪魔をし、アグウストはもちろん、5大国の国益を損なう、犯罪組織の排除を手伝うことができるということだ」
『だから、わざわざウィードやランサー魔術学府、そして新大陸の国の方々とくるといったのですね? 公爵派が暴発するように』
「ああ。当日は、何か問題が起こればすぐに制圧できる兵力を集めてほしいんだが、どうだ?」
『……王城の半数は公爵派になっており、私たちが踏み込めるかは微妙ですね』
「ふむ。なら、こういうのはどうだろう……」
こうして、ユキ殿はイニス姫との打ち合わせをして、アグウストへの交渉準備を進めるのであった。
さて、公爵派の連中はイニス姫が言ったように無謀な行動をとるのか。見ものだね。
裏からの根回しも完了。
あとは、殴りこむだけだ。
あ、いやいや、ただの訪問ですよ?
そこは間違ってはいけない。




