第662堀:根回し
根回し
Side:ユキ
「おーい。カグラたちいるかー?」
俺はそう言って、ハイデン大使館へと訪れていた。
門の警備の人には話は通っているようで、すんなり中に入れたのだが、迎えがない。
まあ、それも当然、ハイデン大使館の方は今の所、勤めているのはカグラ、ミコス、ソロの三人しかいない。
一応、大使館管理のメイドたちは居るが、ハイデンからの人員ではなく、ウィードから派遣した人員だ。一時的な管理する人として雇ったのだ。
つまり、ハイデンの部下ではなく、ウィードの部下になるので、俺が入って行くとすぐに頭を下げて挨拶をする。
「お疲れさん。新しい職場はどうだ?」
「お気遣いいただきありがとうございます。良き職場だと思っております。それでユキ様。カグラ様たちは、今は執務室の方です。エリス様やミリー様にウィードで必要な書類などの説明を受けているようです」
「ああ、聞いている」
あの2人が教えるならしっかりしているだろうさ。
しかし、結構みっちりやってるんだな。
「ユキ様がご訪問することは伺っておりますが、何分、連絡が来てからわずか10分もなかったので、用意が間に合いませんでした。ご容赦ください」
「ああ、そこは気にしないでくれ。こっちにも落ち度がある。いつものひょいひょい気分だった」
「ユキ様のその気安さは美点だとは思います。ですが、……セラリア様、奥様達のご心配もわかってあげてくださいね。ユキ様はウィードの王配なのですから」
「わかってるって」
ちくしょう。
どいつもこいつも、俺にお小言が多いな。
後ろのリーアとクリーナもうんうん頷くな。
とまあ、そんな話をしながら、執務室にたどり着くと……。
「「「……」」」
書類の山の中に突っ伏す女性が3人。
勿論、カグラ、ミコス、ソロだ。
その横に、エリス、ミリー、ラッツがのんびりお茶を飲みながら座っていた。
「ユキさん。よくおいでくださいました」
「リーアにクリーナもいらっしゃい」
「今、お茶を入れますねー」
そういって、ラッツがお茶を入れ始める。
俺たちはその間に応接用のソファーに座る。
ちなみに、その間にカグラたちの反応はない。
「……随分、お疲れの様子だな」
「仕方がありません。ウィードの外交書類の書き方など知りませんでしたから」
「それを、ここ1週間でぶち込むって感じですから」
「はい、お茶です。最初はエリスとミリーで教えていたんですけど、交易関連は私の担当ですからね。呼び出されたんですよー」
なるほどなー、と思い。
そして、やっぱり、外交関連の統一機関や統一ルールが必要だなと思った。
確かに国々で文化は違うので、覚えなければいけないことはあるだろうが、書類の大きさ、書き方、種類などは統一した方が今のカグラたちや、エリスたちのような苦労を減らし、仕事をスムーズにするために必要なことだろう。
と、そんなことを俺が考えていると、エリスがカグラを揺り起こしていた。
「カグラさん。起きてください」
「あ、はい。……すみません。エリスさん」
「いえいえ。今まで頑張ってきていましたから、気にしないでください。それよりも、ユキさんが来ていますよ?」
「ふぇっ!? ユ、ユキ!? い、いったい、いつの間に!?」
「たった今きた」
しかし、エリスやミリーとカグラたちの間には穏やかな空気が流れていて、いじめを少しでも想像していた俺は、エリスとミリーに対する認識を改める。
まあ、俺とカグラが既に和解しているんだし、そこを引きずるような嫁さんたちじゃないよな。
もっと、信頼してやらないと。自慢の嫁さんなんだから。
俺がそんなことを考えているうちに、ミコスとソロもミリーとラッツに起こされて復帰した。
「色々大変そうだな」
「……そ、そうでもないわ。これぐらいできないと」
俺がねぎらうと、カグラは強がりを言う。
いや、強がりを言って当然か。
指導してくれる嫁さんたちは当然のようにこなしているのに、自分はできないとは言えないだろう。ハイデンの面子にもかかわるしな。
「で、何かあったのかしら? お恥ずかしながら、まだ、見ての通り大使館は機能していないわ。エリスさんたちに色々手続きの仕方とか教わっているところなのよ」
「ああ、何かあったというより、俺が起こしたってところか?」
「はい? どういうこと、よくわからないんだけど?」
「ま、簡単に言えば。ほれ。キャリー姫からのお手紙」
俺は説明するのが面倒なので、単刀直入に手紙を渡す。
「はぁ? なんでユキがわざわざ姫様からお手紙を? ソロを通してじゃなくて?」
「ま、用事があってな。その時ついでにってやつだ」
「ふーん。ごめん。ちょっと目を通すわよ?」
「おう、かまわない。目を通してくれないと俺が困る」
その用事っていうのは、ソウタさん、外務省の件だけどな。
人を挟むと時間がかかるのは目に見えていたから、直接話にいったわけだ。
で、そのお手紙を読んでいるカグラはどんどん顔が険しくなって、目が見開かれていき、最後には俺をにらみつけてきた。
「……ソウタ様たちがユキにとられたーって書いてあるんだけど?」
「取られたとは心外だな。本人たちが望んでのことと書いてあるはずだが」
「……ついでに、外務省なるモノのトップに就くとか」
「間違いじゃないな。それだけの実力があると思っている」
「……さらに、私たちにその外務省設立の手伝いをして、ノウハウをハイデンに持って帰れってあるけど?」
「外交の統一ルールを作ろうって話だからな。カグラたちがその統一ルールを知っていれば、ハイデンは今度ロガリ大陸やイフ大陸との外交の時に楽ができるだろう? そしてそのルール制定に関われるってことは名誉なことだし、ハイデンも楽な方法を導入できるいい機会だろう?」
そう。この場にきたのは、カグラたちにこれからロガリ大陸、イフ大陸で作る予定である外務省のルール制定に関わらせるためだ。
ロガリもイフも新大陸であるカグラたちの事は知りたいだろうし、新大陸との外交窓口をつくるには外務省があれば楽にできるという、いいパフォーマンスにもなるのだ。
ちなみに、キャリー姫の方も、このどの国でも通用する外務省の設立に、ソウタさんやエノルさんを協力させるという名誉に、涙を流しながら、喜んで賛同してくれた。
決して、無理やりに奪ったわけではない。今まで迷惑を掛けられた分の債務の取り立てでもない。
二度いうが、彼女は泣いて喜んで協力してくれたのだ。
「……」
「……」
俺とカグラの間に一瞬沈黙が走るが……。
「むっきゃー!? ふっざけるんじゃないわよ!! ユキも、姫様も!! 私たちに外務省設立を手伝う余力なんてあるわけないじゃない!!」
壊れた。
カグラが壊れた。
今まで、吐くまで頑張っていたのに、なぜか今回はぷりぷり怒っていた。
てっきり、ため息つきつつもすぐに手伝ってくれると思ったんだが。
しかも、別に同時進行しろという話ではない。
外務省の設立をするとなると、外交官のルールも変わってしまうので、先に外務省を作ってから外交官の仕事じゃないと、ルール改訂で余計な手間がかかる。
なので、しばらくカグラたちは外務省設立の手伝いだけになるのだ。
ということで、カグラの怒る意味がよく分からないでいると、またもやエリスがカグラを落ち着けていた。
「カグラさん。落ち着いて」
「で、でも……。これが終われば……」
「別に機を逃したわけじゃないです。実績を重ねて、拒否させない状況を作れると思えばいいんです」
「な、なるほど」
機を逃す? 拒否させない?
何か、交渉事でもあったのか?
まあ、女性同士の相談事だし、アレだろう、ポープリのケーキとかそういう感じの交渉だろうな。
深く聞くと藪蛇なのは目に見えている。
まあ、休みを奪ったというのは変わりないし、それとなくフォローしておくか。
ああ、そうか。これが終われば……の後に続くのは休みが欲しいってことか。
そりゃ怒るわな。
「大丈夫だ、カグラ。ちゃんと休みに出てもらった分や、大きい仕事を手伝ってもらうんだ。それ相応の代休や補填はさせてもらうから」
「ほら、ユキさんもこう言っていますし」
「……エリスさんがそう言うなら。いいわ。手伝う」
ふむ。なぜか、エリスとの仲は良好のようだ。
まあ、同じ書類苦労をする身だから共感する部分でもあったのだろう。
さて、同意も得られたし、エリスたちもついでに誘うか。
「エリス、ミリー、ラッツにも後で連絡が来ると思うが、外交の統一ルール制定のために、新たなる部署として外務省の設立を行うことになった。その関係での話し合いが近々あるから心しておいてくれ」
「「「はい」」」
3人は特に動揺することなく返事してくれる。
ここら辺はカグラとは違う、嫁さんと通じ合っているという感じだよな。
話したいことは終わったので立ち去ろうとすると、カグラが首を傾げて……。
「あれ? 今すぐじゃないの?」
ああ、今まで話したら即座に行動って感じだったからな。
「今回はそうもいかない。俺はこの後、事前調整とかでイフ大陸の面々ともこの外務省の案件を含めて話さないといけない。本格的なルール制定の話し合いはまだ先だ」
「あ、そうなんだ」
「まあ、前準備でエリスたちはもちろん、カグラたちも色々やることはあると思うから、楽ではないと思うぞ?」
「わかったわ。覚悟しておく」
そんなカグラの返事を聞いて俺たちは大使館から出て行く。
「さて、これでハイデンの方が仲間外れってことはなくなったな」
「色々気を遣わないといけないって大変ですね。外交って」
「ん。とくにハイデンはロガリやイフに比べてかなり交流が遅れているところもある。そこらへんで、足元を見られた交渉をされると、大陸間交流自体に問題がでる。だから、最初期から関わらせることにした。公平、対等な立場の一国として。それがユキの狙い。違う?」
「その通り。というか、イフ大陸の連中には、新大陸との交流、交易を優先してもいいって言ってるからな。その新大陸のカグラが顔を出せば、さらに焦るだろうさ」
「あー、なるほど。イフ大陸のゴタゴタも考えてですか」
「……ん。だから、そういう意味も理解していたからこそ、キャリー姫は賛同するしかなかった。ソウタ爺がウィードの外務省のトップに就くことも含めて」
いい人材を手放すのは痛いが、国益につながるからキャリー姫は賛同したのだ。
借りを返すのではなく、賛同でな。
ある意味、またウィードに借りができてしまったとも思えるだろう。
「さて、これから俺たちは、一旦、ノーブルと話し合う。外務省の件と、……アグウストの方の情報もある程度集まっているだろう」
「あ、そうか。クリーナ。大丈夫?」
リーアが心配そうにクリーナに聞く。
「……ん。別にアグウストがどうなろうと知ったことではない。私はユキについていく。それだけ」
「「……」」
クリーナの淡々とした反応に俺とリーアは顔を見合わせる。
聖剣使いの関係でアグウストに危機が迫った時は、助けてくれと懇願していたクリーナがアグウストの件でここまで反応しないとは、余程約束を反故にされたことが頭に来ているらしい。
「イニス姫が悪いってわけじゃないのはわかっているんだろう?」
「……ん。それはわかっている。だけど、今回は聖剣使いたちや他国による問題で起こったことじゃない。私のユキを信じられなくて、自国内で起こっていること。私はそんな恥ずかしいことでアグウストを助けてほしくない。きっと、イニス姫だって同じ。恥の上塗りでしかない」
まあなー。
傍から見れば、身内の喧嘩だからな。
他所の人から仲裁ってのはなかなか……。
クリーナにとっては、実家の問題に俺たちを巻き込みたくないってのが強いんだろう。
「……ま、とにかく、ノーブルと会うぞ。ジェシカやサマンサと合流してベータンに向かう」
「はい」
「ん。了解」
さて、外務省の設立でアグウストの問題に参入できるといいんだが……。
勝手に引き抜くわけにもいかないから、ちゃんと向こうの上司に話を通しておくという社会人には必要なことであります。
まあ、キャリー姫からみれば「今までの迷惑料に、ソウタさんたちもらっていくわ」とも取れるし「ソウタさんの扱いに困るだろうから、こっちで預かっておくね」というハイデンの借りにも見えるわけです。
結果、涙を流して承諾するしかないというわけ。
カグラばかりにつらくあたっていたりはしていない。
むしろ、キャリー姫が一番つらい状態だったりと。




