第658堀:アラタナル タタカイ ハジマル
アラタナル タタカイ ハジマル
Side:エリス
「では、こちらに」
「「ひゃ、ひゃい!!」」
「はい」
そういって、私たちについてくるのは、私たちの夫を攫ってくれやがった小娘……ではなく、ハイデンからの外交官であるカグラさんに、補佐のミコスさん、ソロさんです。
一応、私はキャリー姫様が謁見したときに一度会っているのですが、まともに挨拶をするのは今回が初めて。
ミリーも召喚で攫われたときに、チラッと顔を合わせただけで、そのあとは妊娠に出産などあり、新大陸では活躍することはなかった。
ということで、私とミリーは今回の会議、会談のあとカグラさんたちとお話をするために行きつけの喫茶店に連れてきたのだ。
正直な話、庁舎の一角をと思ったのだけれど、トーリたちに止められた。
なぜか、私とミリーがカグラさんたちに危害を加えると思ったらしい。
……そんなことしないのに。
そう、そんなことしない!!
私たち以外は既にカグラさんたちと面談をして和解を済ませているので、私たちも和解をしたいのだ。
不仲なのをユキさんに知られて気を遣われたくはないというか、気苦労を掛けたくない!!
全てはユキさんや親友たち、娘たちの為!!
……だから、カグラさんたちとお話をして、危険がちょっとでもあるようなら処分するだけ。
ほら、何も問題ないでしょう? と、トーリたちに言ったら絶対に一緒に行くと言われたのだ。
全く、心配性よね。
まあ、そこはいいとして、喫茶店に連れてきたカグラさんたちは奥の方の席に座らせて、私たちがお店の入り口側にすわる。
トーリたちは、隣のテーブルと椅子を持ってきて合体させている。
喫茶店はこういう席の融通が利くからいいわよね。
あと、お茶の用意をしなくてもいいのがいいわ。
「さて、改めて挨拶をするわね。私は、ユキさんの奥さんの1人でエリスというの。よろしくね」
「同じく、ユキさんの妻でミリー。よろしくね」
「は、はい。私はカグラ・カミシロといいましゅ」
「お、同じくミコス・ジャーナと申します」
「え、えーっと、平民のソロといいます」
3人は緊張しながらも、ちゃんと挨拶は返す。
うん。まあこれはできて当然よね。
そんなことを思っていると、リエルたちが苦笑い気味に口を開く。
「はいはい。2人とも、笑顔ね。笑顔。今の2人は目が笑ってないから。それで口だけスマイルって逆に怖いから」
「……そんなんだから、カグラたちとあなたたちだけで会わせられない」
「まあ、気持ちはわかるけど。もうカグラたちはユキさんにとっても、ウィードにとっても必要な人たちだからね。そこは理解してほしいかな?」
「無論、理解しているわよ」
「そうそう。大丈夫。大丈夫よ」
私たちだって、カグラさんたちが今まで何をしてきたかは報告から知っている。
ちゃんと自分の行いを反省して、リエルたちにも謝っているのは知っているし、吐くまでユキさんのサポートをつづけたことも。
まあ、軽い冗談というやつよ。
でも、やっぱりというか、ユキさんが使うと決めた人だけあってしっかりと逃げずに、震えながらも私たちと向き合ってくれるから、文句はいえないじゃない。
……まったく、ユキさんは本当にこういう人みつけるのが上手いわね。
そんな感想を抱いていると、おびえているだけと思っていたカグラさんの方から口を開いてきた。
「あ、あの、エリス様、ミリー様、この度はユキ様たちの召喚、もとい誘拐に対する謝罪が遅れまして大変申し訳ありませんでした。ここに深くお詫び申し上げます」
そういって、ミコスさんやソロさんも一緒に頭を下げる。
それと同時に注文した紅茶が来たのだが……。
「なに、エリス? また、後輩にお説教? 休みの時間ぐらい休ませてあげなさいよ」
ウェイトレスのラーリィがそういって紅茶を置く。
ラーリィはウィード冒険者ギルド専属の冒険者だったはずだけど?
私のそんな疑問を代わりにミリーが聞いてくれる。
「違うわよ。というか、なんでラーリィがここでウェイトレスやってんのよ?」
「あれ? 知らなかったの? リエルたちは知ってるわよね?」
「知ってるよ。オーヴィクとの子供ができて、引退した時のことを考えてお店でもってことで、働いているんだよね?」
「そうそう。まあ、ウィードで働いている限り、オーヴィクや私が仕事中に死ぬとか大けがするとは思えないけどね。保険というか、私がお店をやってみたいって、ミリーやエリスには言ったことあったでしょう?」
「そういえば、あったわね。お金は……もう十分よね」
「税金関連のことも聞かれたわね」
「ぬふふ。私のオーヴィクもユキさんに負けないくらい優しいからね。他の奥さんの賛同も得ているし、まずは腕っぷしの強い私が体験してるってわけ。ま、ラッツが素人がお店とかに手を出すとすぐ潰れるって言ってたから、ラッツにも色々教えてもらってるんだけどね」
なるほど。
夫や妻たちで切り盛りするお店か。
いいわね。
あ、喫茶店とかおしゃれなので。
屋台のラーメン屋はどうも豚骨臭くて……美味しいのだけれどね。
「ラーリィの夢がかなうと良いわね」
「そうねー。その時はお茶でも飲みにいくわ」
そう返事をすると、他のお客さんから呼ばれて、ラーリィは私たちの席から離れようとして……。
「ありがとう。と、そこの3人。普通に話せばこの人たちはいい人だから。落ち着いてね。じゃねー」
カグラさんたちにフォローを入れてそのまま仕事に戻っていった。
「えーっと、あの人は?」
「ああ、ラーリィって言ってね。ウィードの冒険者ギルドで一番腕利きの冒険者チームの1人だよ」
カグラさんの質問にリエルが答えるとミコスさんが驚きを露わにする。
「ええ!? あんな若くてきれいな人がですか!? 冒険者ってあのゾンビとかを退治する仕事ですよね」
「ゾンビだけじゃないけどね。まあ、概ね合っているわ」
ミリーは少し困りながら返事をする。
確か報告ではミコスさんたちは教会の作戦行動に同伴するために、ゾンビになれる訓練をしたとかあったわね。
それで、ゾンビが出てくるわけね。
……ユキさんの教育方法はどうなんでしょうと少し考えてしまった。
って、違う違う。
危うく、ラーリィの思惑通り、のんびりしたお茶会になるところだった。
まずはちゃんと私たちにも謝ってきたことに対して返事をしないと、まともな受け答えもできない奥さんだと思われてしまう。
「コホン。ちょっと雑談を挟みましたが、カグラさんたちの謝罪は受け入れましょう」
「あ、うん。そうね。ちゃんと私たちにも謝ってくれたし、根に持つようなことはないわ」
私が返事をすると、ミリーも気が付いたようですぐに後に続く。
ここで許さないとかいうと、またラーリィが乱入してきそうだし、他のお客さんの目もある。
ちっ、狙ったわね。
「ありがとうございます。そこで、あの、失礼ではありますが、ミリー様にお聞きしたいことがあるのですが……」
私がそんなことを考えていると、カグラさんの方からミリーの方へ質問していいかと聞いてきた。
「え? 私に? なにかしら?」
ウィードの財政を管理する私じゃなくてミリーに? という疑問はあったけど、断る理由もないので、ミリーはOKする。
「自ら、召喚しておいてなんですが、ユキ様からミリー様が無事にご出産したという話をききまして、私としてはちゃんと、生まれたお子様はお元気なのかと確認したく思いまして……」
「ああ、なるほど。カグラさんって生真面目なのね。あの時はハイデンから贈り物が沢山届いたのに。大丈夫。娘のユミは今も元気よ」
「そうですか、よかった……」
ミリーの話を聞いてほっとするカグラさん。
やはりというか、報告書通り、本当に善人なのだろう。
些か、外交官には不向きのようには見えるけど、おそらく今までの交流関係から選ばれたのでしょうね。
しかも、ユキさんと同じ日本人の血を引いている。
なんだ。ユキさんが選んで当然の人じゃない。
そう思うと、ようやく、頭だけでなく心が納得した気がして、怒りが霧散していった。
「よかったら、今度子供たちを見に来る?」
「「「えっ?」」」
私が言った言葉に意外そうな顔をしたのは、カグラさんたちだけでなく、ミリーやリエルたちも含まれていた。
「ユキさんが駄目って言うとはおもえないけど? ミリーはダメかしら?」
「あ、いや。いいと思うけど……」
「いきなり怒気が飛んだけど、どうしたの?」
トーリに指摘されて、私が急に態度を軟化させたということに気が付いた。
「別に難しいことじゃないわよ。直接話を聞いて、敵じゃないって確認できて安心したってこと」
「ああ。なるほどね。……そうね。リエルたちからも聞いていた通り、苦労するタイプみたいね」
普通、自分が倒れるまで頑張ろうとは思わない。
逆にそれが迷惑をかける一因になるのだってわかっているはずだ。
だが、それでもカグラさんは頑張った。
召喚して戦争、国の争いに巻き込んだ責任をちゃんと果たそうとしたのだ。
自分の身分と立場でできる限りのこととして、ユキさんの側でよく働くという行動で。
この子は、昔の私たちだ。
立場や状況は違うが、必死になってユキさんの側で頑張ってきた。
ユキさんの異質な立ち回りに恐怖も感じたことがあることだろう。
私だってそうだった。
もう、これ以上問答は必要ないわね。
「これからよろしくね。カグラさん、ミコスさん、ソロさん。両国の為に頑張っていきましょう」
「何か問題があれば相談にのるわよ」
「「「ありがとうございます」」」
和解が済めば、次はちゃんと仕事をしないと。
私たちは喫茶店を出て、前々から用意していたハイデン大使館へと案内する。
「凄いですね」
「ここが、ハイデンの大使館ですか」
「立派です」
カグラさんたちの反応を見ると、特に文化的な問題のある作りではなかったようだ。よかった。
今まで色々あって、用意できてなかったが、学院での諸国会議、会談があるということから急遽用意して、つい先日出来たの。これで作り直しとか、またDPの無駄遣いだしね。
ちなみに、今までのカグラさんたちはただウィードに観光に来た一般客のような感じで、こうした大使館はなかったの。
一応、他国用の会議室などは貸し出していたけど、まだ正式にはハイデン自体の存在が認められていないし、色々あったので、間際まで準備をしていなかった。
まあ、それもこれまで。
「じゃ、あとは正式な国交を開いて、条約を結ぶ必要があるから、必要書類とか色々あるけど、頑張ってね。書類は回すから」
「「「は?」」」
なぜか、カグラさんたちの目が点となる。
なんでそんなに驚いているのだろうか?
「え、えーと、一体どういうことをすればいいのでしょうか……」
「そ、その、外交官の仕事は、初めてでして……」
「お、お姫様との話の仲介役が仕事ではないのでしょうか?」
「「「ああ……」」」
学生。という単語が頭に浮かんだ。
というか、ここまでしっかりした外交をやっているのは、この世界では大きい国だけだろう。
ユキさんたちがいた地球の国家と比べるだけ無駄よね。
ハイデンも外交をちゃんとしていないわけじゃないだろうけど、私たちがいるウィードの外交の基準から比べるとただの挨拶程度よね。
……なるほど。そういうことも含めてユキさんが色々気を遣っていたわけね。
学生が外交官なんて無茶であると。
クリーナやサマンサは外交官としてのお仕事は部下の外交官にほぼ丸投げで挨拶と書類確認程度の仕事が主、というかイフ大陸との国交はまともに機能していないからね。
更にクリーナとサマンサはユキさんに対しての直接交渉役としての意味合いが強い。
だけど、カグラたちは違う。
真面目に外交官をやれと言われてきているのだ。
まあ、とは言っても外交官の仕事というのは多岐にわたるから3人だけで務まるものではない。
向こうは挨拶と連絡、あとは少しの輸出入ができればいいじゃないか。という考えかもしれない。
そこの考え方の違いも確認しないと不味いか。異文化交流という苦労がわかっていないかもしれない。
つまり私は、カグラさんたちにこれらの説明をすることを引き受けてしまった?
ううっ。ユキさんの作戦?
し、仕方ないわ。
やってやろうじゃない!!
「ミリー、トーリ、リエル、カヤ、付き合いなさい」
「「「え!?」」」
そっと私から離れようとしていた裏切り者たち。
「カグラさんたち。抱きついて止めなさい!!」
「は、はぁ?」
とりあえず、カグラさんたちに腕を取られて逃亡失敗した裏切り者共をつれて、ハイデン大使館の前にハイデンの外交に対する認識を聞き出すところから始まった。
ふふふふふ……。本当に仕事は減らないわね。
外交 この外交自体は遥か昔からありますが、ちゃんしたルールが制定されたのは結構最近だったり?
ま、あとの物語で詳しく出てきますので、それまでちょっと自分で外交、外交官、外務省の歴史を調べると、すんなり納得できると思います。
こんな感じで、カグラたちは外交官としての一歩を。
エリスたちは、大陸間交流に関しての新たなる問題へと向かっていくのでした。
つまり、まだまだ忙しい。




