第647堀:互いの誤算
互いの誤算
Side:エノル・ハイレン・カミシロ 初代ハイレ教大司教兼カミシロ公爵夫人
ふと夜空を見上げる。
そこには、見慣れた綺麗な星空が広がっていた。
「エノル様、どうかいたしましたか?」
「ん? ああ、アージュ様かい。ただ星空を見ていただけだよ」
「様はいりません。私は今やただの屍人形ですから」
「それは私も一緒だよ。いや、私は老いぼれだし、若いアージュの方がマシかな? いや、それとも残念なのかな?」
「どうでしょう。若くして命を落としたことは残念ですが、こうして、御高名な皆さまと同道できることは、私にとって名誉なことでしょう。しかし、星空ですか……」
アージュはそう言って、私と同じように星空を眺める。
「私にとっては、あれから10年ですが、何も変わりませんね」
「500年経った私から見ても、星空は何も変わってないね。色々変わってしまったけれど、変わってないモノも多くある」
そう。変わってないモノもあれば、変わってしまったものもある。
この目の前の少女、アージュはこれから、実の姉や友と10年ぶりに顔を会わせることになるが、それは良いことなのか、悪いことなのか正直わからないでいる。
成長した姉に友、それに対し変わらない死者の自分を見てどう思うのだろうか?
やはり、彼女は連れて行くべきではないのでは? と考えてしまう。
というか、こんな彼女を殺して、先兵にしようという狂王は絶対に許さない。
最初は、別にこの時代の事は、この時代の者たちになどと思っていたが、彼女をみて禍根は絶たねばと強く思った。
元はといえば、狂王を倒したと油断していた私たちの責任でもあるからな。
そんなことを思っていると、また1人、夜空を眺めに死人がやってきた。
「どこにいったかと思えば、こんなところにいたのか。それに、お嬢ちゃんも一緒か」
私の夫だ。
いつでもどこでも役割は変わらず、即席の死者部隊の指揮官に収まっている。
色々仕事を終わらせて、私たちを探しに来たのだろう。
「死体と一緒だと気が滅入るからね。綺麗なモノでも一緒に眺めていたのさ」
「あ、いえ、ソウタ様。そのような……」
「死体ってお前も同じだろうが。あ、お嬢ちゃんは気にしなくていいぞ。エノルの口が悪いのは昔からだからな」
「は、はぁ……」
そういいつつ、夫も私の横に腰を落とし、星空を眺める。
「しかし、遺体をハイレ教に安置という案。良かったのか悪かったのか正直わからんな」
「こうして利用されたことは不味かったが、私たちがいなければ、どうなったかわからないからね。ま、死者たち全員にハイレンの呼びかけはあったみたいだし、そこまで心配はいらなかっただろうけど」
こうやって、再び大地を、この世界を夫と歩ける幸福は喜ぶべきことではあるが、その理由がな、アレだしな。
「い、いえっ。ソウタ様、エノル様がいなければ、みんな一つにまとまろうと思わなかったはずです」
「ふむ。お嬢ちゃんがそういうなら、良かったと思おう」
「そうじゃな。せめてアージュの期待に応えられるだけの頑張りはみせないとな」
「また、そういうプレッシャーをな」
「はは、お前はいつもそういう役回りさ。なあ、賢者様」
「はい!! 賢者と名高いソウタ様の御采配、ぜひとも見てみたいです!!」
「……まったく、お前といい、ハイレンといい……」
ははは、子供にこういわれては拒絶できんだろう。
好々爺だったからな。お前は。
しかし、不意に顔を難しくゆがめる。
「だが、遺髪を遺体の代わりに埋めたカミシロ地下の神社の墓だが、そこの分霊としての俺と会うことになる可能性があるのが心配だな」
「ついでに、学院もだな。面白半分で写し魂を残していただろう。この世には下手すると、ソウタが3人いるわけだ。この場合どれが本体になるんだ?」
色々心配して、ソウタが仕掛けていたのだが、まさか、遺体が復活するとは思っていなかったからな。
ついでに、分霊とか写し魂とか、わけわからんものが成功するとも思っていなかったのだが、こうして、自分が復活している以上、可能性はあるだろう。
恐るべし、地球は日本の神職。
「さあ、そういう話は聞いたような聞かなかったような。生霊でもないしな。まあ、正直な話。エノルの写し魂を残しておけばよかったと思っている」
「どうしてまた?」
「だって、お前しわくちゃの婆さんだろう? 若い頃の姿をしたのがいればなー」
「よし。そこになおれ、クソ爺。自分もしわくちゃの爺の癖によく言った。先にあの世に送ってやる」
「ふぇっ!?」
真面目な話かと思えば、私を貶しに来やがった。
確かに、お前が逝って50年ほどは生きたさ。
だがな、それでもなまったわけでもないぞ。
いや、肉体的には衰えたが、魔力は増えておるからそっちで補える。
一発殴ってそれを教えてやろうと思って、殴りかかるとスカッと空を切る。
「ちっ!? 幻影か!!」
「落ち着け。そういう意味で言ったわけじゃない」
「じゃあ、どういう意味でいったんじゃ」
「私たちは年寄りだという意味だ。若い私たちがいれば、それらに任せた方が今後の展開は楽だろう?」
「む。なるほど、そういう意味か」
「あ、あのっ。エノル様、ソウタ様、落ち着いて!?」
「「ああ、すまんすまん」」
「「この年寄りが早とちりしただけだ」」
「「ああ!?」」
「あのー!? おちついてください!?」
とまあ、そんなことがあって今後の事を話し合うことになった。
「まず、私たちが総本山に巣食う狂王連中を倒すのはいい。だが、その後の展開を考えるとこんな老体が旗印というのは不味いじゃろうという話だ」
「それに、私たちは既に死んだ身であり、各国王家の祖先や英雄だった者ばかりです。下手をすれば、国を割る騒ぎになりかねません」
「確かに……」
今代に変わり、英雄様にという奴は必ず出てくるだろう。
「確かにじゃない。エノル、お前に至っては、ハイレ教の初代大司教だぞ? 下手をしなくても、教会のトップに返り咲きだ」
「ですね。エノル様は正真正銘の初代大司教様ですから。この事件を治めるために懇願されかねないです。しかし、そうなると、死者だからと反発するものや、不審に思う国々も多々あるでしょう」
「そんなのはお断りだ。というか、子孫の連中もいることだし、そいつらを実働にすればいいんじゃないかい?」
「まあな。無事ならその手が一番だ」
「お姉様なら間違いなしです。騎士であり将軍も務めている女傑ですから」
「ま、明日には総本山に到着する。油断しているところを一気にやるからな。間違っても逸るなよ? 子孫たちを危険にさらすことになりかねない。いいな?」
「はい!! お任せください、ソウタ様!!」
「ハイレンじゃあるまいし、お前の指示に従うさ。存分に使うといい」
今更、実力を疑うような間柄じゃない。
だけど、なんだかな。
私は戦いに行くというのに、少し楽しいと思ってしまった。
そんな話をした後は、3人で夜空を眺めながら、朝を迎えた。
そして……。
バン!
「動くな!!」
その警告に、私たちは総本山の防壁前で足止めを食らっていた。
「何者だ!!」
「私たちは、アールエス殿の使いの者だ!! お取次ぎを願いたい!!」
「しばし待たれよ!!」
しかし、不思議だ。
先ほどの威嚇攻撃は矢ではない。
何かの破裂音が響いたと思えば、足元に気が付けば穴が開いている。
「これは……、ソウタ」
「ああ、銃だ」
「じゅう? ですか?」
「アージュはしらないのか。鉛玉と火薬を鉄の筒に詰めて撃ち出す武器だ」
「へー。そんなものがあるのですか」
「その様子を見ると、銃はアージュが生きていた10年前には存在しなかったようだな」
「まあ、使い勝手が悪かったからね。ここ10年の情勢悪化で開発でもしたのかね、ハイデンは? しかし、あれは使い勝手が悪い。一発撃てば次を撃つのに時間がかかる。ハイレ教会なら魔術師を防衛に置いた方がいいだろうに」
私はそう軽くいったのだが、ソウタの方はなぜか緊張した面持ちで、口を開く。
「いいか。間違っても勝手に動くな。あの銃を火縄銃と思うな。姿形から見るに、連射銃だ。しかも極めて、私がいた世界の物に近い」
「は?」
一瞬ソウタの言っていることがわからなかったが、防壁上で待機している兵士の持っている銃を見ると、確かに、私たちが実験で作っていた銃とは全く違う作りなのは見て取れた。
「ソウタ。あれはどれぐらい連射できる? 2発か? 3発か? 撃ったあと、どれぐらい装填に時間がかかる? 10秒か? 20秒か?」
「……アサルトライフル系なら、1秒間に5発は撃てる。弾倉が見て取れるから、弾切れになったところで、5秒もあれば補給できるだろう。ちなみに弾倉の大きさからみるに30発は入ってるとみていいな」
「「……」」
なんだ、その無茶苦茶な武器は!?
弾丸の視認は注視しなければ見て取れないし、回避なんて一発がやっとだろう。
それが連射? そんな馬鹿な。
「射程距離は?」
「どういう意味での射程距離かはわからんが、人を殺す威力なら1キロ離れても問題ない。狙って中てるとなれば難しいが」
「ということは……この位置だと」
「一瞬でハチの巣にされるな。正直意味がわからん。なんであんな兵器が存在している」
「なら、撤退も考えないといけないのか。ソウタの魔術であの見えない弾丸は防げる?」
「土壁を前に出せば最初は防げるだろうが、逃げるとなるとな……」
「1キロの射程か……」
「背中から撃たれるな。さらに魔術を使わせてくれるとは思えない。おそらく、あの兵士は囮だろう。周りを既に銃を持った兵士に囲まれていると思った方がいい。」
「「……」」
一体、10年の間にハイデンは……いや、この土地に何があった!?
狂王はどうなっている!?
私たちがそんな風に混乱していると、防壁の上に人が上ってきた。
「お待たせいたしました。そして、初めまして、初代様方。わたくし、ハイデン王国の第一王女キャリーと申します」
「同じく、フィンダール帝国第一王女スタシアと申します」
「ハイデン王国はカミシロ公爵家次女カグラと申します」
「ハイデン王都ハイレ教会所属大司教代理エノラと申します」
……その名乗りにぽかんとした。
あれが、私たちの子孫。
「って、ちょっとまって、私たちを初代と認識しているぞ、ソウタ!?」
「……ちょっとまて、私も混乱している。というか、この状態から見てこれは迎撃態勢だ。私たちが来るのを知っていたことになる」
そんな感じで混乱していると、アージュが勝手に進み出てしまう。
「お姉様!! キャリー!! 私です!! アージュです!! 覚えていませんか!!」
本人としては感動の再会なのだが……。
バンッ!!
「動くな!! アージュ、それ以上前に出れば体に穴をあける!!」
そういって、姉であるはずのスタシア殿下は銃を構えてアージュに狙いを定める。
「な、なんで……。ねえ、キャ……」
バンッ!!
「……黙ってください。それ以上私の名前を呼ばれると、当ててしまいそうです」
姉妹たちから酷い扱いを受けたアージュは体を震わせている。
「そのような演技はいりませんよ。既にあなたたちが狂王の支配下にあるのは、アールエスから聞いています」
「……せめて、顔を見るだけでもと思ったが、これはきつい。アージュ。お前の体をそのように扱わせてしまった私を許してくれ」
「ご先祖様。申し訳ありません」
「……すみません」
そういって、銃口が一斉に私たちに向く。
あ、これ終わった。
だが、ソウタが咄嗟に前に出て……。
「ま、まった!! 誤解があるようだ!! 私たちはアールエスを討ちにきただけだ!! 君たちを助けるつもりでいた!! 狂王の洗脳は解除しているから敵対するつもりはない!! 降伏する!! だから、撃つのはやめてくれ!! だ、だれか話の分かる人を、弁護士を呼んでくれ!!」
と、ソウタが叫んで、私たちの戦いは終わった。
というか、弁護士ってなに?
お互い予想以上に立ち回っていたからこそのトラブル。
そして、あっさりな降伏。
襲ってくると思っていたユキ側は混乱するもよう。




