第645堀:蘇る御三家
蘇る御三家
気が付いたとき、私はただ暗闇の中に立っていた。
いや、暗闇ではない? 何しろ、暗闇の中にしては、自分の姿がはっきりと見えていた。
周りが黒いだけで明かりはあるのだろう。
とはいえ、影もできないから本当に不思議だ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
なぜか、私は自分の事が思い出せないでいる。
なんでこんな奇妙な所にいるのか? そもそも自分の名前は何だったのか?
そんなことを考えていると、不意に光の球が湧いて出てくる。
どこか赤みを帯びた、太陽を小さくしたような光の球で、なんとなく懐かしい気持ちにさせてくれる。
『みつけた』
「ん?」
誰かの声が聞こえた気がして、辺りを見回してみるが、未だに私以外には、この暗闇の中に人はいない。
『ここだよ。目の前』
またそんな声が聞こえて、光の球が明滅する。
つまり……。
「……先ほどの声は、光の球からか?」
『え!? あー、いま私は光の球に見えているんだ』
なんか間の抜けた返事をする光の球に何か懐かしい気がするが、こんな珍妙なモノと知り合いとは、自分の記憶がない状態だがありえないと断言できる。
「それ以外の何物にも見えないな。で、そういう光の球は何者だ? 悪意があるようには見えないが、この黒い部屋に、私の記憶がないことも関係しているのか?」
『はい? 記憶がないの!? ひっどーい!? ということは、私の声を聞いても全然わからないの!?』
「うむ。全くわからん。お主は何者だ? どことなく、懐かしい感じはするが……」
『へー、あれか記憶はなくしても体が覚えているってやつね。ん? いや、訓練をしていればいざという時、体が覚えているだっけ?』
「どっちも聞き覚えがあるな。武芸とは繰り返し繰り返し鍛錬して、正しい動きを体に叩き込ませることだからな。ん? つまり私は武芸者だったのかな?」
『ぷぷっ。武芸者とかそんな上等なモノじゃないわよ。あ、まって、でも、どうなんだろう? あの後はもっとすごい地位に就いたみたいだし……』
腹の立つ返しだが、どことなく憎めない。
やはり、私はこの光の球を知っている?
「どうやら、お主は私のことを知っているようだな。良ければ教えてほしい。そして、なぜ私に記憶がないのか」
『あ、ごめんごめん。でも1から教えるのも面倒よね。記憶が無くなっている原因を思い出せば、全部思い出すのかしら?』
「さあな。記憶をなくした人の記憶を蘇らせる方法なぞ聞いたことが無い。とりあえず、お主の思った方法でいいのではないか? 私にはどれが効果的なのかもさっぱり予想がつかない。何しろ、記憶喪失でな」
『そうだよねー。忘れている本人に聞いても仕方ないよね。まあ、とりあえず……』
一呼吸おいて、光の球はこう告げる。
『おそらくだけど、貴女の記憶がないのは、死んで随分たっているからじゃないかな?』
「は?」
私が死んでいる?
「バカも休み休み言え。死んだ者が再び目を覚ますことはない。神の奇跡でもない限りな」
『あら? その女神様なんだけど、私』
「……女神?」
『そ、私、女神』
女神、めがみ、自称女神の娘の頭空っぽのアホの子。
……思い出した。
『ねえ? 何か思い出さない?』
「思い出したわ。このバカハイレンがー!!」
『うきゃー!? やめてよ、エノル!?』
私は久々にバカなハイレンを叱るのであった。
Side:エノル・ハイレン・カミシロ 初代ハイレ教大司教兼初代カミシロ公爵夫人
「まーったく。いつか反応があるかと思って、丁重に祀っておったのに、返事があったのは500年後ときたものだ」
記憶が戻った私は、黒い部屋というか、死者である私の意識の中でハイレンから話を聞いていた。
どうやら、私が死んでから既に500年近くの時間が経っていたらしい。
それは記憶が無くなるのも納得だ。
遺体は宗教上冷凍保管されているが、どうあがいても劣化するだろうしな。
『仕方ないでしょう。私だってこうやって意識を外に出せるようになったのは、せいぜい25年前からだし』
「25年前に何かあったのか? というか、なにがきっかけで、死者である私の意識が戻った?」
『あー、うー』
なぜか、理由を問いただすと悩む素振りを見せるハイレン。
これは、色々問題があるときの話し方だな。
勝手に部隊の食糧を難民支援でばらまいた時とかにした話し方だ。
「大丈夫だ。怒るからいってみろ」
『怒るって言ってる!?』
「怒らないと嘘をつくよりましだろう? 今更そんなことでひるむ間柄でもあるまいし」
『いや、怒られるのは嫌なんだけど……』
「さっさと話せ」
『はい……。実は……』
バカを問い詰めると、どうやら、あの狂王から宝玉を取り上げた時に、狂王の魂が隠れていたそうで、肉体は消滅しているが、死んではいないという状況だったらしい。
ちなみに、ハイレンも同じように意識だけ宝玉の中に残ってしまったらしい。
しかし、宝玉はハイレンの度を越えた願いにより砕けて、性能は低下し、保有魔力も限りなくゼロになってしまった。
まあ、これだけなら問題がなかったのだが、それを集めて、祀ってしまったことにより、徐々にハイレン、狂王共に宝玉の中で力を回復し、25年前の昇進の儀式の日に狂王がハイレ教徒の1人を、自分を復活させるために洗脳してしまったという。
その結果、今現在、狂王信者、信仰という物が出来上がって、この一帯は再び戦乱の気配が忍び寄っているというか、我がハイデンと友であるフィンダールとの間で一戦が既に行われたという。
「しかし、なぜ25年も放っておいた? すぐに対処できたのではないか?」
『今まで何度もベタベタ触ってきても、何もしなかったのに、あの時そんなことするとは思わなかったのよ。お互い顔を会わせるのも嫌だし、復活の方法とか考えてもなかったし。私は』
「……お前はもう少し、生に執着するべきだな」
『ふんっ。今更、この大地に降り立っても、誰もいないじゃない。のんびり宝玉の中で眠ってる方がいいわ』
「まあ、な」
ハイレンに助けてもらって、この言い方はないかと反省する。
ハイレンだって、好き好んであの方法を取ったわけではないのはよく知っている。
『で、狂王のアホが色々やっているのに気が付いたのは、5年前に狂王信者が宝玉を盗み出したことでようやくわかったのよ』
「盗まれたのか!? 宝玉が!?」
『そうそう。気が付いたときにはもう遅くてね。私が入っている宝玉は既に敵の手の中。そして、敵は魔物を復活させる宝玉をこの宝玉を使って作り出して、最後に取り組んだのが、死者の復活』
「つまり、私たちということか?」
『そう。普通なら魔物は、私が宝玉を通してこの土地一帯に結界を張っているからすぐに魔力が尽きて死ぬんだけど、私の魔力がある宝玉なら話は別』
「生存できるのか?」
『うん。それでアンデッド系とか魔力で動いているタイプも普通に個別に活動できるようになるの。で、エノルに私の姿が光の球に見えるのは、敵が作り出した宝玉に力をわずかに分けた分身みたいなものだからだと思う』
「私の遺体の中に宝玉を埋め込んだのか?」
『そうそう。お腹を割いてコロンって感じで』
思わず、自分のお腹を確認してみるが、特に支障はない。
『馬鹿だなー。ここは精神世界だから、リアルの肉体を見てるわけじゃないのよ』
「うるさい。気分の問題だ。気分の。で、こうやって、私に話しかけたということは、何か作戦あっての事なのだろう?」
『うん。エノルに埋め込まれた宝玉にはある命令が書き込まれていたの』
「命令?」
『総本山に訪問してくる、ハイデン王家第一王女キャリー・ハイデン、カミシロ公爵次女カグラ・カミシロ、フィンダール王家第一王女スタシア・フィンダールの殺害、及び死体を利用して、祖国に戻り権力を手に入れろってね』
「なるほど。狂王の奴は、私たちに復讐するつもりか」
『ついでに、自分を復活させて、再び世界を治めるとか言ってたわね。ま、その命令は解除しているから、好きに行動できるわよ』
「本当か!?」
『本当、本当。まあ、だけど、この後どうすればいいのかとかわからないんだけどね』
「……」
こいつは本当に、細かいことを考えるのが苦手だな。
『なによ、その目は。仕方ないじゃない。こういう作戦を考えるのは、私の仕事じゃないのよ。ソウタの仕事だったでしょう?』
「えーい。何から何まで、夫に苦労をかけようとするな」
『おっと!? 結婚したのは目の前で、式上げてくれたから知ってはいたけど、そんな風に呼び合うようになったんだ』
「うむ。あれから各国の復興やハイデンを興すと色々苦労はしたが、夫、ソウタとは仲睦まじく、死がふたりを分かつまで仲良くやっておったわ。子供も沢山作った」
『……譲った身とはいえ、直接聞かされるとグサッとくるものがあるわね』
「一発やっとけばよかったんだ。そうすれば、あんな馬鹿な手段を取ろうとは思わなかっただろうに」
『だ、だめよ!? そういうことは、こう、子育てがちゃんとできる環境ができてからって……』
「……500年経っても、お前は生娘か」
『う、うるさいわね!! そ、それより、作戦はどうするの?』
「作戦と言ってもな。私はただの死体だし。この時代に伝手などはない。今時アンデッドでうろついてみろ。すぐに退治されるぞ? というか、他に死者仲間はいないのか?」
『さあ、私はあなたの中に埋め込まれた宝玉が生み出されるときに、死者の中で宝玉が起動したら出てくるようにって言われただけで、外の状況はしらないんだ』
手際の悪い。といいたいが、こうして私が操られるのを回避してくれただけで御の字か。
「……ふむ。とりあえず、目を覚ましたら適当に周りの言うことを聞いていた方がいいかもな。狂王に従っていると見せかけて、敵の親玉に近づいて宝玉を奪う。これぐらいしか今のところは思いつかんな」
『それ名案じゃん!! さすが、ソウタと結婚しただけはあるね!!』
「お前も同じ男を好いておったんだから、もうちょっと頑張らんか。それに名案ではない。奪ったところでそのあとどうするのか?というのもある」
『むー。ああ、ソウタで思い出したけど、カミシロの家を頼るのは? 王家は面倒だろうけど、ソウタの子孫なら今から助けるんだから、そこの伝手で家に戻って、なにか一族しか知らない場所とかないの? ほら、水を呼び出すとか?』
「おおっ。そうだ、その手があったな。ならば、カグラとかいう、子孫を頼ってカミシロ公爵家に戻り、水を呼べばいいだろう。依り代は地下で祀っているからな」
『よーし、そうと決まれば、そろそろ起こすね。作戦通りにお願い。あ、私の本体については、宝玉を取り戻してから話しかければ反応すると思うから』
「あ、ちょっと!?」
私が引き留める間もなく、光の球が目が開けられないほどの輝きを放ち……。
「おおっ!? 目をあけたぞ!!」
「流石、アールエス様だ!!」
「他のも目をあけたぞ!!」
気が付けば、むさくるしい、おっさん共に囲まれて、寝顔を見られていたようだ。
普通なら、ぶっとばすところであるが、状況は把握しているので、何も言わず体を起こす。
辺りを見回すとどうやら、棺桶の中から起きた様子で、ここはハイレ教会の墓地のようだ。
私のほかにも多数の死者がよみがえっているようで、どう考えても少女のような遺体も起き上がっており、体に残る傷が痛々しい。
しかし、思った以上に多くの遺体を利用しているな。
だれか、知っている顔はないものかと、辺りをみていると、突然横からむくっと遺体が起き上がってくる。
思わず叫びそうになるが、何とか堪えて、その遺体の顔を見ると……。
「ソウ、タ?」
しわくちゃの老人ではあるが、忘れるわけもない。
私の伴侶なのだから。
私のつぶやきが聞こえたのか、ソウタもこちらを向いて、ウィンクを飛ばしてきた。
なるほど。ソウタにもハイレンが話しかけていたか。
いや、違う。どの遺体の人達もかすかに顔を上下に揺らして、こちらに視線を飛ばしてくる。
ハイレンは全員に話をしたようだ。
これなら、思ったよりも簡単に事が進みそうだ。
それから私たちは適当に狂王信者共を言いくるめて、情報を引き出し、追い出したあと、作戦会議を開き、堂々とキュペル大聖堂から出て行くのであった。
ハイレンを助けるために。
こっちはこっちで対策をしていたらしい。
さてさて、だがお互いは知らないので、このままでは……。




