第644堀:大丈夫(物理的に)
大丈夫(物理的に)
Side:カグラ
「……というわけで、今現在、キュペル大聖堂から死者の一団がこちらに向かってきている」
「「「……」」」
エージルさんの話に私たちは何も返事を返せないでいた。
だって、なんていうか、現実味がないんだもん。
死んだ人が動くなんてありえない。
「残念ながら真実っすよ。ゾンビとかのアンデッド系はすでに訓練で何度もご覧になられたっしょ」
「「「……」」」
そういわれて、現実逃避を否定される。
だけど、私はまだマシだ。
そう。まだ、マシだ。
だが、キャリー姫に、スタシア殿下は……。
私は恐る恐る、2人に視線を向けると、手元の資料に顔を落としたままで、沈黙している。
「否定するな。これは今起こっている現実だ。そして、この死者の一団が大聖堂へと向かっている理由は……」
エージルさんがそう言いかけて、キャリー姫様たちが口を開く。
「私たちの排除ですか?」
「あのバカが絶望しろと言っていたからな」
「……おそらくその通りです。姫や殿下にとっては辛いことになるかもしれませんが」
流石にエージルさんも姫様や殿下とアージュ殿下の話は聞いているので、言い辛そうにしているが……。
「構いません。このまま私たちが倒れることの方が、世の為になりません。狂王の思い通りになるでしょう。私は、アージュお姉様を討ちます」
「私もだ。そもそも国の敵になることをよしとするような性格ではない。アージュに意識があるならば、私たちに討たれることを望むだろう。ならば、姉として、介錯をしてやるのが当然だ」
当然じゃない。
2人とも泣いている。
当たり前だ。大事な人を殺された上に、その連中に遺体を利用されているのだ。
普通の人なら怒り狂っていると思う。
「……お2人の覚悟を聞けて良かった。場合によってはこのままお2人はこの総本山から退去していただき、私たちで対処するつもりでした。ですが、私やスティーブ将軍が危ういと判断すれば、即座に退いてもらいます。腕ずくでもです」
「……わかりました」
「……当然だな。私たちが冷静でいられるかは、正直わからない」
沈黙が広がる。
なんていっていいのか分からない。
私はなんて姫様に言ってあげればいいんだろう。
そんなことを考えていると、ユキからの連絡がきたようで、スティーブ将軍が対応している。
「もしもし? 大将? あ、はい。アンデッドの一団の件はたった今。はい。はい。あー、了解っす」
「なんだって?」
「アンデッドの一団の件を話し終えたら、大司教たちにも情報提供しろとのことっすね」
「教えてやる義理はない。……とは言えないか」
「目的地がここっすからね。まあ、目標においらたちも含まれているっすけど、大司教たちの殺害もありそうっすから、勝手に対応されて死なれると、これからの展開に支障がでるっすね」
「わかった。私はこれから大司教たちに、アンデッドの一団が向かっていることを伝えてくるから、みんなは待機で」
そういって、エージルさんは部屋から出て行く。
それに護衛として、ヴィリア、ドレッサも一緒についていく。
「あー、えーっと、おいらはバックアップの方に戻るっすね。みなさんまだ任務中なんで、色々あったのはわかるっすけど、平常心っすよ」
「……はい。ありがとうございます」
「……将軍の献身に感謝する」
姫様と殿下がそういうと、スティーブ将軍は困ったような感じで、消えていく。
私たちの陰からの護衛に戻ったのだろう。
だが、残された私たちに明るさはない。
エノラを助けて、狂王信者も押さえて、宝玉も取り戻したのに、なんでだろう。
これで終わったと思ったのに……。
「ふぅ。お姉様。一旦状況を整理しましょう」
「そうだな。私たちがこれでは、他のみんなに悪い」
そういった2人はいきなり自分の顔を両手で思い切り叩いて、バチンという痛そうな音が部屋に鳴り響く。
いきなりの行動にみんな驚いて固まってしまったが、姫様や殿下の頬が赤くなるのを見て、私はようやく動き出した。
「ひ、姫様!? 一体何を!?」
「何をと言われても、気合いを入れ直しているだけです」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。このまま呆けていても、この場所から退去させられるだけです。ちがいますか? カグラ殿?」
「い、いえ。そうだと、思います。ですが……」
「カグラ。気持ちはありがたいけど。それは、私たちが甘えていい優しさではないわ。ここで逃げれば私たちは一生後悔するでしょう」
「ああ。元々アージュは死んでいるんだ。それにアンデッドで操られているとしても、再会できるかもしれないというのは、悪いことではない。そして、また死者へと戻す役目を他の人物に譲ることはできない。そういう意味では、私たちは幸運だろう」
「ええ。普通は死者と会話を交わすことはできませんから。むしろ戦場であれば遺体が戻ってくることも稀ですし、私たちは幸運なのでしょう」
「姫様、殿下……」
強い。
と、本当に思った。
姫様たちの決意は知っていたけど、こんな状況になってもこうして自力で立ち直る意思がある。
私とは違う。きっと私はこんな状況になれば、泣いてしまうだろう。
きっと、それであっさり殺されてしまうという結果がすぐに思い浮かぶ。
「しかし、アージュお姉様はともかく、問題は初代御三家の皆様ですね」
「ああ、ソウタ様から聞いた、魔王戦役に狂王戦役を戦い抜いてきただけあって、そのレベルも今の私たちでは太刀打ちはできないし、経験の差もかなりある」
「戦いとなれば厳しいですね。カグラ、あなたはご先祖様に剣を向ける勇気はありますか? 立ち向かえますか?」
「私たちを気遣ってくれて感謝するが、それは君たちにも言えることだ。戦う覚悟はあるか? 状況からして、まず、エージル殿が前にでて話し合いをすることになるだろうが、最終的には血縁者である私たちや大司教が話し合いに参加することになる。だが、ほぼ確実に戦闘になるだろう。その時動きが鈍い奴は死ぬ羽目になる」
「スティーブ将軍や、エージル殿たちの援護を期待してはいけませんよ? 彼らもそんな敵と接近した状況で的確に護衛ができるわけがないのですから」
むぅ。そういわれると自信がない。
姫様たちの心配もあったが、自分たち自身の心配もしないといけないのか。
……このままだと、初代様たちのアンデッドと戦うことになる。
どうなんだろう? 知っている人相手に私は魔術を放てるのだろうか?
実戦を経験しているし、こちらがやらなければ、やられるんだ。
きっと問題はない。と思う。
と、はっきり返事をしておかないと、私が後方に下げられるかもしれない。
そんなことになれば、ユキの評価が下がってしまう。
それだけは阻止しないと!!
「大丈夫です!! 私はやれます!! 私だって、圧倒的戦力差のバイデで戦ったんですから!!」
「同じく。私もあの戦場にいましたので、いざというとき、動けないことはないと思います」
私がそうはっきりと言うと、ミコスも同じようにはっきりと返事をする。
たぶんミコスも覚悟を決めたんだと思う。
でも、ソロは……。
「わ、私は、私は……」
そういって、震えていた。
実戦なんて、この前のオーノックで襲われた時ぐらいだし、参戦経験もない。
ただ、教会地下で地獄を見ただけだ。
これは、ソロは帰すべきかな? もう、証言での手伝いは終わったんだし、無理に危険に身を晒す理由もない。
そんなことを考えていると、アマンダがソロの肩に手を置く。
「大丈夫。何にも心配いらないよ。オーノックの地下の時の方がひどいし、それよりも、ウィードでの訓練の方がひどいから。今回の件なんて、スティーブさんたちや、エージルさんたちもいるんだし、問題ないない。エオイドに楽しかったって報告してやろうよ」
「アマンダさん……」
「ね?」
「はいっ!! 私、がんばります!!」
ソロもアマンダに後押しされてはっきりと参戦を表明。
「全員参加ですか。まあ、これから撤退するというのもあれですから、よかったのでしょうか?」
「そうだな。今離脱者がでると、その分、護送で総本山にいる戦力が減ることになる。一応、アージュたちが来るのは2日後となっているが、それが早まる可能性もあるから、ここにとどまった方が手間がなくていいだろう」
姫様と殿下は私たちの様子を見て、苦笑いしながらそう言っていると、殿下の腕の中にいたヒイロがつぶやく。
「大丈夫も何も、緊急事態ってことになるから、お兄から銃器の使用許可が下りると思う。なので、何も心配いらない」
「「「……」」」
じゅう。
銃。
それは、ウィードではなく、地球で使用される一般的な武器である。
一般的だからと侮ることなかれ。
引き金を引くだけで、矢よりも早く、というか視認出来る速度ではなく、鉄の小さな塊が打ち出され、体に穴を穿つ。
その威力は、鎧程度では防ぐことはできず、人ならば急所に当たれば即死、急所でなくとも当たれば基本的に行動不能になるほどの威力を誇る。
しかも、魔力など特別な素養がなくても、誰でも使える脅威の兵器である。
ウィードでの訓練で、銃の訓練があって使わせてもらったのだけど、あの時の驚きと恐怖は忘れられない。
銃が、我が国に向けられれば、勝ち目など無いと思ったぐらいだ。
それの使用許可が下りる。
つまり、相手はハチの巣になるしかないのだ。
「会話をするなら、一定の距離をあけてすればいい。制止を聞かず進んでくれば撃てばいい。それで終わり。弓で警戒するのと原理的には変わらない。あの狂王のトラブルがあったばかりだし、そういう対応をとっても何も問題ない。というか、敵の可能性が高いから、しないといけない。というか、なんでソウタおじちゃんは銃を作ってなかったの?」
とても不思議だという感じで、首を傾げて聞いてくるヒイロ。
「えーっと、確か、開発が上手くいかなかったとか聞いたけど……」
「あ、一応、作ろうとはしたんだ」
「ええ。その話は私も聞いています。戦争中はそんな開発をする余裕もなく、開発拠点もなかったらしく、いざ戦争が終われば、銃など必要ないと判断して、結局開発はやめたようです」
「その話はフィンダールにも伝わっているな。銃の真価を知らないがゆえに、魔術の方が術者の給料だけですむ。開発、生産費用が掛かる上に、キャリーが言うように戦争が終わったということで、開発は凍結されたらしい」
そう、そんな話だった。
「ふーん。ま、でも、今回は銃が使えると思うから、心配ないと思うよ」
「「「……」」」
そうヒイロに言われて私たちは改めて、ウィードの凄さを思い出すと共に、敵であるはずの初代様たちがあっという間に、撃たれて倒れる姿を思い浮かべて、なんとなく切なくなってしまった。
「……コホン。銃があるとはいえ、油断してはいけないということには変わりありません」
「そうだな。そこは気を引き締めて行こう。というか、こんな状況で負けるようなことがあれば末代までの恥だ」
うんうん。
と、みんな真剣にうなずく。
なんか逆に緊張してきた気がする……。
いいか、逃げるゾンビは敵だ。
逃げないゾンビはよく訓練された敵だ。
某軍曹の名言より。




