第636堀:事情を聞いて仲直り?
事情を聞いて仲直り?
Side:カグラ・カミシロ
「ふみゅー!?」
「みひゃー!?」
私とミコスは今情けない声を上げている。
なぜかというと……。
むにゅ、みにゅー。
「いひゃい、いひゃいわ」
「ごめんなひゃい」
私とミコスはほっぺを引っ張られていたり、伸ばしたりされているからだ。
そして、それをやっているのは……。
「まったく。お前らはー」
そう、ユキである。
まあ、私たちが悪いのはわかっている。
私たちがあの悲惨な現場に耐えられなくて倒れたのにも関わらず、姫様やお父様に請われたとはいえ、ハイレ教会総本山の潜入調査のための手伝いに名乗り出たことに怒っているのだ。
当然のことだと思う、私たちを気遣って後方、ウィード勤務にしてくれたのに、それを無下にして私たちはこの場に来たのだから。
でも、私は、私たちはユキの役に立ちたかった。
まあ、正直な話、このぐらいなら倒れないって自信があったんだけど、なんか元貴族とかの判断だけだと思っていたのに、ユキが話したことはものすごいことに繋がっていた。
いや、話を聞く限り、当然のことだ。
今私たちはとても危険な立場にいる、ハイデン、フィンダール、ウィード以外がすべて敵になりかねないという状況なのだ。
ハイレ教の連中をただ倒せばいいという話ではなかった。
そのことを聞いて、私たちは顔を真っ青にしてしまって、今に至る。
「はぁ。まあ、親父さんや、姫様に請われてだろうから、断るわけにもいかなかったんだろうが」
そういって、ユキは私とミコスの頬から手を放す。
私たちはすぐに引っ張られていた頬に手をあててさする。
「……違うわ。私たちは手伝いたかったの」
「……そうです。ミコスちゃんとカグラは自ら志願したんです」
「志願?」
「あ、あのー、私も志願しました」
「あ、うん。ソロも志願したんですよ」
ミコスがソロのこと忘れてた。サイテー。
と、そこはいいとして、ここはちゃんと意思表示をしておくと決めたの。
「私は今度こそは役に立つわ」
「役に立つって、顔をさっき真っ青にしておいてよく言う」
「そ、それは仕方ないじゃない。ちょっとした知り合い探しみたいな話だった筈なのに、周辺国巻き込んで、大戦争になるかもって話されたんだから」
私がそういうと、ミコスもソロも頷いて、私に同意してくる。
「それぐらい。今までの状況から予測はついただろうが」
「それを言ったら、ユキだって、あの話をした結果、方針転換したんだから、失念していたんでしょう?」
「……まあな。俺も人のことは言えないか」
あれ? なんか思っていたのと反応が違う。
てっきり、なんかものすごく納得するような言い訳をすると思っていたのに。
「今回ばかりは仕方ない。お前たちも指をくわえて見ているわけにもいかんだろうからな」
「え? どういうこと?」
「ミコスちゃんたちが何か直接関わる問題があるんですか?」
「よくわかりません」
ユキの言葉の意味がよくわからなったので、3人で聞き返すと、なんか呆れた顔になった。
「……さっきの最悪の事態を聞いて、その後の展開が思いついてなかったのか? はぁ、あのなー。万が一、ハイレ教と戦うことになれば、カミシロ公爵、カグラは確実に将軍として最前線に送られるぞ。ミコスは男爵家の娘だから、出兵はどうなるかわからんが、カグラとの付き合いでそば付きの可能性も高い。ミコスの親父さんの男爵は下手すると、最前線で先陣を務めることになると思うぞ。ソロは学徒兵として魔術兵で投入決定だろうな。戦力はまるで足らんだろうからな」
「「「うえっ!?」」」
なんか変な声が私たちから出た。
そんなことになれば、きっと私は死ぬと思う。
いや、それはミコスもソロも思っただろう。
だって、真っ青を通り越して、白く見えるから。
「そ、そ、そんなことになれば、ユキ先生が、なんとかしてくれるのでは?」
「……俺たちだって、こっちの戦争に掛かり切りなんてことはできないんだよ。そもそも、全体的な兵数はどこの国より低い。戦線が一体いくつできると思うんだよ。戦力として高いと思われるカグラとかは後回しだぞ。ミコスやソロが一般兵として参戦となれば、ピンポイントで助けることなんか不可能だ」
「あのー、ユキ先生からお借りした指輪の力があれば、なんとかなるのでは?」
ソロのいう通りだ。
指輪があれば、傷つけられない。ということは負けない。
「それはお前たちだけが傷つかないだけで、戦場の味方の兵士全員を守ってくれるわけじゃない。下手すると味方全滅でお前たちは捕虜って可能性もある。傷つかないだけで、逃げ出せるわけじゃないからな。となると、味方を目の前で殺されるショーでも公演されることもあるかもな。指輪もそんなに多くの生産が間に合うわけないし。それに、ミコスやソロがその指輪の力で敵軍を押し返したとしたら、それこそ、貴重な戦力ってことで方々で使われるだろうな」
「そ、そんな……」
「……」
ユキの言葉にソロは信じられないといった感じで、ミコスはその状況が思い浮かぶのか、黙ってうつむいている。
ユキのいう通りだ。如何にウィードが強いとは言え、全ての前線を支えられるわけじゃない。
どこかに固まってしまえば、何とかなるだろうが、ハイレ教と戦争になれば、複数の方向から攻められるのは目に見えている。
ユキが対処できるのはその一部ぐらいのものだ。
それに、戦いに勝つだけなら、ウィードに頼るだけ、こちらは必死に戦線を支えればいいが、そのあとはウィード主体となって、統治にさらなる問題がでるのは目に見えている。
戦後処理だけで一体どれだけの年数がかかるのか。
そして、ウィードに頼り切りだった私たちの国はどこまで面子を保てるのかという問題も出てくる。
だが、ユキはそれよりもつらいことを口にする。
「……なるほど。意図的に避けているってやつか。だがな、目を背けてもしかたがない。カグラたちにとって最悪なのは、戦争になれば、魔術学院で一緒に学んでいた学友を自分の手で殺す羽目になるかもしれないってことだ。向こうは、こっちが悪いと思っているから躊躇いはないかもしれないが、こっちは色々裏を知っているからな、やらなきゃいけない時はかなりきついぞ」
「「「……」」」
そうだ。ハイデン魔術学院は色々な国からの留学生を迎えている。
今、一緒に学んでいる学友が、戦場で敵同士になりかねない。
……私たちに、その時敵として学友を討てるのだろうか?
戦乱の果てに、野ざらしになっている友達の遺体を見て、冷静でいられるだろうか。
そんな感じで、私たちが目をそらしていた現実を指摘されて呆然としていると、ユキが軽い口調でまた話し始める。
「ま、さっきも言ったが、それは最悪だ。カグラ、ミコス、ソロが手伝ってくれれば案外すんなりいくかもしれない。実働は何せ、俺たちというかスティーブたちだからな。そう思うと、やる気がでるだろう」
そう言って、私たちを励ましてくれる。
もう、ユキにそういわれたら、頑張るしかないじゃない。
「わかったわよ。私たちがちゃんと元貴族の人たちとか見極めて、大司教様の後押しになるようにしてみせるわ」
「任せてください。大司教様が助け出されれば、あんな気が狂っているような連中に従うわけがありませんよ」
「わ、わたしは……その、友達はいませんが、が、がんばり……ま、す」
……やばい。
ソロが悪いわけじゃないんだけど、最後の一言で世界から音が消えた。
ミコスも私も、ユキの護衛として一緒にいるリーアもデリーユさんも固まっている。
だが、ユキはそんなことを気にしないで、すぐにソロの肩を叩く。
「気にするな。いや、ボッチだったからこそ、他人の動きにはよく気を配っていたはずだ。正直に言って、今回の怪しい人の判別で一番期待をしているのは、アマンダやエオイド、そしてソロだ。元々民間、平民だからな、そういう意味で、良く違いがわかるはずだ。ま、気負わずっていうのは難しいだろうが、頼む」
「は、はい!! が、頑張ります!!」
なんかユキの話を聞いて元気な返事をするソロ。
……え? さっきのユキの話って、ソロを褒めているところあった?
そんな疑問が頭の中をよぎるが、口に出してはいけないとわかっているので黙ったままにしておく。
で、ユキはソロの返事を聞いてまた口を開く。
「とまあ、俺からの説教と、カグラたちの現状説明は終わりだ。そして、最後に、ウィードでのんびりにと思って送り出したのに、こんなことになってすまなかった」
そう言って、私たちに頭を下げるユキ。
突然の行動に驚きもしたが、なんとなくこんなことをするんじゃないかなーとも思っていた。
だって、私たちにあんなに気を遣ってくれた。
ユキは基本的には、優しい人。
それが、色々仕事を押し付けられていて、悪辣っていうのは違うかな、ただ被害が少なくなるように立ち回る。その結果が悪辣に見えるのかもしれない。
だって、結果的にはユキの手のひらで踊らされているって感じになるから。
本人もそういうことをわかっているから、自分が諸悪の根源ですみたいな言い方をよくすると、ラビリスたちからよく聞きいていたし、今もそれを見せている。
今ユキが頭を下げていることだって、元はといえば、私と姫様がこの大陸に呼び出したのが原因だし、ユキを呼び出さなければ、既にハイデンはとんでもないことになっていたのはわかりきっている。
更に原因といえば、ルナ様と中級神派の連中との間に起こった500年前の代理戦争、魔王戦役が発端でもある。
そして、その戦役の勝利者である、私たちのご先祖様たち……、いや、むしろそのあとを託された私たちが中級神派の残党を完全に潰しきれなかったのがいけない。
それをわかっていて、ユキはこうして頭を下げているのだ。
これを優しさと言わないで何と言うのだろう。
普通であれば、私は、私たちは奴隷のように扱われていても何も文句は言えないのだ。
だから、私はユキに感謝している。いろいろなことで助けてもらった。だからこそ、役に立ちたかった。
そうよ。私が惚れる理由なんて山ほどある。この感情は間違いじゃないの。
どこからどう見ても、ここまで頼りがいのある人なんて他にいないのは、ユキの奥さんたちはもちろん、ミコスだって同意している。
「気にしないで。私はユキが好きだから役に立ちたいの。それで世界が救えるならとてもいいじゃない」
と、なんかすんなり言えてしまった。
なに言ってんのよ、私!?
これで振られたらきっと死ねるわよ!?
そんなことを思いながら、ユキの反応を見ていると、嬉しそうに笑って。
「そうだよな。俺もカグラが好きだ。いやー、よかった」
「えっ!?」
これは私、大勝利!?
ミコスよりお先に、幸せをつかむ?
「お互い苦労しているからな。頑張っているカグラには色々押し付けてしまった。だが、その頑張りにはとても嬉しく思うし、その姿はとても好感が持てる。好きだ。だからこそ、こういう手の取り合いが大事だというのがよくわかっているな。任せとけ。下手なことがあってもカグラたち3人はなんとかこっちの権限で守ってみせるからな」
「あ? え、っと、うん」
……何かずれている気がする。
「いやー、カグラたちが許してくれて助かった。だからこそだが、スタシア殿下が言ったように無理はするなよ。じゃ、俺も仕事があるから、精査のほう頼む」
そういって、ユキはリーアと一緒に去っていって、デリーユさんが残って……。
「恐らく。ユキはカグラに無理をさせたことを謝ると言っておったし、ほれ、この前、嘔吐から目覚めた時はカグラは俯いているばかりじゃったろう? それで、今回のユキの事好きだしといったのは、許してあげるという意味合いにとったのではないかと……。最後によかったと言っておったしな……」
それを聞いて、これまでで一番愕然とした。
そうだった。
私、あの時何もユキに返事していなかった。
「うわーん。私のバカー!?」
私がそんな感じで言っていると、ミコスが……。
「ま、まあ、これでお互い仲直りしたという認識になったんだから、もう一度言ってみるのはどう?」
「できるわけないでしょー!?」
「え? でも先ほどはすんなり言えましたよね」
「頭真っ白だったのよー!?」
「「「ああー」」」
と、3人とも納得するのだった。
もう、なんていうかちくしょー!!
そして、空回りするカグラ。
ユキはようやく許してもらえて心が楽になる。
さてさて、こっちの恋路は難航しているようで……。
ハイレ教? ああ、あれはもう詰んでね?




