第627堀:獣人美人刑事純情派 学生誘拐事件 最後の
獣人美人刑事純情派 学生誘拐事件 最後の
Side:敬虔なハイレ教徒 オーノック司祭
「……不味いな」
私は子爵から届けられた手紙を見てそう呟く。
「どうかなさいましたか?」
……しまった。聞かれたか。
後ろから問いかけてくるのは、本山から送られてきた助祭の女性だ。
本来ならば、女が生意気な。と世間では言うのが当たり前だが、このハイレ教においては、女性の地位は高い。
むしろ、トップのほとんどが女性で固められている。
なにせ、崇めているのは女神であり、初代司教は精霊の巫女であり、女神と世界を救ったとされるエノル様であり、その戦闘能力の高さは随一と言われている。
それにより、女性を中心に敬虔な信徒が多く、そういう意味でも各国に影響力を持つ。
この本山から送られてきた助祭も並の使い手ではないということだ。
下手をすれば、いつでも簡単に私の首は挿げ替えられるだろう。
「いえ。今回の人員の確保が滞っているようです。どうやら、盗賊として捕縛されたようで」
「あら? 今年の迷える羊は随分と生きがいいのですね。そんな子羊をなぜ選んだのでしょうか? ハイデン王都でバカ共がしくじったせいで、監視が厳しくなっているこの時期に」
振り向けないが、おそらく笑顔で言っているはずだ。
だが、セリフを聞いて、あれを笑顔だと言えるのは子供たちぐらいだろう。
「いえ、報告書ではこの通り……」
私はそのまま書類を彼女に渡す。
建前上は、私は彼女の上司ではあるが、実際は私が下であるのは明白だ。
まあ、普通の行事などでは優秀な助祭でしかない。
だが、この毎年、学院から不必要な学院生を確保するようにという本山からの命令に関しては彼女を通してでしか動けないのだ。
なにせ不必要な学院生を確保するのだから、どこからどう見てもただの誘拐だ。国に対して喧嘩を売る行為でしかない。
その事実を知り、咎めた前の司祭様は次の日には裏路地で冷たくなっていた。
『次の司祭様はあなたになります。敬虔な信徒であることを期待します』
と笑顔で言われて、私には贖う術はなかった。
以来、こんな不本意なことをしている。
いや、私は連れてこられた学院生とはあったことはないのだが、どう考えても、学院で落ちこぼれた生徒を引き取っているとは到底思えなかった。
そして、その学院生を見てしまえば、きっとなくなった司祭様のように良心の呵責で動いてしまうと思ったからだ。
そんな私の葛藤など知らない助祭は、渡された報告書を読んでいる。
「……確かに、不必要な子羊であることは間違いないですね。でも、多少優秀とは言え、こんな子羊を捕まえられないような部下ではないはずですが……」
「近くに巡回の騎士団がいたようです」
「ああ、なるほど。間抜けですね」
「どうされますか? 照会を求められています」
「あら? 私たちは、盗賊、叡智の集なんて知りませんよ? 間抜けは処分してもらいましょう」
そう笑顔で言われてしまえば私は何もどうすることもできない。
「しかし、困りました。これでは、本山に送るモノが用意できなくなります。どうしましょうか? 王都のバカ共のおかげで随分と減っていて、早急にブッシの補給が必要なのですが」
「……だからと言って、学院生はもう無理でしょう。子爵からの連絡でわかるように、学院の方は警戒を強めております。しかも、学院には現在ウィードやフィンダールの方々が訪問中です。増強は免れないでしょう」
「ウィード……ですか。……まったく、色々邪魔してくれますね。おかげで、カグラやその他大勢の材料を手に入れる算段が崩れてしまいました」
「……」
平和の邪魔をしているのは、私たちの方だと思うのだが、そういうわけにはいかない。
そもそも、なぜこんなことをしているのかすら私にはわからないのだから。
ハイレ教は魔王から人々を救った女神を祀っているのではなかったのか?
「……まあ、それはいいでしょう。いずれ借りは返すと本山の皆さまは言っております。……よろしい。この教会での活動は終わりです。これ以上は尻尾をつかまれかねません。王都でバカがやらかして、監視がきつくなっていることもあります。潮時ですね」
その話を聞いて私は内心ほっとした。
これでこれ以上、不義理なことはしなくて済むと……。
しかし、今までこの悪を見逃してきた報いなのか、最後の最後に女神様は私に天罰を与えてきた。
「失礼します。おや、助祭様もおられましたか」
不意に、部下が執務室に入ってくる。
「はい。どうされましたか?」
「いえ。カミシロ家の次女様である英雄カグラ様とそのご学友が、この地を訪れたご友人方に、教会を見せてあげたいとお見えになっているのですが、私たちが対応するのはどうかと思いまして……」
その話を聞いた助祭はとても恐ろしい笑顔になり、こう告げた。
「御三家のご息女のお相手は私たちが引き受けます。公爵様ともなれば、気位も高いでしょう。私たちにお任せなさい。ねえ。司祭様?」
「う、うむ。そうだな。私たちに任せると良い」
「はい。では、こちらにお連れします」
案内も何も、礼拝堂と裏に執務室と孤児院があるだけではないか。
……まさか!?
「最後に、いいお土産ができたようです。司祭様もご協力いただければ、前の司祭の様にならずにすみそうですよ?」
「……!?」
……断るべきではない?
カグラ様という英雄に縋るべきではない?
どのみち、私は長くはない。この助祭に殺されるか、罪を告白して、カグラ様たちによって終わらされるかの違いだ。
……そんな葛藤をしているうちに、カグラ様たちがやってきた。
「これはよくぞおいでくださいました。カミシロ様とご友人の皆さま方」
私が口を開く前に助祭が笑顔で出迎える。
一目でわかる。カミシロ家特有の黒髪の少女がカグラ様か。
「……と申しまして、このオーノックのハイレ教会の司祭を務めております」
「お会いできて光栄です。カグラ様。ご活躍は聞き及んでおります」
「い、いえ。噂が独り歩きしているだけで、私だけで成し得たことなど多くはありません」
ふむ。公爵の娘と聞いていたが、礼儀正しく、しっかり教育はされているようだ。
なるほど、これは人気がでるわけだ。
だが、カグラ様の姿を見る限り、猛者という風には見えない。
いや、魔術師というのはむしろ距離をあけて戦うのが当たり前だ。
……私が逃がしてやるべきではないか?
「しかし、残念ながら、司祭様はこれからミサの予定がありますので、教会の案内は助祭である私が行うことをお許しください」
「いえ、お忙しい中、突然お邪魔して申し訳ありません。もとより、ただの見学者として来たので、助祭様に案内してもらうわけにも……」
「いえいえ。お互い敬虔なハイレ教徒です。私はちょうど手が空いておりますし、ご友人の方々に素晴らしき、ハイレ教を知ってほしいですので、お構いなく」
「は、はぁ。迷惑でなければ、よろしくお願いします」
「では、こちらにどうぞ。では、司祭様。あとはよろしくお願いします」
そう笑顔で、助祭はカグラ様たちを連れて、執務室を出て行く。
「くそっ!!」
私に、教会の皆にはカグラ様たちはお帰りになったと伝えろということか!!
これで、カグラ様たちの行方は途絶えることになる。
いいのか? これで本当にいいのか?
自分が助かるために、他人の命を差し出して……。
「……いや、良いはずがない。所詮私の命などいつ終わるかもわからないのだ。おびえて暮らす日々に変わりはない。なら、明日死すとしても、最後に女神様に顔向けできることを」
今更贖罪とは言わない。
だが、カグラ様という英雄と私の命など天秤で比べるべくもない。
そして、これがきっかけで、カグラ様がハイレ教を元に戻してくださるかもしれない。
「ははっ」
そんなことを考えて笑えてきてしまった。
結局、最初から最後まで私は誰かに任せきりではないか。
何と情けない。
でも、私は躊躇いなくドアを開け、助祭を止めるべく駆け出す。
どうせ、始末をする場所は地下しかない。
助祭がかってに作り上げた場所。
あそこで何が行われているのかはしらないが、大体予想はつく!!
なけなしの勇気を振り絞り、使えもしない剣を持ち、私は最後の場所へとたどり着く。
「はぁっ、はぁっ……」
「おや? 司祭様自らなんの御用でしょうか? 今までこちらに足を運ばれたことはなかったのに」
そこには、武器を構えた助祭とその部下たちが、カグラ様たちを囲んで、今まさに武器を振り下ろそうとしていた。
カグラ様たちは、何が何だかわからないといった様子で壁に背を預けて、強張った表情をしている。
「で、その武器で何をなさるおつもりで? 私たちの代わりに始末をつけてくれるのですか?」
その言葉でカグラ様たちの視線が私に集まる。
私が犯人なのかといった表情だ。
誰がそう見てもそう思うだろう。
しかし、私は……。
「違う!! カグラ様、ご友人の方々!! この者たちは私が押さえます!! どうか、お逃げください!! そして、ハイレ教の凶行を!! 世界へ伝えてください!!」
私はそう言いながら、剣を振りかぶり、助祭へと振り下ろすが……。
ドスッ。
助祭に剣が届くことはなく、私の体に剣が突き刺さっていた。
い、たい。焼けるような痛みだ。抜かなければ……。
そう思い、刺さっている剣に手を掛けようとした途端、剣が助祭によって引き抜かれる。
「ぐふっ」
傷口から血があふれ出す。
抜いても痛い。思わず膝をつく。
「まったく。改心したかと思えば、これですか。どこの教会も同じような司祭がいるのはなぜなのでしょうね。理解に苦しみます」
助祭は痛みに苦しむ私をよそに、不思議でたまらないと言ったかんじだ。
「元々、私たちの女神が下さった命です。我が女神に返すのは当然でしょう? 選ばれたことに感謝こそすれ、拒否するなんてありえないでしょう? ねえ、カグラ様」
「……それが、ハイレン様の御意志だと?」
ハ……イレン? 一体誰のことを?
「あはっ。あはははっ!! 流石、女神様と旅をしたと言われる御三家の子孫。その聖名を知っていて、口にできるとはなんと恐れ多い!! お前らが一番我が女神を利用したくせに!!」
「何を言っているの?」
「……ふん。得てして迷惑をかけた相手はそれを自覚していないということですね。何と愚かしい。だからこそ、この手で罰を与え、贖罪させる機会を与えましょう!! 我が女神がそれを望まれているのです!! カグラ様以外は不要です、斬り捨ててしまいなさい!!」
話は、よく、わからなかったが、わたし、が役に立てなかったのはわかる。
最後の、最後に自分の意志で動いたのだが、結局、まにあわなか……った。
司祭様。私のようなできそこないで……。
ドガンッ!?
そんな音がして、遠のいていた意識が引き戻される。
「な、なに!?」
助祭の驚いた声が聞こえる。
あんな声をだせたのか。
「カヤ!! 司祭様の治療を!!」
「……任せて」
「リエル!! あのいかれた助祭を確保!!」
「まっかせて!!」
そんな声が聞こえたと思ったら、私の横に、カグラ様の御友人がいて回復魔術を使ってくれていた。
「か、感謝いたします。そして、も、申し訳、ごほっ」
「今は喋らないで。内臓まで傷ついている可能性がある。応急処置だけして、すぐに後方に送らせる。その時に話を聞かせて」
「し、しかし、あの助祭を、おさえ、なくては……」
あれは並みではない。
先ほどの言動から、何かが壊れているとはっきりわかる。
アレを押さえるのには……。
「ぐぅぅぅ!? なぜ、非力な人に、私が押し負ける!? わ、私は女神のつか……」
バキィィ!! ドサッ。
「そういう文句は聞き飽きてるんだよね。詳しくは署で聞かせてもらうよ」
「リエル。こっちに署はないから」
「あ、そっかー」
「というか、やっぱりトーリさんたちってすごい!! かっこいい!! 記事にしたい!!」
「落ち着きなさい、ミコス。まだ仕事中だから。あとで報告書は存分に書けばいいわ」
「えーっと、スティーブさんたちに連絡を取らないと……。あ、もしもし、ソロです。スティーブさんですか? はい、制圧しましたので……はい、はい、お願いします」
……はは、どうやら英雄様には心配無用だったようだ。
「申し訳ありません。少し、休ませてもらいます」
「……あとは任せて」
最後に、カヤと呼ばれたご友人の頭に狐耳が見えた気がした……。
ああ、初代大司教様、エノル様のお導きか……。
ウィードが関わると、シリアスはシリアルにしかならなくなる。
牛乳をかければ美味しいんだけど、そのままでも美味いよな。
結末がわかっている諸兄の方々にとっては、前半はギャグに見えたことでしょう。
しかし、当人にとっては真面目であり、世の中の不思議というやつですね。
これにて、証拠はそろい、あとは……消化試合?




