第609堀:お掃除
お掃除
Side:ユキ
親睦会の翌日、俺たちは最後の噂に対して、行動を起こした。
「よーし、まずは倉庫の掃除だ。頑張るぞー」
「「「おー」」」
そう、まずは掃除である。
怪談の共通の問題、原因として、現場の不浄、つまり、汚れがある。
そして、それは俺たちにとっても物理的、つまり衛生的によくない。
埃が舞う空間に長時間いるのは避けたいという、ごく普通な反応だからだ。
ついでに、何か見つかるんじゃないかという期待もあってのことだ。
しかし、俺は微妙な気持ちを抱いていた。
「……この学院に来て、主な活動は教師としての授業と、掃除ですよね」
「いうなよ、タイキ君」
前の図書館の倉庫と同じように、荷物を運びだす仕事についているタイキ君がそういう。
まったくもってその通りである。
俺たちは学院の清掃にきた業者かよ。というぐらいに掃除をしている気がする。
「だからと言って人に任せるわけにもいかないからな」
「というか、図書館の倉庫もここもですけど、1人、2人でやったらまず終わらないですからね。せいぜい、埃被っている荷物を拭いて、床と壁を綺麗にして終わりですよ。荷物を外に運び出そうなんて思いもしないですよ」
「だよなー。こんな重労働、誰がしたがるかって話だよな」
「年末の大掃除だって、大きな家具はそのままですからね」
「タイキ君の家は真面目に大掃除してたんだな。俺の家はせいぜい、普通の掃除機かけたあとに拭き掃除が追加されるぐらいだな」
「まあ、そんなもんじゃないですか? 忙しいとそんなことをしている気力もないでしょうし」
「だよなー」
俺たちがそんな話をしていると、タイゾウさんが荷物を持って追いついてくる。
「いや、地下通路だから声が響いて聞こえてしまってね。大掃除か、懐かしいね。家の大掃除と言えば、障子の張替えとかやったな」
「障子の張替え……。大変そうですね」
「いや、実際そこまで大変なことではないよ。ただ水で濡らして、障子の紙を綺麗にはがして、貼り直して乾くまで置いておくだけだ。別に職人が作る綺麗な障子というわけでもないからな」
「あー、そうか」
「日本家屋は障子とか色々大変そうですよね」
障子の分掃除が増えるという事なのだから。
「まあな。財布に余裕のある人は畳の張替えもやるからな。そこまでやるとかなりの労力がいる。だが、そういう時は周りの人を呼んで手伝ってもらうのが当たり前だったしな」
「「ああー」」
流石にそんな大仕事を一家族だけではやらないか。
現代とは違ってご近所のお付き合いのいいことで。
「男同士で掃除の話で盛り上がるのは、何か間違っている気がするがのう」
「いやいや、デリーユはもうちょっと掃除しようよ。埃はたまらないとはいえ、衣類とかはちゃんと畳んで、お菓子の袋は捨てよう。ユーユちゃんたちをあの部屋に連れて行けないよ」
「……善処する」
「全然しないときの返事だよね」
デリーユは掃除が苦手だ。旅をしている期間が長かったせいか、使えるものはボロボロになるまで使うというのが染みついているらしい。武具などは新品の方がいいが、デリーユは基本拳だからな。
一々買い換えていたらお金が足りないから、旅人としては当然のことなんだが。
旅の間はこのドレス姿に、カバンを背負って渡り歩いていたというから、なんだかなーという感じだ。
いや、ローブは羽織っていたからいいのか?
まあ、ドレスもデリーユにとっては思い出の品だしな。仕方ないか。
とまあ、そんな背景から、捨てるというのが苦手で、お菓子の袋はともかく、気に入った衣類は部屋に置きっぱなしで、山となっている感じだ。
「リーアの方こそ、もうちょっと部屋に物を増やしたらどうじゃ? 寂しいぞ?」
「そうかなー? 私はすっきりしてていいんだけど」
逆にリーアの場合は村娘で、奴隷になった経験があることから、自分の持ち物ということに慣れていなかった。
今はちゃんと自分の好みで衣類を買ったり、家具を買ったりしているが、その量は慎ましいものだ。
まあ、人それぞれという奴だろう。
自分の部屋なんだから、怪我や病気になるようなことがなければ自由にしたらいい。
そんな話をしているうちに、寮棟から出て、すぐ近場の空き地に運んだ荷物を置く。
「はい。お疲れ様です。えーっと……」
「これはここの荷物ですね」
俺はカンナさんが見ている地図を指して、どこから持ってきた荷物かを教える。
「机ですね。うーん、これは処分対象ですね。カグラ、あっちに持って行ってください」
「はい。って重っ!?」
カグラが俺が持ってきた机を運ぼうとするが全然持ち上がらない。
いや、そりゃー身体強化とかでかなり底上げしているし、元々のレベルも違うからな。
カグラは魔術師で力はないから当然の反応だ。
「無理するな。あっちでいいんだな?」
「あ、うん。ありがと」
そういって、処分場所に机を持っていくと、他に集められたであろう荷物が沢山置いてあった。
「しかし、結構な量があるな」
「仕方ないわよ。寮棟の地下はそれなりに広いんだし」
「そこは誤算だったな」
寮棟の地下と聞いて察すればよかったのだが、地下室と言えば狭いと思い込んでいた。
つまり、寮棟の広さに応じて、地下もかなりの広がりを見せていた。
まあ、それでも10部屋ぐらいのもんだから、ダンジョンなどよりは遥かにマシなんだが、それでも階段を何往復もして、荷物を運び出すのは面倒だ。
ゴミ専用のアイテムボックスに入れて一気に出すという案もあったが、アイテムボックスを使えるのはウィードメンバーぐらいだし、どこの荷物を持ってきたかという記録もいるので、こういう手段をとることになった。
それに、俺たちにはゴミでも、ハイデンの人からみれば意外と価値のあるものだったりするというのはよくある話だからな。
さらに、どこの部屋が噂の部屋か分からないというのもある。
そういう意味でも丁寧な掃除が求められているというわけだ。
「今更ですけど、掃除して除霊しちゃいましたとかいうオチは無いですよね?」
「どういうことですか? 幽霊って掃除でいなくなるんですか?」
タイキ君の話に首を傾げるミコス。
だが、その質問に答えたのはカグラ。
「そうよ。って言っても私は実感ないけどね。一応、カミシロ家も神職だから、そういう話は聞くわ」
「掃除で幽霊が退治できるって?」
「退治とは何か違う気がするんだけど、そういう話よ。汚いところには汚いものがいるって思うでしょう?」
「まあ、そうだね」
「その場所を綺麗にすることにより、そういう汚れ、穢れを払拭、払うって言われているわ。実際、町では綺麗な表通りよりも、裏通りの方が怪しい人が多いでしょう」
「ああ、そうだね。気持ち的な問題かー」
「気持ち的っていうのも違うかもしれないけど、ニュアンス的にはそうかもね。後ろめたいことがある人はこっそりひっそりいたいものよ」
カグラの言う通り、精神的な話だ。一種の窓割れ理論みたいなものである。
みんなが安全だと思えば安全な場所だし、みんなが危険、怪しいと思えば危険で怪しい場所になる。
それを聞きつけて、人の集まりも変わってくる。そういう話だ。
「大体カグラの説明した通りだな。まあ、何かあるなら、これだけ出入りしてるんだ。何か反応があるだろうさ」
「なるほど。ついでに清掃をして今後こういう目の届かない場所を少なくしようってことですか」
「そうそう」
この清掃はただ清掃しただけで終わりではない。
これを機に寮棟地下の居住を再びやってみようという話が上がっている。
どうせ倉庫としてもまともに機能していないのだ。人の出入りを増やして妙な噂を払拭しようという狙いもある。
「と、そういう真の目的みたいなことはいいとして、これじゃただの清掃業者ですよね」
「こっちの世界じゃ需要はなさそうだけどな」
「「せいそうぎょうしゃ?」」
ほら見ろ、カグラとミコスは首を傾げている。
「掃除専門の業者だよ」
「掃除専門? メイドじゃなくて?」
カグラの貴族的模範解答が告げられる。
「メイドはこういう力仕事は苦手だろう」
「え? こういうのは男手を集めるんじゃ?」
「男手を集めることが出来るのは貴族か大商人だけだからな。一般の人は、ご近所や知り合いの予定をすり合わせて、お願いするんだよ。なあ、ソロ」
このハイデンで平民でのソロに話を振る。
「あ、はい。というか、大抵みんな忙しいので、家族だけで数日かけてやりますね。やるなら」
「とまあ、これが一般社会の現状だ。ちゃんと掃除したくても、時間がない、人手がないというのは多々ある。それをお金でやってくれるのが清掃業者だ」
「あー、なるほど。そういう集団がいるなら、そっちに頼んだ方がいいってことね」
「そういうこと。人を集める手間も、お礼の品も不要だからな。清掃業者はお金という報酬をもらって動く仕事だから」
「はー。でも、需要あるんですか?」
ミコスは感心したようにいうが、ちゃんと需要があるのかという心配もしているあたり、こういう経済観念もあるようだ。
貧乏男爵と言っていたから、金勘定もしっかりしているんだろうな。
「見ての通り、こうして俺たちが荷物の運び出ししているだろう?」
「「あ」」
「今回は俺たちがやらなきゃいけない理由があったからやっているが、こんなことに生徒や教員を使って時間を潰すのは勿体ないだろう? だからこそ今までやってなかったんだろうけどな」
「需要はどこにでもあるってことですか」
「そういうこった。男手をそろえた大荷物も運べる清掃集団。ついでに、処分品の買い取りもやればお客さんは喜ぶだろうし、商品として古道具を仕入れることもできるな」
「それって、すごくないですか!? 私がやってみてもいいですか!?」
ミコスは貧乏だからこういう話に食いついたか。
だが、世の中はそうもいかない。
「落ち着け。初期投資はかなりいる。人も集めないといけない。店舗も、清掃道具、宣伝とかもうほんと色々」
「いや、それは当然じゃないですか?」
「ハイデンでは初めての試みだ。さっきのミコスやカグラ、ソロみたいに首を傾げるのがほとんどだ」
「まあ、そうですけど、それを浸透させるのが大事じゃないですか?」
「だから、勇み足をするなって話だ。昨日、ウィードに来るって話もしたんだ。ウィードにある清掃課を見てからでも遅くないだろう。あとはどこに店舗を構えるかってのもだ」
「なるほど……。確かにそうですよね。需要があるとは言っても、地方の貧乏村や町でやっても、清掃業者に頼むより自分たちでやるって人の方が多いでしょうし……。かといって、王都で清掃業をしようにも、許可とか、お店とか倉庫とかお金はかかるし、根回しが大変そうですね」
「ま、今は掃除をするのが先だ。俺たちに貢献すれば、その分色々と便宜を図ってもらえるだろうからな」
「なーるほど!! よし、ソロ!! 頑張るよ!!」
「えっ!? なんで、私も?」
「何いってるの!! ソロは従業員第一号だよ!!」
「えー!?」
「貴族っていうと、畏まるだろうし、警戒する人もいるだろうから、ソロが窓口ね!!」
「えーーー!?」
……ミコスの野望がどうなるか分からないが、ソロのボッチは何とか解消されそうだな。
と、そんな感じでにぎやかに掃除を進めていると……
『『きゃぁぁっっっ!!』』
不意に地下の一室で叫び声が上がる。
すぐに俺たちは現場へと駆け出す。
「……殺人事件とか言わないですよね」
廊下で合流したタイキ君がそう呟く。
「漫画の読みすぎだ」
と、思いたい。
事件とか面倒でしかないからな。
で、現場に到着すると、部屋の前ではアマンダとソロがエオイドに抱き着いていて、部屋の中にはタイゾウさんがいた。
「どうしたんですか? けが人とかは?」
「いや、アマンダ君とソロ君が驚いて叫んだだけで、特にけが人などはいない。原因はこれだな」
そういって、タイゾウさんはある一点に視線を向ける。
部屋の外からは見えない位置だったので、中に入って見てみると、使い古したベッドにどす黒い染みが残っていた。
「この黒さは……」
「血だな」
「血ですよねー。で、ここが例の幽霊がでる現場って感じですか?」
「まあ、状況を見るにそうだろうな。他の部屋もないとは言えないから、そっちも調べてみる必要はあるだろうが」
「とりあえず、この部屋はこのまま保存して、他の部屋の確認を済ませましょう」
「それがいいだろう」
和気あいあいとした清掃の時間は終わり、真面目に噂を調査する時間になったようだ。
さあ、名探偵諸君。
使い古しのベッドに残る黒い血痕。
君たちはどう推理するかね。
答えは次回を待て。




