第536堀:謁見
Side:カグラ・カミシロ
ざぷん。
そんな音と共に、水が溢れ、流れる音が響く。
それと同時に、自分の体を心地の良い温かさが包み込む。
その名をお風呂という。
私たちが訪れているここはスーパー銭湯という、ウィードの大衆風呂である。
「ふひゃー……」
つい、変な声がでる。
初めての時はあまりの事態に余裕がなかったが、今は二度目だし、心の余裕があり、素直にウィードを楽しめている。
「……」
しかし、隣の姫様は違うようだ。
ああ、姫様は初めてだもんね。
正直、姫様が道化を演じていたってのは驚いたけど、実際は超優秀で、世話もメイドのクーノさんがやってくれるし、私は特に気にしないでよくなった。
まあ、仕方ないわよね。
こんな大量のお湯を無駄遣いするような施設が存在するとか、ハイデンではありえないし。
公爵令嬢の私や、姫様だって毎日はお風呂に入れない。
というか、そこまで苦労をして入る必要性を感じないのよね。
水浴びで十分だし、お湯を使うにしても、穴を細かく開けた桶にお湯を入れてシャワーとして使った方が少なく済む。
石鹸一つにしても高級品だしね。
ウィードでは違うみたいだけどー。
あれよね。異国と自国の文化が同じと思っているからダメなのよね。
こっちはこれが常識なんだと思えばいいのよ。
というか、初めて私がウィードに来た時の苦労を存分に味わってくださいな。
今まで散々振り回されたし、ほぼ全裸にされた恨みもあるから、これぐらいはいいでしょう。
あ、そういえば、ユキに服返さないと。
そんなことを考えていると、横にラッツ様が来た。
スタイルは私とほぼ同等なんだけど、身長が高い分、とてもかっこよく見える。
「カグラさんは、お姫様やメイドさんと違って余裕があるようですね」
「二度目ですから」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「でも、夕食は驚きました。パスタ1つであれだけいろいろな種類があるんですね」
そうそう。
ラッツ様に案内されたパスタ専門店というところでは、片手では数えられないどころか、両の手でも足りないパスタの種類が存在していた。
「まあ、地方によって違いますからね」
「地方?」
「そうです。パスタ自体は小麦で作られますけど、そのアレンジ、具や味付けなどは、その地方で容易に入手可能なモノになります。例えば、海が近いなら海の幸のパスタに、山が近いなら山の幸のパスタにという感じですね」
「なるほどー。いろいろな地方の特産品のパスタをお店で出しているんですね」
「もちろん、ちゃんと商品になるように、料理人が味を調えていますけどね」
いやー、流石ウィード。
唐揚げも美味しかったし、パンも美味しかった。
食文化も圧倒的敗北。
まあ、地元が不味いとは言わないけど、変わり映えしないから。
そんなことを考えていると、呆然としてた姫様が覚醒して、こちらの会話に入ってきた。
「ラ、ラッツ様。その地方にとって安易で特有の食材を用いてというのはわかりましたが、それは、その地方だけであって、遠方で同じような料理を作ろうとなると、輸送費などで、高騰しますし、なにより食材自体が長距離の輸送に耐えられないのではないですか? それらをどのように解決しているのですか?」
えー?
いや、姫様何をいってるんですかと思ってつい、私はラッツ様が回答する前に答えた。
「ゲートがあるじゃないですか姫様」
「ゲート?」
「あれ? 言いましたよね? ゲートを使ってウィードは他国同士の仲立ちをしているのと同時に、ゲート使った物流も管理しているって。ほら、バイデみたいに、ゲートを作って簡単に行き来できるのですから」
「その通りです。ゲートを使った物流があるので、輸送費は殆どかかりませんし、食品は傷む前に運び込むことができますからね」
「……」
私とラッツ様の答えの前にまた固まる姫様。
「はっ!? つ、つまりそれは、余分な食糧は少ないところへ、売り払えるということですか?」
「そうですね。そういう財源を作るための輸出も多いですよ」
「そうなれば、飢饉なども対策が……」
「できますね。そういう時の為の連合でもありますから。有事の際は、各国が連携して問題が起きた国の支援を行う。まあ、お互いで監視するという目的もあるのですが」
「……そうか、そうなれば、戦争を起こすのはよほどの覚悟がないとダメなのですね。連合に参加している国すべてが敵になるのですね」
「そういうことですね。小国にとってはこれほど良い安全保障はないでしょう」
「大国としても、国境の軍備削減ができますし、簡単に他国へ行き来できるなら外交が容易い。覇を望まなければ理想的ですね……」
姫様もようやく正しく、ウィードのゲートという技術を認識したのか、その活用方法に頭を使っているみたい。
でも、その前に大事なことを忘れているんだけどね。
「姫様、姫様」
「なんですか、カグラ。今はウィードと友好を築くために色々と考えているのですが?」
「いや、まずはユキの件をどうにかしないと、どうにもなりませんよ?」
「……」
私の言葉にお湯につかって赤に染まった顔が一気に真っ白になる。
うわー、人の顔色ってここまでわかりやすく変わるものなのね。
そこはいいとして、その連合の中核をなすウィードの王配を誘拐したのが私たちなんですよ?
そこの所わかってます?
きっと、私も同じような顔をしてたんだろうなーと思いながら、真っ白になっている姫様を見つめる。
友好どころか、険悪、戦争一歩手前ですよ?
その上ウィード一国だけでも手に余るのに、連合を相手にするという悪夢ですよ?
どう考えてもハイデンは消し炭にされますよ?
「……ど、どうしたら、いいのでしょうか」
「いえ、そこは姫様が考えないといけません。私は国政に口出しできる立場ではないので」
「カグラもユキ様を攫った共犯ではないですか」
「共犯とはいえ、私は姫様の勅命に従っただけです」
これからのウィードとの交渉は頑張ってください。
私は公爵家の次女。
公爵としての対応はお父様の仕事だし、もともと、私たち公爵家は初代様の件でそこまで険悪じゃないから、そこまでひどいことにはならないだろうと、今までのユキたちの態度を見てわかっているが、ここは突き放そう。
今まで姫様には散々苦労させられたから、ここらで意趣返しもいいと思う。
と、私が内心意地悪を決意していると、ラッツ様が笑いながら口を開く。
「なはは。そこまで慌てる必要はないですよ。まあ、お兄さんたちが攫われたのは、ブチ切れましたが、幸い、お兄さんたちは無事でしたし、そちらの国を亡ぼすメリットはないですからね」
「なぜ? メリットがないのですか? ここぞとばかりに大義名分で攻め込むにはよいのではないでしょうか?」
「ウィードはとくに覇など狙っていないのですよ。そもそもゲートがあるので、他国を力でねじ伏せるというやり方を取らなくてもいいんですよ。制圧してもそのあとの統治が面倒ですしね。そんな面倒なことをするぐらいなら、適当に講和して自国を開発した方がいいでしょう? 戦争なんてしても、国力を落とすだけですからねー」
「……そういうことですか。すでに、十分に国の安全が保障されているシステムがあるのに、わざわざ危険を冒す必要がないのですね。戦争で国民を消費するぐらいなら自国の発展に使った方がよいと」
「というより、連合で動くことになりますから、他国を落とすと、その分割でもめるんですよ」
「ああ、そういう意味でも侵略戦争を行うのは難しいのですね」
「ええ。防衛ならばともかく、侵略となるとお互いの足を引っ張ることになりますし、敵対してきた国は一度中枢を叩き潰した後、その国で代表を決めてもらい、再び立て直してもらうという条約もありますからね。わざわざ、荒廃した国の立て直しにお金なんて使いたくないですから」
「自国に組み込めば、負債になるのは目に見えているから、自分たちで立て直してもらおうということですか」
なるほど。
領土だけもらってもすぐに収入があるわけじゃないし、敵からとった土地なんてむしろマイナスよね。
人はいないし、建物はボロボロ、そんなところをもらっても嬉しくはないわよね。
新興貴族が僻地に領地をもらって人材や資金繰りでひーひー言ってるのと同じね。
国も同じってことか。
なら、国を再び立て直して、そっちで頑張ってね。ということね。
「とまあ、これがウィードというか連合の総意ですね。そんな感じで、ウィードがハイデンに無茶な要求をすることはないですよ。ましてや、攻め落とすとか、こっちの仕事が増えるだけですからね。これ以上は勘弁願いますよ」
「……しかし、賠償などは必要でしょう」
「そうですね。今回のことは、なあなあで済ませていいことではありません。まあ、そこは我がウィードの女王陛下との謁見の時にでもお話してくださいな。一応明日席を設けていますので」
「……わかりました」
「と、そろそろ上がりましょう。のぼせてしまいます」
そんな感じで、お風呂から上がり、コーヒー牛乳を飲みながら思う。
ウィードの女王陛下か。
いったいどんな人なんだろう?
ユキの奥さんの一人だし、ウィードの人たちがかなり慕っているし、とても優しい女性なのかな?
話し合いの席があるくらいだし、ちゃんとした人だというのはわかるから、そこまで心配しなくていいかな?
……と、思っていた時がありました。
私は、いや、私たち、ハイデンのメンバーはゆっくり旅館で休んで、翌日、早朝から、女王陛下との謁見に行ったんだけど。
「ようこそ、ハイデンの方々。私がウィードを統べる女王セラリアである」
キンッ!!
そんな音を立てて目の前に立っているのは、優しさとはちょーっと、分類が違う、武人という感じの女性だった。
だって、ハーフプレートアーマーを着こんで、剣を腰に佩いてこの謁見に登場したのだから。
しかも、わざわざ佩いていた剣を鞘ごと抜いて、正面に持って杖代わりにしている。
彼女を包む雰囲気もピリピリ張り詰めたものがあった。
だが、そうした態度でも、ちゃんとした覇気や気品が見て取れるから、王族なんだなーというのは感覚的にわかった。
「この度は拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極でございます」
お父様がそういって、まずは当たり前の挨拶から入る。
「して、何用でこのウィードへ来られた? あなた方は自分の立場を理解しておいでか?」
そう女王陛下が言うと、一気に空気がきつくなった。
女王陛下だけだった、ピリピリとした雰囲気が周りに伝染しているのか、他の兵士たちやメイドからも怒気が溢れてくる。
やっぱり、当然怒っているわよね。
その極度の緊張の中で、お父様に代わって口を開いたのは姫様だ。
「……存じております。セラリア陛下。私の不用意な召喚のせいで、貴国の、陛下の伴侶であられるユキ様やご家族を、我がハイデンのバイデへ連れて行ってしまいました」
「連れて行ったというのは、些かどころか、かなり言い方に問題がある。あれは立派な誘拐だ、せめて連れ去ったというべきだ。挙句、戦闘の矢面に立たせるのが目的だったと聞く。そちらの国ではよその国から誘拐をして、なにもわからない者を、自国の為に戦わせるという厚顔無恥な行いが当たり前なのか?」
「……そのようなことはございません」
「ならば、なぜ、我が夫は未だそちらで忙しく立ち回っている!!」
「……」
「……そちらの情勢は夫からは聞き及んでいる。しかし、しかしだ。今の状態はひとえに我が夫の温情だ。普通であれば、すでに貴国とは矛を交えていても何ら不思議ではない」
そうよね。
女王陛下の言う通り、普通王族を攫ってこき使っているなんてしれれば、開戦していておかしくないぐらいの状況だもの。
「国交すらまともに結んでいない状態で、我が伴侶を手足の如く使っているハイデンは、ウィードにどのような賠償をするつもりか?」
そういって、女王陛下は杖代わりにしていた剣を鞘から引き抜き、剣先を姫様に向ける。
「返答如何によっては、姫の首をここで落とし、我がウィードは貴国、ハイデンに対して宣戦を布告する。それをよく考えて、口にせよ」
って、あれ?
思ったより、この状況不味くない?
ねえ、ウィードは開戦するメリットがないんじゃなかったの!? ユキ、ラッツ様!?
ひ、姫様、ちゃ、ちゃんと誠意ある謝罪をお願いしますよ!!
「……恐れながら、女王陛下……」
そして、姫様が意を決して口を開く。
それは、私たちにとってどうか、未来ある返答でありますように……。
そして始まる謁見。
当然の話しから入って、どう終わるのか?
カグラの胃はキリキリ痛む!!
あと、オフ会について確定しましたので、興味がある方はご覧ください。




