第535堀:真実とさらなる苦悩
真実とさらなる苦悩
Side:キャリー・ハイデン
「……」
私は今、何を口にすればいいかわからないでいる。
正直に言って、私は目の前の現実がいまだ受け入れられていない。
なぜならば……。
「今日はどこで晩御飯にするか?」
「そうだなー、昨日は和食だったし、今日は中華とかでどうだ?」
「いやー、寿司は?」
「ねー、とーちゃん、かーちゃん。今日はデザート二つ頼んでいい?」
「ダメだ。甘いものを取りすぎるのは良くない」
「そうよ。お隣の○○ちゃんが半年で、子豚になったのを見たでしょう?」
「……一つでいい」
「ねえ、今日はあそこに行ってみない?」
「ああ、新作デザート出したって言ってたわね」
「いいんじゃない。どうせそのあとは温泉だし、多少多く食べても相殺されるでしょう」
「その前に、洋服見に行くっていってなかった?」
そんな会話をしながら、夜の街を歩く、人、人、人。
どこの国に、夜になりここまで出歩く場所が存在するのか。
いや、目の前に存在していた。
既に日は落ち、普通であれば、治安が悪くなるので、余程の事がなければ子供連れや、女性だけで外を出歩くことはない。
と、思っていたのだが、ここは違った。
街を照らす街灯というものは、松明を灯すよりも明るく周りを照らし出し、その街灯が道にそってズラーっと並んでいて、夜だというのに、はっきりと周りを見通せる。
そのおかげか、人々はいまだ眠ることを知らず、夜の街で楽しそうに出歩いている。
もちろん、その人々に合わせて、店もしっかりと開いている。
その店も、傍から見て異常だとわかる。
いや、どのお店も、外よりはるかに中が明るく、まるで昼のようだ。
見たこともない食べ物や、衣類、雑貨などなど、正直ついて行けない。
私が知っている豊かさなど、この街の足元にも及ばないというのだけはよく理解できた。
「……ここは、どこですか」
そして、ようやく絞り出した言葉がこれ。
それにこたえるのは、以前ここを訪れたという、カグラにジョージン殿だった。
「……えーっと、どこでしたっけ? ジョージン殿?」
「ふむ。確か、パンフレットの案内によれば、商業区の飲食楽通りですな」
「飲食楽通り? どういう意味でしょうか?」
私が呆けている間に、カミシロ公爵が質問をしていた。
そして、それにこたえるのは……。
「簡単ですよー。文字通り、飲食が楽に、楽しくできる通りということです。夜でも賑やかになるのは見ての通りですから、ここにくる巡回の警察も多いんですよー」
ウサミミを揺らして答える、精霊の巫女様のラッツ様。
いえ、この場所では精霊の巫女、戦士様たちは普通にこの街の一般市民として大人数が生きているようで珍しいものではないとか。
……聞いてはいたけど、この目で見るまではどこか半信半疑だったのでしょう。
私自身が動揺していて、上手く口を開けないのですから。
それに加えて、このラッツ様もユキ様の奥様の一人であり、この商業区の管理者らしいのです。
『まあ、今は副代表ですけどねー』
……このような、物凄い商業場所を構想して、整備して、運営するということを成し遂げた人がよくわからないことを言っています。
私であれば、彼女のような物凄い才覚があれば、彼女が寿命を全うするまでは、ずっとこの立場から外すようなことはしません。
それはどう見ても国の損失であるというのがわかるから。
「ま、それはともかく、ウィードの案内は明日詳しくやるとして、今は晩御飯でも食べましょう。皆さんは何がいいですか? 今回はあくまでも秘密裏な非公式訪問みたいなものですから、お堅い席より、のんびりした方がいいでしょう」
そういって、ラッツ様は私たちに希望を聞いてくる。
そう、私とカミシロ公爵はジョージン殿やカグラを頼って、現在ウィードへ訪問しているのだ。
まさか、本当にゲートというものがつながっていて、簡単に行き来ができるとは思いもしなかった。
……本当に、ユキ様たちは、いつでもこのウィードから軍を送り込めるという話が事実だということを、これで信じざるを得なかった。
まさか、ここまでの超技術大国の要人を召喚していたとは……。
これでは、フィンダール帝国と戦争をしていた方が、まだマシだったのかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えるほど、ウィードの力をこの短時間の訪問で感じ取っていた。
一般人の生活レベルですらこの状態で、信じられない技術が使われているということは、国全体の国力を考えると、さらに凄いと予想ができ恐ろしいものがある。
決して、敵に回していいものではないと、私の直感が訴えている。
だが、非常に遺憾ながら、ユキ様を召喚して攫ったという事実があり、今、ハイデンは存亡の危機に瀕しているといっても過言ではないだろう。
ユキ様はそういう意志はないと言っているが、奥様たちの眼光の鋭さはよく覚えているし、今でもそれは一部の奥様たちから放たれている。
つまり、未だ、ハイデンは危機を脱してはいない。
何とかして、奥様たちの機嫌をとって、万が一でもハイデンへ攻めるようなことが無いようにしなければいけない。
だが、わたしはこのラッツ様に言葉を掛けられないでいる。
それも当然のことながら、彼女の夫であるユキ様の誘拐に加えて、実子である娘も私たちが巻き込んで召喚してしまったから。
夫と我が子を誘拐した相手をそう簡単に許すわけがない。
私であれば即死罪を言い渡すレベルだ。
……正直にいって、この場で自分の首が地面に落ちてもおかしくないのだ。
防ごうにも、ユキ様の奥様たちは一様に、戦闘では常識を逸脱するレベルの達人で、防ぐことすら不可能。
そんな相手に私が口を開くのをためらうのはしかたないのですが、そんなのはお構いなしで話しかけるハイデンの身内が一人いた。
「あのー、ラッツ様。あそこのお店って何ですか?」
「あそこー? ああ、パスタ専門店ですね。えーっと、パスタってわかりますかね? 小麦を練って細くして……」
「あ、分かります。こっちにも同じようなものがあるんですね。でも、種類は多いみたい。あっちは、せいぜいハーブとかキノコ、スープぐらいだし」
「私たちの所もそんな感じでしたよ。あのお店にあるパスタの種類の大半はユキさんの故郷の料理ですからねー」
なんで!! なんで、カグラはあんなに普通に話せるのでしょうか!?
「へー、ユキの故郷のか……じゅる」
しかも、ユキ様の故郷の料理と聞いて舌を舐めずりするなんて、貴女は何を考えているんですか!?
ハイデンの品性を疑われるではないですか!?
「ほほう。ユキ様の故郷のパスタですか、私も興味がありますなー。キャリー姫様や公爵閣下が問題ないのであれば、あちらで夕食を取りたいですな」
ジョージン殿はカグラの言葉に賛同して、私たちに話を振ってくる。
それを聞いたラッツ様も、こちらに視線を向けてきます。
「え、えっと、問題ありません」
「そ、そうですな。見知らぬ食べ物ばかりで、知っている食べ物の方が安心できますな」
「そうですか、賛同を得られて何よりです。では、ラッツ様、あちらでお願いできますかな?」
「わかりましたー。ではちょっと席が空いているか聞いてきますね。アスリン、フィーリア、みんなを頼みましたよ」
「「はーい」」
そういって、ラッツ様はそのパスタ専門店とやらに向かっていきました。
残るのは、私たちと、ラッツ様と一緒に私たちの護衛兼、監視のために来た、アスリン様とフィーリア様。
彼女たち2人は幼いせいか、私たちのことをよく理解していないのか、敵対心を持っていないので、比較的安心して話しかけられる存在です。
ラッツ様がいない間に、なんとかアスリン様とフィーリア様と仲良くなっておかなくては……。
「あの、アスリン様、フィーリア様、ちょっとお話を聞きたいのですがよろしいでしょうか?」
「なんですかー?」
「なんなのです?」
やはりお2人はこちらに対して敵対心というのはないらしく、素直に私の言葉に小首をかしげて聞き返してくれます。
しかし、逆に遠回りに聞いても理解してくれないということですし、なんと聞けばいいのか判断に迷うところですね。
「えーっと……その、ですね……」
「「うにゅ?」」
この子たちに、ラッツ様たちとの間を取り持ってほしいと言って理解できるのでしょうか?
もっと、簡単で分かりやすい言い方はないものか……。
そんな思案をしていると、ジョージン殿が横から声をかけてきました。
「キャリー姫様は、アスリン殿、フィーリア殿だけでなく、ラッツ様とも仲良くしたいのですよ。しかし、ユキ様をバイデに連れて行った手前、少々声をかけづらいようでしてな」
「ああー」
「わかったのです」
ほっ、ジョージン殿がいて助かりましたが、これは彼に借りを作ってしまいましたね。
後日、なんとか穴埋めを考えなければ。
と、今はそんなことより、このお2人と仲を深めることを考えなければ。
「ジョージン殿の言う通りです。知っての通り、私はお2人も含めて、バイデに勝手にお招きしてしまいました。それはいくら理由があるとはいえ、奥方様たちにとっては許しがたいことだとよくわかります。ですが、私の不始末でハイデンを危険にさらすわけにはいかないのです。どうか、ラッツ様や他の奥様たちの仲立ちをしてはいただけないでしょうか?」
「うーん。別にそんな心配はいらないと思うなー。お姉ちゃんたちはそんなことで、お姫様の国をどうこうしようとは思わないよ」
「そうなのです。姉様たちはそんな八つ当たりをするような人じゃないのです」
その言葉を信じたいのはやまやまなのですが、私は一国の王女であるが故に、ちゃんとしたストッパーが欲しいのです。
と、言って理解できるお2人ではないでしょうし……。
うーん、とりあえず、個人的に仲良くなりたいというべきでしょうか?
でも、それでは……。
そんなことを考えていると、今度はカグラが口を開きます。
「えーっと、あれよ、あれ」
「あれ?」
「あれれ?」
「ほら、遊んでもいないのに友達って言われても変でしょう?」
「あー、そうだねー」
「確かに、それは名前を知っているだけなのです」
「そうそう。だから、姫様もそういう上辺だけじゃなく、ちゃんとした友達になりたいのよ。そもそも最初がちょっと不味い出会いだったでしょう? だからその分自分からお友達にーって言い辛いのよ」
「なるほどー。確かに、理由があったけど誘拐はダメだよねー」
うぐっ!?
こんな幼い子に私の罪を非難されると、良心がすごく痛みます。
「でもー、カグラ姉様から話を聞く限り、お姫様も仕方がなかったのです。お姫様はお友達の為に頑張ってきたのです。フィーリアも、アスリンが殺されたら怒るのです」
「そうだねー。実際話を聞いてないから、お姉ちゃんたちはそこらへん、まだ気持ちの整理がついてないかもね」
「うん。たぶんそうだと思う。私もまだ、向けられる視線は冷たいから、あはは……」
そうでした、私が道化を演じているときから、カグラはこんな矢面に立っていたのでした。
……やはり私はいまだ、どこかで誰かに頼るという意識が残っているのでしょう。
今だって、ジョージン殿や、カグラを無意識の間に私の交渉事に引っ張り出したではありませんか。
これは、褒められたことではありません。
そもそも、今回の騒動はハイデンの管理ができていなかった私たち王族の責任であり、召喚そのものについても、私が、カグラの召喚道具を魔力の補給として使わず、召喚にこだわり全魔力を消費して鹵獲されても使われないようにという目的のために使った結果なのですから、非は私がすべてかぶるべきこと。
……ここは、今王族としての汚いプライドをさらしている時ではありません。
人として、まずはやるべきことをしなければ。
彼女たちですら、幼いからと言って使いやすいだろうという目で見ていました。
まだ、私は彼女たちに謝ってもいないというのに。
「アスリン様、フィーリア様、今更ではありますが、今回の不始末、本当に申し訳ありませんでした。お詫びが遅れたこと本当に申し訳ありません!! そして、どうか、他の奥様たちとも仲良くできるよう手伝っていただきたいのです」
私がそういって頭を下げる。
すると、また違った声が聞こえる。
「ふむふむ。キャリー姫様が真摯に謝って、私たちとちゃんとした関係を築きたいというのはわかりました」
「え、ラ、ラッツ様!?」
顔を上げると、ラッツ様がいつの間にか戻ってきていました。
「まあ、私からも他のメンバーにはある程度とりなしておきますよ。先ほどのような真摯な態度で向き合えば、そう責めるとは思いません」
「ありがとうございます」
「まあ、それよりもまずはウィードを堪能してもらいましょう。他のメンバーとも仲良くなりたいなら、分かりやすい会話のネタがいりますからね」
「そう、ですね。よろしくお願いします」
「はいはい。このラッツにお任せください。なにせ商業区の副代表ですからね。と、食事はできそうなのでこちらにどうぞー」
そういわれて、パスタ専門店というところに向かっていく。
……まずは、こういうところから仲良くなれということですね。
頑張ります!!
姫様ちょっとした真実を知って、頭を抱えるの巻。
知っての通り、さらに驚くべき真実があるのはみんな知っての通り。
まあ、それを話すのはもっと先のことでしょうが。
あと、前回のジョージンの話しでキャリー姫が事情を聴きにきたのが、昨日の明朝から改稿して早朝と記載して、今朝ではないかという質問ありましたので、そこの説明をば。
キャリー姫がジョージンに話を聞きに行ったのは、ユキとの話し合いが終わったすぐあとで、ユキはそのまま資料制作に行っております。
そしてその日は、資料を作って、寝て、次の日にザーギスたち、ルナと話して、その後、ジョージンと合流しているので、「昨日の早朝」で問題ありません。




