第1977堀:医療現場の人員について
医療現場の人員について
Side:ルルア
「ふむふむ」
私は新大陸から送られてくる報告書に目を通しています。
何せ、新大陸は広大で、南北どちらにも大きな台地があり、そこで生活する人や魔物が多くいます。
今回は、オーエ王国の召喚ということで、慌ただしかったのもありますが、普通であれば初めての土地ですから、ウィードの医療を預かる身としては、しっかりと土着病などのことを調べなくてはいけません。
ようやく落ち着いてきたので、色々とオーエを中心に病気に関しての情報を集めてもらっているわけです。
とはいえ、運が良いのか、今のところ現地の調査をしている医療班たちからは、新しい病気の発見は無いようです。
風土病のようなものもありましたが、それもロガリやイフでも発見されているもので、対処方法も確立していました。
森の中ということで、虫が原因のモノや、それらを媒介とした病原菌が原因の病気も多々ありますし、毒に関しても多くの生き物がいるので、多種多様な毒が発見されていますが、こちらも新型の毒ではなく、今まで発見されているものがほとんどです。
もちろん、新種の生き物から採取される毒などもありますので、新しい発見にこの報告書が楽しみです。
新しい毒はすなわち、新しい薬になりえるモノですからね。
「アスリンたちが主導で行っている、南端の森にももっと人手をやれればと思うのですが……」
今一つぱっとしないというと違うのですが、人手の少なさと、魔物発生の原因を探るという事柄から、医療班は付いて行っていません。
もちろん、アスリンを筆頭に、ワズフィやハヴィア、ナイルアたちは病気や毒が効かないようになっていますので、安全なのですが、いつまでも詳しい調査ができないというのは、今後のことを考えても危険なのです。
「とはいえ、人はやれないですからね……」
今、ウィードの人材は枯渇気味です。
今までも枯渇気味だったのですが、新大陸北部の状況を見ての大増員ということで、人がどんどん外へと出て行っています。
いや、まあ、現場が人を育てるとも言いますし、良い機会ではあるんですが……。
「それにしても人が移動しすぎですね」
陸上戦艦が最大5隻稼働予定なので、その分の人員を病院からも送り込んでいます。
もちろん、基本的には軍属で勉強をしている人が主体ではありますが、それでもウィード病院で医療をすることで、経験を積んでいる人たちです。
つまり、基本的にはウィードで勤務をしているというわけで、病院の人員でもあります。
なにせ、ウィードの病院は今では、大陸間交流同盟の中では、最高峰の医療水準を備えている場所といわれていますので、各国の重病人が治療のために訪れているんですよね。
もちろん、考え無しに可哀そうだから受け入れているわけではなく、旦那様が口癖のように言っている……「データ」を取るためです。
各国の病気のデータ。
そして地域の人の基本的なデータを取るためにそういう受け入れをしているのです。
もちろん、要人や貴人などの立場の人には相応のお礼をもらっていますし、特殊な病気な人の発見も手伝ってもらっています。
珍しい症例というのは、本当に貴重なデータ、サンプルになりますからね。
こうして、医療のデータバンクにもなっているわけです。
旦那様の言いようはあれでしたが、今では私たちも納得しています。
確かに良いとは言い難いです。
私たち、そしてこれからの人のために症例を診せてくれと言っているのですから。
言い方を変えれば、もっと苦しめと言っているのと変わりはありません。
「あの……ルルア様?」
不意に声をかけられ顔を上げると、そこにはリュシが立っていました。
「ああ、リュシですか。すいません。ちょっと報告書を読んでいました。それで、何の御用でしょうか?」
この院長室にやってくるというと、まあ大体決まってはいますが、聞いておきます。
「はい。南部、ではなく南側の荒野砦での活動記録です」
そういってリュシが報告書を渡してきます。
一応、新大陸部門は別で存在するのですか、医療に関しては情報の共有が必要不可欠なので、こうしてリュシを通じて渡してくるのです。
「ありがとう」
早速受け取って、報告書に目を通します。
特に目立ったことは無いようですが……。
「ふむ。受け入れた難民たちが、そろそろ元気になってきたのですね」
「はい。いまだに心の傷は癒えているとは言い難いですが、医療設備は整っていますし、重症患者は回復魔術をつかいましたから、完治は相応に早いです」
「南砦の医療環境はちゃんと機能しているようですね。軍人の受け入れが始まる前に、難民の方たちの方向性が決まればよいのですが」
この難民たちというのは、北の町に連れてこられた捕虜たちのことです。
保護した当初は、かなりおびえていたり、酷い扱いを受けていたのか、かなりやせ細っていて、その影響で病気やけがをしていたのですが、それもここ2ヶ月で安定したようですね。
そうなると、今後の身の振り方となるわけですが……。
「それに関しても話をしています。一応オーエに戻り、追い出された中央部への帰郷を望むものと、もう戻らず南の国での生活を望むもの、そして、ウィードでそのまま生きていたいという人も」
「それに関しては人それぞれ思う所はあるでしょう。とはいえ、ウィードはともかく、ほかの二つに関しては、受け入れが難しいですね」
「はい。一応、難民を受け入れた当初から、彼らをどう扱うべきかとオーエと話し合っておりますが、オーエはいまだに、中央の連合軍との戦いが後を引いており、食料供給が落ち着いてはいません。下手な受け入れはオーエ内部に混乱をもたらす可能性が高いと」
「それも当然ですね」
確かに、オーエ国では彼らを被害者だとみる人は多いですが、それでひっ迫している食料を分け合うかというと違います。
食べることは生きること、生きることを放棄してまで難民を助けるというのはまずいたしません。
余裕があるからこそ、他人を助けることができるのです。
それを上の判断で押し付けてしまえば、それこそオーエは内部から崩壊する可能性が出てきます。
ほかの南部の国も同じですね。
亜人排斥で脅されていたところに、亜人を受け入れてしまえば、国の思惑とは別に、面倒を引き受けたと思う人は一定数出てくるでしょう。
その場合も、あまり良い結果にはならないでしょう。
あ、中央部への帰還に関しては、いまは論外というしかありません。
というか、中央部のクリアストリーム教会が勝手に動いていて、それに賛同する国々がいるという現状です。
今回の問題の最大の原因が存在する地域です。
そこに戻ればまたトラブルに巻き込まれるのは必然でしょう。
ですが、それだけのことをされても戻りたいと思うほどには、良いと言える場所があるのは良いことではありますが。
「難民の皆さんについては、現状を説明して構いません。黙っておけばそれだけ不満が募るでしょう。ひとまず、南砦で仕事をしてお金を稼ぐという方向で説明してください」
「わかりました。その方が展望を持てますね。お金って大事ですから」
「ええ。手元にお金があるのとないのではある方が断然良いですから」
まあ、そのお金が元でトラブルになる可能性はあるのですが、それを言い出したら全部のことにトラブルはつきものですからね。
そこは自己で何とかしてもらうしかありません。
それで難民の話は終わり引き続き報告書へ目を通しますが……。
「……ああ、南砦からも軍医や看護師が引き抜かれたのですね」
「はい。最前線勤務に近いということで、こちらも半数が入れ替えになったとトーリ様から聞いています。ジェシカ様が嘆いていたと」
「まあ、妥当ではあるんですが。引き抜かれる側は大変ですね。こちらも同じではあるのですが」
新人を叩き上げるということでは理想的な環境ではあるんですが、その代わりに新人を繰り上げて配置するということになります。
それは、いずれしなくてはいけませんが……。
「練度についてはどうなのですか?」
「練度については、速成教練になっているので、今までの人たちと比べると、やはり落ちるそうです」
「当然ですね」
最近のウィードは新大陸はもちろん、各国でのトラブルが起き、その度に派兵をしている状態で、兵が足りていない状態なのです。
普通であれば、手を引けばよいのですが、放っておくわけにはいかないケースが重なっており、兵を増員することになったのですが、簡単に兵士が増えるわけでもなく、こうして日々の人手不足に陥っているわけです。
もちろん、病院の人員もですね。
利用者は増えましたし、医学はこれから国を発展することには必要不可欠です。
「そういえば、リュシは陸上戦艦には乗船しないのですね?」
そう、なぜか彼女は陸上戦艦の乗員には入っていませんでした。
彼女なら十分に医療班を率いれると思うのですが……。
「無理ですよ。経験的にも物理的にも。私は一応、北の町、南砦でのエノラ様のサポートを行っている状態ですよ? これで私が抜けるわけにはいきません。その前に、私はあくまでもユキ様やルルア様に目をかけていただいているだけで、新参者ですから」
「ああ、そういえばそうでした」
リュシに言われて思い出しました。
確かに彼女は新人であり、旦那様が助けた関係上、そして怪我の度合いからある種のデータどりの対象というのがあって、かなり密接に接していました。
それは傍から見れば嫉妬を生んでもおかしくはありません。
ですが、それを思わせるようなことはありません。
彼女自身が良く学び、良く学友たちと接しているからです。
もちろん、彼女がひどい目にあったというのも知ってはいるでしょうが、それでもここまで問題なくやれているのは間違いなくリュシの才能と努力のたまものでしょう。
そして、このリュシを相手では、暴力に訴えるしかなかったというのは理解できます。
村長はよほどプライドを傷つけられたのでしょうね。
器が違います。
「まあ、私としては医療の指揮を執っても文句を言う人がいるとは思いませんが、懸念はわかりました」
「いやいや無理ですから。元々ユキ様の側付きでもあるんですから」
「あ、それも忘れていました」
「え~」
「冗談です。とはいえ、医者を速成は流石にですね……」
「絶対だめです」
リュシも即答で答えます。
当然ですね。
医療ミスで救える人を救えないなどというのは避けなくてはいけません。
とはいえ、どうやって減った人たちの分を補うのか……。
今いる人たちには頑張ってもらうしかなさそうですね。
医療は一日にしてならず。
治す方も、学ぶ方も。
増やしてって言って簡単に増えるモノでもありません。




