第1068堀:手を伸ばした理由
手を伸ばした理由
Side:セラリア
「で、面会はどうだったかしら?」
私は一週間にも及ぶ小国との面会をこなしてきた夫の感想を聞く。
「いやぁ、ホント大変の一言に尽きるな。よくやってるなセラリアは」
「私の仕事の大変さをわかってくれて何よりだわ。まあ、私とはずいぶん違った苦労があったみたいだけど……。でも、意外だったわ。差し出された娘のうち半数近くを引き取るなんて」
そう、意外や意外。
夫は拒むものだとばかり思ってたのだけど、なぜか差し出された娘たちをさすがに結婚するとまでは言わなかったけど、ずいぶん引き取ったのよね。
そんなことをしたら、しがらみが増えるだけで、面倒極まりないはずなんだけど。
「あぁ、引き取ったっていうのとはちょっと違うな。今後の魔力枯渇現象調査の各国代表をやらせるのにちょうどよかったからな」
「ええ。あとで報告書は纏めますけど、小国は小国で調査隊を作ってもらって、調べてもらうことになったんですよ」
「それで、各国にいるリーダーになりうる、または知識の深そうな人って考えると、ちょうど面会で訪れた女性が該当だったってわけですね」
「なるほど。それは確かにそうね。馬鹿な娘をよこすわけはないわ」
そもそも、ウィードの裏を調べろとか、旦那を通じで援助させる目的で連れてきたんだから、そういうことをこなせるぐらいの頭や実力は必要よね。
なるほど、確かにそう考えると、夫の言ったように魔力枯渇現象調査のための指導者や研究員になりえるわね。
「もともと、そっちの人材は不足していたから渡りに船って所かしら?」
「ああ、これである程度調査の方はすすむだろうさ。まあ、精度についてはこっちで確認する必要はあるだろうけど」
「そこはどのみち仕方がないわね。でもそうなると、半数は調査のリーダーや研究員になりえなかったわけね」
「そりゃ娘さんをっていうのがそもそも半分ぐらいだったからな。残りの半分は自分の所に何とか産業になりそうなモノはないかって相談だったしな。それはそれで、大国だとやたら時間がかかるだけで結局相手にされないってな」
まあ、大国の王だって今回のような小国の運営相談とか馬鹿なことにいちいち時間は使えないわね。
余程仲とかよくない限りは無理だわ。
こっちとしても調査をしてもらいたいから、その代わり相談を受け付けるって話に持っていったわけね。
これで合法的に調査に対して私たちが口を出せる状況ができたというわけね。
結果からすれば好調な滑り出しといっても良いでしょう。
「それで、国境の紛争に関しての相談もあったはずだけど、そっちはどうなったの?」
「ああ、あっちか。あっちはどうにもならん」
「それは流石に当事者の小国同士の利害ですからねー。私たちが口を出すわけにもいきません」
「はい。内容としては、利水の鍵となる町が隣の国へ帰順してしまって、水が使えなくなってしまったということでしたから……」
あー、そっちの関係ね。
それは……。
「国際条約では、国境沿いの町の所属は、領主の宣言を第三国が確認して認めることになっていたわよね? そこは?」
「帰順宣言はロシュールがちゃんと確認してるから今更変更は無理だな」
「って、クソ親父!?」
なんでそんな馬鹿な判断を!
というか、それって私の祖国の問題じゃない!?
「まあまあ落ち着け。これは別にロシュール王が悪いって話じゃない。判断したのはアーリアお姉さんの方だしな。今回のことは」
「はぁ!? それこそ何かの間違いでしょう? お姉さまがそんな馬鹿なミスをするわけないじゃない!」
あのクソ親父ならともかく、聡明なお姉さまがそんな理不尽で確実に問題が発生するような帰順宣言を受け付けるわけない。
「だから、落ち着けって。ロシュールが庇護している小国なんてそれこそ10どころじゃないことは良く知ってるだろ。で、その国境の制定の一つ一つにいちいち王女が出てくるわけないだろう」
「……つまり、帰順宣言を認めた部下が馬鹿だったってことかしら?」
「いや、そうじゃない。元々、水の利権についての契約まで含んで問題のない帰属変更にしていたらしい。なにせ水のことだから死活問題だ。それをうやむやにしてはまずいというのは分かっていたんだろう」
「どういうこと? 水のことの契約はちゃんとしっかりしていたのに、それでも利水についてもめているってこと?」
「そういうことだ。とはいえ、今んところ片方の主張だけだからな」
「はい。お話は聞きましたが、一方的に鵜呑みにはできません」
「ですねー」
夫の言葉にエリスとラッツが苦笑い気味に同意する。
「それでも、訴えてきたってことは実際にはかなりの問題があって、わざわざここまでやってきているのよね? 詳しい内容は?」
「ああ。今やその町が所属する川の本流から出ている支流が、今回訴えてきた国へ水を流していたんだが、最近雨が降らなくて水が不足したので、支流を止めて本流だけというか、帰順している国だけの利用になっているってことだ」
「そっち?」
「そっちだ。でも自然災害だからといって文句を言わないわけにはいかない。だって目の前に水はあるんだからな。とはいえ、領有してる側だって自国にも十分水が回らないのに、他国に回しているっていうのも問題だからな。訴えた側も相手をどうにかしてくれというより、とにかく水をどうにかできないかって話だった」
「そもそもの国境の争い自体が、国同士というわけでなく、その水の利用を巡る近隣の町や村がぶつかり合いをしているってことだ」
昔から水の権利にはこういう争いが絶えない。
しかも水というのはそこに生きる本人たちにとっては死活問題だから、国同士の意向なんて関係ない。
「なるほど。このままじゃ国の意思とは関係なく戦いが始まりそうってわけね?」
「そういうことだ。で、その村々としては死活問題だから。分けてくれないなら力づくで奪ってしまえって考えが主流になっているわけだ」
「で、元々の問題は相手の国じゃなく、その町が隣の国に帰順したのが悪いって言ってましたねー」
「そういえば、そんな話をしていたわね。でも、その水の問題って町にとってはどちらに所属していても結局よかったんじゃない?」
「いえ、それがむしろ町の領主の立場から考えると今の方がいいのです。元々周りの村の数は帰順した側の方が多いですからね。おそらく、こういう状況まで考えて隣国に乗り換えたんじゃないかといっていました」
「……元々水に難のある場所だったってわけね。で、水源はどうなっているの? 雨が降らないにしても元を確認しにはいったのかしら?」
「それができていないようです。元々水源がある山は魔物が多く住むのでうかつに調査できないのです。実は町の領主が隣国に帰順したのも、その方が国力が高く有事の際に行動してくれると判断したというのが理由です。で、訴えてきた国もそれは理解していたからこそ、隣国への帰順については問題になりませんでした」
まっとうすぎる判断ね。
町を庇護する力がない国につくというのは町を滅ぼす選択と同じ。
領主として当然の判断だったわけね。
「で、それならまず受け入れた側が対処するべき案件ね。ということで、この手の問題はウィードじゃなく、まずは隣国、またはロシュールのような庇護する大国が対処すべきじゃないかしら? これって多少の問題というレベルを超えているわよ? 下手をすれば水を巡って一帯で大きな戦争が起こるわ」
「言っていることは分かるが、隣国はともかく、ローカルな利水の関係でただ第三国として確認しただけの庇護国がでしゃばっていい問題か?」
「……うーん、微妙なところではあるけど、そもそもが戦争を起こさせないための条約よ? それを守れなかったというのはロシュールとしても汚点でしょう」
そうよ、属国の争いすら沈静化、纏めることができない国主なんて噂がたてばアーリアお姉様の評判に傷がつくわ。
特にロシュールは大国。侮られればそれだけでいろいろ面倒になるわ。
「それがそういうわけにもいかないんですよー。なにしろ、その国にとってはロシュールを頼るって時点で独力、または隣国と協力して解決する力がないと思われます。そうなれば結局大国や同盟から睨まれることに変わりはないんですよー」
「ですね。結局自分たちの力では解決できないから助けてくださいというのは変わりません」
「でもそれって、私たちに泣きついているって時点でダメじゃないかしら?」
「それがそうでもない。俺たちウィードは表向きロシュールから独立した『超小国』だ。裏の立ち位置はともかく、表向きには運よく立場を手に入れた小国にすぎない。歴史だって浅いしな。だから相談しても問題はないだろうって判断があったんだろうな」
「ならなんで、私に面会じゃなくて、わざわざ貴方なのよ? ロシュールとのつながりを考えるなら、私の方じゃない?」
何せ私はロシュール王国の第二王女。
現国王であるクソ親父、そして次期女王のアリーアお姉様には絶大な発言力がある。
「だからこそ相談するわけにはいかないだろう? あくまでも小国である『ウィードと協力』して解決しましたって看板が欲しいのに、下手にセラリアに相談して全部包み隠さずロシュールに伝わってそれでなんとか解決されたりしたら、ロシュールに直接協力要請することすらできずにウィードに仲介してもらったってことになって、さらに評判がガタ落ちになることは間違いない」
「それって私にこうして話が来ている時点でダメじゃないかしら?」
「それならダメじゃないですよー。何しろセラリアに相談をしに行ったのはあくまでウィードの王配であるユキさん。つまりお兄さんですからー」
「ラッツの言う通りです。あくまでも問題解決のためにセラリアの所を訪れたのはユキさんですから。ウィードがセラリアを通してロシュールに助力を求めたと判断されるでしょうが……」
「はぁ。これってまだ正式にはウィードの相談をしてるだけということね」
ええ、言い分は分かるわ。
確かにそれならまだセーフでしょうね。
で、直接私に相談しないのも正解。
確実にロシュールのお姉さまに連絡を入れて事態の解決を図るでしょう。
そうなればその小国の未来は明るくないわね。
「でも、まだ私やロシュールに直接お願いしていないだけ余裕があると見ていいのかしら?」
「どうだろうな。本来関係のないこのウィードに相談しているってことはそれだけ大問題だとは思うけどな。だが、冒険者ギルドの方にはまだ依頼を出してないようだ」
「冒険者ギルドにも?」
私は思わずミリーの方を見る。
冒険者ギルドはこういう時の便利屋なのだから、そもそもそこに依頼を出していないというのはまた不思議だ。
「仕方がないのよ、セラリア。ユキさんたちから資料を見せてもらったけど、その小国にある冒険者ギルドの質を考えると依頼を出すのは難しいの。結局のところ応援を大国の冒険者ギルドか、ウィードに頼むしかない状態。で、下手に大国の冒険者ギルドに依頼を出せば……」
「それこそ、ロシュールに内情が伝わるってことね。でも、面子のために苦しめられる国民はたまったものじゃないわね」
「いや、面子というか、今回の場合は救いのないパイの取り合いだからな。それに冒険者ギルドに依頼してもそもそも『水の問題』の方が解決しなかったら結局お金を浪費しただけになる。で、そうなると冒険者ギルドの面目も立たない。まあ、そもそも冒険者ギルドに依頼をするといっても結局、水源がどうなっているかの確認だけになるだろうから、根本の解決にはならないだろうしな」
ああ、そもそも冒険者を動かすだけ無駄ってわけね。
「色々制約があるのは分かったわ。それで向こうのホントの希望は何なの? ユキと面会して水不足が解消するわけ?」
「そこで相談だ。水を出すような道具は色々考えてある。ウィードとしてその技術提供、貸し出しをしてみるか?ってことだ」
「……言うのは簡単ね。でもあなたが安易にそれをしないってことは」
「一度それをすれば下手をすると、今後水が足りない地域にその道具を売り出さないわけにはいかなくなるってことだな」
「その小国だけ特別ってわけにもいかないモノね」
「あはは、そうなればまた大きな儲け話ができるわけですが、その分面倒も……」
と、ラッツが言いかけたその時、一斉に私たちのコール画面が開き、エマージェンシーコールが鳴り響いたの。
『緊急事態 商業区 噴水ダンジョンコアの盗難発生』
それはウィードができて以来初めてのダンジョン国家たるウィードの『根源』を揺るがす事態だった。
ウィードの禁忌に手を伸ばしたお姫様。
前代未聞のコアに手を出してしまいました。
色々理由はあれどこの事態のどう対処していくのか。




