第1003堀:情報管理の必要性と王の葛藤
情報管理の必要性と王の葛藤
Side:シェーラ
「ふむふむ。なるほどのう。数多の情報を特定の個人で受けるではなく、組織で収集、解析、管理し情報を纏めた上で上奏するということか」
「そうなのです。情報というのはものすごく多岐にわたるのです。今回貸し出す無線機の数はおよそ50台。その報告のぜんぶをいちいち聞いていたらすごく大変なのです」
「確かにのう。情報を纏めてもらえば楽じゃな」
順調に説明を続けるフィーリア。
うん。ちゃんとやれています。
ユキさんにも朗報が送れそうです。
横にいるラビリスも同感のようです。
「そうね。ユキもホント心配性なんだから」
「はい。フィーリアだってちゃんと成長しています。もとより鍛冶の方では飛びぬけていましたしね」
「ええ。自慢の妹だもの」
「ですね」
いつまでもユキさんや周りの人たちに頼ってる幼子なんかではありません。
というか、ユキさんの教育のおかげでアスリンたちは今やそこらの王国貴族よりもよっぽど上の教養を身に着けています。
あの何も知らなかった純粋無垢なアスリンたちが……。
うっ……、ちょっと泣きそうです。
「って、シェーラはこっちにいてよかったのかしら? それとも時間になったら戻るの? たしか、会議のはずでしょう?」
「ああ、そちらは大丈夫ですよ。ガルツについては別段問題ありませんし。というか、何か問題があれば直接お父様やお兄様、そしてお姉さまがやってきてお願いしてます」
「それもそうね」
今回の外交交易報告ですが、私がガルツの代表としてわざわざ出るほどの意味はあまりないと思ったので、フィーリアたち優先です。
一応、セラリアさんに頼んでもいますから問題はないでしょう。
「しかし、無線機を50台もとは、ユキも随分奮発したもんじゃな」
「まぁ、予備も含まれていますから。それにむしろ、たった50台とも言えます。ズラブル大帝国の広さと状況を考えたら全然足りませんから」
「そうよね。ロガリ大陸の4大国を合わせたぐらいの領土なんだし、戦争中でもあるし」
「ふむ。そう考えると確かに足りんな。しかし、他国が文句を言ってこんかのう?」
「そこは、ユキさんがうまくやります。というか戦争時の無線機運用のひな型作りになるって方向で押すみたいです」
「なるほど。そういわれたら否定のしようがないわね。ズラブルが率先して実験台になっているみたいなものだし」
「ラビリス、もっとひそひそ声でお願いします。で、誰でも初めての試みともなれば怖いものです。ですからそのための経験と実績を積み上げるためのものです」
無線機のような遠隔連絡装置の実践的な運用は、ウィードを除けばこの世界においては初めてのこと。
誰かがその初めての運用を引き受けてくれないことには、足踏みしてしまうでしょう。
いくらウィードができますといってもです。
ですので今回の話はそういう意味では渡りに船という状況でした。
私たちにとっても、各国へ無線機の貸し出しをすることで、情報収集がたやすくなるのですから。
……まあ情報管理部の増員をどうしようって話はありますが、まぁ、それは実際に無線機の利用が拡大してからということで。
「あと気になるのが無線機の通信範囲ですね」
「ふむ。今のところは魔力さえ届けば如何に離れていようがどこでも通じるからのう。ユキたちは魔力すげーとかいっておったの」
「無線機自体の電波じゃ、よくて2、3キロが限界だものね。場所が悪ければ100メーターも怪しいみたいだし」
「ですが、その魔力による通信が絶対とは限りません。過信しすぎないためにも、不具合が出る状況を探すためにも、こういうことは必要です」
「妙な存在がこの土地にもいるようじゃしな。安全策は採っておいて損はないということか」
「というか、ホントあれってどこにでもいるわよね」
ラビリスのいやそうな言葉に揃ってうなずく私たち。
なぜか本当にどこにでもいます。神という存在は。
……いい神様もいるのですが、けっこう邪魔になる神様もそれなりに存在します。
はぁ、今回は邪魔してこないことを祈りたいですね。……って、いったい何に祈ったらいいのかしら。
と、そんな内緒話をしている間に、フィーリアの説明が終わったようです。
「……以上で情報管理室の必要性の説明は終わりなのです。何かわからないことはあるのです?」
「うむ。今のところ問題ないの。じゃが、追々わからぬことも出てこよう、その時はよしなに頼むぞ」
「バッチリ任せるのです。そのためのアドバイザーなのです」
話を聞く限り、問題なく説明が終わったようです。
アフターフォローまでちゃんとするといっていますので、私としては100点を上げたいですね。
あとは、情報管理室の設置ですが……。
「おぉ、頼もしい限りじゃ。で、ショーウ、話は聞いておったな? 早速場所を用意したいのじゃが、どこを情報管理室にするべきじゃと思う?」
「ふむ。フィーリア殿の話ですと、各戦線や主要都市などの数多の情報を一手に扱う部署になりますので、うかつな場所にはおけないでしょう。防諜のためにもちゃんと場所を選ばなくてはいけません。もちろん人員もです」
「そのとおりじゃな。各戦線、そして主要都市と連絡を取るところじゃ、そは国家の最重要拠点となるじゃろう。う~む、ワシの執務室の隣に設けるべきか?」
「いえ、それでは陛下のおそばにまで間諜が出入りする可能性がありますので避けた方がいいでしょう。ですね、フィーリア殿?」
「はいなのです。ショーウ姉様。どちらも重要拠点なのです。ですので一極集中は避けるのが一般的なのです。攻められた際、どっちの機能もいっしょにマヒするのは避けるべきなのです。それに報告自体は無線機でできるので離れていても問題ないのです」
そう、フィーリアの言う通り、重要拠点の一極集中は避けるべきで、ウィードでも情報管理とセラリアさんが執務する屋敷は別の所ですから。
「ふむ。話は分かるが、かといってあまりに遠方でも駄目じゃろう?」
「そうですね。それでは何かあった時の防衛が間に合いません。やはり帝都内部ではあっても、皇城とは別のところに置くべきでしょうか?」
「それがいいのです」
「では、そのように差配せよ」
「はっ。では早速場所の選定に取り掛かります」
そう言ってすぐにショーウさんは部屋を出ていきます。
早速場所選びに出かけたのでしょうが……。
「随分、あっさり信用しておるのう」
そう、デリーユさんの言う通り、どうもあっさり信用しすぎている気がします。
そのつぶやきが聞こえたのか、ユーピア皇帝がこちらに振り返って
「そうあっさりとではないわい。これについて、ワシらが今まで如何に散々会議に明け暮れておったのかなぞ知るまい」
いえ、そこは知っているのですが……。
と、うっかりそんなことを言うわけにはいきませんね。
「斯様に不安そうな顔をせずともよい。無暗にお主らウィードを信じとるのではない。しかと見て知って、その上でワシらに嘘をつく理由も、不利になることをする理由もないと判じたからこその動きじゃ。普通であらば、こんな奇妙な話が出たところで数か月はおろか、数年単位でもどうなるかという話じゃからな。とはいえ、そもそもこうなるのが理想とおぜん立てしおったのじゃろう?」
「ええ。その通りですが……」
確かに、ユーピア皇帝の言う通り、このように問題なくことが進むようにいろいろ手配はしてきましたが、それでもうまくいきすぎる時は特に注意するようにとユキさんはもとより、いろいろな方、あのローエルお姉様までからも言われています。
「まあ、何事も疑ってかかる姿勢というは大事じゃ。しかしな、このフィーリアたちを見てなお疑うような者がおらば、それはそれで信用ならぬと思うがな」
「「うにゅ?」」
急に話題の中心にされたフィーリアとアスリンはそろってコクッと首をかしげます。
確かに、この子たちを疑うような人は信用できませんね。
「うむうむ。フィーリア、アスリンじゃからこそワシは信じたという話じゃよ。しかし、フィーリアから説明を聞いて思ぅたが、この情報管理の方法、あまりに洗練されすぎておるな。ただ単に無線機を発明しただけではない。これを用いた戦いを幾度となく行っておるからこその方法じゃ」
「……わかるか?」
私が思わず答えに詰まっていたら、代わりにデリーユさんが一言応えました。
「わかるに決まっておる。初めてできた道具、武器というは先ず使い方の模索から始まるものじゃ。この無線機、元は遠方の者との連絡を瞬時に取れたらという程度の望みじゃったろう。しかし、わかるものにはわかる。これは軍事的利用価値がとてつもなく高いと。というか、この道具の価値に気付かぬ国主が治めるようでは、その国は早晩亡ぶじゃろう。それほどの物じゃ」
その通りです。
無線機の価値をわからぬ者とは取引などできません。
しかし、このユーピア皇帝は……。
「じゃからこそかつてワシも作ろうとし、なんとウィードが持つと知った時よりその使い方にワシはさんざ胸を馳せておった。どう使えば一番いいかと、国を保つために。無論ショーウとも幾度となく議論検討を重ねた。じゃがな、今フィーリアに説明してもろぅたは、ワシやショーウが考えっておったものの遥か彼方をいっておった。ワシらでは全く気付けぬことまで事細かにな。これほどの物を見せ付けられてなお、拒否することなぞワシにはできぬよ」
そう言ってカラカラと笑っているものの、その目はちっとも笑っていない。
むしろ、その体からにじみ出ている感情は何と言っていいのかわからない。
「しかしまったく、ウィードと事を構えなくてよかった。戦いを挑めば、いや、おそらくは戦いを挑むと決めた瞬間にあっという間に首を叩き落されておったじゃろうな」
「お兄ちゃんはそんなことしないよー」
「兄様はそんなことをしないのです」
「うむ。それはようようわかっておる。ユキ殿やセラリア女王の話を聞いてすっかり納得したわ。魔力の集積による魔物氾濫。そして魔力枯渇現象。これが重なるなぞぞっとするわ。まあ、超大国でも築けばよいとは思うが、それもそれで手間ではあるからな。と考えるとよい手ではある。で、これで納得してもらえたかな。デリーユ殿?」
「すまぬな。いらぬ手間をかけさせた」
「いや、構わぬよ。ことはこの無線機だけではないしな。ルルア殿のあの治療技術もある。いかにセラリア女王やユキ殿が大丈夫じゃといぅたかて、そを素直に受け入れてばかりでは家臣の意味もないからのう。いやはや、そちらもさぞ苦労しておろう」
「まあのう」
ここにきてようやくユーピア皇帝の笑顔にそのまま心からのうれしさがのってきたように見えます。
「正直いぅと、ウィードとの差を知り。ワシはこれまでの長き時を費やして、いったい何をしておったのかとホンに悔しさや憤りで一杯じゃった。が、幸いこうしてアスリンやフィーリアたちという良き友人に恵まれた。そして戦争を堅実に進められる道具も手に入れられた。それを思えばワシ一人が無能などどうでもよい。すべてはワシを信じワシについてきてくれる皆のためと。して、丁度あの頭の固いショーウもおらぬし、改めて心より頼む。ワシを、いやズラブルを助けてくれ」
そう言って、ユーピア皇帝は私たちに向かって深々と頭を下げました。
その後ろでは、側近の方たちも皆揃って頭を下げています。
そうでしたか。
……ああ、私にもありました。
ユキさんのやることを、できることを聞いて見て知って、自分の無能が悔しかった、憎かった。
ユーピア皇帝もそれを感じていたのですね。
だからこそ……。
「はい。喜んで。といっても、あの上をちゃんと通さないと大変ですけど」
と、ユーピア皇帝の手を取ってそう返事をする。
「はは。お互いに大変じゃのう」
「そんなことないわよ。友人なら手助けは可能だし。ユキもけして文句は言わないわよ」
「あっ、そうですね。友人としていざという時は手助けしましょう」
「そうじゃな。妾も手助けしようではないか」
「まったく、皆お人よしじゃな。ま、これもワシの人徳じゃな!」
「「「あはは!」」」
こうして私はユーピア皇帝と本当の友人になったのです。
しかし、ハイーン皇国の動きがちっともないのがなんとも不気味ですね。
情報というのはあるだけではダメ。
それを纏めて管理することが大事。
そのために場所も防衛も必要。
これって意外と一般人の人も同じ。
自宅で財布と通帳は一緒に管理しないし、契約書は別で保管する。
財布でもカード系は別、運転免許証、定期なども別にしている人も多数いる。
リスクマネジメントに近いのかね?
なくしたとき一気には避けたいから。
規模は違うけど根幹は同じ。
そしてユーピア皇帝ちゃんも色々葛藤はあるけど、それでも国のために動く人だったというのが改めてわかった。
シェーラも当初はそんな感じだったしね。
さあ、こうして準備をしている間にハイーン皇国に動きはあるのか?




