落とし穴167堀:過ぎたるは猶及ばざるが如し
過ぎたるは猶及ばざるが如し
Side:タイゾウ
お互い忙しい身だから、睡眠時間や食事時間をどうしてもないがしろにしがちだ。
そんなことを続ければ、いつかは体調不良で倒れる羽目に陥るのは目に見えている。
だからこそ、ちゃんとご飯を食べ、睡眠時間を一人の時でも取ろうとの約束しているのだ。
そして……。
「ヒフィーさんは神聖国で仕事だから、今日は私が彼女の面倒を見る必要があるか」
そう、もう一つ、ヒフィーさんとの約束がある。
その約束を果たすため、私は自分の研究室を出て、彼女の研究室へと向かい、ドアの前で
「コメット殿。調子はいかがですか?」
しーん。
……応えはないか。
まあ、研究者という生き物はどうしても集中しすぎると周りは見えないし、何も聞こえない状態になってしまうのはよくあることだ。
私も人のことは言えないが。
その研究者の中でも彼女、コメット殿は一段飛びぬけている。
こと魔力研究については、私よりも遥かに上だ。
大陸間同盟国を見渡しても最優の学者といっていいだろう。
しかし、そんな才女にもやはり弱点がある。
それは……。
「失礼します」
入室を拒む返事がないので研究室に入ると、そこには足の踏み場もないほどいろいろ物が散乱した空間が広がっている。
そう、彼女は研究に頭脳の全てを振りきってしまったため、生活能力が壊滅的にないのだ。
それを補っていたのが私の妻であるヒフィーさん。
「……確かおととい、きれいに片付けたはずなんだがな」
たった2日でこの状況。
コメット殿のダメっぷりが良くわかるだろう。
「まぁしょうがない、いつものことだ。ところでコメット殿はどこかな?」
私はさっさと気持ちを切り替えて、研究室を見回すと、休憩スペースとして部屋の片隅に畳を敷いた区画で机に向かって突っ伏しているのを見つけた。
研究室の一角に畳を敷くというのは私が始めたのだが、私の研究室で経験したザーギス殿やナールジア殿、コメット殿が気に入って、相次いで作ったのだ。
日本の畳が異世界でも受け入れられ、うれしい限りだ。
そんなことを考えつつ、コメット殿に近寄ると……。
「ぐー」
「すっかり寝てるな。しかもゲーム機を持ったままで」
どうやらコメット殿は仕事が終わったあと、ゲームをしながら寝てしまっていたようだ。
所謂寝落ちというやつだ。
なんのゲームをしていたのかと、スイッ○のゲーム画面を見てみると……。
「ポケモ○か。また果てのない物を」
私も最近出た三国志の新作に手を出しているので、あまり人のことは言えないかもしれないが。
と、そんなことはいい。
先ずは彼女を起こさなければ。
仕事が終わったら、ちゃんと彼女ご飯を食べさせて家に帰すところまで面倒を見るというのが、ヒフィーさんとの約束だ。
まあ、私にとっても良き友人だから、この程度のことは別段苦労などとは思っていないのだが。
「コメット殿。起きてくれ。もういい時間だ」
「……んあ? あー、タイゾウさん?」
まだ寝ぼけているのか、視線はうつろだ。
そのうつろな視線が彷徨って部屋の時計に向いた途端、カッと目を見開いて……。
「げっ!? もうこんな時間じゃん! レート頑張らないと!」
そう言ったかと思うと、コメット殿は迷うことなくゲームを再開しようとするが、それは認めるわけにはいかないので、即座にゲーム機をコメット殿の手から奪い取る。
「ちょ!? タイゾウさん何すんの!? 幾たびもの冒険を一緒に乗り越えてきた私のかわいい子たち、戦友たちにいったいなにする気だー!」
いきなり切れるコメット殿。
なぜか私がとんでもない極悪人の如く罵られたような気がする。
「コメット殿、落ち着いて。今は別にリアルタイムで動いている状況じゃないだろう?」
「あったりまえだ! バトル途中で取り上げられようものなら、いくらタイゾウさんでもぶん殴ってるね。私はそういうところは遠慮しないからね」
「……まぁ、素直で何よりだ。ゲームにかける情熱も分からなくはないが、ヒフィーさんからのお願いだ。とりあえずご飯とお風呂を済ませてから続きをするといい。さもなければ、明日ヒフィーさんからきついお仕置きだろうな」
「うげっ」
コメット殿は露骨に嫌な顔をする。
ヒフィーさんに怒られるのは相変わらず苦手のようだ。
一瞬、おとなしく言うことを聞くべきかどうか悩むそぶりを見せたが。
「はぁ、了解。ご飯にしよう」
「それが賢明だ。下手をすると、そのゲーム機が没収される羽目になるだろうからな」
「それは絶対に避けないといけない。ヒフィーはミラクル機械音痴だからね。なぜか器用にデータ消すんだから。この前、色違いをリセットされたときとか、ホント魂抜けたね」
「あははは」
「笑い事じゃないよ。っと、いこうか」
そんな話をしているうちにコメット殿はさっさと身支度を整えて外へと向かったので、私も付いていく。
びゅー……。
外に出た途端、北風が私たちに吹き付ける。
「ううっ、寒い」
「まあ、冬まっさかりですからな」
そう、季節は真冬の2月。
雪が積もってないだけましだろう。
しかも、もう22時を回っているから、日中よりさらに気温が低い。
「……リッチなのに、どうして寒さや暑さを感じなきゃいけないんだろうねー。まったく不便だね。死んでも」
「それはそうじゃないと体を維持できないからでしょう。いくら魔力によって遺体を動かしているとはいえ、肉体そのものの強度が変わったわけではない。ゾンビや骸骨などの様に肉体を気にしなくていいのであれば知覚をカットしてもいいのでしょうが……」
「あー、それは無しだね。はぁ、美人の体は維持するのも大変だよ」
「ははは、女性は悩みが多いですな」
「全くだね。死んでしまった後に生前より女に気を使わないといけないなんてね」
全く皮肉だ。
死んでしまってるが故に、ものぐさな彼女にとっては面倒な体の手入れを怠れば、腐敗して肉体が崩れ落ちるだろう。
まあ、魔力の防壁で補っているからそうそう簡単に腐敗することもないだろうが……。
うっかりそんなことを言ってしまえば、さらにだらけて酷いことになりかねないから黙っておこう。
活動している限り、汚れはつくし、服が汚れることに変わりないので、せめて現在の意識のままでいてもらった方がいい。
と、そんなことを考えているうちに、私たちは商業区へとたどり着く。
「もう、時間が遅いから居酒屋しか開いてないねー」
そう言うコメット殿の視線の先には、まだこの時間でも開いている店のポツンポツンとまばらな光が見えるだけて、いつも賑やかな商店街とはまた違った風情を感じる。
「居酒屋でもご飯は出してくれますよ」
「それもそうだね。確かこの辺にエージルが良く通ってる、鍋物出している店があったはず」
「ああ、そこなら私も行ったことがありますな。こっちです」
やはり寒い日には鍋物が良い。
野菜もしっかり取れて肉もうまいと来たものだ。
ということで、早速店が決まったので向かおうとしたら、突然コメット殿から待ったがかけられる。
「どうしましたか?」
何かあったかのと思って振り返ると、コメット殿は一軒の後片付け中のお店を見つめていた。
「いや、あのお店にバレンタインデーって書いてあるのが目に入ってさ」
「ああ、そういえばそんな時期。というか、明日がその日でしたな」
コメット殿に言われて気が付いた。
今日は2月13日、そして明日は2月14日。
私にはあまりなじみがないが、親しい人にチョコを送り気持ちを伝える日ということだ。
で、人々のそんな行為に、ユキ君や、タイキ君は毎年憎しみを募らせているのが見ていて面白かったりする。
本人たちは結婚しているというのに、それでも仲良さげな恋人同士を見るとついそういう憎しみが湧いて出るのだという。
まあ、若いころにそういう経験が無かったからこその気持ちなんだろうな。
それを言えば本来私もなのだろうが、どうも、こういうイベントはなじみがないためか、ピンとこない。
と、私事はいいとして、コメット殿のことだ。
「興味がありますか?」
「んー。そうだね。チョコは私にとって素晴らしいおやつだし、安いってのはいいことだね。ちょっと買ってくるよ」
そう言って、コメット殿はその閉店準備中のお店へと入っていく。
確かに、よく見ると、もう明日がバレンタインだからかセール売り切りと書いてある。
時期が過ぎてしまえば在庫になるだけだからか。
いやぁ、それもウィードだからこそだろうな。
いまだにイフ大陸ではチョコは高級品だ。
子供のお小遣いで買えるようなものではない。
そんなことを考えつつ、私も店へと入っていくと。
「コメット様、それにタイゾウさんも」
「ん? おお、アルフィンじゃん」
そこにはなぜか、聖剣使いであり、かつてヒフィーさんやコメット殿が育てていた、アルフィン殿がいかにも店員の格好でいた。
いや、店員の姿をしているということは答えは一つ。
「アルフィン殿はここで働いているのかな?」
「あ、はい。スティーブに相談したらユキさんに掛け合ってくれて、このお店を出させてくれたんです」
「ほお。つまり、ここはアルフィン殿のお店か」
「はい。私、お菓子作りが好きで、ウィードに来てからずいぶんいろいろ作れるようになったんで」
「なるほどな」
「あー、そういうことね」
お菓子を作るには最高の環境だろう。
というより、ウィード以外ではまだまだこの世界ではお菓子を作るための環境は整ってないだろう。
そう納得していると、コメット殿が目的を思い出し、尋ねる。
「そうだ、アルフィン。バレンタインってことでさチョコが欲しんだけど。いくら?」
「え? コメット様もチョコレートを?」
「いやいや、私だってチョコぐらい食べるって。で、あるの?」
「あ、はい。あります、ちょっと待ってくださいね!」
アルフィン殿はそう言って、いそいそとお店の奥に消えていく。
「えーと、ここにあるセール品でいいんだけど……」
「まあまあ。コメット殿には美味しいチョコを贈りたいのでしょう。アルフィン殿にとって、あなたは母親だったのでしょう?」
「どちらかというとヒフィーの方が母親かな? 私はせいぜい時たまおもちゃを持ってくるだけのお姉さんだよ」
そう言って苦笑いをするコメット殿。
まあ、本人はそう思っているんだろうが、ヒフィーさんやアルフィン殿たちからすれば間違いなく、コメット殿がいたからというだろうな。
コメット殿がダンジョンマスターだったからこそ、彼女たちは救われた。
……まあ、後日色々あったが、結果として今があるのだからそれで良しとしよう。
そんなことを考えていると、奥から戻ってきたアルフィン殿の手には山盛りのチョコが入れられた籠があった。
「お待たせしました。こっちが義理チョコです」
「義理チョコ?」
「やっぱりコメット様はしらないみたいですね。お世話になった人たちに上げるチョコですよ」
「あー、なるほど。で、もう片方に持ってる豪華な箱は?」
そう籠一杯のチョコとは別に、もう片方の手には立派な箱が二つ存在感を放っている。
「こっちは、私からのチョコです。とはいえ、本命は私からもらってはだめで、女性からあげるものですからね。誰か大事な人に渡してください。で、もう一つはみんなで頑張ったチョコですから、みんなで仲良く食べてください」
「そっか。ありがとう。明日はみんなにチョコを配るとするよ」
「はい。みんな喜びますよ」
こうしてコメット殿はチョコを手に入れ、アルフィン殿も交えて晩御飯を食べて家路につき、その翌日……。
「……もう、チョコとか見たくない」
「本当にもう見たくないっす……うぷっ」
「でも、コメット様のチョコを断れるわけないじゃないですか……」
スティーブ君だけでなくキシュア君、スィーア君といった面々が皆、チョコの食べ過ぎで倒れていた。
「はぁ。毎年懲りないな、アルフィンは……」
「彼女がなにかしたのか?」
「いや、毎年恒例で、この時期はさんざ味見をさせるんですよ。お菓子屋さんを始めれば止まるかと思ったがだめだったか。しかもとどめに、コメット経由でチョコを遠回しに押し付けるとか、おっそろしいな」
「……」
なるほど、何事もやりすぎはよくないということか。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
南無。
「で、ユキ君。そのチョコはコメット殿が持っていたものに見えるのだが?」
「ああ、なんかもらいました。本命だって。いやー、まぁあの状態のメンバーに渡せるわけもないですしね。あくまでおまけですよ」
「そうか、おまけか」
本当におまけかどうか、いつかわかるだろう。
結論:アルフィンは変わらない。
みんなチョコはもらったかな?
それとも自前かな?
それは義理かな? 本命かな?
どのみち嫉妬の炎が吹き荒れるぜ!
ああ、チョコの食べ過ぎは注意ね。




